マヨマヨ~迷々の旅人~

雪野湯

文字の大きさ
上 下
82 / 286
第十章 英雄祭

近衛騎士団・副団長フォレ=ノワール

しおりを挟む
 トリアージの説明を受けたフォレは肩を震わせ首を横へ振る。


「黒を受けた人はどうするんですか? まだ、愛する人が生きている。苦しんでいる。それを見捨てろと?」
「見捨てるんじゃない。もう、助からないんだ。その人を治療する余裕があれば、他の誰かを助けないと!」
「だけどっ、そんなもの……受け入れられるはず……」

 
 フォレは火傷や出血のために、力なく無言で横たわる人。必死に生きようと足掻き、擦れた声で助けを呼ぶ人を目に入れる。
 そばには、愛する人のために救いを求めて泣いている家族、恋人、友人たちがいる。
 
 彼らはこの救いの手段をどう感じるだろう?
 もし、俺が彼らの立場ならどう思う?
 ピケが大怪我負い、助からないとわかっていたとしても、きっと俺は医者に縋る――助けてくれと。

 でも、その医者は助かる人のために、泣き苦しむピケから離れる。
 そして、別の誰かを治療し始めたら……。
 
――恨むに決まっている! それが理不尽なことだとわかっていても!!

 だから、わかる。
 フォレの気持ちが……だけど、迷っている暇は――。

「フォレ、ここは!」
 俺は無理やりにでもフォレを納得させるため声を上げようとした。
 そこへ老紳士の言葉が飛び込む。


「ふむ、たしかに、大勢を救うためなら仕方がない。しかし、区分け用の道具を用意している余裕はないから、ひとまず歩ける者や軽い骨折程度の者はひとまとめに集めよう。重篤じゅうとく者の選別はトルテが医者を集め次第、判断してもらい、ヤツハさんの言うとおりに治療をしてもらおうかね」

 俺はすんなりと決断を下した老紳士に驚き、彼へ顔を向けた。

「え、提案を受け入れてくれるんですか?」
「うん、有用な方法だと思ったからね」
「ありがとうございます。えっと……」
「ああ、紹介がまだだったね。東地区の商工会の会長を務めさせてもらっている、リント=カタラホだ」
「ありがとうございます。リントさん」

「いやいや。ではフォレ殿、指示を」
「しかし、これを行えば、人々は嘆き苦しみ、恨みの声は我々を呑み込みます」


 フォレは拳を握りしめて、ガクガクと震えさせる。
 多くを救っているはずなのに、憎しみの刃を向けられる。
 こんなに悲しくて恐ろしいことはない。

 でも……。

「フォレ、このアイデアは、俺のアイデアだ。ヤツハが提案し、無理を押した。だから、俺が全てを受け止める」
「ヤ、ヤツハさん?」
「俺一人が恨まれるだけで多くの人が助かるんだ。だったら、いいじゃん。ま、もっとも、恨まれたからって、知らんけどなっ。あはははは」

 精一杯の虚勢を張って笑い飛ばす。
 正直なところ、不特定多数の人間から恨まれると思ったら小便ちびりそう。でも、考えない!
 どうせ何をしたって後悔するなら、やるだけのことやってからにしよう。
 そうだ、考えても仕方ないことは考えない。それが俺の流儀のはずっ。
 なら、やるべきことをやろう!

 俺は今できる、最高の笑顔をフォレに見せる。
「よし、フォレ。みんなを救うぞ!」
「ヤツハさん……私は、情けない……クッ!」
「フォレ?」


 フォレは奥歯を噛みしめ、少しうつむき何かを唱え始める。

「民の安寧のためなら、汚泥を啜ることも近衛このえ騎士団としての役目。綺麗ごとだけでは事は進まぬ、か。ヤツハさん!」
 フォレはまっすぐ俺の瞳を見つめる。
 彼の眼は今までになく、力強く輝いている。

「街を守るのは近衛騎士団の役目。ですから、今から行うのはすべて、フォレ=ノワールの名にいてによるものです!」
「え、でも」
「ふふ、ヤツハさんはトルテさんの名代でしょう。あまり勝手なことはできないはずですよ」
「あ……そこ突かれると、困るなぁ」

「それに、私は騎士であり、男であります。人々の非難を恐れ、女性の影に隠れたとあっては、今後、陽の下を歩けませんっ!」
「フォレ……」


 フォレは大きく胸を張り、サシオンのように重厚に構える。

「代表の皆様、これより私の指示に従ってもらいます。よろしいですね」
「ふむ、もちろんです。フォレ殿。いえ、フォレ様……ですが、一つだけよろしいでしょうか?」
「なんでしょう?」
「街を守っているのは近衛騎士団だけじゃありません。我らもです」

 リントさんは他の代表者に向かい、コクリと頷く。
 皆もコクリと頷き返す。

此度こたびの案件、皆が背負いましょうぞ。街のために。多くを救うために!」
「皆さん……ありがとうございます。では、よろしくお願いします!」

 
 東門より、フォレの檄が飛ぶ。
 騎士団、学生、教会、手助けをしてくれる街の人々。
 皆は彼の迷いのない指示に勇気をもらい、場に秩序が生まれていく。


 逞しいフォレの姿を見て、俺は安堵の声を漏らす。

「ふふ、格好いいじゃねぇか、フォレ」
「彼を変えたのはあなたですよ、ヤツハさん」
「え? リントさん」
「フォレ様は素晴らしい才能をお持ちだ。しかし、サシオン様という太陽の輝きの前で、彼は自分に自信を持てなかった。また、自分の出自が彼の心に影を落としていた。しかし、御覧なさい。今の彼は、まごうことなき騎士団の副団長。サシオン様の後継ですよ」

  
 フォレは一切の迷いを見せずに的確な指示を与えていく。
 彼の自信に皆は心を落ち着かせ、混乱などすでにない。
 リントさんはフォレから視線を外し、俺へ向ける。

「フォレ様が副団長と成り得たのは、ヤツハさん、あなたのおかげですよ。噂は聞いておりましたが、本当に素晴らしい女性ですね」
「え、いや、まぁ、なんでしょうね? 偶然みたいな感じですよっ。あ~っと、とりあえず、俺も何かできないか手伝ってきますんで、失礼します」

 気恥ずかしくなって、俺はそこから逃げ出すように駆けだした。
 何だかよくわからない複雑な感情が心を駆け巡る。
 
 フォレは変わった。いいことだ。
 きっかけは俺? そうであるなら、うれしい。友達として、彼の助けになれたことを……。
 でも、素晴らしい女性という褒め言葉に心が揺らぎ、ある奇妙な感情を呼び起こす。

(うう~、気持ち悪いような、うれしいような。なんだろうね、これ?)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

2回目の人生は異世界で

黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

処理中です...