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第十五章 絶望の先にあるもの
風雲急を告げる
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――シュラク村
三基の巨大な風車が旅人を歓迎する、風車の村。
人口は三百名ほど。時間がおっとりと流れる牧歌的な村。
しかし、いまは……。
風車が風切る音ではなく、女子供の泣き叫ぶ声が空に響く。
畑を耕し、家畜の世話をし、木材を切り出す村の男たちの手には、戦いへの武器が握られている。
彼らは手斧を持ち、襲撃者に立ち向かう。
しかし、彼らでは襲撃者を撃退できない。
なぜならば……。
「バーグ隊長~、どうします? まだ、暴れるんすか?」
「はあ~ん、まぁな。とりあえず、派手に壊しとけ。村人の命はなるべく奪うなよ。全く気分わりぃなぁ」
バーグ隊長と呼ばれた、短髪散切り頭の中年の男が自身の頭を掻きむしり、いかにも気怠く嫌そうな表情を部下に向ける。
彼は銀色の鎧を身に纏い、腰には剣を差している。
無体な表情を向けられた部下もまた同じく銀色の鎧を身に着け、さらに毛先が赤の白羽飾りのついた兜を装備していた。
バーグは火の手が上がる村へ目を向ける。
彼の視界に、配下である兵士が村人を襲っている姿が映った。
「お~い、こらっ! 無駄に村人を襲うなって~の。夕飯抜きにすっぞ!」
バーグの声に驚いた兵士はへこへこと頭を下げて、襲っていた村人を蹴飛ばし追い払う。
彼は隣にいる部下に視線を戻す。
「被害は? おっと、戦果は?」
「備蓄庫に火を。家も数件。今のところ村人の死者は五名」
「マジか~、殺しちゃったかぁ」
と言いながら、バーグはジョリっと下髭を擦る。
「仕方ないですよ、隊長。相手だって無抵抗ってわけじゃないんですから。さっきの村人だって手には斧を持っていましたし。むしろ、被害が五人で済んでるんですから上々でしょうよ」
「だけどなぁ、兵士でも戦士でもない村人相手だぞ~。はぁ~、誇り高きキシトル帝国の騎士ともあろう俺が、何をやってるんだか……」
彼らの正体はキシトル帝国軍。
戦の玄人。
そのような者たちにいくら村人が抵抗しようと敵うはずがない。
そうとわかりながらも、村人は愛する家族を守ろうと果敢に立ち向かう。
儚くも憐れな姿に、バーグは片目をつぶる。
「はぁ~、いっそ、ちょっと村燃やしたら帰りますから大人しくしててくださいね~、って言っちゃダメか?」
「いや、それでも抵抗しますって。それに派手に騒ぎ立てるのが今回の任務。おまけに……」
部下はちらりと風車へ目をやる。
風車の陰には、遠くからでもはっきりとわかる巨躯を持つ男が立っている。
彼からは人とは思えぬ気焔が立ち昇り、勇気ある村人も仲間である兵士さえも近づこうとしない。
「隊長。ちゃんとやんないと、告げ口されちゃいますよ」
「いや~、あの人はそんなことしないだろう。でも、おやっさんから尋ねられたら素直に答えるだろうしなぁ。しゃーない。ほどほどに真面目に頑張ろうか」
「ああ、不真面目ってことですね」
「おいおい、きみ~。ズバリと言っちゃ、うんっ?」
バーグの目に、村に近づいてくる土煙が映った。
彼は双眼鏡のように手で丸を作り、土煙の正体を覗く。
「おや~、旅の剣士か? 懐にはケットシー? 他はお嬢ちゃん二人? いや、後方にもう一人。お、全員、美少女だねぇ」
「え、ほんとですかっ?」
「こらこら、興奮しない。まったく、どこの誰か知らないけど、無用な正義感を携えてやってきちゃったか。誰か、適当に相手してこい。あ、殺すなよ。特にお嬢ちゃんらにはケガをさせないように」
バーグが部下に命令を伝えると、部下は傍にいた別の部下に指示を伝えた。
四人の部下が馬に乗り、若き剣士を中心とする闖入者へと向かっていった。
バーグは再び手で丸を作り、向かっていった部下の様子を覗く。
旅の剣士が剣を抜く。
バーグはそれを見て、叫んだ!
「お前らっ、逃げろっ!!」
しかし、彼の叫びは遅すぎた。
先行したバーグの部下二人は旅の剣士――フォレの手によって体を二つに分けた。
残りの二人の兵士は激情し、フォレへ襲いかかる。
しかしっ。
「雷よ、暴流となりて彼の者を呑め、アヅチ!」
「闇よ、先逝く道を閉ざせ、ヒーネ!」
アプフェルとパティは同時にクラス2の雷撃、闇呪文を唱える。
一人の兵士は雷に体を撃ち抜かれ、糸の切れた人形のように馬から落ち地面に転がる。
もう一人は闇が四肢に纏わりつき、自由を奪われ、柵に激突して馬より振り落とされた。
フォレたちの遥か後方から数瞬遅れて、ヤツハが姿を見せる。
「はぁはぁ、早いって、君たちっ。おえ、上下に揺さぶられて気持ち悪い……おや、何? 兵士? 死んじゃってるの?」
アプフェルは振り返らず、魔導杖をキシトル帝国の兵士たちに向け、牽制しながら答える。
「魔法が当たって気を失っているだけ。フォレ様に切られた人は死んじゃってるけど」
「あ、そう。おえっぷ、馬酔いでしんど……にしても、フォレは容赦ないな。それで、誰、この人たちは?」
フォレはアプフェル同様、ヤツハに背を見せたまま、バーグを射抜くように見つめ、答える。
「キシトル帝国の兵士です!」
「え……? なんで? うぷっ」
「わかりません。理由はどうであれ、ジョウハクの国民を手に掛けています! 守らねばっ!」
フォレの声と姿を目にしたバーグは、少しばかり目を広げる。
「ほぉ、驚いた。ありゃ、たしか、サシオン=コンベル率いる、アステル近衛騎士団ところのフォレ副団長様だよ。王都守護隊が何でこんな辺境に?」
この言葉に、風車の陰にいた男は僅かな挙動で反応を示す。
しかし、それに気づかないバーグと部下は会話を続ける。
「フォレ……俺も聞いたことがあります。出自卑しくも、己の才のみで成り上がった青年。たしかに、剣の腕は見事。俺や他の兵士じゃ、どうにもできないっすね。そんなわけで、隊長出番ですよ」
「おいおいおい、あの腕前。俺よりちょいちょい下くらいだぞ。一対一ならともかく、周りのお嬢さん方の魔導の腕前もかなりのもの。大怪我するじゃねぇか」
フォレ一人であれば、勝利は固い。
バーグはフォレの両脇を固めるアプフェルとパティ。フォレの懐にいるアマンから、魔力の高まりをピリリと肌に感じる。
後方で青い顔をして呻き声を上げているヤツハはどうでもいいが、他の彼らとまともにやり合えば死闘を演じることになる。
彼は顎髭をジョリジョリと撫でて、ちらりと部下を見る。
「帰るか」
「え? いいんですか? 仲間が殺されてるのに?」
「あいつらを殺ろうとしたら、もっと仲間が殺される。こんな不名誉な任務で、これ以上大事な部下を失うわけにはいかねぇし、ガキを嬲るのも趣味じゃねぇ」
「それもそうですよね。でも、報告が大変ですよ。あんな若造らにしっぽ巻いて逃げたのか~って」
「あ~、それ、頭痛い。でも、一応、任務は完遂したわけだし、問題っ!?」
陽炎のように揺らめく黒の巨体が、バーグたちの横を通り過ぎた。
巨体は地獄の底から響く呻きにも似た、昏く淀む声を周囲へ広げる。
「サシオン……懐かしき名前。奴の、縁の者」
全身を真っ黒な鎧で包まれた男は、真っ直ぐとフォレたちの元へ向かう。
部下は彼の声によって鼓膜を犯され、痛みに頭を押さえる。
バーグは彼を止めようと、一言、名を呼ぶ。
「黒騎士殿……」
黒騎士と呼ばれた男は、バーグの声など春の小虫ほどにも気にせず、ただ進んでいく。
バーグは黒騎士の背中を見つめながら、唇を噛む。
(サシオンの名前を出すとはぁ、俺はなんて軽率な真似をっ。あの子たち、死ぬぞ!)
三基の巨大な風車が旅人を歓迎する、風車の村。
人口は三百名ほど。時間がおっとりと流れる牧歌的な村。
しかし、いまは……。
風車が風切る音ではなく、女子供の泣き叫ぶ声が空に響く。
畑を耕し、家畜の世話をし、木材を切り出す村の男たちの手には、戦いへの武器が握られている。
彼らは手斧を持ち、襲撃者に立ち向かう。
しかし、彼らでは襲撃者を撃退できない。
なぜならば……。
「バーグ隊長~、どうします? まだ、暴れるんすか?」
「はあ~ん、まぁな。とりあえず、派手に壊しとけ。村人の命はなるべく奪うなよ。全く気分わりぃなぁ」
バーグ隊長と呼ばれた、短髪散切り頭の中年の男が自身の頭を掻きむしり、いかにも気怠く嫌そうな表情を部下に向ける。
彼は銀色の鎧を身に纏い、腰には剣を差している。
無体な表情を向けられた部下もまた同じく銀色の鎧を身に着け、さらに毛先が赤の白羽飾りのついた兜を装備していた。
バーグは火の手が上がる村へ目を向ける。
彼の視界に、配下である兵士が村人を襲っている姿が映った。
「お~い、こらっ! 無駄に村人を襲うなって~の。夕飯抜きにすっぞ!」
バーグの声に驚いた兵士はへこへこと頭を下げて、襲っていた村人を蹴飛ばし追い払う。
彼は隣にいる部下に視線を戻す。
「被害は? おっと、戦果は?」
「備蓄庫に火を。家も数件。今のところ村人の死者は五名」
「マジか~、殺しちゃったかぁ」
と言いながら、バーグはジョリっと下髭を擦る。
「仕方ないですよ、隊長。相手だって無抵抗ってわけじゃないんですから。さっきの村人だって手には斧を持っていましたし。むしろ、被害が五人で済んでるんですから上々でしょうよ」
「だけどなぁ、兵士でも戦士でもない村人相手だぞ~。はぁ~、誇り高きキシトル帝国の騎士ともあろう俺が、何をやってるんだか……」
彼らの正体はキシトル帝国軍。
戦の玄人。
そのような者たちにいくら村人が抵抗しようと敵うはずがない。
そうとわかりながらも、村人は愛する家族を守ろうと果敢に立ち向かう。
儚くも憐れな姿に、バーグは片目をつぶる。
「はぁ~、いっそ、ちょっと村燃やしたら帰りますから大人しくしててくださいね~、って言っちゃダメか?」
「いや、それでも抵抗しますって。それに派手に騒ぎ立てるのが今回の任務。おまけに……」
部下はちらりと風車へ目をやる。
風車の陰には、遠くからでもはっきりとわかる巨躯を持つ男が立っている。
彼からは人とは思えぬ気焔が立ち昇り、勇気ある村人も仲間である兵士さえも近づこうとしない。
「隊長。ちゃんとやんないと、告げ口されちゃいますよ」
「いや~、あの人はそんなことしないだろう。でも、おやっさんから尋ねられたら素直に答えるだろうしなぁ。しゃーない。ほどほどに真面目に頑張ろうか」
「ああ、不真面目ってことですね」
「おいおい、きみ~。ズバリと言っちゃ、うんっ?」
バーグの目に、村に近づいてくる土煙が映った。
彼は双眼鏡のように手で丸を作り、土煙の正体を覗く。
「おや~、旅の剣士か? 懐にはケットシー? 他はお嬢ちゃん二人? いや、後方にもう一人。お、全員、美少女だねぇ」
「え、ほんとですかっ?」
「こらこら、興奮しない。まったく、どこの誰か知らないけど、無用な正義感を携えてやってきちゃったか。誰か、適当に相手してこい。あ、殺すなよ。特にお嬢ちゃんらにはケガをさせないように」
バーグが部下に命令を伝えると、部下は傍にいた別の部下に指示を伝えた。
四人の部下が馬に乗り、若き剣士を中心とする闖入者へと向かっていった。
バーグは再び手で丸を作り、向かっていった部下の様子を覗く。
旅の剣士が剣を抜く。
バーグはそれを見て、叫んだ!
「お前らっ、逃げろっ!!」
しかし、彼の叫びは遅すぎた。
先行したバーグの部下二人は旅の剣士――フォレの手によって体を二つに分けた。
残りの二人の兵士は激情し、フォレへ襲いかかる。
しかしっ。
「雷よ、暴流となりて彼の者を呑め、アヅチ!」
「闇よ、先逝く道を閉ざせ、ヒーネ!」
アプフェルとパティは同時にクラス2の雷撃、闇呪文を唱える。
一人の兵士は雷に体を撃ち抜かれ、糸の切れた人形のように馬から落ち地面に転がる。
もう一人は闇が四肢に纏わりつき、自由を奪われ、柵に激突して馬より振り落とされた。
フォレたちの遥か後方から数瞬遅れて、ヤツハが姿を見せる。
「はぁはぁ、早いって、君たちっ。おえ、上下に揺さぶられて気持ち悪い……おや、何? 兵士? 死んじゃってるの?」
アプフェルは振り返らず、魔導杖をキシトル帝国の兵士たちに向け、牽制しながら答える。
「魔法が当たって気を失っているだけ。フォレ様に切られた人は死んじゃってるけど」
「あ、そう。おえっぷ、馬酔いでしんど……にしても、フォレは容赦ないな。それで、誰、この人たちは?」
フォレはアプフェル同様、ヤツハに背を見せたまま、バーグを射抜くように見つめ、答える。
「キシトル帝国の兵士です!」
「え……? なんで? うぷっ」
「わかりません。理由はどうであれ、ジョウハクの国民を手に掛けています! 守らねばっ!」
フォレの声と姿を目にしたバーグは、少しばかり目を広げる。
「ほぉ、驚いた。ありゃ、たしか、サシオン=コンベル率いる、アステル近衛騎士団ところのフォレ副団長様だよ。王都守護隊が何でこんな辺境に?」
この言葉に、風車の陰にいた男は僅かな挙動で反応を示す。
しかし、それに気づかないバーグと部下は会話を続ける。
「フォレ……俺も聞いたことがあります。出自卑しくも、己の才のみで成り上がった青年。たしかに、剣の腕は見事。俺や他の兵士じゃ、どうにもできないっすね。そんなわけで、隊長出番ですよ」
「おいおいおい、あの腕前。俺よりちょいちょい下くらいだぞ。一対一ならともかく、周りのお嬢さん方の魔導の腕前もかなりのもの。大怪我するじゃねぇか」
フォレ一人であれば、勝利は固い。
バーグはフォレの両脇を固めるアプフェルとパティ。フォレの懐にいるアマンから、魔力の高まりをピリリと肌に感じる。
後方で青い顔をして呻き声を上げているヤツハはどうでもいいが、他の彼らとまともにやり合えば死闘を演じることになる。
彼は顎髭をジョリジョリと撫でて、ちらりと部下を見る。
「帰るか」
「え? いいんですか? 仲間が殺されてるのに?」
「あいつらを殺ろうとしたら、もっと仲間が殺される。こんな不名誉な任務で、これ以上大事な部下を失うわけにはいかねぇし、ガキを嬲るのも趣味じゃねぇ」
「それもそうですよね。でも、報告が大変ですよ。あんな若造らにしっぽ巻いて逃げたのか~って」
「あ~、それ、頭痛い。でも、一応、任務は完遂したわけだし、問題っ!?」
陽炎のように揺らめく黒の巨体が、バーグたちの横を通り過ぎた。
巨体は地獄の底から響く呻きにも似た、昏く淀む声を周囲へ広げる。
「サシオン……懐かしき名前。奴の、縁の者」
全身を真っ黒な鎧で包まれた男は、真っ直ぐとフォレたちの元へ向かう。
部下は彼の声によって鼓膜を犯され、痛みに頭を押さえる。
バーグは彼を止めようと、一言、名を呼ぶ。
「黒騎士殿……」
黒騎士と呼ばれた男は、バーグの声など春の小虫ほどにも気にせず、ただ進んでいく。
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