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最終章 それぞれの明日へ

賢老にして情熱絶やさず

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――ヴァンナス国・王都オバディア


 オバディアの象徴であった天を穿つ高き城は崩れ落ちて、今は新たなる城が建築されている途中であった。
 あの日以降、街並みそのものに大きな変化はないが、古代人の知恵に頼っていた機構の大部分に不具合が起きて、以前のように豊かで便利な街ではなくなっていた。

 そのため、一時は混乱の渦に飲まれたオバディアの民であったが、今では大きな混乱はなく、再び、多くの人々が行き交う賑やかな王都を取り戻しつつあった。

 瞬く間に混乱を終息させ、国家を安定に導いた者の名は、ヴァンナスの守護者・ジクマ=ワー=ファリン。


 彼は建設途中の城の資材を前に、工事の監督責任を果たす者と会話を行っている。

「資材の一つ一つに、宝華ほうかの雫に粉末状の魔法石を溶かしこんだ溶液を塗布しておけ」
「す、全てですか? 宝華ほうかは十年に一度しか咲かぬ花。とても貴重品ですが」
「皮肉にも古代人の力に頼りきりだったため、魔導の道具となるものはかなり蓄えがある。それを使え」
「はいっ」
宝華ほうかが花咲くとき、そこから零れ落ちる雫は魔導の力を高める効果があり、さらに魔導の力の流れを良く通す。貴重な素材であるが、これらを使った資材で造られた城に充填石を無数配置すれば、以前ほど強力ではないが王都全体を包む結界を生むことができる」


 ジクマは春の穏やかな空を見上げる。

「空は何とも静かで自由だ。しかし、地上にいる我々はそれを享受できぬ。だが、城に加え結界が復活すれば、王都の民は安寧に身を委ねることができるだろう」

 彼の手腕でヴァンナスに反旗を翻した周辺国の矛を下げさせることができた。
 しかし、全てではない。
 まだまだ、虎視眈々とヴァンナスを狙う国々がいる。

「クライエン大陸は戦国の世の入口に立っているな」


 そう呟いたジクマに、緑の法衣を着た男性が近づいてきた。
「ジクマ閣下、こちらにおられましたか。スオード=リフロ=マルレミ陛下からのめいを預かってまいりました」
「なんだ?」
「先日のバルファーとの領地分割についてのご相談を」

「それについては陛下自ら判断の上、事を進めるとなっていたろう? 全ての大事は私などを通さずに全て陛下がご裁可をと」
「ですが……陛下はご自分の判断が正しいかどうかをジクマ閣下とご相談したいと……」
「ぬぅ~……正しいと伝えよ」
「えっ? 内容も確認せずによろしいので?」

「構わぬ。このジクマは陛下の判断に従い、それがどのようなものであろうと、臣下として尽くす。これは当然のことだ。行け」
「はっ」


 男はジクマの言葉を受け取り、元来た道を戻っていった。
 ジクマは再び空を見上げる。

(スオード陛下に今のヴァンナスを治める力は十分にある。だが、私や先代ネオ陛下の影が邪魔をし、その才を遺憾無く発揮できずにいる。なんとしても、ご自身に自信を持ってもらわねばならぬ)

 瞳を空から降ろして、建設中の城を見上げる。
(十年――この老いぼれがジクマとしていられるのはせいぜい十年であろう。それまでにヴァンナスを、戦国の世を乗り越えられるまでにしなければならぬな)

 城から視線を外して、王都を見つめる。
 そしてその先にある、かつての友人の屋敷の方角へ顔を向ける。


(アステよ、私はお前が羨ましい。お前の息子は老いぼれから椅子を譲られるわけでもなく、奪うわけでもなく、新たな椅子を産み出した。たとえそれが、本人にとって不本意であってもな、ふふ)

 彼は屋敷の方角から顔を戻し、ヴァンナスの全てを瞳に取り入れる。
「しかし、泣き言を口にするは為政者の恥。必ずや再びヴァンナスをクライエン大陸のちょうとしてみせるっ。その時は、ビュール大陸、ケント=ハドリーの意志を継ぐ者を相手に、世界をテーブルに置いて雌雄を決することになるだろう」

 
 賢老の眼光は遥か先のビュール大陸、クライル半島のケントへ突き刺さる。
 物語は彼に帰り、ケントは語る。
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