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第二十章 震天駭地
暗雲
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時と空間を司る龍『トーラスイディオム』の死を看取ったあと、俺たちは街道を四日進み、三叉路に到着する。
ノアゼットはメプルとは違う方角にある故郷へ帰るため、ここで別れることになった。
彼女は別れの間際、チラリと俺を見た。
何か言いたげ雰囲気を醸す。
でも、何も言わず、静かに頭を下げて、故郷へと向かっていった。
それはちょっと気になる態度だったけど、男顔負けの男気溢れるあの人のことだ。何か重要な話があれば話してくれただろう。
おそらくは大した話じゃないはず。
俺は彼女の態度のことをすぐに忘れた。
そして、さらに一日後。
予定より少し遅れたが、ようやく『メプル』に到着した。
メプルは湖沿いにある町で、その湖からは大きな川が飛び出し、海まで繋がっている。
そこから様々な交易品が集まってくるそうだ。
その交易品の中でも重要なものの一つ――香辛料。
トルテさんは香辛料の取引と情報交換のために、サダさんと一緒に商売相手のお店に向かった。
俺とエクレル先生はピケを連れて宿探し。
サンシュメと同じように食堂を完備している適当な宿を見つけた。
手の空いていた店の人にトルテさんへの使いを頼む。
そして、俺たちは先に食事をとり、トルテさんとサダさんの帰りを待つことにした。
四人掛けの四角テーブルを囲み、俺はピケを隣に置いてメニューと睨めっこしている。
「スパイシーチキンと、キャベツとキノコの炒め物……。いや、ここは野豚のガーリック炒めと、きゅうりとエビの和え物。う~ん、全部でいいっか」
「そんなに食べるの~、おねえちゃん?」
「旅の間、干し肉ばっかりだったからな。とにかく新鮮な肉が食べたいのだ!」
「お肉以外にもいっぱい食べてるじゃないの。太るよ」
「構わん。それにちょっと太めの方が愛嬌があっていいだろ」
ピケは首を横に振る。
先生も同じく横に振っている。
「ヤツハちゃん。油断してるとあっという間に太るものよ。せっかく湖の町なんだから、魚料理を注文してみたら?」
「魚、魚ねぇ……嫌いじゃないけど骨が邪魔でなぁ。何か丸ごと油で揚げた、骨までバリバリ食べられる魚料理ってないかなぁ」
「だから、油から離れなさい」
結局、俺は肉を押し通して、肉料理を中心に注文。
先生は焼き魚と魚介のスープ。
ピケは香辛料を利かせた野菜炒めと、さっぱり風味のスープを注文した。
俺たちは取り留めのない会話をしながら食事を口に運ぶ。
食事の途中、俺は食堂をさらっと見回し、ピケとエクレル先生を目に入れて口元を緩める。
(道中は大変だったけど、旅も悪くないな。見知らぬ町で初めてのお店の料理に舌鼓を打つ。親しい人たちとの楽しいお喋りの時間。機会があれば今度、仕事抜きでフォレたちとどっかに行きたいな)
「ふふ」
仲間たちとの楽しい旅を想像して、緩んでいた口元から笑いが零れ落ちた。
それを耳にしたピケがくりくりした栗色の瞳を見せて、こちらを見つめてきた。
「どうしたの?」
「うん? いや、みんながジョウハクに帰ってきたら、どっかに遊び行きたいなってな」
「どっかにっ? どこに行くのっ?」
「それは決めてないけど、適当な観光地にでもな。ピケも一緒に行こうな」
「うん!」
俺とピケはにっこりと微笑み合い、ピケはお勧めの観光地の話を身体と一緒に弾ませる。
それを正面に座る先生が恨めしそうに見ていた。
「ねぇ、もちろん私も一緒よね?」
「え、行きたいんですか?」
「ひどいっ!」
「はは、冗談ですよ。もちろん先生もです。転送魔法があれば、旅が楽できるし」
「足扱いっ!? でも、まぁ、良いでしょう。その代わり、旅先は私が指定します」
「どこかお勧めがあるんですか?」
「ええ、温泉地を」
「却下」
「ええええ~、どうしてっ!?」
「どうせ、俺やアプフェルたちの裸を見たいだけでしょうが!」
「クッ、まさか、読まれているなんて。成長したのね、ヤツハちゃん」
「それくらい成長しなくても読めますよ!」
隣に座るピケは俺たちのやり取りを呆れながらも、笑顔で声を漏らす。
「もう~、エクレルちゃんは変わんないねぇ。お母さんからすっごく怒られたのに」
「あ~、あれはね……いま思えば、暴走気味だったかも」
「頬ずりの件ですか?」
「そう。まだ、三歳だったピケちゃんを抱きしめて、ほっぺをすりすりしたの」
先生はピケに視線を送る。
ピケはほっぺたを撫でながら、顔をしかめる。
「あんまり覚えていないけど、なんか嫌だったのは覚えてる」
「そりゃ、スキンシップにも程度があるだろうし。んで、そこからサダさんやトルテさんから怒られたと?」
「ええ、そう。サダさんから怒鳴られ、トルテさんからは容赦なく殴られました、グーで。『うちの娘に何するんだい!』って」
「本気で怒られてるじゃないですか……」
「そう、あの時、私の中でこの人には逆らってはいけないって心に刻んだの。なにせ、無意識に魔法壁を張ったはずなのに、魔力も籠らない拳で粉々に砕かれちゃったんだから」
「おおぅ、スゲェ、トルテさん」
さすがは龍とタイマン張った柊アカネの娘だろうか。
先生の障壁を素手で壊すとは……。
その後、ピケは覚えている限りの先生の悪行を話していく。
そのたびに先生は逃げ場を失ったネズミのように体をプルプルと震わせていた。
もちろん、窮鼠猫を噛むなんてできるはずもなく。完全なサンドバッグ……。
しばらく時が経ち、テーブルに並んだ食事をすっかり平らげて、話も一段落しようと頃にトルテさんたちが帰ってきた。
二人は顔を青褪めて息を切らしている。
「大変だよっ!」
「ちょ、トルテさん? どうしたんですか?」
「プ、プラリネ女王陛下が暗殺されたそうだよ!!」
「はっ?」
続いて、サダさんが言葉を繋げる。
「暗殺犯はっ、アステル近衛騎士団の団長サシオン=コンベルだそうだっ!」
ノアゼットはメプルとは違う方角にある故郷へ帰るため、ここで別れることになった。
彼女は別れの間際、チラリと俺を見た。
何か言いたげ雰囲気を醸す。
でも、何も言わず、静かに頭を下げて、故郷へと向かっていった。
それはちょっと気になる態度だったけど、男顔負けの男気溢れるあの人のことだ。何か重要な話があれば話してくれただろう。
おそらくは大した話じゃないはず。
俺は彼女の態度のことをすぐに忘れた。
そして、さらに一日後。
予定より少し遅れたが、ようやく『メプル』に到着した。
メプルは湖沿いにある町で、その湖からは大きな川が飛び出し、海まで繋がっている。
そこから様々な交易品が集まってくるそうだ。
その交易品の中でも重要なものの一つ――香辛料。
トルテさんは香辛料の取引と情報交換のために、サダさんと一緒に商売相手のお店に向かった。
俺とエクレル先生はピケを連れて宿探し。
サンシュメと同じように食堂を完備している適当な宿を見つけた。
手の空いていた店の人にトルテさんへの使いを頼む。
そして、俺たちは先に食事をとり、トルテさんとサダさんの帰りを待つことにした。
四人掛けの四角テーブルを囲み、俺はピケを隣に置いてメニューと睨めっこしている。
「スパイシーチキンと、キャベツとキノコの炒め物……。いや、ここは野豚のガーリック炒めと、きゅうりとエビの和え物。う~ん、全部でいいっか」
「そんなに食べるの~、おねえちゃん?」
「旅の間、干し肉ばっかりだったからな。とにかく新鮮な肉が食べたいのだ!」
「お肉以外にもいっぱい食べてるじゃないの。太るよ」
「構わん。それにちょっと太めの方が愛嬌があっていいだろ」
ピケは首を横に振る。
先生も同じく横に振っている。
「ヤツハちゃん。油断してるとあっという間に太るものよ。せっかく湖の町なんだから、魚料理を注文してみたら?」
「魚、魚ねぇ……嫌いじゃないけど骨が邪魔でなぁ。何か丸ごと油で揚げた、骨までバリバリ食べられる魚料理ってないかなぁ」
「だから、油から離れなさい」
結局、俺は肉を押し通して、肉料理を中心に注文。
先生は焼き魚と魚介のスープ。
ピケは香辛料を利かせた野菜炒めと、さっぱり風味のスープを注文した。
俺たちは取り留めのない会話をしながら食事を口に運ぶ。
食事の途中、俺は食堂をさらっと見回し、ピケとエクレル先生を目に入れて口元を緩める。
(道中は大変だったけど、旅も悪くないな。見知らぬ町で初めてのお店の料理に舌鼓を打つ。親しい人たちとの楽しいお喋りの時間。機会があれば今度、仕事抜きでフォレたちとどっかに行きたいな)
「ふふ」
仲間たちとの楽しい旅を想像して、緩んでいた口元から笑いが零れ落ちた。
それを耳にしたピケがくりくりした栗色の瞳を見せて、こちらを見つめてきた。
「どうしたの?」
「うん? いや、みんながジョウハクに帰ってきたら、どっかに遊び行きたいなってな」
「どっかにっ? どこに行くのっ?」
「それは決めてないけど、適当な観光地にでもな。ピケも一緒に行こうな」
「うん!」
俺とピケはにっこりと微笑み合い、ピケはお勧めの観光地の話を身体と一緒に弾ませる。
それを正面に座る先生が恨めしそうに見ていた。
「ねぇ、もちろん私も一緒よね?」
「え、行きたいんですか?」
「ひどいっ!」
「はは、冗談ですよ。もちろん先生もです。転送魔法があれば、旅が楽できるし」
「足扱いっ!? でも、まぁ、良いでしょう。その代わり、旅先は私が指定します」
「どこかお勧めがあるんですか?」
「ええ、温泉地を」
「却下」
「ええええ~、どうしてっ!?」
「どうせ、俺やアプフェルたちの裸を見たいだけでしょうが!」
「クッ、まさか、読まれているなんて。成長したのね、ヤツハちゃん」
「それくらい成長しなくても読めますよ!」
隣に座るピケは俺たちのやり取りを呆れながらも、笑顔で声を漏らす。
「もう~、エクレルちゃんは変わんないねぇ。お母さんからすっごく怒られたのに」
「あ~、あれはね……いま思えば、暴走気味だったかも」
「頬ずりの件ですか?」
「そう。まだ、三歳だったピケちゃんを抱きしめて、ほっぺをすりすりしたの」
先生はピケに視線を送る。
ピケはほっぺたを撫でながら、顔をしかめる。
「あんまり覚えていないけど、なんか嫌だったのは覚えてる」
「そりゃ、スキンシップにも程度があるだろうし。んで、そこからサダさんやトルテさんから怒られたと?」
「ええ、そう。サダさんから怒鳴られ、トルテさんからは容赦なく殴られました、グーで。『うちの娘に何するんだい!』って」
「本気で怒られてるじゃないですか……」
「そう、あの時、私の中でこの人には逆らってはいけないって心に刻んだの。なにせ、無意識に魔法壁を張ったはずなのに、魔力も籠らない拳で粉々に砕かれちゃったんだから」
「おおぅ、スゲェ、トルテさん」
さすがは龍とタイマン張った柊アカネの娘だろうか。
先生の障壁を素手で壊すとは……。
その後、ピケは覚えている限りの先生の悪行を話していく。
そのたびに先生は逃げ場を失ったネズミのように体をプルプルと震わせていた。
もちろん、窮鼠猫を噛むなんてできるはずもなく。完全なサンドバッグ……。
しばらく時が経ち、テーブルに並んだ食事をすっかり平らげて、話も一段落しようと頃にトルテさんたちが帰ってきた。
二人は顔を青褪めて息を切らしている。
「大変だよっ!」
「ちょ、トルテさん? どうしたんですか?」
「プ、プラリネ女王陛下が暗殺されたそうだよ!!」
「はっ?」
続いて、サダさんが言葉を繋げる。
「暗殺犯はっ、アステル近衛騎士団の団長サシオン=コンベルだそうだっ!」
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