マヨマヨ~迷々の旅人~

雪野湯

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第十章 英雄祭

マヨマヨ。その名は――

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 マヨマヨは一定の距離を取りながら手招きをしている。
 街を行き交う人々は、彼の存在を空気のように扱う。
 人々の視線はマヨマヨを識別していない。
 何らかの方法で、存在そのものを感知できないようにしているみたいだ。

 彼は人気ひとけがない路地裏へと、俺を呼び込んだ。
 

「こんなところに呼び出して、何の用だマヨマヨ?」
「…………」
「おい、聞いてるのか?」
「フフ、姿は変わっても性格はそのままとはな。笠鷺燎かささぎりょう
「っ!?」

 マヨマヨは俺の本当の名を呼んだっ。
 この世界では誰も知らないはずの、笠鷺燎の名を!
 そして、この声は以前、ティラたちと別れ、宿へ戻ろうとしたときに聞こえた声。
 深くかぶったフードの中から、年老いた男の声が俺の名を呼ぶ。
 
 だが俺は、こんな声の男なんて知らない!

「お、おまえ、誰だっ!? どうして、俺のことをっ?」
「本当に……本当に久しぶりだな」
 そう言って、彼はフードを取った。


「え……誰?」


 フードから現れたのはよわい八十は超えていそうな老人。
 若いころ、とても苦労したのか、顔には苦労がにじみ出る深い皺が何本も刻まれ、僅か残る真っ白な髪が頭頂部でたなびている。

 俺はもう一度、老人に問う。

「お前は誰だ? どうして、俺のことを知っている?」
「そうだな、この姿ではわからないか。私は…………近藤だ。中学生の時、同じクラスだった」
「はっ? 近藤……いやいやいや、そんなわけないじゃんっ」


 俺の知っている近藤と言えば、殺人鬼に刺されたあの日に、焼き肉を奢るという約束を引き換えに俺を映画に誘った同級生。

「近藤は俺と同じ年だろ! 何でそんなおじいちゃんやってるの!?」
「ここアクタは元々時間の流れが存在しない世界。私たちの時間の感覚は意味を成さない」
「時間が、存在しない? そんな馬鹿なこと」
「ふふ、馬鹿なことか。そういうお前こそ、馬鹿なことが起きて女になっているじゃないか。まったく、何をすれば女になるのか」

「それはいろいろあって。あ、まさかっ、お前もあの狭間の世界で? なんで、おじいちゃんなんかに化けたんだよ!」
「化ける? ふふ、面白いことを。見た目は変わっても、本当に相変わらずだな、笠鷺は」

  
 近藤を名乗る老人から、再び笠鷺という名で呼ばれ、懐かしさが心を通り抜けた。

「本当に、近藤なのか……?」
「ああ、いろいろ聞きたいことはあるだろうが、ん? 笠鷺。お前、左手の人差し指は?」
「左手? 人差し指?」
 
 俺は自分の左手の人差し指を見る……特に何もない。
 しかし、近藤は困惑した様子を見せている。

「どういうことだ? あの時は……つまり、時ではない? いや、違うっ。あれは笠鷺だった。そうか、私の介入により……ならば辻褄は。待て、私はどうなる?」
「近藤、大丈夫か?」
 

 俺の声は届いていないようで、近藤は頭を押さえて首を激しく振っている。

「繋がらない。なぜ、このことに私は気づかなかった? それとも、気づかされなかったのか? 私には届かぬ存在に翻弄されて……しかし、もう進むしかっ!!」
 彼は言葉の最後に覚悟を乗せて、何かを無理やり納得させるかのように息を飲み込んだ。

「とにかくだっ。もう、時間がない。今すぐ私と王都を離れろ!」
「は、いきなりなにを?」
「私と来い! そうすれば、地球へ帰られる。姿だって男に戻れる。全てっ、元通りに戻るんだ!」

「いや、ほんとに、いきなり何をっ? 意味がわかんねぇよ」
「意味ならあとでいくらでも説明してやる。お前のために席を用意したんだ。急がないと、始まる。今は何も言わずに、私についてきてくれっ!」


 まったく意味がわからない。
 なぜ、近藤がいる? なぜ、年老いている? アクタは時間が存在しない?
 地球へ帰られる? 男に戻れる?
 席とはなんだ? 始まるとは? 

 
 近藤は皺に塗れた細い手を俺へ差し伸べる。
 彼の表情は必死そのもの。
 そこから、俺を助けたいという強い思いは伝わってくる。だけど……。

「悪い、何の説明もなく、ついてはいけない。みんなとこんな急な別れ方はできないし……」
「みんな……そうか、お前は……」
「近藤?」
「笠鷺、すまない。そうであるならば、無理矢理でもお前を連れていく!!」
「近藤っ!?」

 近藤が手を横に振り払うと、光のカーテンが俺を覆った。
 俺はすぐに魔法の結界を産み、カーテンの力に対抗する。

「何を考えているんだ、近藤ぉっ!?」
「魔法か、そんなものまで、しかし!」

 近藤がさらに、カーテンの力を強めようとした。
 それと時を同じくして、遠くから爆発音が響く。
 爆発は一度にとどまらず、何度も続けざまに起きる。
 
 その爆発音に交じり、人々の悲鳴が轟く。

「え、なに?」
「く、始まったか!」
「始まった? 近藤! お前がやったのかっ!?」
「それはっ」

 近藤は肩から力を落として、両手をぶらりと下げる。
 すると、俺を覆っていた光のカーテンが消えた。
 俺はすぐさま後ろを振り返る。


「待て、笠鷺! どこへ行くつもりだ!?」
「どこへって、みんなのところだよ!」
「彼らはお前とは無関係な人々だっ。お前はお前のことだけを考えろ! 笠鷺、お前はそういう男だっただろっ!」

「たしかに、笠鷺燎は人との関わりを深く望まなかった。だけど、ヤツハは違うっ。みんなを、友達を放っておけない! そして、俺の中にある笠鷺も、昔とは違うっ!!」

 俺は前へ駆け出した。みんながいる前へ。

 後ろでは近藤が何かを呟いているが、悲鳴と爆発音にかき消されて聞こえない。


「笠鷺……そうか、笠鷺くんは昔の自分に戻ったんだ。お節介な君に……私は、また、謝りそびれてしまったな……」
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