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第九章 駆け抜ける日常
肩書だけの王女
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着せ替え人形となり、男としてのプライドをズタズタに引き裂かれ、早三日。
ブラン王女を街に案内する日だ。
俺は二人分の着替えを持って、宿屋から地下水路の出入口へ向かう。
今のところ、俺はいつもの赤茶色の服装。
あいつらが選んだ、いかにも女らしく可愛らしい格好のまま地下水路は移動できない。
ちなみに、化粧の手ほどきまで受けたが、さすがにそこまでは勘弁してもらった。髪形も……。
三日前、ピケの部屋に置いてある鏡台の前で、次々と変化していく自分の姿を魂の抜け殻のように見ていた。
四人の悪魔の声が枯れた心に響く。
――――――
「ねぇ、パティ。髪はこうまとめた方がいいかな?」
「いえ、せっかく長い髪ですので、それを生かした髪形を。しかし、髪の手入れは行き届いてますわね」
「でしょ。ヤツハおねえちゃんの髪は、いっつも私が手入れしてるんだ」
「朝はいつも、ピケが手入れしてあげてるからね。ヤツハ、自分でできるようにならないと。はい、目を瞑って」
トルテさんがパフを使って顔に何かをつけてくる。
たぶん、化粧の何か。
「口紅はオーソドックスに赤がいいかね、アプフェル?」
「う~ん、ちょっと冒険してみるのも」
「いえいえ、アプフェルさん。ここは少し濃いめの赤がよろしいと思いますわ。黒髪と合わさると実に映えますし」
「まぁ、たしかにね。黙ってれば、涼しげな知的美人に見えるわけだし。赤が無難かな」
「ちてきってな~に、おかあさん」
もう、ここには男の笠鷺燎は存在しない……いるのは、哀れな道化となったヤツハという少女。
トルテさんは首筋の皮膚をなぞる。
「やっぱり若いってすごいね。こんなにお肌がつやつや」
「ヤツハの肌って綺麗だよね。何の手入れもしてないくせに」
「まったくですわ。白磁器のように美しい肌。腹立たしい」
「どうする? 引っ掻いとく?」
「アプフェルちゃん、ダメだよ。そんなことしたら」
――――――
「はあ~あ」
ため息とともに空しい過去から現実へ戻る。
「とりあえず、結局のところ、服装だけで済んだから良しとするかっ」
割り切るように気合を入れ直して、地下水路の出入口へ向かうことにした。
北地区の路地。
細い道の先を進み、ぼうぼうと生い茂った草によって隠された場所に地下水路の入り口はある。
念のため、周囲に人の目がないか確認して、路地へ入った。
マンホールの蓋を開ける前に、もう一度だけ周囲に目を向けて、蓋を開ける。
そうして地下水路へ潜り、あの隠し通路を目指して歩いて行った。
隠し通路がある場所まで来て、壁に隠されたボタンを押し、奇妙な空間の階段を昇って、城の隠し庭園に到着。
隠し庭園はあの時と全く変わらず、どこまでも青い空が広がり、様々な花たちが咲き乱れている。
周りの風景がホログラムだとわかっていても、それをそうと感じさせない。
一応、周りを警戒しつつ、こそこそと庭園の中心へ向かっていく。
と、その時、背後から声が響く。
「わっ!」
「ひゃぇっ? 違います違いますっ。誤解です。迷っただけでして!!」
「あはははは、ヤツハよ。私だ。ブランだ」
名前に反応して、反射的に目を向ける。
そこには腹を抱えて大笑いをしているブランの姿があった。
今日はドレスではなく、真っ白な修道服を着ている。
おそらく、祈祷用の服。
「おま、ふざけんなよっ! 心臓が止まるかと思ったわ!」
「あはは、すまぬすまぬ。おっかなびっくりに歩いているお主の姿が面白くて、つい」
「つい、じゃねぇよ。で、大丈夫なのか、抜け出して?」
「うむ、誰にもばれておらぬ。皆は私が祈りの部屋に籠っていると思っているはずだ」
「なら、いいけど」
「おや、お主の手に抱えているものは……衣装か?」
「ああ。でも、着替えるのは地下水路を抜けたあとでな。ここで着替えて、服を残すわけにも行かないし。それにこの服だと、地下水路を移動するのはちょっと面倒なんで」
「そうか。では、さっそく行くとしよう。ほれ、案内せい」
「ヘイヘイ、わかりましたよ、王女様。あ、そうだ、街ではなんて呼べばいい?」
「ブランで構わんだろ」
「いや、構うだろ。そういや、フルネームはなんて言うんだ?」
「ブラン=ティラ=トライフルだが」
「じゃあ、ティラで。ミドルネームなんてそんなに浸透してないだろ、たぶん」
「ティラか。あまり呼ばれ慣れておらぬがよかろう。今日はよろしく頼むぞ、ヤツハ」
ブラン改めティラの先頭に立ち、隠し通路の扉を開く。
地下水路へと続く透明な階段を降りていく途中、ティラは空中に飛び交う文字を眺めながら言葉を漏らした。
「ほほぅ、雰囲気が祈りの部屋に似ているな」
「へぇ~、そうなんだ」
「つまり、この通路は女神様がお創りになったということだな。そして、知識の宝物庫というわけだな」
「知識の宝物庫?」
「うむ、女神の寵愛を受けし才ある者はこれらの文字を読み解き、その知識を全て脳に納めることができるという」
「そりゃ、凄い。でも、脳がパンクしそう」
「そうならぬよう、想像と創造の力を行使するそうだ」
「ん? どういうこと?」
「さぁ、具体的なことは誰にもわからぬ。これは伝承のようなものだしな」
「伝承ねぇ……ちなみに、ティラは飛んでる文字とか読める?」
「アクタの文字以外、わからん」
「そういえば、地下に女神様が眠ってる言ってだけど、どこにいるか知ってる?」
「知らん。地下のどこかだろ」
「……そっか、じゃあ、サクサク外に出ますか」
何か面白い情報を聞けるかと思ったけど、無理なようだ。王女様から情報を手に入れるのは諦めて、地下水路を進むことにした。
ティラは地下水路の構造に興味を惹かれ、目を離すとすぐにわき道に逸れようとする。
そのたびに首根っこを掴んで、出入口へと続く道へ誘導をする。
『離せ、無礼者』とかなんとかほざいているけど、そこは無視っ。
ティラに調子を合わせてたら、いつまでたっても地下水路から出られない。
出入り口まで到着して、梯子を昇る。
なぜかティラは、梯子を昇るだけで弾むような声を出している。
彼女にとって、これは冒険のような感じなんだろうな。
「おおぉ、外だ。本当に外だぞ、ヤツハッ!」
鼻息荒く、ティラは周りをきょろきょろ見渡している。
冒険心が刺激されているとはいえ、こうまで興奮するようなことだろうか?
もしかして、この子……。
「あのさ、ティラ。あんまり外に出たことないの?」
「うむ、巡察や各種行事で街に訪れることがある程度だ。それもほとんどが馬車の中から覗き見る程度。皆の前に立つことがあっても、顔は薄絹で隠しておるからな。街の様子をはっきりと見ることはできん」
「そっか。王女ってのも大変だな。でも、それだと、街の人は王女の顔を知らないってことになるのか?」
「おそらくはな」
ティラの境遇には同情するが、そういうことならティラが街中をうろついてもブラン王女だと気づく人はいなさそう。
それでも、何かあったらいけないので警戒の根はしっかり張っておかないといけないけど。
ティラは狭い路地壁の向こうに見えている屋根をぴょんぴょん跳ねながら見ている。
「よほど珍しいって感じだな。自分の都なのに」
「ああ、そうだな。自分の国だというに、私は何も知らん。そして、知らずに国を離れることになる」
「どういうこと?」
「私には王位継承権はないからな。新しき王が決まれば、王都を離れなければならぬ」
「あ、そっか。ティラは双子じゃないから」
「そういうことだ。だから、私は王としての教育を受けておらぬ。ヤツハよ、王女を名乗りながら、私からは王女としての威厳など感じぬだろう」
「そ、そんなことは」
ティラからは品格のようなものをしっかりと感じている。
しかし、それを王としてものかと問われると違う気がする。
王の品格――威風、貫禄、重み。そういったものはなく、気品を感じる程度のもの。
思えば、ティラが庭園の機構や隠し通路に浮かぶ文字、女神の居場所を知らないのも、王位継承権がないために教えられていないのかもしれない。
ティラは物憂げに声を漏らす。
「私は民を導く役目を背負っているわけでない。ただ、プラリネ女王の娘としての教育を受けているだけ」
「ティラ……」
「次なる王はブラウニー叔父さ、ブラウニー王の御子たちが跡を継ぐ。そうなれば、私は只の邪魔者。東国のリーベンで隠居させられる身だ」
「そっか……なんだか、寂しいな」
「だからこそ、街を見てみたい。私が住んでいた場所。故郷と呼べる場所をしっかりと目に焼き付けておきたいのだ。ヤツハよ、今日の案内、楽しみにしているぞ」
「ああ……」
ティラは寂しい光を宿す瞳に、笑顔を乗せる。
俺よりも遥かに年下で、ピケと同じくらいにしか見えない女の子。
そうだというのに、悲しくも、とても大人に見えた……。
ここはティラのために、街の素晴らしいところを隅々まで案内してあげないといけない。
俺は湿っぽい空気を吹き飛ばすように、極めて明るい声を出した。
「よっしゃ、街案内は任せろ! っと、その前に着替えよっか」
と、言って、三日前にピケから借りた衣装をティラに手渡す。
ティラは衣装を裏表と見ながら、興味深そうに声を出す。
「ほほぉ、これが庶民の服か。しかし、薄絹の向こうから見ていた物とかなり違うような」
「うん、まぁ。知り合いの女の子がかなり派手な子で」
「ほぉ。まぁ、よい。早速着替えるとしよう。それで、お主が手にしている衣装は?」
「あ、これ。ティラのファッションに合わせて、服をチョイスされてねぇ~」
がっくりと首を落としながら力なく声を出す。
その態度にティラは少し首を傾けたが、ピケの服により興味があるらしく、早速着替えようとしていた。
「では、着替えようぞ。ほれっ」
ティラは両手を広げて突っ立っている。何をしてるのか?
「ほれって、何がしたいんだ?」
「何って、はよう着替えさせぬか」
「ああ~、そういうことか~。いい機会だ。今日は自分で着替えろ。庶民の生活を体験ってことでな」
「なるほど、面白い。そうするとしよう」
ティラは自分の服に手をかけて脱ぎ始めた。
たどたどしい手つきだが、とりあえず、一人で着替えはできそうなので、俺も預かった服へ着替えることにする。
服を広げて、眺める。
紫を基調としたドレス。
全体的にすらりとしていて、体のラインに沿うように作られた衣装。
肩の部分は露出していて、かなり胸を強調するような感じ。
スカートの丈はいつも着ている服より短く、膝のあたりまでしかない。
「これって、どう見ても街中をうろつく格好じゃないんだけどなぁ。パティはうろついてるけど……」
あんまり気乗りはしないが、服を着なかったとバレたら何を言われるかわかったもんじゃない。
大人しく諦めて、ドレスに袖を通すことにした。
ブラン王女を街に案内する日だ。
俺は二人分の着替えを持って、宿屋から地下水路の出入口へ向かう。
今のところ、俺はいつもの赤茶色の服装。
あいつらが選んだ、いかにも女らしく可愛らしい格好のまま地下水路は移動できない。
ちなみに、化粧の手ほどきまで受けたが、さすがにそこまでは勘弁してもらった。髪形も……。
三日前、ピケの部屋に置いてある鏡台の前で、次々と変化していく自分の姿を魂の抜け殻のように見ていた。
四人の悪魔の声が枯れた心に響く。
――――――
「ねぇ、パティ。髪はこうまとめた方がいいかな?」
「いえ、せっかく長い髪ですので、それを生かした髪形を。しかし、髪の手入れは行き届いてますわね」
「でしょ。ヤツハおねえちゃんの髪は、いっつも私が手入れしてるんだ」
「朝はいつも、ピケが手入れしてあげてるからね。ヤツハ、自分でできるようにならないと。はい、目を瞑って」
トルテさんがパフを使って顔に何かをつけてくる。
たぶん、化粧の何か。
「口紅はオーソドックスに赤がいいかね、アプフェル?」
「う~ん、ちょっと冒険してみるのも」
「いえいえ、アプフェルさん。ここは少し濃いめの赤がよろしいと思いますわ。黒髪と合わさると実に映えますし」
「まぁ、たしかにね。黙ってれば、涼しげな知的美人に見えるわけだし。赤が無難かな」
「ちてきってな~に、おかあさん」
もう、ここには男の笠鷺燎は存在しない……いるのは、哀れな道化となったヤツハという少女。
トルテさんは首筋の皮膚をなぞる。
「やっぱり若いってすごいね。こんなにお肌がつやつや」
「ヤツハの肌って綺麗だよね。何の手入れもしてないくせに」
「まったくですわ。白磁器のように美しい肌。腹立たしい」
「どうする? 引っ掻いとく?」
「アプフェルちゃん、ダメだよ。そんなことしたら」
――――――
「はあ~あ」
ため息とともに空しい過去から現実へ戻る。
「とりあえず、結局のところ、服装だけで済んだから良しとするかっ」
割り切るように気合を入れ直して、地下水路の出入口へ向かうことにした。
北地区の路地。
細い道の先を進み、ぼうぼうと生い茂った草によって隠された場所に地下水路の入り口はある。
念のため、周囲に人の目がないか確認して、路地へ入った。
マンホールの蓋を開ける前に、もう一度だけ周囲に目を向けて、蓋を開ける。
そうして地下水路へ潜り、あの隠し通路を目指して歩いて行った。
隠し通路がある場所まで来て、壁に隠されたボタンを押し、奇妙な空間の階段を昇って、城の隠し庭園に到着。
隠し庭園はあの時と全く変わらず、どこまでも青い空が広がり、様々な花たちが咲き乱れている。
周りの風景がホログラムだとわかっていても、それをそうと感じさせない。
一応、周りを警戒しつつ、こそこそと庭園の中心へ向かっていく。
と、その時、背後から声が響く。
「わっ!」
「ひゃぇっ? 違います違いますっ。誤解です。迷っただけでして!!」
「あはははは、ヤツハよ。私だ。ブランだ」
名前に反応して、反射的に目を向ける。
そこには腹を抱えて大笑いをしているブランの姿があった。
今日はドレスではなく、真っ白な修道服を着ている。
おそらく、祈祷用の服。
「おま、ふざけんなよっ! 心臓が止まるかと思ったわ!」
「あはは、すまぬすまぬ。おっかなびっくりに歩いているお主の姿が面白くて、つい」
「つい、じゃねぇよ。で、大丈夫なのか、抜け出して?」
「うむ、誰にもばれておらぬ。皆は私が祈りの部屋に籠っていると思っているはずだ」
「なら、いいけど」
「おや、お主の手に抱えているものは……衣装か?」
「ああ。でも、着替えるのは地下水路を抜けたあとでな。ここで着替えて、服を残すわけにも行かないし。それにこの服だと、地下水路を移動するのはちょっと面倒なんで」
「そうか。では、さっそく行くとしよう。ほれ、案内せい」
「ヘイヘイ、わかりましたよ、王女様。あ、そうだ、街ではなんて呼べばいい?」
「ブランで構わんだろ」
「いや、構うだろ。そういや、フルネームはなんて言うんだ?」
「ブラン=ティラ=トライフルだが」
「じゃあ、ティラで。ミドルネームなんてそんなに浸透してないだろ、たぶん」
「ティラか。あまり呼ばれ慣れておらぬがよかろう。今日はよろしく頼むぞ、ヤツハ」
ブラン改めティラの先頭に立ち、隠し通路の扉を開く。
地下水路へと続く透明な階段を降りていく途中、ティラは空中に飛び交う文字を眺めながら言葉を漏らした。
「ほほぅ、雰囲気が祈りの部屋に似ているな」
「へぇ~、そうなんだ」
「つまり、この通路は女神様がお創りになったということだな。そして、知識の宝物庫というわけだな」
「知識の宝物庫?」
「うむ、女神の寵愛を受けし才ある者はこれらの文字を読み解き、その知識を全て脳に納めることができるという」
「そりゃ、凄い。でも、脳がパンクしそう」
「そうならぬよう、想像と創造の力を行使するそうだ」
「ん? どういうこと?」
「さぁ、具体的なことは誰にもわからぬ。これは伝承のようなものだしな」
「伝承ねぇ……ちなみに、ティラは飛んでる文字とか読める?」
「アクタの文字以外、わからん」
「そういえば、地下に女神様が眠ってる言ってだけど、どこにいるか知ってる?」
「知らん。地下のどこかだろ」
「……そっか、じゃあ、サクサク外に出ますか」
何か面白い情報を聞けるかと思ったけど、無理なようだ。王女様から情報を手に入れるのは諦めて、地下水路を進むことにした。
ティラは地下水路の構造に興味を惹かれ、目を離すとすぐにわき道に逸れようとする。
そのたびに首根っこを掴んで、出入口へと続く道へ誘導をする。
『離せ、無礼者』とかなんとかほざいているけど、そこは無視っ。
ティラに調子を合わせてたら、いつまでたっても地下水路から出られない。
出入り口まで到着して、梯子を昇る。
なぜかティラは、梯子を昇るだけで弾むような声を出している。
彼女にとって、これは冒険のような感じなんだろうな。
「おおぉ、外だ。本当に外だぞ、ヤツハッ!」
鼻息荒く、ティラは周りをきょろきょろ見渡している。
冒険心が刺激されているとはいえ、こうまで興奮するようなことだろうか?
もしかして、この子……。
「あのさ、ティラ。あんまり外に出たことないの?」
「うむ、巡察や各種行事で街に訪れることがある程度だ。それもほとんどが馬車の中から覗き見る程度。皆の前に立つことがあっても、顔は薄絹で隠しておるからな。街の様子をはっきりと見ることはできん」
「そっか。王女ってのも大変だな。でも、それだと、街の人は王女の顔を知らないってことになるのか?」
「おそらくはな」
ティラの境遇には同情するが、そういうことならティラが街中をうろついてもブラン王女だと気づく人はいなさそう。
それでも、何かあったらいけないので警戒の根はしっかり張っておかないといけないけど。
ティラは狭い路地壁の向こうに見えている屋根をぴょんぴょん跳ねながら見ている。
「よほど珍しいって感じだな。自分の都なのに」
「ああ、そうだな。自分の国だというに、私は何も知らん。そして、知らずに国を離れることになる」
「どういうこと?」
「私には王位継承権はないからな。新しき王が決まれば、王都を離れなければならぬ」
「あ、そっか。ティラは双子じゃないから」
「そういうことだ。だから、私は王としての教育を受けておらぬ。ヤツハよ、王女を名乗りながら、私からは王女としての威厳など感じぬだろう」
「そ、そんなことは」
ティラからは品格のようなものをしっかりと感じている。
しかし、それを王としてものかと問われると違う気がする。
王の品格――威風、貫禄、重み。そういったものはなく、気品を感じる程度のもの。
思えば、ティラが庭園の機構や隠し通路に浮かぶ文字、女神の居場所を知らないのも、王位継承権がないために教えられていないのかもしれない。
ティラは物憂げに声を漏らす。
「私は民を導く役目を背負っているわけでない。ただ、プラリネ女王の娘としての教育を受けているだけ」
「ティラ……」
「次なる王はブラウニー叔父さ、ブラウニー王の御子たちが跡を継ぐ。そうなれば、私は只の邪魔者。東国のリーベンで隠居させられる身だ」
「そっか……なんだか、寂しいな」
「だからこそ、街を見てみたい。私が住んでいた場所。故郷と呼べる場所をしっかりと目に焼き付けておきたいのだ。ヤツハよ、今日の案内、楽しみにしているぞ」
「ああ……」
ティラは寂しい光を宿す瞳に、笑顔を乗せる。
俺よりも遥かに年下で、ピケと同じくらいにしか見えない女の子。
そうだというのに、悲しくも、とても大人に見えた……。
ここはティラのために、街の素晴らしいところを隅々まで案内してあげないといけない。
俺は湿っぽい空気を吹き飛ばすように、極めて明るい声を出した。
「よっしゃ、街案内は任せろ! っと、その前に着替えよっか」
と、言って、三日前にピケから借りた衣装をティラに手渡す。
ティラは衣装を裏表と見ながら、興味深そうに声を出す。
「ほほぉ、これが庶民の服か。しかし、薄絹の向こうから見ていた物とかなり違うような」
「うん、まぁ。知り合いの女の子がかなり派手な子で」
「ほぉ。まぁ、よい。早速着替えるとしよう。それで、お主が手にしている衣装は?」
「あ、これ。ティラのファッションに合わせて、服をチョイスされてねぇ~」
がっくりと首を落としながら力なく声を出す。
その態度にティラは少し首を傾けたが、ピケの服により興味があるらしく、早速着替えようとしていた。
「では、着替えようぞ。ほれっ」
ティラは両手を広げて突っ立っている。何をしてるのか?
「ほれって、何がしたいんだ?」
「何って、はよう着替えさせぬか」
「ああ~、そういうことか~。いい機会だ。今日は自分で着替えろ。庶民の生活を体験ってことでな」
「なるほど、面白い。そうするとしよう」
ティラは自分の服に手をかけて脱ぎ始めた。
たどたどしい手つきだが、とりあえず、一人で着替えはできそうなので、俺も預かった服へ着替えることにする。
服を広げて、眺める。
紫を基調としたドレス。
全体的にすらりとしていて、体のラインに沿うように作られた衣装。
肩の部分は露出していて、かなり胸を強調するような感じ。
スカートの丈はいつも着ている服より短く、膝のあたりまでしかない。
「これって、どう見ても街中をうろつく格好じゃないんだけどなぁ。パティはうろついてるけど……」
あんまり気乗りはしないが、服を着なかったとバレたら何を言われるかわかったもんじゃない。
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