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蛇足の章
第36話 崩れ行く、幸福な光景
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シオン様と友達になって幸せだった半年。
そして、ここから続く崩壊の一年。
壊れていく。幸せだった景色が崩れ落ちていく。
やはり私は、幸せになってはいけない存在だったのでしょう。
幸せは得難いもの。だけど、不幸は容易く手に入る。それも加速度的に……。
ダリア様の悪意の加速により、御兄妹と使用人からの悪意も加速する。
シオン様が壊れていく。悪意に押し潰されて壊れていく。
私はそれを指を咥えて見ていることしかできない…………友達なのに!
今日もまたダリア様に鞭で打たれ、シオン様の自室で治療を行います。
背中は腫れ上がり、皮膚は捲りあがり、血が流れ落ちる。
美しかった肌に刻まれた傷。
度重なる折檻のため、傷の上に傷を重ね、もはや、この傷跡は癒えることはないでしょう。
涙を流し続けるシオン様にお声を掛けます。
「シオン様、私がついておりますから」
「ううううう、ひっくひっく、ルーレンはただ見てるだけでじゃない!」
「そ、それは……申し訳ございません。私ではダリア様を――」
「もういい! 一人にしてよ!!」
シオン様は感情を制御できずに、私を追い払おうと大きく手を振るいました。
それがたまたま、私の頬を打ったのです。
「きゃっ」
「あ、ルーレン。そ、そんな……」
シオン様は自分の行いに驚き、ガタガタと体を震わせています。
そんな彼女を安心させようと頬を見せました。
「大丈夫ですよ。ほら、頬に傷なんてついてません。それに私はドワーフだから――」
「ごめんなさい、ルーレン!」
「え!?」
シオン様は膝をついて、私の両足を両手で包み込みます。
「ごめんなさいごめんなさい! そんなつもりはないの! ルーレンを傷つける気なんて――」
「わかっています。大丈夫ですから、大丈夫ですからね、シオン様」
怯えるシオン様の頭を優しく撫でる。
体を震わせ、私に縋るシオン様を撫でる。
何度も何度も謝罪を繰り返すシオン様を愛おしく撫でる。
ですが……この日を境に、シオン様は私を打つようになりました。
シオン様が泣き、己の不幸を呪う。
感情の制御を失い、それを私へぶつける。
ダリア様からされるように私を鞭で打ち据えて、その行いを悔いて、涙を流して謝る。
これをずっと繰り返す。
だけど、これらは仕方のないこと。
家族から疎まれ、やり場のない怒りと悲しみに苛まれる。
私は友達として、彼女の心を受け止めたかった。
今日もシオン様が私を鞭で打つ。
彼女からならいくら打たれてもいい。私はドワーフ。少女から打たれる鞭なんて全然痛くない。だから、私が我慢をすればいいだけ。
それで、シオン様の御心を守れるなら構わない。
ですが、シオン様は心の救いを別の方へ求めてしまうのです。
その方は――世界に八人しかいない魔法使いの一人。
氷蝕の魔法使いスファレ!!
こいつが、こいつがいなければ! シオン様は!!
だけど、こいつのおかげでシオン様が救われたのも事実。
悔しい。私では、シオン様を救えなかったのに。
この魔法使いスファレ様はセルガ様の御友人。
常に漆黒の外套を纏い、両肩に白と黒が混ざり合う羽根飾りをつけた方。
ぼさぼさの青髪で糸目の狐顔。身長は160cm半ばほど。
見た目は二十代ですけど、その実は、五百年の時を生きる人間の常識を超えた存在。
魔法使い……彼らは百年前のドワーフ族と人間族の戦争で、人間族側に手を貸して、ドワーフ国家を滅亡に追いやった中心的存在。
手を貸したのはたった二人の魔法使い。
戦力と技術ではドワーフ族の方が有利だったのに、魔法使い二人が加わっただけで私たちは滅ぼされてしまったのです。
それほどまでに強力な存在。
だから私は、魔法使いをあまり快く思っていません。スファレ様は百年前の戦争に手を出していませんが、それでもあまり良い印象はありませんでした。
そしてその印象は、彼とシオン様が近づくことで、より一層の悪印象として根付いていくのです。
シオン様は魔法使いスファレ様に魔法のことを尋ねます。
スファレ様はというと、魔法使いであるためか、課せられたルールの距離感を把握できるようで、それに抵触せずにシオン様にアドバイスを行う。
いえ、この時点の彼は、ルールを決めた側に一歩足を踏み込んでいる。
だから、シオン様へお伝えすることを許されていたのでしょう。
ですが、彼が行ったことは、ルールを制定した者への反逆とも言える行為。
これが何故許されたかは謎ですが、許されたためセルガ様とシオン様に逆転の目が出てきます。
それはとてもか細く、多くの不幸を産み出すものですが……それでも……いえ、正解なんて私にはわからない。
敗北が約束されたゲームの駒は黙して語らず、ですから……。
それでも、もし、過去へ戻ることが叶うなら、私はもっとスファレ様に近づくべきだった。魔法使いに対する嫌悪感を抑えて。
そうすれば、別の形でシオン様をお救いできたかもしれないのに……。
そして、ここから続く崩壊の一年。
壊れていく。幸せだった景色が崩れ落ちていく。
やはり私は、幸せになってはいけない存在だったのでしょう。
幸せは得難いもの。だけど、不幸は容易く手に入る。それも加速度的に……。
ダリア様の悪意の加速により、御兄妹と使用人からの悪意も加速する。
シオン様が壊れていく。悪意に押し潰されて壊れていく。
私はそれを指を咥えて見ていることしかできない…………友達なのに!
今日もまたダリア様に鞭で打たれ、シオン様の自室で治療を行います。
背中は腫れ上がり、皮膚は捲りあがり、血が流れ落ちる。
美しかった肌に刻まれた傷。
度重なる折檻のため、傷の上に傷を重ね、もはや、この傷跡は癒えることはないでしょう。
涙を流し続けるシオン様にお声を掛けます。
「シオン様、私がついておりますから」
「ううううう、ひっくひっく、ルーレンはただ見てるだけでじゃない!」
「そ、それは……申し訳ございません。私ではダリア様を――」
「もういい! 一人にしてよ!!」
シオン様は感情を制御できずに、私を追い払おうと大きく手を振るいました。
それがたまたま、私の頬を打ったのです。
「きゃっ」
「あ、ルーレン。そ、そんな……」
シオン様は自分の行いに驚き、ガタガタと体を震わせています。
そんな彼女を安心させようと頬を見せました。
「大丈夫ですよ。ほら、頬に傷なんてついてません。それに私はドワーフだから――」
「ごめんなさい、ルーレン!」
「え!?」
シオン様は膝をついて、私の両足を両手で包み込みます。
「ごめんなさいごめんなさい! そんなつもりはないの! ルーレンを傷つける気なんて――」
「わかっています。大丈夫ですから、大丈夫ですからね、シオン様」
怯えるシオン様の頭を優しく撫でる。
体を震わせ、私に縋るシオン様を撫でる。
何度も何度も謝罪を繰り返すシオン様を愛おしく撫でる。
ですが……この日を境に、シオン様は私を打つようになりました。
シオン様が泣き、己の不幸を呪う。
感情の制御を失い、それを私へぶつける。
ダリア様からされるように私を鞭で打ち据えて、その行いを悔いて、涙を流して謝る。
これをずっと繰り返す。
だけど、これらは仕方のないこと。
家族から疎まれ、やり場のない怒りと悲しみに苛まれる。
私は友達として、彼女の心を受け止めたかった。
今日もシオン様が私を鞭で打つ。
彼女からならいくら打たれてもいい。私はドワーフ。少女から打たれる鞭なんて全然痛くない。だから、私が我慢をすればいいだけ。
それで、シオン様の御心を守れるなら構わない。
ですが、シオン様は心の救いを別の方へ求めてしまうのです。
その方は――世界に八人しかいない魔法使いの一人。
氷蝕の魔法使いスファレ!!
こいつが、こいつがいなければ! シオン様は!!
だけど、こいつのおかげでシオン様が救われたのも事実。
悔しい。私では、シオン様を救えなかったのに。
この魔法使いスファレ様はセルガ様の御友人。
常に漆黒の外套を纏い、両肩に白と黒が混ざり合う羽根飾りをつけた方。
ぼさぼさの青髪で糸目の狐顔。身長は160cm半ばほど。
見た目は二十代ですけど、その実は、五百年の時を生きる人間の常識を超えた存在。
魔法使い……彼らは百年前のドワーフ族と人間族の戦争で、人間族側に手を貸して、ドワーフ国家を滅亡に追いやった中心的存在。
手を貸したのはたった二人の魔法使い。
戦力と技術ではドワーフ族の方が有利だったのに、魔法使い二人が加わっただけで私たちは滅ぼされてしまったのです。
それほどまでに強力な存在。
だから私は、魔法使いをあまり快く思っていません。スファレ様は百年前の戦争に手を出していませんが、それでもあまり良い印象はありませんでした。
そしてその印象は、彼とシオン様が近づくことで、より一層の悪印象として根付いていくのです。
シオン様は魔法使いスファレ様に魔法のことを尋ねます。
スファレ様はというと、魔法使いであるためか、課せられたルールの距離感を把握できるようで、それに抵触せずにシオン様にアドバイスを行う。
いえ、この時点の彼は、ルールを決めた側に一歩足を踏み込んでいる。
だから、シオン様へお伝えすることを許されていたのでしょう。
ですが、彼が行ったことは、ルールを制定した者への反逆とも言える行為。
これが何故許されたかは謎ですが、許されたためセルガ様とシオン様に逆転の目が出てきます。
それはとてもか細く、多くの不幸を産み出すものですが……それでも……いえ、正解なんて私にはわからない。
敗北が約束されたゲームの駒は黙して語らず、ですから……。
それでも、もし、過去へ戻ることが叶うなら、私はもっとスファレ様に近づくべきだった。魔法使いに対する嫌悪感を抑えて。
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