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第六章 遭遇……アクタの謎
心の中に棲みつく影
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「サシオン様っ! 幻滅どころではありません。裏切られた思いですよっ!」
フォレは激高し、サシオンに掴みかからんとする勢いだ。
俺は彼の肩を掴み、それを制止する。
「まぁ、落ち着けフォレ。ムカつくがサシオンの気持ちもわかるし」
「ヤツハさん、でも」
「その様子だと、とことんサシオンはお前に汚いところを見せてこなかったんだろうな。その優しさ、察してやれよ」
「それはどういう……?」
「サシオンはお前にとって『正義の味方』、だったんだろ?」
「え……あ。……サシオン、さま」
サシオンの心に気づき、フォレはゆっくりと彼へ顔を向けた。
サシオンは寂しげに笑いを漏らす……彼は気づいていた、フォレが自分を厚く信奉していたことに……。
だから、フォレの前では常に正義を示してきた。正義だけを示してきたのだ。
フォレは拳を握り締めて、呟くように声を漏らす。
「申し訳ありません。私は知らず知らずのうちにサシオン様の枷になってしまっていたようで。今まで、私の見えない場所でご苦労を重ねていたのですね」
「よい。私も言葉が少なすぎた……」
「サシオン様……ですが、ですが、言わせてもらいます。ヤツハさんを潜入させるなど、断じて認めることはできません。何卒、ご再考を」
「ふむ、ヤツハ殿はどうお考えか?」
「嫌に決まってんじゃん。今までと危険度が違いすぎるし…………でも、ちょっとだけ考えをまとめさせてくれる」
「ヤツハさん、ここは素直に断っては――」
「フォレ、ヤツハ殿の勘案を邪魔するではない」
「む~」
フォレは幼子のように不満を表情に出す。それを見て、サシオンは軽く笑みを浮かべた。
それは、フォレが初めてサシオンに見せる子どもっぽい態度なのだろう。
まるで親子のような二人の関係を温かく見守りつつ、こっちは重苦しい人身売買について考える。
しかし、考えるのは受ける受けないの話ではない。
サシオンが何を目指しているかだ。
彼は地下水路のことを知っていた。その先で人身売買が行われていることも知っていた。
つまりは、場所も特定しているということ。
しかし、取り締まろうとしない。
理由はカルアと繋がる証拠が見つからないからだ。
(なぜ、カルアをそこまでして捕まえたい?)
目を閉じて、思考を深く深く沈めていく。
気がつくと、狭間の世界に似た場所に立っていた。
いつか見た、黒い影がこちらへやってくる。
影は以前よりも人の形を模している。体の線から見て、女性のようだ。
彼女はそっとノイズのような耳打ちをする。
俺の頭に新たな思考が生まれる。
目を開いて、新たな思考に触れる。
(つまり、『近衛騎士団・団長サシオン=コンベル』は、『王族のカルア』を何としても排除したいと考えている)
一気にきな臭くなってきた。裏にあるのは権力闘争か?
だが、影はこうも言っていた。可能性は一つではない、無数に広げろと。
再び、目を閉じて思考を沈める。
影の女は闇に佇み、こちらを見ている。
俺は彼女に問う。
「あんたは単純な権力闘争だと見ていないのか?」
首を縦にこくりと振る。答えはイエス……。
「だったらなんだ? サシオンは何を考えている?」
俺が影に歩み寄ると、影に口が生まれた。
真っ黒な影に、口の部分が大きく白く浮かぶ。
彼女は口角を鋭く上げて笑う。
そして、言葉を生んだ。
「ふふ、あなたが求めているのはサシオンの心? それとも、フォレの抱く正義?」
美しい琴の音色のような言葉が耳を優しく包む。
鼓膜は婀娜な響きに魅了され、音に全てを預けたくなる。
――だがしかしっ、同時にぞわりとした恐怖が全身を貫く。
(この女……危険だっ)
俺は女から身を放し、名を尋ねる。
「お前、何者だ?」
「私はあなた。あなた自身」
「ふざけんなっ。俺がお前なわけないだろ」
「そう、なら、どうでもいい」
「どうでもいいって……」
影の女は首を一度ふいっと横に振って、再び俺に戻してきた。
その仕草にちょっとだけ茶目っ気を感じる。
彼女は再び、同じ問いをする。
「もう一度、聞く。あなたが求めているのはサシオンの心? それとも、フォレの正義?」
「この、話を勝手に切りやがって……お前が聞いている問いって、人身売買のことだよな。一体何を?」
「鈍い人……あなたの心は答えを見つけているのに、あなたはそれに気づいてあげないなんて」
「どういう意味だよ?」
「示唆。今、あなたが助けるべき相手は、だれ?」
「それは攫われた……あっ、そうか。そうだな。サシオンの心なんて二の次だよな。フォレの行動こそが正しい」
目を開き、サシオンを見つめる。
俺の心が決まったことを察して、彼は尋ねてきた。
「ヤツハ殿、返答はいかに?」
「サシオン、お前は間違っている」
「何?」
「理由はわからないけど、お前はカルアを検挙したがっている。でもな、カルアと繋がる証拠をつかむ間に、どれだけの人たちが苦しむと思っているんだっ? 王都を守護し、民の生活と安全を守る者として、今取るべき行動はなんだっ!?」
「……っ」
「フォレの行動こそ正しい、近衛騎士団として。サシオン、動くべきだ。カルアには逃げられるだろう。だけど、あいつが悪行を働くたびに、何度でも潰せばいい。潰して潰して、潰しつくして、もう二度と、立ち上がれなくなるくらいに!」
瞳に力を込めて、サシオンに視線をぶつける。
彼は深く腰掛けていた椅子から、体を前に押し出し、机の上で手を握るように結んだ。
「カルア様はプラリネ女王陛下、ブラウニー陛下に泥を塗る存在。早々にご退場願いたい……しかし、そのために民が犠牲となっていては両陛下ともお嘆きになろう。フォレ! 明後日、強制捜査に入る。準備を!」
「はいっ、了解しました!」
威勢よくフォレは返事をして、執務室から飛び出していく。
彼の顔は憑き物が落ちたように晴れやかだった。
俺はサシオンに向かい声をかける。
「陛下を思っての行動だったってこと?」
「カルア様を放置していれば、両陛下ばかりかジョウハク国の権勢もまた地に堕ちる。だからこそ、何としてもと思っていたのだが」
「あんたでも取り締まるの難しいんだ?」
「彼は頭が回る。こと、悪事に関しては、な」
「はは、大変そうだね。んじゃ、頑張って」
「待て、ヤツハ殿。捜査には人手が必要だ。ご協力願いできないか?」
「はっ、嫌だよ。人身売買の現場だろ。危なそうじゃん」
「いや、そちらはフォレに任せようと考えている。ヤツハ殿には賭博場の方を任せたい。表から我ら騎士団が。賭博場の裏口にヤツハ殿。地下水路へ逃げ込んでくる者たちを取り押さえて欲しい」
「そっちの方が危険じゃん。追い詰められて何するかわかったもんじゃないっ。『純真無垢な乙女』に何をさせる気だよ!」
「ははは」
「笑うな!」
「ヤツハ殿はフォレとエクレル殿の下で調練しているのだろう。それを生かす場を与えようというのだ」
「余計なお世話だよ。厄介事なんて関わらない方が一番なんだから」
「そうか、残念だ」
と、言いながらサシオンは、机の上にジャラリと音を上げる袋をおいた。
「ヤツハ殿は賭け事で不首尾を行い、お手元が寂しいと聞いたが……」
「ど、どこでそれを……アプフェルかぁ~、あいつめ余計なことを~」
「で、どうするのだ、ヤツハ殿?」
「きったない。本当にお前汚いよ。サシオンってさ、な~んか、俺に当たり強いよね? 危険なことばかりさせようとするし。俺になんか恨みでもあんの?」
「……いや、そのようなことは」
サシオンは少しばかり瞳を横に逸らす。
まさか、あの態度。本当に恨みでもあるのか?
でも、恨まれるようなことした覚えないし、今の態度はサシオン流の冗談?
お堅い人の冗談はわかりにくい。
「はぁ、まぁやるよ。お金がないのはたしかだしね」
「そうか。色よき返事、感謝する」
「色よくないって!」
机の上の袋をふんだくり、足音を鳴らしながらそのまま部屋から出ていく……つもりだった。
扉のノブに手を掛けようとしたとき、誰かが囁いた気がした。
俺は囁きに誘われるように、サシオンへ振り向く。
そして――
「ほんとうにへいかをおもってのこうどうなの?」
子どものように清白でありながら、感情の薄い質問。
サシオンの眉が僅かに跳ねる。
だが、すぐに態度を直し、言葉を返してきた。
「もちろんだ。我が身命はジョウハク国のためにある」
「そう、なら、どうでもいい」
俺は興味なさげに答え、執務室から出ていった。
扉を閉じると同時に、寒気が身体を通り抜ける。
今のはまるで、影の女が俺の体を借り、言葉を出しているかのような感覚だった。
フォレは激高し、サシオンに掴みかからんとする勢いだ。
俺は彼の肩を掴み、それを制止する。
「まぁ、落ち着けフォレ。ムカつくがサシオンの気持ちもわかるし」
「ヤツハさん、でも」
「その様子だと、とことんサシオンはお前に汚いところを見せてこなかったんだろうな。その優しさ、察してやれよ」
「それはどういう……?」
「サシオンはお前にとって『正義の味方』、だったんだろ?」
「え……あ。……サシオン、さま」
サシオンの心に気づき、フォレはゆっくりと彼へ顔を向けた。
サシオンは寂しげに笑いを漏らす……彼は気づいていた、フォレが自分を厚く信奉していたことに……。
だから、フォレの前では常に正義を示してきた。正義だけを示してきたのだ。
フォレは拳を握り締めて、呟くように声を漏らす。
「申し訳ありません。私は知らず知らずのうちにサシオン様の枷になってしまっていたようで。今まで、私の見えない場所でご苦労を重ねていたのですね」
「よい。私も言葉が少なすぎた……」
「サシオン様……ですが、ですが、言わせてもらいます。ヤツハさんを潜入させるなど、断じて認めることはできません。何卒、ご再考を」
「ふむ、ヤツハ殿はどうお考えか?」
「嫌に決まってんじゃん。今までと危険度が違いすぎるし…………でも、ちょっとだけ考えをまとめさせてくれる」
「ヤツハさん、ここは素直に断っては――」
「フォレ、ヤツハ殿の勘案を邪魔するではない」
「む~」
フォレは幼子のように不満を表情に出す。それを見て、サシオンは軽く笑みを浮かべた。
それは、フォレが初めてサシオンに見せる子どもっぽい態度なのだろう。
まるで親子のような二人の関係を温かく見守りつつ、こっちは重苦しい人身売買について考える。
しかし、考えるのは受ける受けないの話ではない。
サシオンが何を目指しているかだ。
彼は地下水路のことを知っていた。その先で人身売買が行われていることも知っていた。
つまりは、場所も特定しているということ。
しかし、取り締まろうとしない。
理由はカルアと繋がる証拠が見つからないからだ。
(なぜ、カルアをそこまでして捕まえたい?)
目を閉じて、思考を深く深く沈めていく。
気がつくと、狭間の世界に似た場所に立っていた。
いつか見た、黒い影がこちらへやってくる。
影は以前よりも人の形を模している。体の線から見て、女性のようだ。
彼女はそっとノイズのような耳打ちをする。
俺の頭に新たな思考が生まれる。
目を開いて、新たな思考に触れる。
(つまり、『近衛騎士団・団長サシオン=コンベル』は、『王族のカルア』を何としても排除したいと考えている)
一気にきな臭くなってきた。裏にあるのは権力闘争か?
だが、影はこうも言っていた。可能性は一つではない、無数に広げろと。
再び、目を閉じて思考を沈める。
影の女は闇に佇み、こちらを見ている。
俺は彼女に問う。
「あんたは単純な権力闘争だと見ていないのか?」
首を縦にこくりと振る。答えはイエス……。
「だったらなんだ? サシオンは何を考えている?」
俺が影に歩み寄ると、影に口が生まれた。
真っ黒な影に、口の部分が大きく白く浮かぶ。
彼女は口角を鋭く上げて笑う。
そして、言葉を生んだ。
「ふふ、あなたが求めているのはサシオンの心? それとも、フォレの抱く正義?」
美しい琴の音色のような言葉が耳を優しく包む。
鼓膜は婀娜な響きに魅了され、音に全てを預けたくなる。
――だがしかしっ、同時にぞわりとした恐怖が全身を貫く。
(この女……危険だっ)
俺は女から身を放し、名を尋ねる。
「お前、何者だ?」
「私はあなた。あなた自身」
「ふざけんなっ。俺がお前なわけないだろ」
「そう、なら、どうでもいい」
「どうでもいいって……」
影の女は首を一度ふいっと横に振って、再び俺に戻してきた。
その仕草にちょっとだけ茶目っ気を感じる。
彼女は再び、同じ問いをする。
「もう一度、聞く。あなたが求めているのはサシオンの心? それとも、フォレの正義?」
「この、話を勝手に切りやがって……お前が聞いている問いって、人身売買のことだよな。一体何を?」
「鈍い人……あなたの心は答えを見つけているのに、あなたはそれに気づいてあげないなんて」
「どういう意味だよ?」
「示唆。今、あなたが助けるべき相手は、だれ?」
「それは攫われた……あっ、そうか。そうだな。サシオンの心なんて二の次だよな。フォレの行動こそが正しい」
目を開き、サシオンを見つめる。
俺の心が決まったことを察して、彼は尋ねてきた。
「ヤツハ殿、返答はいかに?」
「サシオン、お前は間違っている」
「何?」
「理由はわからないけど、お前はカルアを検挙したがっている。でもな、カルアと繋がる証拠をつかむ間に、どれだけの人たちが苦しむと思っているんだっ? 王都を守護し、民の生活と安全を守る者として、今取るべき行動はなんだっ!?」
「……っ」
「フォレの行動こそ正しい、近衛騎士団として。サシオン、動くべきだ。カルアには逃げられるだろう。だけど、あいつが悪行を働くたびに、何度でも潰せばいい。潰して潰して、潰しつくして、もう二度と、立ち上がれなくなるくらいに!」
瞳に力を込めて、サシオンに視線をぶつける。
彼は深く腰掛けていた椅子から、体を前に押し出し、机の上で手を握るように結んだ。
「カルア様はプラリネ女王陛下、ブラウニー陛下に泥を塗る存在。早々にご退場願いたい……しかし、そのために民が犠牲となっていては両陛下ともお嘆きになろう。フォレ! 明後日、強制捜査に入る。準備を!」
「はいっ、了解しました!」
威勢よくフォレは返事をして、執務室から飛び出していく。
彼の顔は憑き物が落ちたように晴れやかだった。
俺はサシオンに向かい声をかける。
「陛下を思っての行動だったってこと?」
「カルア様を放置していれば、両陛下ばかりかジョウハク国の権勢もまた地に堕ちる。だからこそ、何としてもと思っていたのだが」
「あんたでも取り締まるの難しいんだ?」
「彼は頭が回る。こと、悪事に関しては、な」
「はは、大変そうだね。んじゃ、頑張って」
「待て、ヤツハ殿。捜査には人手が必要だ。ご協力願いできないか?」
「はっ、嫌だよ。人身売買の現場だろ。危なそうじゃん」
「いや、そちらはフォレに任せようと考えている。ヤツハ殿には賭博場の方を任せたい。表から我ら騎士団が。賭博場の裏口にヤツハ殿。地下水路へ逃げ込んでくる者たちを取り押さえて欲しい」
「そっちの方が危険じゃん。追い詰められて何するかわかったもんじゃないっ。『純真無垢な乙女』に何をさせる気だよ!」
「ははは」
「笑うな!」
「ヤツハ殿はフォレとエクレル殿の下で調練しているのだろう。それを生かす場を与えようというのだ」
「余計なお世話だよ。厄介事なんて関わらない方が一番なんだから」
「そうか、残念だ」
と、言いながらサシオンは、机の上にジャラリと音を上げる袋をおいた。
「ヤツハ殿は賭け事で不首尾を行い、お手元が寂しいと聞いたが……」
「ど、どこでそれを……アプフェルかぁ~、あいつめ余計なことを~」
「で、どうするのだ、ヤツハ殿?」
「きったない。本当にお前汚いよ。サシオンってさ、な~んか、俺に当たり強いよね? 危険なことばかりさせようとするし。俺になんか恨みでもあんの?」
「……いや、そのようなことは」
サシオンは少しばかり瞳を横に逸らす。
まさか、あの態度。本当に恨みでもあるのか?
でも、恨まれるようなことした覚えないし、今の態度はサシオン流の冗談?
お堅い人の冗談はわかりにくい。
「はぁ、まぁやるよ。お金がないのはたしかだしね」
「そうか。色よき返事、感謝する」
「色よくないって!」
机の上の袋をふんだくり、足音を鳴らしながらそのまま部屋から出ていく……つもりだった。
扉のノブに手を掛けようとしたとき、誰かが囁いた気がした。
俺は囁きに誘われるように、サシオンへ振り向く。
そして――
「ほんとうにへいかをおもってのこうどうなの?」
子どものように清白でありながら、感情の薄い質問。
サシオンの眉が僅かに跳ねる。
だが、すぐに態度を直し、言葉を返してきた。
「もちろんだ。我が身命はジョウハク国のためにある」
「そう、なら、どうでもいい」
俺は興味なさげに答え、執務室から出ていった。
扉を閉じると同時に、寒気が身体を通り抜ける。
今のはまるで、影の女が俺の体を借り、言葉を出しているかのような感覚だった。
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