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第六章 遭遇……アクタの謎
フォレの過去
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荒れ狂う感情を無理やり抑え込んでいるフォレに、俺は声音静かに話しかける。
「フォレ、らしくないぞ。なんで、そこまで?」
「なぜって……無辜の民が、一部の腐った連中によって命を弄ばれている。ヤツハさんはそれに怒りを覚えないんですか?」
「覚えるよ。カルア死ねと思う。話を聞いたときは、一瞬頭に血が上った。だけど、それ以上にお前のことが心配だし」
「え?」
「というか、いきなり俺以上にキレられたら、出る幕がないというか、逆に冷静になっちゃうというか。冷静になるとさ、暴走しているお前の方が心配になるわけだよ」
「あ……すみません。『俺』は」
「ふふ、『俺』、か。普段は猫被ってるんだな、お前」
「……ええ、そうですね。普段の私は、自分を偽っています」
「ふ~ん、少し話してほしいな、お前のこと」
俺はちらりとサシオンに目を向けた。
彼は無言で小さく首を縦に動かす。
俺はもう一度、フォレに向かい、尋ねる。
「そんだけ怒るんだ。何かあるんだろ、理由が?」
「私は……」
フォレは言葉途中、一拍置き、覚悟を決めるように頷き、言葉を続けた。
「俺は貧民街出身で、そこで多くの汚いもの見てきました……力のない者が理不尽に蹂躙される様を。腹立たしかった。悔しかった。しかし、親から捨てられた俺は、毎日をどう生き抜くかが精一杯で、何もできなかった」
「親に……?」
「ええ、そうです。父は、母が俺を身籠るとすぐに消え、母も生活が苦しく俺を捨てた。そしては俺は、生きるために、憎しみを向けた連中に愛想を振りまき、物乞いをするしかなかった…………でも、ある日のこと、団長……サシオン様に出会ったのです」
フォレは訥々と語っていく。
貧しさ、暴力、弱さ。
幼いフォレの心は完全に闇に閉ざされていた。
しかし、彼の前に闇を切り裂く光が現れた。
光の名は『王都近衛騎士団アステル団長・サシオン=コンベル』。
サシオンはフォレにとって絶対的な恐怖であった悪を事も無げに屠った。
幼いフォレはサシオンの袖を掴む。
連れて行って欲しい、と。
それからというもの、フォレはサシオンのそばでずっと彼の正義を見てきた。
如何なる悪にも屈することなく、正義を示し続ける彼の姿を。
サシオン=コンベルはフォレの憧れであり、理想であった。
フォレ自身もまた、理想へ近づこうと努力をたゆまぬ。
しかし、過去の出来事がフォレの心に染みとなって残る。
――他者に対する不信。
それでも、彼は自身の理想の姿を取ろうと正義の自分を演じ続ける。
しかし、如何なる悪も許さず正義であろうとすればするほどに、心は深く淀んでいく。
初めて俺と出会った時も、フォレは手を差し伸べながらも、まず疑った。
この女は本当に信用できる存在なのか、と。
正義と不信……己の心に宿る矛盾が、常に彼の重石となって彼を苦しめ続けていた。
「俺はさもしい男なんです。自分自身を正義と見せるために、自分を欺き続けている。本当の自分は正義とはほど遠い存在。疑り深く、壁を作っている。そうだというのに、正義を渇望してやまない。だからこそ、悪を憎もうとする。本当に、自分勝手で、わがままな存在なんです」
語り終えたフォレは、壁に背を預けて、頭を押さえて俯いている。
涙を流している様子はない。だけど、泣いているのだろう……。
サシオンは口を閉じ、一切語らない。
無音の間に、空気だけが重く嵩を増していく。
こんな空気に、俺は、俺は――――耐えられないので壊します。
「あほか、お前はっ!」
「え? ヤツハ、さん」
「お前がさ、どんなに苦しい思いをしてきたか、知らんよ俺は。でもさ、頑張ってんじゃん。俺から見れば、本当にお前はすごいよ」
「でも、しかし」
「お黙り! お前は正義であろうとしたんだろう。で、実行できてる。それだけで十分じゃん。むしろ、それ以上を望もうとするなんて、ぜいたくな奴。やだね~、持ってる奴は」
「持ってるって、何を?」
「才能だよっ。実力だよ! そして、努力する心だよっ! フォレ、努力を続けるお前は尊い。だけど、それが苦しいってんなら、やめたっていい。もし、誰かが文句を言ってきたら、俺がぶんなぐってやる!!」
「ヤツハさん……」
「でも、まだ正義を続けたいってんなら、俺を頼れ。俺だけじゃない、アプフェルだっている。トルテさんだっている。ピケだって助けてくれるさ」
「あ、あ、……俺は……」
「お前が子どものころに見てきた光景。受けた傷は俺にはわからない。でも、愚痴ぐらいは言えるだろ……だから、なっ」
俺はフォレに手を差し伸ばした。
フォレは手を少し上げる。彼の手は小刻みに震えている。
俺は待つ、彼が自分から手を握ってくれることに。
フォレは数度のためらいを見せて、俺の手を優しく握りしめた。
「ヤツハさん、ありがとう。頼りにさせてもらいます」
「おう、それなりに期待してくれ」
「それなりですか?」
「当たり前だろ。そんなに期待されたら困る」
「……はは、ヤツハさんらしい」
「らしいってなんだよ、らしいって。ふふ、まったく世話の焼ける奴」
俺とフォレは互いに柔らかな笑みを浮かべる。
俺は視線を少しずらして、サシオンを覗き見る。
サシオンも柔らかな笑みを浮かべて、俺たちを見ていた。
そんな彼の笑みに、嫌味をぶつける。
「本当なら、お前の役目だろ。サシオン!」
「ふむ、たしかに。しかし、フォレは私に遠慮をして、何も話してくれなくてな。寂しい限りだ」
「わ、私は……相談したい時だってありましたよ。でも、いつもお忙しそうだから……」
「無用な遠慮だ。私もお前の愚痴くらいならいくらでも付き合うぞ」
「ありがとうございます。ならば、早速伝えたいことがあります」
「ほぉ、なんだ?」
「私は、あなたに少々幻滅しています。常に正義を体現してくれたあなたは、ヤツハさんを脅し、利用し、さらにはカルア様の愚行を取り締まれずにいる」
「ふむ、耳が痛いな。だが、残念至極ではあるが、私はお前をさらに幻滅させることになる」
「え?」
「ヤツハ殿。カルア様は美しい存在を売買に掛けている」
サシオンは僅かに口角を上げて、俺を見つめた。
その姿にすぐ、何を言いたいのかピンときた。
「うん……はっ、お前っ!? 最悪だな、ほんとっ!」
「どうしたんです、ヤツハさん?」
「フォレ、怒れ。お前の正義でこいつを切れ!」
「いや、何のことがわからないんですが?」
「サシオンはこの俺に競売にかけられてこいって言ってんだよ」
「え……ま、まさか、ヤツハさんを潜入させる気ですか、サシオン様?」
サシオンはフォレの問いに、深く椅子に腰を掛けて、答える。
「その通りだ」
「なぜっ!?」
「カルア様が人身売買を行っていることは明白。されども、証拠はない。そこでヤツハ殿には、カルア様と繋がる証拠を見つけてきてもらいたいのだ」
「なんてことをっ。ヤツハさん、絶対にこんな話に耳を貸してはいけませんよ!」
「……うん、なるほどね。だからか……」
「ヤツハさん、どうしました?」
「いや、俺を手駒にしたい理由って、今のが一番の理由だったんだなって思ったわけ」
美しい男女が競売にかけられている。
そこに俺、見目麗しいヤツハを潜入させて、内部を調査して貰いたかった。
そこで、カルアに繋がる証拠が見つかれば良し。見つからなくても何ら痛手はない。
仮に潜入中に正体がバレても、俺はサシオンの仲間ではないから知らぬ存ぜぬで通せる。
フォレもそこに行き当たり、憤怒の表情をサシオンに向けた。
「フォレ、らしくないぞ。なんで、そこまで?」
「なぜって……無辜の民が、一部の腐った連中によって命を弄ばれている。ヤツハさんはそれに怒りを覚えないんですか?」
「覚えるよ。カルア死ねと思う。話を聞いたときは、一瞬頭に血が上った。だけど、それ以上にお前のことが心配だし」
「え?」
「というか、いきなり俺以上にキレられたら、出る幕がないというか、逆に冷静になっちゃうというか。冷静になるとさ、暴走しているお前の方が心配になるわけだよ」
「あ……すみません。『俺』は」
「ふふ、『俺』、か。普段は猫被ってるんだな、お前」
「……ええ、そうですね。普段の私は、自分を偽っています」
「ふ~ん、少し話してほしいな、お前のこと」
俺はちらりとサシオンに目を向けた。
彼は無言で小さく首を縦に動かす。
俺はもう一度、フォレに向かい、尋ねる。
「そんだけ怒るんだ。何かあるんだろ、理由が?」
「私は……」
フォレは言葉途中、一拍置き、覚悟を決めるように頷き、言葉を続けた。
「俺は貧民街出身で、そこで多くの汚いもの見てきました……力のない者が理不尽に蹂躙される様を。腹立たしかった。悔しかった。しかし、親から捨てられた俺は、毎日をどう生き抜くかが精一杯で、何もできなかった」
「親に……?」
「ええ、そうです。父は、母が俺を身籠るとすぐに消え、母も生活が苦しく俺を捨てた。そしては俺は、生きるために、憎しみを向けた連中に愛想を振りまき、物乞いをするしかなかった…………でも、ある日のこと、団長……サシオン様に出会ったのです」
フォレは訥々と語っていく。
貧しさ、暴力、弱さ。
幼いフォレの心は完全に闇に閉ざされていた。
しかし、彼の前に闇を切り裂く光が現れた。
光の名は『王都近衛騎士団アステル団長・サシオン=コンベル』。
サシオンはフォレにとって絶対的な恐怖であった悪を事も無げに屠った。
幼いフォレはサシオンの袖を掴む。
連れて行って欲しい、と。
それからというもの、フォレはサシオンのそばでずっと彼の正義を見てきた。
如何なる悪にも屈することなく、正義を示し続ける彼の姿を。
サシオン=コンベルはフォレの憧れであり、理想であった。
フォレ自身もまた、理想へ近づこうと努力をたゆまぬ。
しかし、過去の出来事がフォレの心に染みとなって残る。
――他者に対する不信。
それでも、彼は自身の理想の姿を取ろうと正義の自分を演じ続ける。
しかし、如何なる悪も許さず正義であろうとすればするほどに、心は深く淀んでいく。
初めて俺と出会った時も、フォレは手を差し伸べながらも、まず疑った。
この女は本当に信用できる存在なのか、と。
正義と不信……己の心に宿る矛盾が、常に彼の重石となって彼を苦しめ続けていた。
「俺はさもしい男なんです。自分自身を正義と見せるために、自分を欺き続けている。本当の自分は正義とはほど遠い存在。疑り深く、壁を作っている。そうだというのに、正義を渇望してやまない。だからこそ、悪を憎もうとする。本当に、自分勝手で、わがままな存在なんです」
語り終えたフォレは、壁に背を預けて、頭を押さえて俯いている。
涙を流している様子はない。だけど、泣いているのだろう……。
サシオンは口を閉じ、一切語らない。
無音の間に、空気だけが重く嵩を増していく。
こんな空気に、俺は、俺は――――耐えられないので壊します。
「あほか、お前はっ!」
「え? ヤツハ、さん」
「お前がさ、どんなに苦しい思いをしてきたか、知らんよ俺は。でもさ、頑張ってんじゃん。俺から見れば、本当にお前はすごいよ」
「でも、しかし」
「お黙り! お前は正義であろうとしたんだろう。で、実行できてる。それだけで十分じゃん。むしろ、それ以上を望もうとするなんて、ぜいたくな奴。やだね~、持ってる奴は」
「持ってるって、何を?」
「才能だよっ。実力だよ! そして、努力する心だよっ! フォレ、努力を続けるお前は尊い。だけど、それが苦しいってんなら、やめたっていい。もし、誰かが文句を言ってきたら、俺がぶんなぐってやる!!」
「ヤツハさん……」
「でも、まだ正義を続けたいってんなら、俺を頼れ。俺だけじゃない、アプフェルだっている。トルテさんだっている。ピケだって助けてくれるさ」
「あ、あ、……俺は……」
「お前が子どものころに見てきた光景。受けた傷は俺にはわからない。でも、愚痴ぐらいは言えるだろ……だから、なっ」
俺はフォレに手を差し伸ばした。
フォレは手を少し上げる。彼の手は小刻みに震えている。
俺は待つ、彼が自分から手を握ってくれることに。
フォレは数度のためらいを見せて、俺の手を優しく握りしめた。
「ヤツハさん、ありがとう。頼りにさせてもらいます」
「おう、それなりに期待してくれ」
「それなりですか?」
「当たり前だろ。そんなに期待されたら困る」
「……はは、ヤツハさんらしい」
「らしいってなんだよ、らしいって。ふふ、まったく世話の焼ける奴」
俺とフォレは互いに柔らかな笑みを浮かべる。
俺は視線を少しずらして、サシオンを覗き見る。
サシオンも柔らかな笑みを浮かべて、俺たちを見ていた。
そんな彼の笑みに、嫌味をぶつける。
「本当なら、お前の役目だろ。サシオン!」
「ふむ、たしかに。しかし、フォレは私に遠慮をして、何も話してくれなくてな。寂しい限りだ」
「わ、私は……相談したい時だってありましたよ。でも、いつもお忙しそうだから……」
「無用な遠慮だ。私もお前の愚痴くらいならいくらでも付き合うぞ」
「ありがとうございます。ならば、早速伝えたいことがあります」
「ほぉ、なんだ?」
「私は、あなたに少々幻滅しています。常に正義を体現してくれたあなたは、ヤツハさんを脅し、利用し、さらにはカルア様の愚行を取り締まれずにいる」
「ふむ、耳が痛いな。だが、残念至極ではあるが、私はお前をさらに幻滅させることになる」
「え?」
「ヤツハ殿。カルア様は美しい存在を売買に掛けている」
サシオンは僅かに口角を上げて、俺を見つめた。
その姿にすぐ、何を言いたいのかピンときた。
「うん……はっ、お前っ!? 最悪だな、ほんとっ!」
「どうしたんです、ヤツハさん?」
「フォレ、怒れ。お前の正義でこいつを切れ!」
「いや、何のことがわからないんですが?」
「サシオンはこの俺に競売にかけられてこいって言ってんだよ」
「え……ま、まさか、ヤツハさんを潜入させる気ですか、サシオン様?」
サシオンはフォレの問いに、深く椅子に腰を掛けて、答える。
「その通りだ」
「なぜっ!?」
「カルア様が人身売買を行っていることは明白。されども、証拠はない。そこでヤツハ殿には、カルア様と繋がる証拠を見つけてきてもらいたいのだ」
「なんてことをっ。ヤツハさん、絶対にこんな話に耳を貸してはいけませんよ!」
「……うん、なるほどね。だからか……」
「ヤツハさん、どうしました?」
「いや、俺を手駒にしたい理由って、今のが一番の理由だったんだなって思ったわけ」
美しい男女が競売にかけられている。
そこに俺、見目麗しいヤツハを潜入させて、内部を調査して貰いたかった。
そこで、カルアに繋がる証拠が見つかれば良し。見つからなくても何ら痛手はない。
仮に潜入中に正体がバレても、俺はサシオンの仲間ではないから知らぬ存ぜぬで通せる。
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