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第二十八章 笠鷺燎として
訪れし人
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一年という月日が経とうとも、いまだ破壊の傷跡を忘れられずに、焦げ臭さを残す村に静寂が広がる。
バーグのおっさんは何度か首を横に振り、ゆっくりと首を回転させてから問いかけてきた。
「すげぇこと口にしてるけどよ。ヤツハに恨みでもあんのか?」
「恨みか……そうだな、恨みはある。だけど、それ以上にあいつを止めないと不幸になる人たちがいる」
「そいつぁ、フォレたちのことか?」
「……うん、そう」
「そっか。あんちゃんとフォレとの関係はわからねぇが、本気だってのはわかるぜ。なら、早いとこ何とかしてやらねぇと、間に合わねぇ」
「うん、間に合わないって?」
「フォレたちはヤツハに関係者を殺せと命じられているが、首謀者だけを生け捕りにするだけに留めているらしい」
「本当にっ?」
「直接確認したわけじゃねぇけどな。そのせいで、ヤツハとの不和を噂されているくらいだし、本当じゃねぇのか?」
「そうなんだ。そっか、あいつら……」
ヤツハの命令だからと言って、みんなは素直に従っているわけじゃなかった。
みんなは心に秘める、正義と倫理に従っている。
まだ、間に合う。
だけど、それがいつまで持つかわからない。
ウードのことだ。嫌らしい手を使い、フォレたちの心を揺さぶり、壊しにかかるはず。
なんとか、彼らの両手が血に染まる前に、ウードであるヤツハを殺さないと……。
(ヤツハ……)
この名前に、決心が揺らぐ。
ウードの中にはヤツハがいる。
もしかしたらすでに、ウードに呑み込まれ消えているかもしれない。
だけど、まだ彼女が抵抗を試みていたら……ウードを殺すと同時にヤツハを殺してしまうことになる。
(それでも、やるしかないっ。みんなを助けるために! それにヤツハだって、みんなが苦しんでいる姿を見たくないはず)
――これは勝手な言い分だ。
でも、彼女を助ける方法なんて見当もつかない。
そもそも助けるどころか、俺の力だけではウードを殺すことすらままならない。
(でもっ!)
俺は紫に染まる爪先を見つめる。
そこに宿るは、トーラスイディオムの力。
この力をウードにぶつけることができればっ。
そのためにはまず、彼女と一対一で対峙しなければならない。
そうしないと、ヤツハの皮を被ったウードを守るフォレたちと戦うことになってしまう。
(とにかく、今はウードと一対一になる方法を考えないと。ヤツハのことを含め、話はそれからだ)
頭を切り替え、バーグのおっさんにどこか休める村や町を尋ねる。
「あの、おっさん。どっか休める場所ない? ここだと風通し良すぎて」
「贅沢なやつだなぁ。屋根があれば十分だろ」
「屋根が崩れかけた家なんかで寝たくないわっ。あ、そういや、結局、おっさんはここで何してたんだよ?」
「そいつぁ……追手から逃れるためにな。ここなら一晩くらいなら休めそうだしよ」
「そういえば、追手って、何から逃げてんの?」
「ジョウハクの連中からだよっ。帝国が滅んで、お尋ね者になっちまった」
「ん? いや、帝国が滅んでも、別におっさんがお尋ね者になる理由なくない? なんか、ジョウハク国を怒らすようなことでもしたの? あ、この村を焼いたこととか?」
「それについてもあるだろうが……皇帝陛下様が見事、生き延びちまったからな。そのせいで、一応、皇族である俺まで手配書が回る始末でね」
「皇族? いや、冗談はいいから、真面目に」
「冗談じゃねぇよっ! こう見ても、皇族。ただ、末端の末端のその末端だけどな」
「うっそだ~」
足のつま先から頭のてっぺんまで舐めるように見る。
剣の腕前はなかなかのようだけど、あとはどう見ても風采の上がらないおっさん。
とても、皇帝一家と関係ありそうには見えない。
訝し気におっさんをジトーっと見ていると、おっさんは生えかけの顎髭を撫でてため息をついた。
「はぁ。まぁ、あんちゃんの言いたいことはわからんでもない。でも、マジな話だ」
「へ~、こんなおっさんがねぇ……でも、なんで皇族ともあろう方が、村を焼くなんて下卑た仕事を?」
「さっきも言ったが、末端の皇族だからな。それに、皇族の血を引く人間は掃いて捨て程いるから、俺みたいな末端の騎士以外にも、農民や商人なんかもいるぜ」
「は、皇族なのに?」
「それがよぉ~」
おっさんは頭を抱えて、大仰に首を振った。
そして、うんざりとした様子で声を産む。
「親父……つまり、皇帝陛下様が、まぁ~色ボケで、あっちこっちで子をこさえちまってんだよ」
「へ?」
「おかげさまで国中、いやアクタ中に兄弟姉妹がいる始末」
「うん、あれ? てーと、おっさん、末端どころか直系じゃん!」
「継承順位は二百七十二番目だから、そういった意味で末端なんだよっ。だけど、親父がしぶとく生き延びて、一応直系に当たるうえに、軍に所属していたから指名手配の対象ってわけだ」
「キシトル帝国って……なんなん?」
「ジョウハクに対なす巨大国家。んで、色ボケ皇帝を戴く、エロエロ国家だよっ!」
半分以上投げ槍の声を上げながら、おっさんは地面を蹴った。
そして、抉れた穴につま先をねじり入れ、グニグニとしている。
「まったくよ、おかげさまで気の合う女を見つけるたびに警戒しちまう。もしかしてこの女、俺の姉や妹じゃねぇかって。おまけに親父は守備範囲はひれぇから、女がいくら若くても、下手すりゃ義母って可能性もあるしな」
「うわ~、こわいなぁ、それ」
「その親父がちゃっかり生き延びちまったおかげで、子である俺たちはジョウハクから追い掛け回される羽目に。せめて、親父が縛り首にでもなってくれてたら、末端の俺まで手配されることはなかったのによ」
「いや、親父さんが生き延びたことは喜ぼうよ」
「そりゃあそうなんだが……素直に喜べねぇ~」
両手をわなわなと震わし、心底素直に喜べない様子を表す。
実に不思議な親子関係だ。
おっさんの心情はさておき、見事生き延びた皇帝のことについてちょっと気になることがあった。
「帝都はマヨマヨたちに包囲されたんだろ? 親父さん、よく生き延びれたね」
「そのマヨマヨに逃がされたんだよ」
「え? まさか、マヨマヨの中には皇帝と繋がりを持っている人が?」
「繋がりかぁ~。まぁ、ある意味繋がりだな。なにせそのマヨマヨは、親父の女だったからな」
「おおぉ、とことんですな。親父さん」
「そのおかげで親父は雲隠れ。息子娘である俺らは追い回されているってわけだ」
「ふ~ん、大変だねぇ」
「他人事だな」
「他人事だからね」
「ふ~ん、まぁそうだけどよぉ」
何故か、バーグのおっさんはじっと俺を覗き込む。
「な、なに?」
「いや、あんちゃん。俺の義弟とかいうオチじゃないよな?」
「んなわけないだろっ。なんでそうなるんだよ?」
「いや、妙に馬が合うもんでな。それでつい」
「ま、たしかに初めて会った割には抵抗感がないっつぅか、っ!?」
俺は言葉を途中で切り、慌てて村の入り口に目を向けた。
一歩遅れて、おっさんも村の入り口に視線を移すと、そこに光のカーテンが降りる。
俺はおっさんへ声をぶつける。
「この気配はっ?」
「くそ、追手だ! だけど、直前まで気配を感じなかったぞ!」
「たぶん、転送だ。それもマヨマヨの技術の」
「マヨマヨの? よく、そうだとわかるな。それに俺よりも早く気配に気づくなんて」
「今の俺は、マフープの変化を読み取るのだけは超一流だからな。そのマフープに干渉することなく、光のカーテンがマフープたちを押しのけた」
「今の俺?」
「すまん、それは置いててくれ。とにかく、マフープの変化もなく突如、人の気配が現れた。それができるのはマヨマヨの転送以外存在しない」
俺たちは村の入り口へ意識を集める。
光のカーテンが消えると、入り口からは白いフードを被った人物を筆頭に、十数名の魔導兵が列を連ねた。
魔導兵は皆、真っ黒なローブで全身を覆い、胸元には星のマークをしたバッジをつけている。
俺は彼らから視線を外し、先頭に立つ魔導士の気配を探る。
そして、拳を目一杯強く握り締めて、そいつの名前を呼んだ。
「アプフェル」
バーグのおっさんは何度か首を横に振り、ゆっくりと首を回転させてから問いかけてきた。
「すげぇこと口にしてるけどよ。ヤツハに恨みでもあんのか?」
「恨みか……そうだな、恨みはある。だけど、それ以上にあいつを止めないと不幸になる人たちがいる」
「そいつぁ、フォレたちのことか?」
「……うん、そう」
「そっか。あんちゃんとフォレとの関係はわからねぇが、本気だってのはわかるぜ。なら、早いとこ何とかしてやらねぇと、間に合わねぇ」
「うん、間に合わないって?」
「フォレたちはヤツハに関係者を殺せと命じられているが、首謀者だけを生け捕りにするだけに留めているらしい」
「本当にっ?」
「直接確認したわけじゃねぇけどな。そのせいで、ヤツハとの不和を噂されているくらいだし、本当じゃねぇのか?」
「そうなんだ。そっか、あいつら……」
ヤツハの命令だからと言って、みんなは素直に従っているわけじゃなかった。
みんなは心に秘める、正義と倫理に従っている。
まだ、間に合う。
だけど、それがいつまで持つかわからない。
ウードのことだ。嫌らしい手を使い、フォレたちの心を揺さぶり、壊しにかかるはず。
なんとか、彼らの両手が血に染まる前に、ウードであるヤツハを殺さないと……。
(ヤツハ……)
この名前に、決心が揺らぐ。
ウードの中にはヤツハがいる。
もしかしたらすでに、ウードに呑み込まれ消えているかもしれない。
だけど、まだ彼女が抵抗を試みていたら……ウードを殺すと同時にヤツハを殺してしまうことになる。
(それでも、やるしかないっ。みんなを助けるために! それにヤツハだって、みんなが苦しんでいる姿を見たくないはず)
――これは勝手な言い分だ。
でも、彼女を助ける方法なんて見当もつかない。
そもそも助けるどころか、俺の力だけではウードを殺すことすらままならない。
(でもっ!)
俺は紫に染まる爪先を見つめる。
そこに宿るは、トーラスイディオムの力。
この力をウードにぶつけることができればっ。
そのためにはまず、彼女と一対一で対峙しなければならない。
そうしないと、ヤツハの皮を被ったウードを守るフォレたちと戦うことになってしまう。
(とにかく、今はウードと一対一になる方法を考えないと。ヤツハのことを含め、話はそれからだ)
頭を切り替え、バーグのおっさんにどこか休める村や町を尋ねる。
「あの、おっさん。どっか休める場所ない? ここだと風通し良すぎて」
「贅沢なやつだなぁ。屋根があれば十分だろ」
「屋根が崩れかけた家なんかで寝たくないわっ。あ、そういや、結局、おっさんはここで何してたんだよ?」
「そいつぁ……追手から逃れるためにな。ここなら一晩くらいなら休めそうだしよ」
「そういえば、追手って、何から逃げてんの?」
「ジョウハクの連中からだよっ。帝国が滅んで、お尋ね者になっちまった」
「ん? いや、帝国が滅んでも、別におっさんがお尋ね者になる理由なくない? なんか、ジョウハク国を怒らすようなことでもしたの? あ、この村を焼いたこととか?」
「それについてもあるだろうが……皇帝陛下様が見事、生き延びちまったからな。そのせいで、一応、皇族である俺まで手配書が回る始末でね」
「皇族? いや、冗談はいいから、真面目に」
「冗談じゃねぇよっ! こう見ても、皇族。ただ、末端の末端のその末端だけどな」
「うっそだ~」
足のつま先から頭のてっぺんまで舐めるように見る。
剣の腕前はなかなかのようだけど、あとはどう見ても風采の上がらないおっさん。
とても、皇帝一家と関係ありそうには見えない。
訝し気におっさんをジトーっと見ていると、おっさんは生えかけの顎髭を撫でてため息をついた。
「はぁ。まぁ、あんちゃんの言いたいことはわからんでもない。でも、マジな話だ」
「へ~、こんなおっさんがねぇ……でも、なんで皇族ともあろう方が、村を焼くなんて下卑た仕事を?」
「さっきも言ったが、末端の皇族だからな。それに、皇族の血を引く人間は掃いて捨て程いるから、俺みたいな末端の騎士以外にも、農民や商人なんかもいるぜ」
「は、皇族なのに?」
「それがよぉ~」
おっさんは頭を抱えて、大仰に首を振った。
そして、うんざりとした様子で声を産む。
「親父……つまり、皇帝陛下様が、まぁ~色ボケで、あっちこっちで子をこさえちまってんだよ」
「へ?」
「おかげさまで国中、いやアクタ中に兄弟姉妹がいる始末」
「うん、あれ? てーと、おっさん、末端どころか直系じゃん!」
「継承順位は二百七十二番目だから、そういった意味で末端なんだよっ。だけど、親父がしぶとく生き延びて、一応直系に当たるうえに、軍に所属していたから指名手配の対象ってわけだ」
「キシトル帝国って……なんなん?」
「ジョウハクに対なす巨大国家。んで、色ボケ皇帝を戴く、エロエロ国家だよっ!」
半分以上投げ槍の声を上げながら、おっさんは地面を蹴った。
そして、抉れた穴につま先をねじり入れ、グニグニとしている。
「まったくよ、おかげさまで気の合う女を見つけるたびに警戒しちまう。もしかしてこの女、俺の姉や妹じゃねぇかって。おまけに親父は守備範囲はひれぇから、女がいくら若くても、下手すりゃ義母って可能性もあるしな」
「うわ~、こわいなぁ、それ」
「その親父がちゃっかり生き延びちまったおかげで、子である俺たちはジョウハクから追い掛け回される羽目に。せめて、親父が縛り首にでもなってくれてたら、末端の俺まで手配されることはなかったのによ」
「いや、親父さんが生き延びたことは喜ぼうよ」
「そりゃあそうなんだが……素直に喜べねぇ~」
両手をわなわなと震わし、心底素直に喜べない様子を表す。
実に不思議な親子関係だ。
おっさんの心情はさておき、見事生き延びた皇帝のことについてちょっと気になることがあった。
「帝都はマヨマヨたちに包囲されたんだろ? 親父さん、よく生き延びれたね」
「そのマヨマヨに逃がされたんだよ」
「え? まさか、マヨマヨの中には皇帝と繋がりを持っている人が?」
「繋がりかぁ~。まぁ、ある意味繋がりだな。なにせそのマヨマヨは、親父の女だったからな」
「おおぉ、とことんですな。親父さん」
「そのおかげで親父は雲隠れ。息子娘である俺らは追い回されているってわけだ」
「ふ~ん、大変だねぇ」
「他人事だな」
「他人事だからね」
「ふ~ん、まぁそうだけどよぉ」
何故か、バーグのおっさんはじっと俺を覗き込む。
「な、なに?」
「いや、あんちゃん。俺の義弟とかいうオチじゃないよな?」
「んなわけないだろっ。なんでそうなるんだよ?」
「いや、妙に馬が合うもんでな。それでつい」
「ま、たしかに初めて会った割には抵抗感がないっつぅか、っ!?」
俺は言葉を途中で切り、慌てて村の入り口に目を向けた。
一歩遅れて、おっさんも村の入り口に視線を移すと、そこに光のカーテンが降りる。
俺はおっさんへ声をぶつける。
「この気配はっ?」
「くそ、追手だ! だけど、直前まで気配を感じなかったぞ!」
「たぶん、転送だ。それもマヨマヨの技術の」
「マヨマヨの? よく、そうだとわかるな。それに俺よりも早く気配に気づくなんて」
「今の俺は、マフープの変化を読み取るのだけは超一流だからな。そのマフープに干渉することなく、光のカーテンがマフープたちを押しのけた」
「今の俺?」
「すまん、それは置いててくれ。とにかく、マフープの変化もなく突如、人の気配が現れた。それができるのはマヨマヨの転送以外存在しない」
俺たちは村の入り口へ意識を集める。
光のカーテンが消えると、入り口からは白いフードを被った人物を筆頭に、十数名の魔導兵が列を連ねた。
魔導兵は皆、真っ黒なローブで全身を覆い、胸元には星のマークをしたバッジをつけている。
俺は彼らから視線を外し、先頭に立つ魔導士の気配を探る。
そして、拳を目一杯強く握り締めて、そいつの名前を呼んだ。
「アプフェル」
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