133 / 286
第十五章 絶望の先にあるもの
ヤツハ、覚醒
しおりを挟む
先に広がるは、巨大な箪笥鎮座する知識眠りし世界。
ヤツハの目の前には、薄ら笑いを浮かべるウードの姿。
ウードは嘲笑を籠めた言葉を掛ける。
「うひ、ふふ、フフフ。どうするの?」
「俺は、間違っていた」
「何を?」
「俺はお前から力を借りることを恐れた」
ウードがヤツハに手を差し伸ばしたあのとき、ヤツハはこれ以上ウードを近くに感じることを恐れていた。
初めて会った彼女は、満足に言葉も話せない存在だった。
次に会ったときは影だった。
次に会ったときは言葉を発した。
物を造り、色が付き、記憶を見ていた。
ゆっくりと侵食していくウードの姿に、ヤツハは恐れていた。
「お前は、俺を、このヤツハの身体を乗っ取ろうとしているんだろ?」
「ええ、そうよ」
「お前に力を借りれば、体を奪われるかもしれない。それが怖くて、力を貸せとは言えなかった。でも、それは過ちだった。俺の判断ミスで、近藤は!」
ヤツハは歯を噛みしめ、両手を強く握る。
そして、右手をウードへと差し伸ばす。
「力を貸せ、ウード! 俺はこれ以上、もう、誰も失いたくない……」
「ええ、もちろん。でも、安心しなさい。この程度であなたの身体を乗っ取ることはできないから」
ウードは微笑む。
その微笑みは始まり……ヤツハの心を捻じ伏せたことで、ここより、本格的な侵食が始まる。
ヤツハもそのことはよく理解している。
だけど、みんなを救うにはこの方法しかない。
ウードは風に揺れる気高き百合よりも美しい腕をしなやかに伸ばし、ヤツハの手を包む。
「私の力とあなたの力が合わされば、飛躍的に能力が上がる。でも、言っておくわ。それをもっても、あの黒騎士には勝てない」
「だから?」
「ええ、わかっている。あなたはそれでも戦いを選択する。愚かだから……」
「だったら、止めるか?」
「止めたい。でも、私にはまだ、そこまでできない。実に口惜しい。こんな馬鹿げた戦いで命を落とそうとするなんて」
「主導権はまだまだ俺にあるってわけか。だったら、観客席でゆっくり観戦してなっ」
「減らず口……最後に言っておく…………逃げなさい。それが唯一、あなたが生き残れる方法。仲間を失う気持ちは痛いほどわかるけど、生きていればこそよ」
「ふふ、痛いほどわかる? よく言うぜ、そんなこと感じてもないくせに……そして、ウード。お前は本当の意味で俺の気持ちなどわかっていない」
「わかってるわよ。仲間を見捨てることができない。そんな、一時の感情で」
「一時じゃないっ! これが全てなんだ!」
ヤツハの声は箪笥の世界に木霊し、浸透していく。
感情吹き荒ぶ刃はウードを襲うが、以前ほど彼女は苦痛に顔を歪めたりはしない。
ウードは口角を捩じ上げ、ヤツハを瞳で凌辱する。
「す・べ・て? ふふ、愚かねぇ。この出来事は、長きに渡る人生の絵巻の一部分にしか過ぎない。空白の箇所に視線を落とし心を痛めるでしょうが、これから先も、新たに絵は足されていく。そう、これは人生の一コマに過ぎない」
「そうだな、一コマだ。だけどな、その一コマが人生の大部分を占めることもあるんだっ。あいつらは俺にとって、人生で最っ高のページなんだ! それを失うなんてあり得ない!!」
ヤツハの皆に対する思いは箪笥の世界で脈打ち、マグマのように熱き思いが場を満たしていく。
ウードは全身から汗を拭きだして、奥歯を噛み締める。
「この、愚か者めが……」
「愚かはお前だ、ウード」
「なんですって?」
「お前がどれだけ長く生きてきたのかは知らない。だけど、俺が手に入れることのできた大切な一コマを、お前は手に入れることができなかったんだな」
「貴様っ」
「愚か、というより、寂しいな」
「っ!?」
ヤツハは寂しさ混じりながらも、ウードへ優し気に微笑みかけた。
慈愛の籠る瞳。
だが、その瞳が余計にウードの心に刃を突き立てる。
ウードは胸をさっとはたいて、闇に溶け込み消えた。
その態度、心に着いた汚れを落とすかのような……。
ヤツハは瞳に光を取り入れ、外の情景を映す。
目の前には死を体現せし存在――黒騎士。
後ろには守るべき日常。
(さぁ、行くぞ。大切なもの守るためにっ。宿る力の全てを、解放っ!!)
ヤツハの身より、神々しく輝く蒸気が湧き立つ。
それは魔力の奔流。
露のように煌めく黒真珠の瞳は巨大すぎる魔力の影響を受けてか、黄金の色が溶け込む。
黒騎士はヤツハの姿を目にして、小さく唸り声を上げる。
「ほぉっ」
彼はヤツハの変わりように、大いに興味を抱いた。
脆弱であった少女が、己が前に立ち塞がりし強敵に変貌したことに。
ヤツハは自身を包む天上にも届きうる魔力を、全てその身の内に納める。
(全てを、肉体の強化に。黒騎士に立ち向かうために!!)
ヤツハが一度目を閉じ、次に大きく開くと、魔力の奔流は消え去り衝撃波が大気を駆け巡った。
ヤツハの目の前には、薄ら笑いを浮かべるウードの姿。
ウードは嘲笑を籠めた言葉を掛ける。
「うひ、ふふ、フフフ。どうするの?」
「俺は、間違っていた」
「何を?」
「俺はお前から力を借りることを恐れた」
ウードがヤツハに手を差し伸ばしたあのとき、ヤツハはこれ以上ウードを近くに感じることを恐れていた。
初めて会った彼女は、満足に言葉も話せない存在だった。
次に会ったときは影だった。
次に会ったときは言葉を発した。
物を造り、色が付き、記憶を見ていた。
ゆっくりと侵食していくウードの姿に、ヤツハは恐れていた。
「お前は、俺を、このヤツハの身体を乗っ取ろうとしているんだろ?」
「ええ、そうよ」
「お前に力を借りれば、体を奪われるかもしれない。それが怖くて、力を貸せとは言えなかった。でも、それは過ちだった。俺の判断ミスで、近藤は!」
ヤツハは歯を噛みしめ、両手を強く握る。
そして、右手をウードへと差し伸ばす。
「力を貸せ、ウード! 俺はこれ以上、もう、誰も失いたくない……」
「ええ、もちろん。でも、安心しなさい。この程度であなたの身体を乗っ取ることはできないから」
ウードは微笑む。
その微笑みは始まり……ヤツハの心を捻じ伏せたことで、ここより、本格的な侵食が始まる。
ヤツハもそのことはよく理解している。
だけど、みんなを救うにはこの方法しかない。
ウードは風に揺れる気高き百合よりも美しい腕をしなやかに伸ばし、ヤツハの手を包む。
「私の力とあなたの力が合わされば、飛躍的に能力が上がる。でも、言っておくわ。それをもっても、あの黒騎士には勝てない」
「だから?」
「ええ、わかっている。あなたはそれでも戦いを選択する。愚かだから……」
「だったら、止めるか?」
「止めたい。でも、私にはまだ、そこまでできない。実に口惜しい。こんな馬鹿げた戦いで命を落とそうとするなんて」
「主導権はまだまだ俺にあるってわけか。だったら、観客席でゆっくり観戦してなっ」
「減らず口……最後に言っておく…………逃げなさい。それが唯一、あなたが生き残れる方法。仲間を失う気持ちは痛いほどわかるけど、生きていればこそよ」
「ふふ、痛いほどわかる? よく言うぜ、そんなこと感じてもないくせに……そして、ウード。お前は本当の意味で俺の気持ちなどわかっていない」
「わかってるわよ。仲間を見捨てることができない。そんな、一時の感情で」
「一時じゃないっ! これが全てなんだ!」
ヤツハの声は箪笥の世界に木霊し、浸透していく。
感情吹き荒ぶ刃はウードを襲うが、以前ほど彼女は苦痛に顔を歪めたりはしない。
ウードは口角を捩じ上げ、ヤツハを瞳で凌辱する。
「す・べ・て? ふふ、愚かねぇ。この出来事は、長きに渡る人生の絵巻の一部分にしか過ぎない。空白の箇所に視線を落とし心を痛めるでしょうが、これから先も、新たに絵は足されていく。そう、これは人生の一コマに過ぎない」
「そうだな、一コマだ。だけどな、その一コマが人生の大部分を占めることもあるんだっ。あいつらは俺にとって、人生で最っ高のページなんだ! それを失うなんてあり得ない!!」
ヤツハの皆に対する思いは箪笥の世界で脈打ち、マグマのように熱き思いが場を満たしていく。
ウードは全身から汗を拭きだして、奥歯を噛み締める。
「この、愚か者めが……」
「愚かはお前だ、ウード」
「なんですって?」
「お前がどれだけ長く生きてきたのかは知らない。だけど、俺が手に入れることのできた大切な一コマを、お前は手に入れることができなかったんだな」
「貴様っ」
「愚か、というより、寂しいな」
「っ!?」
ヤツハは寂しさ混じりながらも、ウードへ優し気に微笑みかけた。
慈愛の籠る瞳。
だが、その瞳が余計にウードの心に刃を突き立てる。
ウードは胸をさっとはたいて、闇に溶け込み消えた。
その態度、心に着いた汚れを落とすかのような……。
ヤツハは瞳に光を取り入れ、外の情景を映す。
目の前には死を体現せし存在――黒騎士。
後ろには守るべき日常。
(さぁ、行くぞ。大切なもの守るためにっ。宿る力の全てを、解放っ!!)
ヤツハの身より、神々しく輝く蒸気が湧き立つ。
それは魔力の奔流。
露のように煌めく黒真珠の瞳は巨大すぎる魔力の影響を受けてか、黄金の色が溶け込む。
黒騎士はヤツハの姿を目にして、小さく唸り声を上げる。
「ほぉっ」
彼はヤツハの変わりように、大いに興味を抱いた。
脆弱であった少女が、己が前に立ち塞がりし強敵に変貌したことに。
ヤツハは自身を包む天上にも届きうる魔力を、全てその身の内に納める。
(全てを、肉体の強化に。黒騎士に立ち向かうために!!)
ヤツハが一度目を閉じ、次に大きく開くと、魔力の奔流は消え去り衝撃波が大気を駆け巡った。
0
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説

神々に見捨てられし者、自力で最強へ
九頭七尾
ファンタジー
三大貴族の一角、アルベール家の長子として生まれた少年、ライズ。だが「祝福の儀」で何の天職も授かることができなかった彼は、『神々に見捨てられた者』と蔑まれ、一族を追放されてしまう。
「天職なし。最高じゃないか」
しかし彼は逆にこの状況を喜んだ。というのも、実はこの世界は、前世で彼がやり込んでいたゲーム【グランドワールド】にそっくりだったのだ。
天職を取得せずにゲームを始める「超ハードモード」こそが最強になれる道だと知るライズは、前世の知識を活かして成り上がっていく。
【完結】ゲーム転生、死んだ彼女がそこにいた〜死亡フラグから救えるのは俺しかいない〜
たけのこ
ファンタジー
恋人だったミナエが死んでしまった。葬式から部屋に戻ると、俺はすぐにシミュレーションRPG「ハッピーロード」の電源を入れた。このゲーム、なぜかヒロインのローラ姫が絶対に死ぬストーリーになっている。世界中のゲーマーがローラ姫の死なない道を見つけようとしているが、未だそれを達成したものはいない。そんなゲームに、気がつけば俺は転生していた。しかも、生まれ変わった俺の姿は、盗賊団の下っ端ゴブリンだった。俺は、ゲームの運命に抗いながら、なんとかこの世界で生き延び、死の運命にあるローラ姫を救おうとする。

家庭菜園物語
コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。
その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。
異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました
akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記
ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。
そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。
【魔物】を倒すと魔石を落とす。
魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。
世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。
2回目の人生は異世界で
黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる