マヨマヨ~迷々の旅人~

雪野湯

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第八章 深まるアクタの謎

女神御座す場所

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 ブラン王女にかされて出入口があったはずの場所まで来るが、花畑が広がるだけで何もない。

「あれ、ここら辺から出てきたはずなんだけど?」
「手の平を魔力で覆い、周りを探ってみろ。できるか?」
「え? ああ、できるけど。こうか?」

 手の平を魔力で覆い、何もない空中で手を動かす。
 すると、透明な壁のようなものが手に触れた。

「ん、なにこれ?」
「ホログラムは知覚を鈍らせて、ここが広い空間であるかのように錯覚を起こさせているのだ。壁のある場所に近づくと、無意識に体の向きを変えるように。だが、魔力を込めた手足で辺りを探れば、ちゃんと壁に当たるというわけだな」
「はぁ~なるほどねぇ。だけど~」


 壁はあるけど、肝心の出入り口がわからない。

「ええ~い、何をしておる? 壁がどこにあるのかわかったのだ。次は瞳に魔力を込めよ」
「え、ああ、そういうこと」

 ブランから言われたとおりに、魔力を瞳に集める。
 目の前の映像がぼやけて、本来の壁の姿、金属製の壁が見えてきた。
 目に魔力を込めたまま、壁の左右を見る。
 少し離れた場所にある壁にくぼみが見えた。
 傍に寄り、くぼみを覗き込む。
 くぼみの中には地下水路で発見したものと同じ黒いボタンがあった。

「ああ、これだこれ。このボタンを押すと隠し通路が開く仕掛け」
「ほほぉ、どれどれ……ふむ、私はこの部屋を完璧に把握しておるが、以前はなかったはず」
「俺が地下水路のボタンを押しちゃったから、出てきたんじゃないの?」
「おそらくな。よし、さっそく押してみよ」
「まぁ、いいけど」


 王女様に促され、ボタンをポチっと。
 周囲に変化はない。

「なんだ、何も起きぬではないか?」
「ちょい待ち。えっと、たぶん~、壁をまさぐれば~、おっ、あった」

 地下水路の時と同じ要領で、壁の表面をなぞる。すると、壁の一部が波打ち、そこに入口が存在することを示す。

「ほれ、ここ。ここを通り抜ければ、地下水路」
「ほほぉっ、ほほぉっ。つまり、ここから外に出られるというわけか。うむ、僥倖ぎょうこう重畳ちょうじょう、大変しっ」

 ブランは随分とはしゃいでいる。
 今後の展開がなんとなく予想できるんだけど、予想したくないな……。
 
 壁の表面を撫でたり手を突っ込んだりして遊んでいるブランを横目に、俺は改めて隠し通路のことを考える。

(まさか、迷って王城へ続く隠し通路を見つけるとはね。おじいちゃんが話してた噂は本当だったってことか。しかも、王女様も知らない通路なんて……ん?)


 隠し通路を見ながら、一筋の冷たい汗が流れ落ちる。
(王族も知らない隠し通路を、庶民の俺が知るなんて……いや、なんであろうと隠し通路を知った時点で、危険なことなんじゃ? これ……相当危ないことになってる? ダメじゃんっ!)


 俺はさっさとここから逃げ出すために、慌ててブランへ声をかけた。

「あのっ、そろそろ帰らなきゃいけないんで。それじゃ!」
「ん、何を焦っておる?」
「い、いや、別に焦ってなんか」
「ふむ、まぁよい。用事があるのなら引き留めはせぬが……一つ、頼みたいことがある」
「頼みたいこと?」
「うむ。私を城の外に連れていってくれ」
「あ~、やっぱりそうくるかぁ~」


 俺はその場でしゃがみ込み、両手で顔を覆う。
 王女様のお転婆ぶりと隠し通路への反応で、なんとなく気づいてた。こんなことを言い出すことを。

(くそっ、何としても断らないと! 王女が望んだとはいえ、外に連れ出したら、何かの咎に問われるのは間違いない。それ以前に、俺が隠し通路を見つけたことについて処分される可能性だって)


「あの、ブラン王女さま~」
「ブランでよいぞ。ヤツハと私の仲だ」
「どんな仲だよ。まぁ、それよりも、外に連れ出すのはちょっと。行くんならお一人で」
「なんだ、つれないな。しかし、私の頼みは断れぬぞ」
「なんで?」
「おや、曲者になりたいのか?」

 と言って、ブランは口角の端を捩じ上げた。
 わっる~い顔を見せるブラン。それに対して、俺は顔をピクピクと引き攣らせ応える。

「お前、わかっていて……」
「当然だ。このような隠し通路を庶民が知ったとなればどうなるものか。して、私の頼みを聞いてくれるよな?」
「く~、なんてガキだっ、てめぇ」
「見かけによらず口が悪いな、お主。普段なら礼を失する態度だが、私は寛大だ。許そう。ヤツハよ、私の願い、受けるな」


 ニヤニヤした笑みを浮かべながら、言葉で威圧してくる。
 なんて小憎こにくらしい奴なんだ。


「あ~、わかったよ。受けるよっ、受ければいいんでしょっ!」
「うむ、それでよい」
「でも、まさかと思うけど、今からってわけじゃないよな?」
「もちろんだ。今抜け出せば簡単に見つかってしまう。なので、今より五日後の朝、再びここへ訪れるが良い」
「五日後なら大丈夫なのか?」

「五日後は月に一度の祈祷日でな。一日中、祈りの部屋に一人籠り、女神コトアに祈りを捧げねばならぬ。それが何とも苦痛で、暇でな」
「おい、いいのかよ。そんな、いい加減で」
「構わぬ。祈りの儀式など、坊主どもが形式を保つために考え出したものだ。本来、女神様への祈りはどこで祈ろうと届くはず」
「まぁ、たしかにそうかもな」

「だいたい、そんなに祈りを届けたいなら、地下に行って直接祈りを捧げればいい。それ以外ならどこでも一緒だ」
「地下?」
「王都の地下深くには女神コトアが眠ってお……あ」
「あ?」

「しまった、これは国家機密だった」
「おいっ、ふざけんなよっ! また一つ、やばいことが加算されたじゃねぇかっ!」
「あはは、許せ許せ。これでこちらも、お主の存在を絶対に話せなくなったのだ。お互い様でよかろう」

「お互い様じゃね~よ。俺は百パー処断されるけど、ブランは大丈夫だろ」
「ふむ……ま、いまさら細かいことを気にしても仕方あるまい」
「あの、お前なっ。はぁ~、細かくないってぇのぉぉぉ~」


 肩を脱力させて、ため息漏れるように抗議の声を上げる。
 その様子を見て、ブランはケタケタ笑っている。
 全く、気楽なもんだ。こいつは自分の立場と俺の立場の違いをまるで分かってない。


「もう、いいや。ここまで来たら、先のことを考えても仕方ないし。で、五日後だっけ? 大丈夫なの、抜け出して?」
「うむ、祈りの部屋では私一人になる。日が沈む前に戻れば大丈夫だ」
「祈りの部屋からはどうやって脱出すんの?」

「ふっふっふ、部屋からの脱出路はすでに確保してある。いつか役立つときがあると思って準備しておった。もちろん、城の外へと続く道も確保しているが、外に出られるか不確かでな」

「なんて姫さんだ……」
「しかし、この隠し通路なら間違いなく外へ出られる。褒めてつかわす」
「お前に褒められるためにやったわけじゃないけどな……」

「そう、つんけんするな。では、そろそろ、私も戻らねば。教育係りのアレッテに見つかると厄介だからな」
「お前の教育係に同情するわ」
「あんな女に同情などいらぬっ。まぁ、あの女がどれだけ恐ろしいか、ヤツハは知らぬからな……」


 ブランは体全身をぶるりと震わせ、両目を強くつむっている。
 そんなに恐ろしい相手なら、敵に回すような真似をしなければいいのに……。


「んじゃ、五日後の朝ということで」
「うむ、その時は私に合った服を用意してきてくれ。さすがに王女としての格好で街中をうろつくわけにも行くまい」
「そうだけど、どこでブランの服を手に入れろってんだ?」
「そこは何とかせい」
「こいつは……。わかったよ、じゃな」
「うむ、またな」

 
 俺は後ろを振り向きながら、適当に手を振って揺らぐ壁に身を投じ、地下水路へ戻っていった。
 
 
 文字が浮かぶ地下水路へ続く階段を下りながら、ブランがポロリと漏らした国家機密のことを思い出し、足を止めて地面に目を向ける。
 
(本当に、地下には女神様がいるのか?)
 
 ここアクタは、地球の常識から大きく外れた世界。
 女神が存在する可能性は十分にある。
 だとしたら、地球への帰還と身体のことを相談できるかもしれない。


「でも、相手は神様。閻魔みたいに人間の話なんぞ知らんわって態度とられるかもなぁ。おまけに、国家機密クラス。そこへ辿り着けるか微妙だし。今は一応、頭の片隅に置いとく程度にしておこうっと」
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