マヨマヨ~迷々の旅人~

雪野湯

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第十五章 絶望の先にあるもの

ヤツハ、覚醒

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 先に広がるは、巨大な箪笥鎮座する知識眠りし世界。
 ヤツハの目の前には、薄ら笑いを浮かべるウードの姿。
 ウードは嘲笑を籠めた言葉を掛ける。


「うひ、ふふ、フフフ。どうするの?」
「俺は、間違っていた」
「何を?」
「俺はお前から力を借りることを恐れた」

 ウードがヤツハに手を差し伸ばしたあのとき、ヤツハはこれ以上ウードを近くに感じることを恐れていた。

 初めて会った彼女は、満足に言葉も話せない存在だった。
 次に会ったときは影だった。
 次に会ったときは言葉を発した。
 物を造り、色が付き、記憶を見ていた。

 ゆっくりと侵食していくウードの姿に、ヤツハは恐れていた。


「お前は、俺を、このヤツハの身体を乗っ取ろうとしているんだろ?」
「ええ、そうよ」
「お前に力を借りれば、体を奪われるかもしれない。それが怖くて、力を貸せとは言えなかった。でも、それは過ちだった。俺の判断ミスで、近藤は!」

 ヤツハは歯を噛みしめ、両手を強く握る。
 そして、右手をウードへと差し伸ばす。

「力を貸せ、ウード! 俺はこれ以上、もう、誰も失いたくない……」
「ええ、もちろん。でも、安心しなさい。この程度であなたの身体を乗っ取ることはできないから」
 
 ウードは微笑む。
 その微笑みは始まり……ヤツハの心を捻じ伏せたことで、ここより、本格的な侵食が始まる。
 ヤツハもそのことはよく理解している。
 だけど、みんなを救うにはこの方法しかない。
 
 
 ウードは風に揺れる気高き百合よりも美しい腕をしなやかに伸ばし、ヤツハの手を包む。
「私の力とあなたの力が合わされば、飛躍的に能力が上がる。でも、言っておくわ。それをもっても、あの黒騎士には勝てない」
「だから?」
「ええ、わかっている。あなたはそれでも戦いを選択する。愚かだから……」

「だったら、止めるか?」
「止めたい。でも、私にはまだ、そこまでできない。実に口惜しい。こんな馬鹿げた戦いで命を落とそうとするなんて」


「主導権はまだまだ俺にあるってわけか。だったら、観客席でゆっくり観戦してなっ」
「減らず口……最後に言っておく…………逃げなさい。それが唯一、あなたが生き残れる方法。仲間を失う気持ちは痛いほどわかるけど、生きていればこそよ」

「ふふ、痛いほどわかる? よく言うぜ、そんなこと感じてもないくせに……そして、ウード。お前は本当の意味で俺の気持ちなどわかっていない」
「わかってるわよ。仲間を見捨てることができない。そんな、一時いっときの感情で」
「一時じゃないっ! これが全てなんだ!」


 ヤツハの声は箪笥の世界に木霊し、浸透していく。
 感情吹きすさぶ刃はウードを襲うが、以前ほど彼女は苦痛に顔を歪めたりはしない。
 ウードは口角を捩じ上げ、ヤツハを瞳で凌辱する。


「す・べ・て? ふふ、愚かねぇ。この出来事は、長きに渡る人生の絵巻の一部分にしか過ぎない。空白の箇所に視線を落とし心を痛めるでしょうが、これから先も、新たに絵は足されていく。そう、これは人生の一コマに過ぎない」

「そうだな、一コマだ。だけどな、その一コマが人生の大部分を占めることもあるんだっ。あいつらは俺にとって、人生で最っ高のページなんだ! それを失うなんてあり得ない!!」
 
 ヤツハの皆に対する思いは箪笥の世界で脈打ち、マグマのように熱き思いが場を満たしていく。
 ウードは全身から汗を拭きだして、奥歯を噛み締める。
 
「この、愚か者めが……」
「愚かはお前だ、ウード」
「なんですって?」

「お前がどれだけ長く生きてきたのかは知らない。だけど、俺が手に入れることのできた大切な一コマを、お前は手に入れることができなかったんだな」
「貴様っ」
「愚か、というより、寂しいな」
「っ!?」

 ヤツハは寂しさ混じりながらも、ウードへ優し気に微笑みかけた。
 慈愛の籠る瞳。
 だが、その瞳が余計にウードの心に刃を突き立てる。

 ウードは胸をさっとはたいて、闇に溶け込み消えた。
 その態度、心に着いた汚れを落とすかのような……。

 

 ヤツハは瞳に光を取り入れ、外の情景を映す。
 目の前には死を体現せし存在――黒騎士。

 後ろには守るべき日常。

(さぁ、行くぞ。大切なもの守るためにっ。宿る力の全てを、解放っ!!)

 ヤツハの身より、神々しく輝く蒸気が湧き立つ。
 それは魔力の奔流。
 つゆのように煌めく黒真珠の瞳は巨大すぎる魔力の影響を受けてか、黄金の色が溶け込む。

 黒騎士はヤツハの姿を目にして、小さく唸り声を上げる。
「ほぉっ」
 彼はヤツハの変わりように、大いに興味を抱いた。
 脆弱であった少女が、おのが前に立ち塞がりし強敵に変貌したことに。

 ヤツハは自身を包む天上にも届きうる魔力を、全てその身の内に納める。
(全てを、肉体の強化に。黒騎士に立ち向かうために!!)

 ヤツハが一度ひとたび目を閉じ、次に大きく開くと、魔力の奔流は消え去り衝撃波が大気を駆け巡った。
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