181 / 286
第二十一章 道を歩む
思わぬ助け
しおりを挟む
――北地区・地下水路出入口
俺とティラは地下水路を進み、そこから出て、北地区のマンホールの傍に立っていた。
「さて、ここから東地区に向かうわけだけど……ティラの格好、目立つなぁ。走りにくそうだし」
真っ赤なドレスにフード付きの黒のロングコート。
ドレスの丈は長く、走るには不向き。
「仕方なかろう。着替える暇なんぞ、なかったからな」
と、言いつつ、スカートの裾を摘まみ、引き裂こうとしている。
だけど少女の力では、上質な布を切り裂くのは難しいようで、布は変わりなく、ただティラの顔がドレスのように真っ赤になっているだけだ。
俺はティラのそばに近寄り、一応確認を取る。
「いいのか?」
「裾丈が邪魔だからな。構わぬっ」
「わかった」
俺はスカートの裾を引き裂く。
足元を隠していたスカートは膝が露出するまで短くなった。
「よし、これでいいだろ」
俺は手にした布をその場に捨てようとした。
すると、ティラが慌てるような声を上げる。
「ちょっと待て。その布を捨てるな!」
「え?」
ティラは俺から布切れをパシリと取り上げて、大事そうに胸元に入れ込む。
「なんで、そんな布切れを?」
「このドレスは、母様と父様からの贈り物だからな」
「え、そうなの? だったら、どうして引き裂くなんて」
「先ずは生き残ることであろう」
「ま、まぁ、そうなんだけど……」
ティラは瞳に悲しみも後悔も乗せず、まっすぐと路地裏の出口を見つめる。
背は凛と張り、先ほどまで命を奪われようとしていた少女には見えない。
覚悟を宿した彼女はティラではなく、ブラン女王として道を歩み始めたようだ。
俺もティラから覚悟を貰い、グッと拳を握る。
そして、彼女の前に立ち、背を壁に預けながら通りの様子を覗き見た。
「……妙に静かだな。だけど、兵士と思しき気配が街全体を覆ってる」
「わかるのか?」
「まぁね。俺もいろいろ経験してきたから、この程度は」
「そうか、ただの礼儀知らずだった女が成長したものだ」
「うっさいわ」
俺はティラをジトリと見た。
彼女のスカートの裾は無残な姿を晒し、風にたなびいている。
その姿を見ながら、先ほどの会話で気になったことを尋ねた。
「あのさ、ティラ?」
「なんだ?」
「さっき、父様って言ったけど、その人はどこに?」
「父様は母様が女王に即位した時点で別れている」
「はっ?」
「王になれば、双子の王族以外は不要なのだ。全ては切り捨てられる。私も何れはそうなるはずだったわけだしな」
ティラは、東の方角を見つめた。
視線の先にあるのは東国『リーベン』。
順当にオランジェットとレーチェが王に即位していれば、ティラはリーベンで隠居するはずだった。
カルアもそうだが、ジョウハクとはとことん双子の存在以外、意味を成さないらしい。
俺はティラの父親のことを尋ねる。
「それじゃあ、親父さんは生きてるんだ?」
「ああ、王都より西にあるテームという町に……このような事態にならなければ、隠居後、会いに行くこともできたが、叶わぬ夢になってしまったな」
ティラの瞳に悲しみの色が映る。
しかし、すぐに色を消す。
「それにもとより父様の一族、シムネル公爵家はブラウニー派。今の私とは敵対関係になるので、どのみち会うわけにはいかん」
「え、マジで? なんで、そんなことに?」
「幼いころの記憶しかないが、父は血を好むお方であった。味方には深い情愛を示すが、敵には情け容赦がない。特に北のソルガムを嫌っておる」
「それじゃあ……」
「うむ、和平を求める母とはあまり折り合いが良くなかったそうだ」
「そうなんだ。悪いな、嫌なことを思い出せて」
「全くだ。だから、無駄話はここまでにしよう。どう、東門へ向かう?」
ティラは親子の情愛を断ち切り、瞳に先を映す。
その変わりように俺は少したじろいでしまう。
だけど、たとえティラが王族であり、その気構えを持とうと年下。
置いていかれるわけにはいかない。
俺は通りに一歩足を延ばし、周囲を確認する。
通りには人がぽつりぽつりいるだけで、閑散としている。
「こんなに人がいないなんて、戒厳令を敷かれているから? 何にせよ、この状態で通りを移動するのは目立つな」
「ヤツハよ、先ほどの転送魔法は?」
「無理。王都に結界が張られてるから。しかも、その結界は王都周辺にまで及んでる。だから、転送魔法を使おうとしたら王都から距離を離さなきゃ」
「そうか、意外と不便だな」
「たしかにね。とにかく嘆いても仕方ない。移動しよう」
東門を目指して、慎重に慌てず急がず歩く。
その途中で近衛騎士団の団員に出くわす。
彼らはきょろきょろして誰かを探しているようだ。
その誰かは言わずもがな、ティラだ。
彼らは慌ただしく、あちらこちらをくまなく移動している様子。
俺たちは出くわすたびに身を伏せるを繰り返す。
なかなか東門まで進めない。
それにティラの格好が邪魔をして、どうしても目立ってしまい、監視の目をすり抜けるためにかなりの苦労を強いられる。
「む~、イライラするなぁ。バーッと走り出したいっ」
「落ち着け、ヤツハ。まぁ、私のせいであるのだが」
「あ、わりぃわりぃ。ちょっと、焦ってるみたいだ。とにかく、北地区から東地区に行って、そこから東門に行かないと」
「わかった、お主の方が王都の地理は明るかろう。任せるとしよう」
「ああ、まかせ――!?」
「そこで何をしている!?」
二人組の兵士が俺たちに気づき、近づいてきた。
右にいた男はティラの姿を見て、ただならぬ様子を読み取り、呼び笛を口にくわえる。
(ヤバいっ!)
俺は雷撃の呪文を手に宿すが、もう一人の兵士が前に飛び出して仲間を呼ぼうとしている兵士を庇った。
(よく訓練されてんなぁっ、ちきしょうっ!)
俺はティラを抱え上げて後ろを振り返る。
前に飛び出した兵士がこちらに走り向かってくる。
だが、なぜか一向に笛の音が鳴らない。
それどころか、追いかけてきたはずの兵士の足音も聞こえてこない。
俺はティラを抱えたまま後ろを振り向く。
すると、二人の兵士の口と手足は凍りつき、その場に固まっていた。
彼らは辛うじて鼻から呼吸をしている状態。
その彼らの後ろに、情熱的なフラメンコの格好をした老年の女性が腰に手を当てて立っていた。
俺は心の中で彼女の名前を呼ぶ。
(サバランさん!)
サバランさんは声を漏らさず、口を動かす
―行きな!―
俺は軽く会釈をして、ここから走り去った。
俺とティラは地下水路を進み、そこから出て、北地区のマンホールの傍に立っていた。
「さて、ここから東地区に向かうわけだけど……ティラの格好、目立つなぁ。走りにくそうだし」
真っ赤なドレスにフード付きの黒のロングコート。
ドレスの丈は長く、走るには不向き。
「仕方なかろう。着替える暇なんぞ、なかったからな」
と、言いつつ、スカートの裾を摘まみ、引き裂こうとしている。
だけど少女の力では、上質な布を切り裂くのは難しいようで、布は変わりなく、ただティラの顔がドレスのように真っ赤になっているだけだ。
俺はティラのそばに近寄り、一応確認を取る。
「いいのか?」
「裾丈が邪魔だからな。構わぬっ」
「わかった」
俺はスカートの裾を引き裂く。
足元を隠していたスカートは膝が露出するまで短くなった。
「よし、これでいいだろ」
俺は手にした布をその場に捨てようとした。
すると、ティラが慌てるような声を上げる。
「ちょっと待て。その布を捨てるな!」
「え?」
ティラは俺から布切れをパシリと取り上げて、大事そうに胸元に入れ込む。
「なんで、そんな布切れを?」
「このドレスは、母様と父様からの贈り物だからな」
「え、そうなの? だったら、どうして引き裂くなんて」
「先ずは生き残ることであろう」
「ま、まぁ、そうなんだけど……」
ティラは瞳に悲しみも後悔も乗せず、まっすぐと路地裏の出口を見つめる。
背は凛と張り、先ほどまで命を奪われようとしていた少女には見えない。
覚悟を宿した彼女はティラではなく、ブラン女王として道を歩み始めたようだ。
俺もティラから覚悟を貰い、グッと拳を握る。
そして、彼女の前に立ち、背を壁に預けながら通りの様子を覗き見た。
「……妙に静かだな。だけど、兵士と思しき気配が街全体を覆ってる」
「わかるのか?」
「まぁね。俺もいろいろ経験してきたから、この程度は」
「そうか、ただの礼儀知らずだった女が成長したものだ」
「うっさいわ」
俺はティラをジトリと見た。
彼女のスカートの裾は無残な姿を晒し、風にたなびいている。
その姿を見ながら、先ほどの会話で気になったことを尋ねた。
「あのさ、ティラ?」
「なんだ?」
「さっき、父様って言ったけど、その人はどこに?」
「父様は母様が女王に即位した時点で別れている」
「はっ?」
「王になれば、双子の王族以外は不要なのだ。全ては切り捨てられる。私も何れはそうなるはずだったわけだしな」
ティラは、東の方角を見つめた。
視線の先にあるのは東国『リーベン』。
順当にオランジェットとレーチェが王に即位していれば、ティラはリーベンで隠居するはずだった。
カルアもそうだが、ジョウハクとはとことん双子の存在以外、意味を成さないらしい。
俺はティラの父親のことを尋ねる。
「それじゃあ、親父さんは生きてるんだ?」
「ああ、王都より西にあるテームという町に……このような事態にならなければ、隠居後、会いに行くこともできたが、叶わぬ夢になってしまったな」
ティラの瞳に悲しみの色が映る。
しかし、すぐに色を消す。
「それにもとより父様の一族、シムネル公爵家はブラウニー派。今の私とは敵対関係になるので、どのみち会うわけにはいかん」
「え、マジで? なんで、そんなことに?」
「幼いころの記憶しかないが、父は血を好むお方であった。味方には深い情愛を示すが、敵には情け容赦がない。特に北のソルガムを嫌っておる」
「それじゃあ……」
「うむ、和平を求める母とはあまり折り合いが良くなかったそうだ」
「そうなんだ。悪いな、嫌なことを思い出せて」
「全くだ。だから、無駄話はここまでにしよう。どう、東門へ向かう?」
ティラは親子の情愛を断ち切り、瞳に先を映す。
その変わりように俺は少したじろいでしまう。
だけど、たとえティラが王族であり、その気構えを持とうと年下。
置いていかれるわけにはいかない。
俺は通りに一歩足を延ばし、周囲を確認する。
通りには人がぽつりぽつりいるだけで、閑散としている。
「こんなに人がいないなんて、戒厳令を敷かれているから? 何にせよ、この状態で通りを移動するのは目立つな」
「ヤツハよ、先ほどの転送魔法は?」
「無理。王都に結界が張られてるから。しかも、その結界は王都周辺にまで及んでる。だから、転送魔法を使おうとしたら王都から距離を離さなきゃ」
「そうか、意外と不便だな」
「たしかにね。とにかく嘆いても仕方ない。移動しよう」
東門を目指して、慎重に慌てず急がず歩く。
その途中で近衛騎士団の団員に出くわす。
彼らはきょろきょろして誰かを探しているようだ。
その誰かは言わずもがな、ティラだ。
彼らは慌ただしく、あちらこちらをくまなく移動している様子。
俺たちは出くわすたびに身を伏せるを繰り返す。
なかなか東門まで進めない。
それにティラの格好が邪魔をして、どうしても目立ってしまい、監視の目をすり抜けるためにかなりの苦労を強いられる。
「む~、イライラするなぁ。バーッと走り出したいっ」
「落ち着け、ヤツハ。まぁ、私のせいであるのだが」
「あ、わりぃわりぃ。ちょっと、焦ってるみたいだ。とにかく、北地区から東地区に行って、そこから東門に行かないと」
「わかった、お主の方が王都の地理は明るかろう。任せるとしよう」
「ああ、まかせ――!?」
「そこで何をしている!?」
二人組の兵士が俺たちに気づき、近づいてきた。
右にいた男はティラの姿を見て、ただならぬ様子を読み取り、呼び笛を口にくわえる。
(ヤバいっ!)
俺は雷撃の呪文を手に宿すが、もう一人の兵士が前に飛び出して仲間を呼ぼうとしている兵士を庇った。
(よく訓練されてんなぁっ、ちきしょうっ!)
俺はティラを抱え上げて後ろを振り返る。
前に飛び出した兵士がこちらに走り向かってくる。
だが、なぜか一向に笛の音が鳴らない。
それどころか、追いかけてきたはずの兵士の足音も聞こえてこない。
俺はティラを抱えたまま後ろを振り向く。
すると、二人の兵士の口と手足は凍りつき、その場に固まっていた。
彼らは辛うじて鼻から呼吸をしている状態。
その彼らの後ろに、情熱的なフラメンコの格好をした老年の女性が腰に手を当てて立っていた。
俺は心の中で彼女の名前を呼ぶ。
(サバランさん!)
サバランさんは声を漏らさず、口を動かす
―行きな!―
俺は軽く会釈をして、ここから走り去った。
0
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説
2回目の人生は異世界で
黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

家庭菜園物語
コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。
その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。
異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。
うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました
akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる