マヨマヨ~迷々の旅人~

雪野湯

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第十一章 アクタ

女神の黒き装具の力

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 サシオンがマヨマヨの襲撃を予測して作ったという、女神の黒き装具について尋ねる。


「女神の装具がないと、マヨマヨ相手には厳しいんだ?」
「そのとおり、大変厳しい」
「増産はできないの?」
「できぬ。素材が足らず、女神の鎧を一機と数個の部位を作るのが限度であった」
「鎧、一機? 部位?」

「最初に造り上げた女神の装具は、鎧と武具一式。しかし、その鎧を着た者は力を制御できず、暴走し、ジョウハクより消え去った。そこで残った素材で各部位の装具を造り、六龍将軍に分けている。これならば、心を失わずにいられる」

「消え去ったって、鎧を着た人は今もどこかに?」

「南方の国家、キシトル帝国に。彼は時折、戦場に現れる。黒騎士という名でな。彼は強さと戦いを求める男であった。彼のその気質が災いとなり、鎧を身に纏ったことで理性を奪われ、己の欲望に飲み込まれてしまったのだ」


「黒騎士……フォレから聞いたことあるよ、その人のこと。何とかできなかったの?」
「鎧を纏った彼は、私と対等に渡り合える存在。あの場において、捕縛は難しかった」
「いや、さらっと対等にって言ってるけど、サシオン、強すぎじゃね?」

「私は遺伝子改良型人類だからな。体内を循環するナノマシーネの効果で、肉体機能は極限を超えており、通常の生命体が持ち得ぬ力を有している」
「ナノ、マ、何それ?」

「分子よりも小さな機械ことだ」
 そう話しながら、彼は机の引き出しからハサミを取り出し、自身の左手の平を傷つけ、俺に見せてくる。
 
 流れ落ちる鮮やかな血。
 
 しかし、サシオンが左手を凝視すると、血は急激に固まってボロボロと崩れ落ち、傷口はスーッと閉じて、そこには何も残っていない。
 
「この通り、私の肉体の内部には目に見えぬ機械が宿り、それらが常に肉体を強固として支えている」
「え、機械が修復したってこと? それって、人間? ロボット? サシオンって、いったい何なの? 見た目は地球人っぽいけど、どこの惑星の人?」


「火星人だ」
「ぶはっ、か、火星人っ?」
 突拍子もない発言に、息が吹き飛ぶ。
 しかし、サシオンは何事もないかのように話を続ける。

「私はヤツハ殿とは異なる宇宙の出身で、時間も君より進んだ世界からやってきた。宇宙歴569。西暦に換算すると……2750年くらいか」

「めっちゃ未来人。そうすると、未来の地球は火星の開拓を行ったんだ。地球はどんな感じ?」
「かつては宇宙に名を届かせるほど繁栄していたが、ソンブレロ銀河での大戦に敗れ、続く火星独立戦争に敗れ、落ちぶれた」
「か、悲しい未来……だけど、火星人も元地球人だし、同じ種族になるのかな?」


「遺伝的には近しい存在だ。しかし、これは君とは違う、他の宇宙の出来事。同じ道を歩むとは限らん」
「なるほど、そっか……あのさ、ちょっと疑問なんだけど、サシオンと俺の時間の流れが違うのはなんで?」

「先ほども時間の話をしたが、本来、無の世界に時間が存在しないことが原因。アクタの外側は無の世界。そのため、他世界の時間とアクタの時間が一致しないということが理由の一つ」

「はぁ……他には?」
「私の宇宙と君の宇宙は、全くの同時期に作られたわけではない。加え、時の流れは重力などの空間の変化によって変異する。そのため、時間に差異が生じている」
「ん~、ややこしいなぁ」


 思い返せば、時間の流れが存在しないという言葉は近藤も言っていた。
 つまり、俺の周囲に流れている時間と近藤の周囲を流れている時間が一致するとは限らないってことか?
 
「え~っと、わけわかんなくなってきたけど、同じ世界から来た人間の時間が異なることもあるってことだよね。 時間の逆説タイムパラドックスだっけ? そんな心配ないの?」
「ふふ、時間を理解するというのは本当に苦労する。そこで時間学において、一つ有用なアドバイスをしよう」

「なに?」
「考えるな」
「あ、ありがとう。的確なアドバイスだよ……」

 冗談なのか本気なのかわからないアドバイス。
 でも、ここは別の世界で、さらに情報がかき混ぜられた世界。
 そこに過去や未来や現在の関係を考えだしたらややこしくなるので、考えるなはある意味正解か……。
 未来……この単語は、ある疑問を生む。


「サシオンって、俺よりもずっと進んだところから来たんだよね。だったら、俺が何も言わなくても王都の交通問題の件、簡単に解決できたじゃん。なんで、しないんだよっ?」

「その件か。なるべくならばアクタの発展は、アクタ人の手により行ってもらいたいからだ。過度な発展速度に、人の精神は追いついていけぬからな。これについては迷い人たちも同じ考えだ」

「マヨマヨも? じゃあ、彼らがアクタ人と関わらないのって……基本的にはアクタのことを考えている人たちってことか」

「そうだな……優しさと故郷への渇望の狭間で揺れ動く存在。彼らは常に迷っている。世界を迷い、介入を迷い、アクタを捧げ帰還するか、迷う……強硬派すら己の気持ちを抑え、我慢を重ねてきた。だが、望郷には抗えぬ……」

 サシオンは視線を俺の後ろへ飛ばす。
 遥か先を見つめる彼の瞳に宿るのは故郷だろうか。
 彼は感情の変化を見せずに視線を俺に戻す。


「故に、私も余計な口出しは控えている。女神の守護役として尽くすために、騎士団団長としての役割をこなしているだけだ」
「女神の守護役? そういえば、女神は身近な存在って……もしかして?」
「ああ、私は女神コトアに仕える騎士のようなものだ。もっとも、彼女とはあまり重要なやり取りを行うことはないが」
「ん、仲悪いの? それとも立場上の問題?」

「いずれも違う。私と彼女とでは考え方に差異があってな」
「どんな?」
「コトアは基本放任主義。私はアクタの状況が落ち着くまで、ある程度の監視が必要と考えている。でなければ、今回のような襲撃が原因でアクタが滅ぶ可能性がある」

「ああ、なるほど、たしかに……女神様はアクタが滅んでもいいやって思ってんの?」
「そういうわけではないが、彼女にとって迷い人もアクタ人。アクタに生きる者たちが選んだ選択を尊重している、といったところだ」

「それで滅んだら、他の人たちいい迷惑じゃん……」
「全くだ。神とは本質的に、自分たちの世界に固執する傾向にあるが、彼女はかなりの変わり種でほとほと手を焼いている」


 サシオンは大きくため息をついて肩を落とす。
 あまりにも彼には不似合いな態度に、俺は思わず笑い声を漏らす。

「ふふ、なんか大変そう」
「ああ。人とは神の我儘に振り回される生き物なのかもしれぬ。そういうわけで、本来アクタの情報をすべて手に入れられる立場でありながら、私にはほとんど情報が下りてこない。本当に苦労する」

「じゃあ、サシオンはアクタの情報を自力で集めてるんだ?」
「そうなる。重要情報はコトアが邪魔をしてなかなか手に入らぬが」
「……仲、悪いんじゃないの?」
「そのようなことはないと思うが……口に出してみると、少々不安になってくるな」


 彼はまたもため息をついて、小さく首を落とす。
 女神コトアが相手だとさすがのサシオンも形無しと見える。

「あの、女神の騎士の話だけど、女神に仕えていることは他の団長や六龍将軍、王、女王は?」

「六龍筆頭クラプフェン以外、知らぬ」
「どうやって今の立場を? 守護役ってどんな感じでやってるの?」
「通常、守護はコトアの傍で行っている。しかし、国の安定が由々しき場合、適当な家柄の息子に化けて、また、内部の情報を改ざんして、役職を得て、女神の守護を行いつつ国を監視している」

「サシオンの持つ技術は馬鹿みたいに進んでいるから、みんなを騙すのは簡単ってことか……よく、女神様に邪魔されなかったね」
「大幅な介入でなければ、ある程度は。装具造りに関しては骨が折れたが……」
 

 そのときの説得の情景を思い出しているのか、サシオンは最早ため息も出さず、やんわりとした笑顔が混じる精気を失った表情を見せる。
 参ってるところ悪いが、今の話で気になる点があるので質問を続けさせてもらおう。

「さっきの話で、国の安定が由々しき場合って話してたけど、現在のジョウハク国は不安定なんだ?」
「ああ、ブラウニー王が血気盛んで手を焼いている」
「それを見張ってるわけね。サシオンはずっと女神様を守護している的な感じで話してるけど、いま何歳?」

「五百は超えているな。肉体改造のおかげでそうは感じないであろうが」
「サシオン爺さん……」
「ふふ。まだまだ、若い者に遅れを取ることはないぞ」


 微笑みを浮かべるサシオンの肌には皺など一つもない。
 みずみずしい健康的な肌。
 そこから、彼のいた世界の技術が恐ろしく進んでいることがわかる。
 彼は腕組みを崩して、腰を浅く構える。

「他に質問はあるかな?」
「え~、そうだなぁ。いろんなことを一気に聞かされて、どこから何を聞いたらいいのやら……」
「ま、いま聞かずとも、あとにでも尋ねていただければ、いくらでも答えよう」
「なら、それでいっか……あ、でも、最後に一つだけ」
「なにかな?」

「マヨマヨに俺の知り合いがいた。時間の流れが変なせいか、すっげぇ年食ってたけど。名前は近藤。彼は俺を元の世界に返してやると言っていた。俺のために用意していると。サシオン、何かわかる?」
「君の知り合いがマヨマヨに? 年老いて、元の世界に返す……ふむ。君は咎を追って宇宙を追放されているな」

「うん、そうだけど」

「ヤツハ殿の知り合いは、それに関係しているのかもしれぬな。さらに、席を用意するということは、自分が所有する世界を渡る権利を譲るという意味。ならば、ヤツハ殿のために、かなり尽力していることになるな」
「そこまでする理由と俺の前世の罪にどんな関わりが?」

「さてな。ただ、その者に何か強い思いがあることは確かだ。でなければ、迷い人が世界を渡る席を譲るなどと言うはずがない」
「そっか……」

「済まぬな。はっきりとしたことを申せなくて」
「いや、大丈夫」
「こちらでも、その近藤という迷い人について情報を集めておこう。質問は以上でよいか?」
「ああ、そうだね。あとは思いついたら聞くよ」

「そうか。ならば、こちらから尋ねたいことがある?」
「なに?」

 サシオンは表情を固くし、瞳を冷たく凍らせて、俺の心を覗き見るように質問をしてきた。
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