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第二十九章 罪は集いて大罪を討つ
集う力
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俺とおっさんは二人仲良く震える指でキシトル皇帝を指差した。
皇帝はそんな俺たちを見ながら、軽い笑いを漏らす。
その笑いに促されるように、二人の付き人が酒場の店主へ金を握らせ人払いを始め出した。
彼らは見学していた連中を使い、床に倒れていた屍もどきを店外へ運び出していく。
窓は全て閉じられ、店内には俺とバーグのおっさん。そして、皇帝とその付き人だけとなった。
付き人は椅子を二脚用意して、横に並べる。
そこにドカッと、皇帝は腰を掛けた。
「ジョウハクに喧嘩を売る少年がいると聞いて物見遊山で来てみたが……なるほど、面白い才を持っているな。名は?」
「え、えっと、笠鷺燎です」
「ほぉ~、その名の響き……」
皇帝が俺に言葉を返そうとしたが、それをおっさんが大声を出して掻き消した。
「親父! なんでこんなところにいるんだよっ!?」
「ん、誰だ、お前は?」
「あんたの息子だよ!?」
「そうだったか? なにぶん、量が多くてな」
「荷物みたいに言うなよっ。あんたが無駄に生き残るから、俺らがどんだけ苦労してると思ってんだよ!?」
「おう、それは悪かったな」
「軽く言いやがって~、死ねっ。マヨマヨに殺されろ!」
「はっはっは、残念だがそれは無理だった。麗しいマヨマヨの女性に命を救われたからな」
「この、どぐそエロ親父!」
唐突に酒場で始まる親子喧嘩。
もっとも、子どもと認識されてないから親子喧嘩と言っていいか微妙。
念のため、俺はバーグのおっさんに確認する。
「なぁ、おっさん。あんたの親父ってことは、この人は皇帝なんだよな?」
「ああ、皇帝だよ。こんなところをほっつき歩きやがって。さっさとキシトルを何とかしろよ」
「そうは言ってもなぁ。あれはどうにもできんぞ」
「故郷が他国に蹂躙されてんだぞっ。誇りってもんがないのかよ、皇帝!」
「ないことはないが……あれだ、これを機会に引退しようと思ってな」
「ふざけんな!」
「ふざけてはおらんぞ。大真面目だ」
「なおわりぃよっ」
「まったく騒がしいヤツだ。ワシの子どもたちは外ればかりで困る」
「誰が外れだ!」
「外れだよ。少なくとも、国を預けられるような子はおらんっ」
「なっ? くっ!」
皇帝は瞳に力を籠める。
そんな些細な行為で、バーグのおっさんは口を閉じてしまった。
押し黙るバーグのおっさんを目の前に、皇帝は小さな息を吐く。
「まぁ、それはワシの責任だがな。どうも、ワシには国を導く才はあっても、子を導く才はなかったようだ」
「だからといって、親父っ。ジョウハクに国を渡すのかよ?」
「襲われた当初はそんなつもりはなかったぞ。落ち延びて、機会を伺っていたわけだしな。だが――」
皇帝は俺をチラリと見た。
そして、王の名を口にする。
「女王ブラン=ティラ=トライフル……幼王なれど、見事なまでに王よ。まだまだ未熟ではあるが、彼女ならキシトルを預けても問題あるまい」
「親父~、いくら相手の王様が立派でも、国を軽々しく渡すもんじゃないだろ?」
「そうだな。だが、我が子たちに託しても、キシトルの繁栄はない」
「親父、それはっ」
「キシトルはジョウハクを宿敵と置き、支配を望んでいた。だが、女王ブランは全てを分かち合うことを望んでいる。それは途方もない目標だ。そうであるのに、女王は前へ進む。そして、それだけの王としての資質を宿している。そこに、老い耄れの出る幕はない」
「あ、う……」
バーグのおっさんは何かを言い返そうとしたのだろう。
しかし、言葉は生まれず、呻き声のような声を最後に言葉を失ってしまった。
俺はキシトルの内情を詳しく知らない。
だけど、今のやり取りで少しだけ触れることができた。
後継となる存在に、キシトルを預けられるほどの器はいない。
そこに女王ブランが現れた。
理想は高く、民に夢と希望を与え、そしてそれを叶えられるだけの王としての器を持つ。
(だから皇帝は、国を譲ることにしたんだ。無茶苦茶なんだか、器がでかいんだか……俺にはこの人を計ることなんてできないな)
俺とバーグのおっさんは揃って重々しい沈黙を友とする。
すると、後ろに控えていた戦士が声を掛けてきた。
その声は、非常に軽いもの……。
「あの~、お二方。あんまり真面目に取らない方がいいっすよ。今の話は二割程度で。八割以上、国の面倒を見るのが面倒ってのが本音ですから」
「こ、こら、余計なことをっ」
さらに魔導士が続く。
「そうそう、女王ブランに国を託すとか言いながら、大陸を渡って新しい国でも作るかぁって言ってましたし。完成された国よりも一から作る方が楽しいからな、わっはっは、って。もう、勝手もいいところ」
「だ、だから、余計なことを言うなとっ」
慌てふためく皇帝。
俺とバーグのおっさんは顔を寄せ合い、皇帝をジトーっと睨みつつ、小声で会話を行う。
「なんすかね、このじーさん?」
「そういうやつなんだよ、親父は。いつか、刺されて死ぬな。てか、死ねっ」
「お、お前ら、か弱い老人をいじめて何が楽しいのだ?」
自称老人はじろりと俺たちを睨みつける。
だけど、俺たちは全員一致でこう思った。
<どこがか弱い老人だ。くそジジイだろ!>
皇帝は俺たちの一体となった心を察知したようで、場を取り繕うように大きく咳払いをしてから話を切り替える。
「ゴホンッ、とにかくだな。女王ブランならば、国を預けても問題はない。それは本音だ。だが、その隣に立つ者が危険すぎるっ」
そう言って、俺を睨みつけた。
さらに彼は言葉を続ける。
「笠鷺燎と言ったな。君は異世界の人間だな?」
「……さすがは皇帝。そうだよ」
この返しにバーグのおっさんが驚きの声を上げた。
「マジか?」
「マジだよ」
「はぁ~、だからあんとき奇妙な言葉を……変わった格好で変わった奴だと思ってたけど、あんちゃんもマヨマヨってわけか」
「マヨマヨに所属してるわけじゃないけど、同じ異世界人」
俺はおっさんから意識を皇帝に向ける。
「それがどうかしましたか?」
「異世界人の君が宰相ヤツハを殺すと言っている……ヤツハもまた異世界人というわけかな?」
「うん……そうなる」
「どのような関係なのだ?」
「それは……」
その説明は難しい。
俺は男だったけど、ヤツハという少女の姿となって、アクタへ訪れた。
そして、その中にはウードという存在が潜んでいた。
今はそのウードがヤツハの身体を乗っ取っている。
俺は男の姿に戻り、今ここにいる。
言葉で並べると簡単だが、どうしてそうなったのかと言及されると言葉が全く足らない。
また、理解してもらえないかもしれない。
だから、俺はもっともわかりやすい言葉で俺たちの関係を伝えた。
「ヤツハは……俺の妹だ」
「ほぉ~」
「だが、今は姉であるウードという女がヤツハの身体を操っている」
「これはこれは珍妙な話だ」
「そして俺は、姉の暴走を止めるために、ここにいる。詳しい話は省くけど、こんな感じ」
「なるほど。それでは、宰相ヤツハの正体はその姉であるウードという女……ヤツハは?」
「わからない。ウードに呑み込まれて、消えてしまったのか。今もまだ、抵抗を続け、生き続けているのか」
「もし、妹が生き続けていたら……リョウよ、妹の命を奪うことになるが?」
「……そうなる。でも、仕方ないこと。大切な人たちを助けるためには……きっと、ヤツハもそれを望んでいる」
俺は視線を少し泳がせつつ、答えを返した。
皇帝はその戸惑いを見逃さない。
「迷いがあるのだな?」
「…………はい」
「フッ、それは致し方あるまい。だが、覚悟もあるのだろう?」
「……はい」
「フフ、まぁよいだろう。ならば、我らも協力しよう」
「え?」
「とはいえ、国民の安全を考えると、さすがにキシトル皇帝としての協力はできんがな。だが、ワシらの力を託すことぐらいならばできる」
皇帝はとても老人とは思えぬ頑強な右腕を伸ばす。
「ワシの魔力を使うといい。ワシだけではなく、控える彼らの魔力。さらには!」
皇帝が言葉を弾くと、入口から大勢の戦士たちが入ってきた。
「彼らはキシトルが誇る益荒男たちだ。そこらの戦士や魔導士とは比べ物にならん力を秘めている!!」
「皇帝……」
「フッ、皇帝はよせ。国を奪われた者にそう呼ばれる資格はない。ワシの名はザルツブルガー。ザルツと呼ぶがいい。そして、笠鷺燎。お前の賭けに乗る、一人の漢《あほう》よ」
ニヤリと皇帝ザルツブルガーことザルツさんは不敵な笑みを漏らす。
俺はその笑みに応えるように、彼の右手を両手で包み込んだ。
「ありがたく頂きます。そして、ヤツハを、ウードを倒して見せます!」
皇帝はそんな俺たちを見ながら、軽い笑いを漏らす。
その笑いに促されるように、二人の付き人が酒場の店主へ金を握らせ人払いを始め出した。
彼らは見学していた連中を使い、床に倒れていた屍もどきを店外へ運び出していく。
窓は全て閉じられ、店内には俺とバーグのおっさん。そして、皇帝とその付き人だけとなった。
付き人は椅子を二脚用意して、横に並べる。
そこにドカッと、皇帝は腰を掛けた。
「ジョウハクに喧嘩を売る少年がいると聞いて物見遊山で来てみたが……なるほど、面白い才を持っているな。名は?」
「え、えっと、笠鷺燎です」
「ほぉ~、その名の響き……」
皇帝が俺に言葉を返そうとしたが、それをおっさんが大声を出して掻き消した。
「親父! なんでこんなところにいるんだよっ!?」
「ん、誰だ、お前は?」
「あんたの息子だよ!?」
「そうだったか? なにぶん、量が多くてな」
「荷物みたいに言うなよっ。あんたが無駄に生き残るから、俺らがどんだけ苦労してると思ってんだよ!?」
「おう、それは悪かったな」
「軽く言いやがって~、死ねっ。マヨマヨに殺されろ!」
「はっはっは、残念だがそれは無理だった。麗しいマヨマヨの女性に命を救われたからな」
「この、どぐそエロ親父!」
唐突に酒場で始まる親子喧嘩。
もっとも、子どもと認識されてないから親子喧嘩と言っていいか微妙。
念のため、俺はバーグのおっさんに確認する。
「なぁ、おっさん。あんたの親父ってことは、この人は皇帝なんだよな?」
「ああ、皇帝だよ。こんなところをほっつき歩きやがって。さっさとキシトルを何とかしろよ」
「そうは言ってもなぁ。あれはどうにもできんぞ」
「故郷が他国に蹂躙されてんだぞっ。誇りってもんがないのかよ、皇帝!」
「ないことはないが……あれだ、これを機会に引退しようと思ってな」
「ふざけんな!」
「ふざけてはおらんぞ。大真面目だ」
「なおわりぃよっ」
「まったく騒がしいヤツだ。ワシの子どもたちは外ればかりで困る」
「誰が外れだ!」
「外れだよ。少なくとも、国を預けられるような子はおらんっ」
「なっ? くっ!」
皇帝は瞳に力を籠める。
そんな些細な行為で、バーグのおっさんは口を閉じてしまった。
押し黙るバーグのおっさんを目の前に、皇帝は小さな息を吐く。
「まぁ、それはワシの責任だがな。どうも、ワシには国を導く才はあっても、子を導く才はなかったようだ」
「だからといって、親父っ。ジョウハクに国を渡すのかよ?」
「襲われた当初はそんなつもりはなかったぞ。落ち延びて、機会を伺っていたわけだしな。だが――」
皇帝は俺をチラリと見た。
そして、王の名を口にする。
「女王ブラン=ティラ=トライフル……幼王なれど、見事なまでに王よ。まだまだ未熟ではあるが、彼女ならキシトルを預けても問題あるまい」
「親父~、いくら相手の王様が立派でも、国を軽々しく渡すもんじゃないだろ?」
「そうだな。だが、我が子たちに託しても、キシトルの繁栄はない」
「親父、それはっ」
「キシトルはジョウハクを宿敵と置き、支配を望んでいた。だが、女王ブランは全てを分かち合うことを望んでいる。それは途方もない目標だ。そうであるのに、女王は前へ進む。そして、それだけの王としての資質を宿している。そこに、老い耄れの出る幕はない」
「あ、う……」
バーグのおっさんは何かを言い返そうとしたのだろう。
しかし、言葉は生まれず、呻き声のような声を最後に言葉を失ってしまった。
俺はキシトルの内情を詳しく知らない。
だけど、今のやり取りで少しだけ触れることができた。
後継となる存在に、キシトルを預けられるほどの器はいない。
そこに女王ブランが現れた。
理想は高く、民に夢と希望を与え、そしてそれを叶えられるだけの王としての器を持つ。
(だから皇帝は、国を譲ることにしたんだ。無茶苦茶なんだか、器がでかいんだか……俺にはこの人を計ることなんてできないな)
俺とバーグのおっさんは揃って重々しい沈黙を友とする。
すると、後ろに控えていた戦士が声を掛けてきた。
その声は、非常に軽いもの……。
「あの~、お二方。あんまり真面目に取らない方がいいっすよ。今の話は二割程度で。八割以上、国の面倒を見るのが面倒ってのが本音ですから」
「こ、こら、余計なことをっ」
さらに魔導士が続く。
「そうそう、女王ブランに国を託すとか言いながら、大陸を渡って新しい国でも作るかぁって言ってましたし。完成された国よりも一から作る方が楽しいからな、わっはっは、って。もう、勝手もいいところ」
「だ、だから、余計なことを言うなとっ」
慌てふためく皇帝。
俺とバーグのおっさんは顔を寄せ合い、皇帝をジトーっと睨みつつ、小声で会話を行う。
「なんすかね、このじーさん?」
「そういうやつなんだよ、親父は。いつか、刺されて死ぬな。てか、死ねっ」
「お、お前ら、か弱い老人をいじめて何が楽しいのだ?」
自称老人はじろりと俺たちを睨みつける。
だけど、俺たちは全員一致でこう思った。
<どこがか弱い老人だ。くそジジイだろ!>
皇帝は俺たちの一体となった心を察知したようで、場を取り繕うように大きく咳払いをしてから話を切り替える。
「ゴホンッ、とにかくだな。女王ブランならば、国を預けても問題はない。それは本音だ。だが、その隣に立つ者が危険すぎるっ」
そう言って、俺を睨みつけた。
さらに彼は言葉を続ける。
「笠鷺燎と言ったな。君は異世界の人間だな?」
「……さすがは皇帝。そうだよ」
この返しにバーグのおっさんが驚きの声を上げた。
「マジか?」
「マジだよ」
「はぁ~、だからあんとき奇妙な言葉を……変わった格好で変わった奴だと思ってたけど、あんちゃんもマヨマヨってわけか」
「マヨマヨに所属してるわけじゃないけど、同じ異世界人」
俺はおっさんから意識を皇帝に向ける。
「それがどうかしましたか?」
「異世界人の君が宰相ヤツハを殺すと言っている……ヤツハもまた異世界人というわけかな?」
「うん……そうなる」
「どのような関係なのだ?」
「それは……」
その説明は難しい。
俺は男だったけど、ヤツハという少女の姿となって、アクタへ訪れた。
そして、その中にはウードという存在が潜んでいた。
今はそのウードがヤツハの身体を乗っ取っている。
俺は男の姿に戻り、今ここにいる。
言葉で並べると簡単だが、どうしてそうなったのかと言及されると言葉が全く足らない。
また、理解してもらえないかもしれない。
だから、俺はもっともわかりやすい言葉で俺たちの関係を伝えた。
「ヤツハは……俺の妹だ」
「ほぉ~」
「だが、今は姉であるウードという女がヤツハの身体を操っている」
「これはこれは珍妙な話だ」
「そして俺は、姉の暴走を止めるために、ここにいる。詳しい話は省くけど、こんな感じ」
「なるほど。それでは、宰相ヤツハの正体はその姉であるウードという女……ヤツハは?」
「わからない。ウードに呑み込まれて、消えてしまったのか。今もまだ、抵抗を続け、生き続けているのか」
「もし、妹が生き続けていたら……リョウよ、妹の命を奪うことになるが?」
「……そうなる。でも、仕方ないこと。大切な人たちを助けるためには……きっと、ヤツハもそれを望んでいる」
俺は視線を少し泳がせつつ、答えを返した。
皇帝はその戸惑いを見逃さない。
「迷いがあるのだな?」
「…………はい」
「フッ、それは致し方あるまい。だが、覚悟もあるのだろう?」
「……はい」
「フフ、まぁよいだろう。ならば、我らも協力しよう」
「え?」
「とはいえ、国民の安全を考えると、さすがにキシトル皇帝としての協力はできんがな。だが、ワシらの力を託すことぐらいならばできる」
皇帝はとても老人とは思えぬ頑強な右腕を伸ばす。
「ワシの魔力を使うといい。ワシだけではなく、控える彼らの魔力。さらには!」
皇帝が言葉を弾くと、入口から大勢の戦士たちが入ってきた。
「彼らはキシトルが誇る益荒男たちだ。そこらの戦士や魔導士とは比べ物にならん力を秘めている!!」
「皇帝……」
「フッ、皇帝はよせ。国を奪われた者にそう呼ばれる資格はない。ワシの名はザルツブルガー。ザルツと呼ぶがいい。そして、笠鷺燎。お前の賭けに乗る、一人の漢《あほう》よ」
ニヤリと皇帝ザルツブルガーことザルツさんは不敵な笑みを漏らす。
俺はその笑みに応えるように、彼の右手を両手で包み込んだ。
「ありがたく頂きます。そして、ヤツハを、ウードを倒して見せます!」
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