上 下
16 / 37

第16話 ドワーフ専用の武具・武装石

しおりを挟む
――――鍛練場


 今日は事務の仕事が少ないため、ツツクラ様から鍛練場で戦闘訓練をしていろと命じられました。ですので、早朝から実戦に近い組手を行っています。

 実戦に近い――つまり、死人が出ても構わない組手ということです。

 私は同族のドワーフの戦士の奴隷……戦奴せんどと呼称される奴隷と相対します。
 お相手の背は大人の人間よりも低いですが、筋骨隆々な肉体は山のような逞しさを感じさせます。
 
 彼は私と同じく斧を手にして石床を駆け抜けると、一気に振り下ろしました。
 私は素早く横に避けます。 
 斧は石床を砕き、石飛礫が鋭い刃となって襲い掛かる。

 それを私は斧の横腹で防ぎますが、相手は自分に降りかかる石飛礫をものともせずに斧を横に振るいました。

 反応の遅れた私は、攻撃を斧で受け止め損ねて吹き飛ばされます。
 衝撃で左の横っ腹に痛みが広がる。

 ですが、苦痛を顔に表さず、ぐっと奥歯を噛み締めて、右足で床を蹴り、彼の懐へ潜り込んで斧を振るいます。

 その攻撃を相手が斧で受け止めました。
 私と違って、吹き飛ばされることもなく、微動だにしません。


 ここでパーシモンさんの声が止めに入ります。

「はいはい、終わりだ終わりだ。まだまだだな、ちみっ子」
「はい、くやしいですけど」

 私は身体が大きくてお腹がてっぷりしているパーシモンさんに顔を向けました。
 彼は左手で毛むくじゃらなおひげを撫でて、右手で持った大剣を肩に置いてます。
 顔を戻して、お相手してくれたドワーフの戦奴せんどさんにお礼を伝えます。

「御手合せ、ありがとうございます」
「ああ、構わねぇが……さすがは猫族。まだまだ子どもだってのになんて力だ。俺たちみたいな並みのドワーフと違い、不思議な力を宿してるってのは本当のようだな」

 そう言って彼は、右手をプラプラと振っています。どうやら、痺れが残っているみたいです。
 どんな形で、たとえこんな場所であっても、大人のドワーフの方に褒められるというのは、戦士として認められたみたいで少しうれしいです。


 彼は自分が手にしていた斧を見つめ、一言唱えます。
還流せよデュブノン

 すると、斧がうっすらと光を帯びて、消失してしまいました。
 戦奴せんどさんの手には細長い赤色の結晶があるのみ。
 私はその結晶の名を呼びます。

「それは、武装石ですね?」


 武装石……体力を武具として具現化する魔道具。形と色は様々で、共通しているのは半透明な結晶であるということ。
 使い方は簡単で、握り、武具をイメージする。
 すると、石が武具に変化するというものです。

 武具を産み出すときは『具現せよカヴァイスン』。消すときは『還流せよデュブノン』と唱えます。
 実を言うと、これらは別に唱える必要もなく、自分の意思で自在に操れるのですが、何となく習慣というか慣例というか、そんな感じでたいていの人が声に出しています。


 戦奴せんどさんは私の問いに返事をしました。
「ああ、ドワーフの基本武装だからな」

 そうなのです。この武装石はドワーフ専用と言っても過言ではありません。
 理由は、使用に膨大な体力を必要とすること。

 体力自慢のドワーフ以外の種族が使用すると、あっという間に体力を吸い尽くされて気を失ってしまうのです。
 人間の中にも使える方はいますが、そういった方はドワーフ並みの体力をお持ちの方か、微細に使用体力を制御できる才をお持ちの方となります。


 私はじっと、武装石を見つめます。
 武具を持ち運ぶ必要もなく、自在に生み出せる道具。
 使用できれば、これほど便利な道具はありません。
 ですが……。

「はぁ、私の体力じゃ扱えないですね」
「あははは、そうだな。だが、お前さんは猫族のドワーフ。すぐに扱えるようになるさ」
「そうでしょうか?」
「ああ、もちろんだ。伝承によると、猫族のドワーフは武装石を操り、見えざる者まで切り裂くというしな。そんな一族の一人なら、きっと扱えるようになる」


 と、言ってくださいますが、私は猫族に対する評価よりも猫族の伝承の方が気になります。
「伝承? 見えざる者?」
「なんだ、親から聞いてないのか?」
「はい……教えてもらう前に、亡くなったので」

「そうか、悪いことを聞いた。ま、俺も聞きかじった程度で詳しくは知らんが、猫族は俺らとは異なるモノを斬ることができるらしいぞ。それが何かまではわからんが」
「はぁ?」
「ともかく、余計なことを言って悪かったな」


 そう言葉を置いて、私の頭をポンポンと叩くとパーシモンさんに視線を向けます。
 パーシモンさんの瞳が出口に動くと、戦奴せんどさんは軽く手を振って鍛練場から出て行きました。

 私はパーシモンさんにお尋ねします。
「何か御用ですか?」
「ああ、そろそろお前さんをデビューさせようって話だ」
「デビュー……実戦……」


 実戦。
 そうなれば、命のやり取りが始まる。
 それは鍛練中に起きた事故という言い訳も効かず、自らの意思で相手の命を奪う行為の始まり。
 私はうつむき、返事をします。

「そう、ですか。一体、どのような場で?」
「……なるほどな。いや、当然か。覚悟が全然できてないようだな」
「覚悟……それは……」

「まぁ、ちみっ子は呼び名の通りちっちゃいし、いきなり殺し合いをしようぜと言われても困るわな」
「ええ、はい……」

「ま、そういった状況は状況で、俺は面白いが」
「いえいえいえ、そんなの面白がらないでくださいよ」

 私はパタパタと手を横に振って、パーシモンさんの言葉を否定します。
 そんな私の姿を見て、彼は豪快に笑いました。

「ガハハハハッ、やっぱりちみっ子を見てると飽きないな。ちみっ子と話してると良い暇つぶしになるよ」
「パーシモンさんにとって私は、暇つぶしの相手なんですね……」


「ああ、そうだな」
 彼は短く言葉を漏らすと、淀んだ曇り空を見上げて言葉を続けます。

「不思議なことによ、この糞の掃きだめみたいな場所も外と同じで、結局は同じことの繰り返しなんだよ。その中身は全然違うがな。繰り返しの毎日ってのは、人生を眠くしちまう」
「その眠気覚ましが私というわけですか?」

「そういうこった。おっと、無駄話もここまでだ。経験を積ませろとのツツクラ様からのお達しだ。俺としてはこいつぁちょっと、荒療治かもしれねぇと思うが、ま、誰もが通る道だしな。ここでへこたれるようじゃ、どのみちいずれ壊れちまう」

「はぁ? 一体何をするんですか?」
「こっちに来な、ちみっ子。ああ、斧はいらんぞ」

 パーシモンさんが鍛練場の出口に向かい、私を手招きします。
 私は斧を武器置き場に立てかけて、急ぎ足でパーシモンさんの所へと向かいました。



――――
 砦内を歩き、地下へ続く階段を下ります。
 大した売り物にならない傷物の奴隷たちを閉じ込めた、糞尿などの悪臭漂う地下一階・二階を通り過ぎて三階へ。

 ここは拷問などを行う場所。
 
 私はここに今まで訪れたことはありません。
 歩く廊下には、魔石という光を封じた石が周囲を照らして暗くはありません。ですが、空気は重く淀んでいます。
 糞尿などの悪臭に、血の匂いと腐れた肉の匂いが溶け合う空間。

 少しでも油断すると胃液を戻してしまいそうになるのをこらえて、パーシモンさんの背中を追います。

 あちらこちらから聞こえてくる呻き声に反応して、皮膚が粟立ち、途端に嫌な予感が過ぎりました。
(もしかして、私は拷問されるの? はっ!? 斧を置いていけ。それは抵抗されないように! そんな、どうして!?)


 何か落ち度があったのでしょうか?
 いえ、落ち度がなくとも、気まぐれで私の処分が決まったのかもしれません。
 足がピタリと止まります。
 すると、パーシモンさんはすぐに私の不安に気づいて話しかけてきました。

「あん、どうした、立ち止まって? ……ははぁ~ん、ちみっ子。拷問されると思ってるのか?」
「ち、違うんですか?」
「ちみっ子は何か大きなやらかしでもした覚えでもあるのか?」

「あ、ありませんが……」
「だったら気にするな。ここは暴力こそが全てみたいな場所だがな、一つのルールさえ守ってれば、災禍ってのは避けられるもんだ」
「一つのルール、ですか?」

「ああ、おっと、着いたぞ」


 パーシモンさんは赤黒く汚れたドアの前で立ち止まり、扉を開きます。
 そして、扉を開きながら、絶対に守るべきルールを声に出しました。

「ルールは単純明快。ツツクラ様を裏切らないことだ」

 扉が開き切り、広がるのはがらんとした室内。
 そこには光の力を封じた魔石が一つ天井からぶら下がり、光量は薄く、かすみ掛かるような暗さが包む。

 揺らぐ影の中に見知った二つの影が浮かぶ、
 一つはディケードさんです。

 そして、もう一つ。
 ディケードさんの前には、椅子に縛り付けられた男性がいました。


 私は彼の名を呼びます。

「ティンバー……さん?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Jet Black Witches - 2芽吹 -

azo
ファンタジー
時は1987年頃、主な舞台は南アフリカのとある国、S国。そこでキャンプ暮らしの日々を送っている日本人の父と、北欧N国の母の間に生まれたハーフの女の子、マコトが主人公。のちに知りあう女の子、イルやその母親と、いくつかの降りかかるトラブルとともに、運命を紡いでいく。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-

半道海豚
SF
200万年後の姉妹編です。2億年後への移住は、誰もが思いもよらない結果になってしまいました。推定2億人の移住者は、1年2カ月の間に2億年後へと旅立ちました。移住者2億人は11万6666年という長い期間にばらまかれてしまいます。結果、移住者個々が独自に生き残りを目指さなくてはならなくなります。本稿は、移住最終期に2億年後へと旅だった5人の少年少女の奮闘を描きます。彼らはなんと、2億年後の移動手段に原付を選びます。

亡国の系譜と神の婚約者

仁藤欣太郎
ファンタジー
二十年前に起こった世界戦争の傷跡も癒え、世界はかつてない平和を享受していた。 最果ての島イールに暮らす漁師の息子ジャンは、外の世界への好奇心から幼馴染のニコラ、シェリーを巻き込んで自分探しの旅に出る。 ジャンは旅の中で多くの出会いを経て大人へと成長していく。そして渦巻く陰謀、社会の暗部、知られざる両親の過去……。彼は自らの意思と無関係に大きな運命に巻き込まれていく。 ☆本作は小説家になろう、マグネットでも公開しています。 ☆挿絵はみずきさん(ツイッター: @Mizuki_hana93)にお願いしています。 ☆ノベルアッププラスで最新の改稿版の投稿をはじめました。間違いの修正なども多かったので、気になる方はノベプラ版をご覧ください。こちらもプロの挿絵付き。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

あかりの燈るハロー【完結】

虹乃ノラン
ライト文芸
 ――その観覧車が彩りゆたかにライトアップされるころ、あたしの心は眠ったまま。迷って迷って……、そしてあたしは茜色の空をみつけた。  六年生になる茜(あかね)は、五歳で母を亡くし吃音となった。思い出の早口言葉を歌い今日もひとり図書室へ向かう。特別な目で見られ、友達なんていない――吃音を母への愛の証と捉える茜は治療にも前向きになれないでいた。  ある日『ハローワールド』という件名のメールがパソコンに届く。差出人は朱里(あかり)。件名は謎のままだが二人はすぐに仲良くなった。話すことへの抵抗、思いを伝える怖さ――友だちとの付き合い方に悩みながらも、「もし、あたしが朱里だったら……」と少しずつ自分を見つめなおし、悩みながらも朱里に対する信頼を深めていく。 『ハローワールド』の謎、朱里にたずねるハローワールドはいつだって同じ。『そこはここよりもずっと離れた場所で、ものすごく近くにある場所。行きたくても行けない場所で、いつの間にかたどり着いてる場所』  そんななか、茜は父の部屋で一冊の絵本を見つける……。  誰の心にも燈る光と影――今日も頑張っているあなたへ贈る、心温まるやさしいストーリー。 ―――――《目次》―――――― ◆第一部  一章  バイバイ、お母さん。ハロー、ハンデ。  二章  ハローワールドの住人  三章  吃音という証明 ◆第二部  四章  最高の友だち  五章  うるさい! うるさい! うるさい!  六章  レインボー薬局 ◆第三部  七章  はーい! せんせー。  八章  イフ・アカリ  九章  ハウマッチ 木、木、木……。 ◆第四部  十章  未来永劫チクワ  十一章 あたしがやりました。  十二章 お父さんの恋人 ◆第五部  十三章 アカネ・ゴー・ラウンド  十四章 # to the world... ◆エピローグ  epilogue...  ♭ ◆献辞 《第7回ライト文芸大賞奨励賞》

キャロット・コンプレックス

田中まぐろ
ファンタジー
あらすじ 高校二年生の朝日 愛(あさひ いと)は、両親の不仲がきっかけで内向的な性格になってしまった。母親から「この世に生んで…ごめんね」と言われ、深く心に傷を負い、家を飛び出してしまう。無我夢中で走り、辿り着いた場所は、いつも毎朝御参りしている神社・東京太神宮(とうきょうたいしんぐう)だった。吸い込まれるように鳥居を潜ると、境内はなんと洞窟となっていた。 洞窟の奥に進むと、錆びた”レイピア”が落ちていた。そのレイピアから謎の声と朝日色の光が放たれ、五つの名が浮かび、そして愛(いと)は地神球(ちじんきゅう)と呼ばれる、神と人間が住む世界に飛ばされてしまう。 飛ばされた世界で、月の仮面を被った月下(げっか)と名乗る集団に襲われそうになるが、手脚から炎を出す不思議な青年に助けられる。 なんとその青年は天照大御神の”御神体”を授かった、人神(にんじん)と呼ばれる、人と神の血を引く者だった。

魔皇リリィディアと塔の賢者たち

仁川リア(休筆中)
ファンタジー
カリスト帝国の第一皇女・クラリス・カリスト。 皇女でありながら、大陸で二人しか居ないとされるSSランクハンターの聖騎士だ。 次期皇帝として、帝国を構成する六カ国に住まう六人の賢者たちから「次期皇帝として認められてこい」という無茶ぶりを現皇帝にして母であるディオーレ・カリストから命じられてしまう。 お城の窮屈な生活から脱出して、気ままな一人旅のチャ〜ンス! …とはならず、クラリスの受難が始まったのだった。 これは人を愛し人を呪った、原初の女神の物語――。 ※分割話は完結次第、適宜統合しています。 外伝・スピンオフもあります。 『ポンコツ妖精さんは、そろそろ転生をやめにしたい』(完結) 『アルケミストのお姉さんは、今日もヒャッハーがとまらない!』(完結) 『カードマジック☆スクランブル 〜トラックで轢かれたほうが異世界転生〜』(完結)

処理中です...