マヨマヨ~迷々の旅人~

雪野湯

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第二十九章 罪は集いて大罪を討つ

アクタで出会った大切な人々

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――王都サンオン・東地区

 
 英雄祭最終日とあって、表通りだけではなく裏通りから路地裏までと、大勢の人々が道を埋め尽くす。
 そこかしこに並ぶ屋台や見世物。
 人々は祭りに興奮する思いを煌びやかな衣装に表して、心から英雄祭を堪能していた。

 一年前はマヨマヨの襲撃により、最後まで行われることのなかった英雄祭。
 あの日、街は瓦礫と化し、涙と悲しみが覆い尽くした。
 愛する人と繋いでいた手を放さざる得なかった。
 
 しかし今は、歓喜に満ち溢れ、皆は愛する人と手を繋ぎ、過去の悲しみを喜びに塗り替えている。


 喧騒が祭囃子となり、人々の歩く姿が踊りとなる。
 その賑やかな様子とは対照的に、俺とバーグのおっさんとキタフは静寂を纏い、地下水路の入り口からこっそりと瞳の中に彼らを宿す。


「みんな、楽しそうで良かった」
 悲しみを乗り越えて、今日という日を迎えることのできた街と楽し気な人々の姿を目にし、俺は微笑みを浮かべた。

 おっさんが俺の肩に手を置く。
「少し、覗いていくか?」
「ははは、冗談だろ?」
「ああ、冗談だ。残念だけどな」
 おっさんは置いた手で一度俺の肩を叩き、キタフに顔を向ける。
 俺もキタフに顔を向けて、彼に話しかけた。


「さて、ここから近衛このえ騎士団やマヨマヨたちに見つからないように動くわけだけど。キタフ、大丈夫?」
「問題ない。お前たちが認識されにくいように、透過フィールドを張っている」
 
 俺たちはキタフの技術を使い、誰の目にも止まりにくい状態になっている。
 キタフはこの技術について、注意事項をいくつか口にした。

「これは存在を消しているわけではない。認識しづらくしているだけだ。誰かに触れたり、話しかけたりすれば認識されてしまう。気をつけろ」
「わかってる」
「しかしよぉ、あんちゃんにキタフの旦那。この人だかり。誰にも触れないように移動するのはちょっと骨だぞ」

 
 通りはどこも人に埋め尽くされ、地面もまともに見えない。
 たしかにおっさんの言うとおり、誰にも触れることなくこの中を移動するのはかなり難しい。
 俺とおっさんはキタフに視線を向ける。
 すると彼は――

「多少は触れたぐらいでは、気に留める者はまずいない。何かに触れた程度の認識だ。だが、派手にぶつかれば、さすがにそうはいかない」
「そっか。じゃあ、肩が触れ合う程度なら大丈夫だな……行こう」

 俺たちは地下水路の入り口にある小川から、レンガ造りの階段を昇って通りへと出る。
 そこからなるべく人に当たらないようにしながら、演説が行われるという、城前の中央広場を目指す。

 
 
 あまり目立たぬよう、口を閉ざして通りを歩いていると、見覚えのある光景が目に入った。

(ここは、掃除のおばさんと出会った場所だ)

 小さな橋。あの時は、その上におばさんがいた。
(ふふ、胴回りがてっぷりしてる割には足の速い人だったなぁ。わざわざ、掃除用の服や靴も貸してくれて、優しい人だった……だけど……)

 マヨマヨの襲撃の日、顔にひどい火傷を負ってしまった。
 それは一生の傷として残るもの。

(回復魔法でも治らない傷だって言ってたな。何とかしてあげたいけど……)
 
 視線を右手に向ける。
 ヤツハだった頃、空間魔法で傷ついた俺の右手の傷は魔法で癒せた。
 だけどそれは、俺が魔導士だからだ。
 治癒術を行使した先生と魔力を同調し、内と外から傷を回復することができたから、俺の右手は元に戻った。
 でも、おばさんは魔導士じゃない。

(うまく全てが片づけることができたら、おばさんの傷を治す方法でも考えようかな。そのためには本格的に回復魔法の勉強をしないといけないな)

 一通りの魔法は練習し、使うことができる。
 だけど、空間魔法以外は専門と言えるほど深くは学んでいない。

(また、エクレル先生に教わりたいけど……今の俺はヤツハじゃない。見知らぬ少年。もう一度、弟子入りお願いできるかな? って、それは無理か。俺の容姿では先生のお眼鏡には叶いそうにないし)


「ははっ」
 ヤツハじゃないという寂しさと、先生の弟子にはなれそうにない見た目が凡庸な俺に対し、何とも言い難い奇妙な笑いが零れ落ちた。

 落ちていった情けない笑いを忘れ、前を向く。
 向いた先で、再び見覚えのある光景が目に入った。

(石垣……パイプのおじいちゃんが座っていた場所だ)
 そのおじいちゃんはいつもここで町行く人を見ていた。
 英雄祭ではお孫さんと祭りを回ることを楽しみにしていたけど……マヨマヨの襲撃の日に亡くなってしまった……。

(そう。あの日、おじいちゃんは……だけど、今度は俺が英雄祭を。おじいちゃんが見てたら、どんな顔するだろうね~)
「ははは」
 石垣をじっと見つめ、またもや乾いた笑いを漏らす。
 すると、石垣の傍に何か白く靄がかったものが見えた。


「ん?」
 目を凝らして、靄を見つめる。
 それはマフープの集まりのようだ。
 靄のようなマフープは、石垣に腰を掛ける人の形をしている。

(え、嘘。おじいちゃん? 迷ってるとか……? まさか、マフープをはっきり感じ取れるようになったから、こういうのが見えるの? えっと、どうしよ。念仏でも唱えた方がいいのかな?)
「なんまんだぶなんまんだぶ、と」


 見えている靄が何者かわからないが、とりあえず両手を合わせて拝むことにした。
 おっさんとキタフはその奇妙な行動が気になったようで話しかけてきた。

「どうした、あんちゃん? さっきから笑ったり、ぶつくさ言ったり、手なんか合わせたりして? 緊張で脳の線が切れたか?」
「あまり不気味な行動をとるな。認識されるぞ」
「お前らなぁ。ちょっと言いすぎだろ。俺をなんだと思ってんだっ?」

 歯を剥き出して、文句を返す。
 しかし、それに対して二人は言葉におふざけを乗せることなく、いかにも神妙な口調を見せた。


「別に何とも思ってねぇよ。ただ、そろそろだぞ」
「まもなく正午。覚悟は決まったのか?」

「それは……」

 ウードを殺す。
 これについて、覚悟は決まっている。
 だけど、その中に眠るヤツハの存在を殺すことには、まだ迷いがあった。

 言葉を続けることができずに黙り込んでしまった俺を、二人は不安そうな様子で見つめる。
 周囲は喧騒に包まれているというのに、俺たちの間にはまったく無音の世界が広がっていく。
 そこに、とても懐かしくて、とても元気な声が弾み飛び込んできた。


「だからっ、そこどけよ! 近道なんだからよ~」
「もう、いじわるしないで~」

「いや、意地悪してるわけじゃないって。ここは現在工事中だから危ないんだよ」


 声に惹かれ、顔を向ける。
 ここから少し離れた場所に二人の子どもと、東地区アステル近衛このえ騎士団の青い重装鎧を着た団員の姿があった。

「あれは、いつものいたずら小僧に女の子。それと、スプリ?」

 男の子の身長は俺が知っているものより高くなっているが、あれは間違いなく俺がヤツハだった頃、街中を歩いているとほぼ100%の確率で絡んできた悪ガキ。
 そして、その男の子といつも一緒にいる、アマン似の猫のぬいぐるみを大事に抱えている女の子。

 二人は青い軽装鎧ではなく重装鎧を纏ったスプリと何やら問答をしている。


「何やってんだ、あいつら?」
「うん? あんちゃん、知り合いなのか?」
「ああ、そうだけど……あっ」

 彼らの元に、軽装鎧を着たフォールとウィターが近づいてきた。
 二人はスプリに向かい、とんでもない言葉を口にする。

「スプリ団長、何やってんの? 俺たちが交通整理や取り締まりで忙しいのに、子どもと遊んで」
「そうだよ。自分たちだけに厄介事を押し付けないでほしいよ!」


「ぶほっ、だ、だんちょう? ごほごほ」
「ど、どうした、あんちゃん!?」


 とんでもない事実に、驚き咳き込んでしまった。
(そっか、フォレが五星将軍とやらに出世したから、後釜にスプリが納まったんだ……大丈夫かよ、東地区)

 彼らをよく知る俺は、彼らに任せておけば安心だ! とは、とても口にできない。
 だけど……。


「ほら、二人とも、ここは危ないから別の道を歩きなさい。ウィター、二人を表通りまで案内してあげて」
「わかりました、団長。ほら、僕たち行くよ」
「ちぇ~、遠回りになるじゃんかよ~。この道なら人も少ないから良かったのに~」
「人がいっぱいのところを歩いたら、この子がムチャクチャになっちゃう」
 
 女の子は黒猫のぬいぐるみをウィターに見せつける。
 すると彼は……。

「わかった。この子は自分がしっかりと護衛しよう。ほら、貸してごらん」
 ウィターはぬいぐるみを左手で受け取り、優しく胸に抱く。
 そして、もう一方の手で女の子の手を握った。

「これならはぐれることはないよ。もう一つの手は、君がしっかり握ってあげるといい」
「え、俺が……?」

 この言葉に男の子は照れくさそうな態度を見せた。
 だけど、それは少しの間。
 彼はすぐに女の子の手を握った。


「あったりまえだろ。こいつを守るって、ヤツハと約束したんだから!」
 男の子の言葉は俺の耳をくすぐり、心の中で暖かさを広げてくれる。

(あいつ……そっか、ちゃんと約束を守ってくれてるんだ)
 一年前、瓦礫となった街の中で男の子は少女を守ると宣言した。
 俺はそのことを思い出して、顔を綻ばせる。

 だがしかし、俺の表情とは真逆に、スプリ、ウィター、フォールは表情を凍りつかせていた。
 三人は男の子に小声で何かを言い含めるような動作を見せる。
 すると、男の子と女の子は悲しそうな表情を見せた。

 そんな二人を目にしたスプリは屋台で何か美味しいものを買ってあげなさいと、ウィターに言っている。
 それを聞いた男の子はいつものように明るい声を上げ、女の子の手を強く握った。
 でも、その声は、どこか無理をしているような声……。

 スプリに促され、ウィターは少年たちとその場から離れていった。
 そして、スプリとフォールもまた、街の喧騒へと溶け込んでいく。

 彼ら二人は街の人たちから親し気に話しかけられ、スプリたちはそれに応える。
 そうでありながらも二人は街をよく見て、みんなが困っていることはないだろうかと、視線を大きく取っていた。


(さっきのやり取りはよくわかんなかったけど……うん、みんなちゃんと、近衛騎士団を全うしているみたいだな)


 スプリたちはサシオンとは違う形で街を守り、慕われてる。
 そして、それだけの力を持っている。
 これが今のアステル近衛騎士団――スプリたちの騎士団のようだ。

 
 心の中は羽が生えたように軽くなる。
 ヤツハを思えば、それは大きな重石となるが、それでもみんなを守るために飛ぶ立つ覚悟はできた。
 迷いがないと言えば、嘘になる。
 しかし、それでも、やるべきことをやろうっ。

 俺は迷いを振り払うように、顔を激しく振った。
 そして、バーグのおっさんとキタフに声を掛ける。

「わるい、俺のせいで時間を食った。さぁ、行こ、っと?」

 背後からドンという小さな衝撃が伝わった。
 続いて、幼い声が広がる。

「いたたた」

 その声にいざなわれるかのように、自然と体が後ろを向いていく。
 そして、とても大切な少女を瞳に宿した。


「ピケ……」
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