マヨマヨ~迷々の旅人~

雪野湯

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二つの黒

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――キシトル帝国・帝都『リューベンツッカー』
 
 
 ジョウハク国の一連の騒動はキシトル帝国の都にも響き渡っていた。
 その帝都には、黒騎士が住まう館がある。
 彼は自室で怒りと嘆きにのたうち回り、幼子の癇癪の如く、室内にあるものを全て打ち壊していた。

「何故だ!? 何故だっ!? サシオン!!」

 傍にあった大理石の柱を殴りつける。
 華麗であり流美であった柱は無残にも路傍の石ころへと姿を変える。

「またもや、機会を失うのか! あの時のようにっ!」


 黒騎士は今から三百年ほど前、サシオンが造り出した女神の装具を一番最初に纏った人物である。
 その装具は現在の六龍が戴く装具とは異なり、武器に鎧と体全身を装具で埋め尽くすもの。
 
 サシオンは装具の力を鑑みて、全てを纏うのは危険だと忠告をしたが、黒騎士は力を欲するあまり頑として受け付けなかった。
 本来ならばサシオンは止めるべきだったであろう。
 しかし、黒騎士ならばあるいは……という期待も彼にはあった。

 
 だが結果は……黒騎士は装具の力に心を奪われ暴走し、サシオンの声も届かず、王都より去った。
 そこから黒騎士は百年以上の時を掛け、腕を磨き、力を蓄え、そしてそれがサシオンへ届き得るとしたとき、再び王都にサシオンが現れたことを知る。
 
 それは今から百八十年ほど前の出来事。
 当時の彼の名はサシオン=コンベルではなく、サシオン=レープ=クーヘンハウス。
 身分は教会騎士。
 
 
 黒騎士はサシオンに挑もうと王都を目指した。
 だが、王都へあと一歩というところで、当時の六龍に道を阻まれ、断念せざるを得なかった。


 その時の記憶が後悔を呼び起こす
「おのれっ。やはり、理知など不要! 何も考えず、ただ強さを求めておればよかったのだ!!」
 黒騎士は砕け散ったガラスの破片に自身の姿を見る。

 黒き兜の奥に見える朱き眼。
 かつて眼は、獣のように獰猛であった。 
 だが今は、人間の光を宿している。

 人としての光。疎ましき光。

「一度は装具の力に心を呑まれ、理性を失ったが、我は人を取り戻した……それが仇となろうとは!!」

 
 初めて全身に女神の黒き装具を身に纏ったあの時、彼は闘争本能に身を委ね、人の心を捨てた。
 しかし、時が経つにつれて、装具が心に馴染み、やがては人としての自分を取り戻していった。

 百八十年前は無謀にも正面から王都を目指したというのに、今は人として機を見ている。
 そのことが仇となり、黒騎士はサシオンとの決闘の機会を永遠に失ってしまった……いや、彼は百八十年前にはもう……。

「あの時からすでにっ!」

 彼は近くにあった壁を拳で打ち据える。
 脳裏に浮かぶは、英雄ミズノ=サダイエ。

「王都へ向かった時より二十年前、ミズノがいた時代にはすでにサシオンがいた。だが、ミズノが去るのを待って、我はジョウハクへ向かった。我はミズノとの戦いから逃げたっ」

 戦いに生きるはずの自分が戦いから逃げた。
 
 それは恥――そうであっても、黒騎士はサシオンとの戦いを望んでいた。
 しかし、英雄と称されるミズノは、当時の黒騎士やサシオンを遥かに上回る存在……ミズノがジョウハクに留まる間は、サシオンと戦うことは叶わない。
 
 
 黒騎士は戦いの申し子のはず。
 ならばなぜ、ミズノを避けたのか?

 それは彼が戦いを望む狂戦士でなく、一人の騎士として、サシオンとの戦いを望んでいたからである。

 しかし、それは金輪際叶わぬ望みとなる。

 黒騎士にはサシオンが立ち去った理由がよくわかっている。
 女神コトアによって呼び戻されたことを……。
 次に、彼が地上に現れるのはいつの日になるか。
 
 黒騎士は自身の両手を見つめる。
 それは小刻みに震える。

今日こんちにまで装具の力で支えてきたが、肉体はうに限界を超えている。もう、長くはない……もうっ! 二度とサシオンと刃を交えることはできぬっ! ようやく、あの人に届いたというのに!!」

 瞳にサシオンの影を浮かべ、想い人の如く、彼を見つめる。
 共に道を歩んだ友。そして、憧れだった人。
 ついに、その隣に並べた。
 そのはずなのに……彼はそれを証明するすべも並ぶすべもない……。



 黒騎士は窓辺に近づき、北を見つめる。
 彼の視線の先に在るのは王都サンオン。
 サシオンがいるはずの場所……。

 いや、地下に眠るコトアを目指せば、再びサシオンと刃を交えることも可能だろうか?
 しかし、それを行うには、悲鳴を上げ、引き裂けようとしている黒騎士の身体では遠すぎる。

「ふふ、またも理知が我を邪魔するか……」

 そう、狂うなら、今すぐにも王都を目指せばいい。
 だが、人としての理性と知恵がそれを無駄だと悟らせる。
 
 彼は王都から目を離し、帝都の街並みを目に入れる
「帝国の軍事力ならば王都サンオンへ届く考えていたが、今となっては帝都に留まる理由はない」

 帝都から視線を切り、東へと向ける。
「集う強者たち……もはや、我が渇きは癒えることはない。ならば、荒れ狂う血海けっかいへ身を投じるばかり……」


 この日より、帝都『 リューベンツッカー』から黒騎士は姿を消した……。

 

――――――――
 黒騎士の悲恋とも言える思いを遥か遠くから覗く者がいる。
 水晶に映る黒騎士の姿を瞳に宿し、黒き襤褸ぼろの外套に身を包む影は笑う。

「フフフ、私に覗き見られていることも察知できなくなっているようだな。衰えとは悲しきこと。しかし……」

 影は水晶越しでありながらも、黒騎士の姿から恐怖を肌に感じ取る。
 だからこそ、言葉に最大限の敬意と警戒を籠める。

「衰えあれど、貴様はいまだ脅威。さすがはサシオンに届き得る存在……だが、それもあと少しで終わる。全ての脅威が消え去り、全てはかしづくことになる。我ら、迷い人の前にっ!」
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