332 / 359
第二十八章 救いの風~スカルペルはスカルペルに~
虚ろい消えゆく
しおりを挟む
――飛行艇ハルステッド船内・艦橋
ブリッジは人頭ほどの大きさがある水晶を中心に据えて、大きな円の形をしていた。
天井からは魔法石の光が降り注ぎ、ブリッジ内はとても明るい。
円の部屋はかなり広いがそこにいる乗組員は僅か十五名程度。
彼らは円の端に沿うように置かれた黒色の制御卓と向かい合い、忙しなく手を動かして船を操作している。
そして、中心にある水晶の前には、ハルステッドを預かる艦長『レイア=タッツ』と、ヴァンナスが勇者の一人であるアイリ=コーエンがいた。
逞しさと美しさを兼ね備えた中性的な美貌を持つレイア=タッツは、胸元にいくつもの徽章のついた真っ白な軍服を纏い、その上から申し訳程度に黒の外套を肩にかけている。
彼女はハルステッドの姿が記されたキャップをクイっと上げて、煌めくような蒼のショートヘアを振るい、正面にある大画面を見た。
そこにはトーワの北の大地を埋め尽くす魔族たちに、山脈から雪崩落ちてくる魔族たちが映る。
「ヴァンナスからトーワへ向かえ。ケントを逮捕しろと言われて来てはみたが……こりゃあ、ケントを逮捕するどころの話じゃないな。一体何が起こっているんだ?」
この問いに、隣に立つ深紅のゴスロリ姿のアイリが、愛用の大鎌をカチャリと鳴らして答えた。
「全てが終わりに向かおうとしてんのよ」
彼女の声を聞いて、レイアは視線を画面から外してアイリへ向けた。
そして、彼女のふわふわとした長めの銀の髪へ手を伸ばし、さらりと流す
「アイリは何か知っているようだね?」
「いちいち人の髪に触れるな! セクハラで訴えてやるからねっ!」
ギラリと、彼女は血のように赫い黄昏の瞳で睨みつけた。
普通の者ならばそれだけで気を失ってしまう迫力だが……。
「おおおおぅ~、その瞳。私の中の被虐性愛が高まってくるよっ」
レイアは体を震わせて、快感の波に溺れている。
それにアイリはいつものようにため息を返して、画面に映る戦場へ瞳を寄せた。
画面にはケントとレイたちが映っている。
「お兄ちゃん、レイ。レイアッ、今すぐ私も降りる! 転送の準備を!」
「おや、もう行くのかい?」
「あんたと馬鹿やってる状況じゃないでしょっ。ほら、あんたは空から援護。魔族の数は馬鹿げてるけど、ハルステッドならどうにかなるでしょっ。私はお兄ちゃんを助けなきゃ!」
「あ~、またケントのことかい。嫌になるねぇ……あと、もうちょっとここに」
アイリは大鎌の刃先をレイアの首元に当てる。
「お兄ちゃんが死ぬの待ってるなら、本気で怒るよ……」
「あははは、冗談だよ。はぁ、冗談……」
言葉に残念感を乗せるレイア。
それにアイリは頭を抱える。
「冗談になってないって。それじゃ私は転送室へ」
――艦長! 山脈中腹より巨大なエネルギー反応!――
乗組員の一人がレイアへ声を走らせる。
すぐに彼女は水晶と向かい合い、指示を飛ばす!
「拡散シールド展開! 出力は最大!」
「艦長! 敵と思われる攻撃兵器のエネルギーがハルステッドのシールド出力を大幅に上回っています!」
「そんなことが!? すぐに軌道を予測し回避運動を取れ!」
「間に合いません! 来ます!」
「全エネルギーをシールドへ回せ! 右、転舵!」
彼女の声とほぼ同時に、半島と大陸を分かつ山脈の中腹から強大な力を秘めたエネルギーの光線が飛び出す。
線はすぐさまハルステッドに届き、百万の魔術士が力を束ねても傷一つ付けられぬシールドを薄絹のように切り裂いて、側面にあった砲台ごとを船体を抉り取っていた!
その様子を地上で見ていたケントは、濛々とした火と煙を纏うハルステッド見上げ呟く。
「信じられん……ハルステッドの拡散シールドは父さんの設計だぞ。魔導の知を最大限に高めた障壁を科学のシールドとして昇華したもの。エネルギーを霧散させ、消し去るシールドだというのに!」
彼の声に、黒薔薇のナルフを浮かべたフィナがこう返す。
「ちゃんとシールドはエネルギーを消し去ってる。だけど、敵の攻撃エネルギー量がそれを遥かに上回ったのよ! その出力は――大陸を消失させるほど!!」
「そんな!? これほどの力、どうやって?」
フィナはナルフを覗き込み、山脈の中腹を睨みつける。
「古代人の兵器と同じ反応が見られる。おそらく、魔族の中で、兵器が扱えるほど知性を取り戻した奴がいるんだ」
「そうだとしたらっ、私たちに打つ手はないぞ! 敵の兵器の数は?」
「兵器の数は一つ。その兵器の機能は劣化しているみたいで、充填まで二十五秒はかかる」
「そうか、それなら大丈夫だ」
「え?」
ケントはハルステッドを見上げて、口元を緩める。
「普段のレイアはそうでもないが、心根は血の気の多い奴でな。殴ってきた相手を絶対に許さない!」
――ハルステッド、艦橋
船全体に衝撃が伝わり、レイアは足元をふらつかせる。
彼女は水晶に手を置いて、辛うじて態勢を保ち、乗員たちへ声を飛ばす。
「被害報告!」
「シールドダウン、再起動まで二十秒! 敵、再充填開始。再攻撃まで二十五秒!」
「武器システムは!?」
「生きてます! しかし、ターゲットロックが故障」
「手動でありったけの砲弾を敵の攻撃ポイントに撃ち込め!」
「了解!」
乗員たちは即座に反応し、全砲門を山脈中腹に向けて砲弾を撃ち込んだ!
砲弾は数十の火柱を上げて、山脈の腹を抉り取る。
レイアは乗員に尋ねる。
「どうだ?」
「敵に防衛兵器の類はない模様。エネルギー反応は消失」
「よろしいっ。シールド再起動まで回避運動を」
「はっ」
レイアは別の部下に声を掛ける。
「艦全体の被害報告を」
「乗員十一名が死亡。五名が重体。二十二名が重傷。船体百二十五か所に亀裂!」
「構造維持フィールドを展開し補強しろ」
「メインパワーの出力低下中。これではっ」
「補助パワーを回せ」
「すでに行っています」
さらに、別の場所からも報告が届く。
「艦長、慣性制御装置がダウン寸前です!」
「シールドは再起動しましたが長くは持ちません!」
「武器システム、一部オフライン。第三、第四エンジン停止。第一と第二も出力低下!」
「リングに亀裂。魔力とエネルギーが漏れ出しています!」
「メインパワー出力17%。消失まで十八分三十秒! 補助パワーのみでは船体を保ってはいられません!」
次々と届く、ハルステッドの悲鳴。
レイアは帽子を脱いで、ため息とともに水晶へ被せた。
「はぁ、ガデリの魔族退治でさえこの船は傷一つつかなかったってのに、こちらに来て早々、たった一撃でこの様か。これはガデリでの勝利の酔いが抜けきれなかった、私の油断のせいだ……くそっ!」
彼女は普段絶対に見せることのない汚らしい言葉を吐いた。
水晶に被せた帽子を掴み、ぐっと握り締めて、途中で帽子を放し、背筋を伸ばす。
そして、こう、乗員たちへ伝えた。
「総員、退艦準備。転送は生きているか?」
「なんとか。ですが、遺跡からの干渉もあり……いえ、それでも数名程度なら」
レイアは桜色の瞳をアイリに振る。
「君は、ケントの元に行くんだろ?」
「うん……レイアは?」
「私は、艦に残る」
「やめなさいよ、そんなの意味ないってっ」
「いやいや、別に艦長たるとも船が沈むときは一緒に。なんていう殊勝な心構えじゃないぞ。憧れはするが、死にたくないし」
「へ? じゃあ、なんで?」
問いかけに応じ、レイアはノイズの走る正面の大画面を目にした。
「見たところ、ケントたちはあの土がこんもりした場所を目指しているみたいだ。たしか、あそこは古代人の遺跡だったな。そこに何かがあるんだろう。この状況を打破できる何かが?」
「……そうね」
アイリは少し俯き、大鎌の柄を小さな両手でキュッと握り締めた。
その姿に、何故かレイアの心に寒気が走る。
「何か知っているようだけど、どうしたんだい、アイリ?」
「さてね……それじゃ、私は転送装置を使わせてもらう。で、レイアの方は残って何をするの?」
「……まだ、船は生きている。武器システムもシールドもエンジンも。だから、ケントたちを援護しようと思う。そして、遺跡に着き次第、ハルステッドのシールドで入口を包み込む。こうすれば、魔族は中に入れなくなるからね」
「そんなことすれば的よ! わかってんの!?」
「わかっているさ。ま、ギリギリまで粘り、タイミングを計って脱出するよ。それよりもアイリっ!」
「な、なに?」
「この戦いの後に、一緒に食事でもどうだい?」
レイアは強い呼びかけの後に、いつもの調子良くも優し気な口調で問い掛けた。
この問いに、アイリは……。
「そうね……時間が取れたら」
こう、言葉を残して、転送室へと向かった。
遠退く小さな背中。
寂しげに揺れるふわふわの銀の髪。
そして、儚げに消えようとする、少女の姿……。
「アイリ、いつものように、断ってほしかったよ……」
レイアは水晶に預けた帽子を再び被りなおして、乗員へ艦長としての最後の命令を伝える。
「全員、脱出ポットで退艦せよっ! ポイントはトーワ城近くに設定! あちらは防備が薄いようなので、脱出後はトーワで合流し、魔族討伐にあたれ!」
全ての命令を終えて、レイア=タッツは水晶の前に立つ。
「ハルステッド、オートモード。全ての権限を水晶に集約…………アイリ……」
レイアは画面を見つめ、揺らめく桜色の瞳にケントを映す。
「君は知っているのか? アイリがどんな覚悟をしているのか? 私には、わからない。だけど……死に向かう戦士たちの姿はたくさん見てきた。ケント、君はアイリの覚悟を受け取る覚悟を持っているのか!」
画面に映るケントは答えを返さない。返せない。
仲間たちに囲まれ懸命に戦い続けるケントへ、レイアは微笑む。
「成長して魅力減だったが、なかなか勇ましいじゃないか。だけどね……フフ、やっぱり私は君が嫌いだ。最後の最後までアイリは君のことしか思っていなかった。だから、ふっふっふ……」
ブリッジは人頭ほどの大きさがある水晶を中心に据えて、大きな円の形をしていた。
天井からは魔法石の光が降り注ぎ、ブリッジ内はとても明るい。
円の部屋はかなり広いがそこにいる乗組員は僅か十五名程度。
彼らは円の端に沿うように置かれた黒色の制御卓と向かい合い、忙しなく手を動かして船を操作している。
そして、中心にある水晶の前には、ハルステッドを預かる艦長『レイア=タッツ』と、ヴァンナスが勇者の一人であるアイリ=コーエンがいた。
逞しさと美しさを兼ね備えた中性的な美貌を持つレイア=タッツは、胸元にいくつもの徽章のついた真っ白な軍服を纏い、その上から申し訳程度に黒の外套を肩にかけている。
彼女はハルステッドの姿が記されたキャップをクイっと上げて、煌めくような蒼のショートヘアを振るい、正面にある大画面を見た。
そこにはトーワの北の大地を埋め尽くす魔族たちに、山脈から雪崩落ちてくる魔族たちが映る。
「ヴァンナスからトーワへ向かえ。ケントを逮捕しろと言われて来てはみたが……こりゃあ、ケントを逮捕するどころの話じゃないな。一体何が起こっているんだ?」
この問いに、隣に立つ深紅のゴスロリ姿のアイリが、愛用の大鎌をカチャリと鳴らして答えた。
「全てが終わりに向かおうとしてんのよ」
彼女の声を聞いて、レイアは視線を画面から外してアイリへ向けた。
そして、彼女のふわふわとした長めの銀の髪へ手を伸ばし、さらりと流す
「アイリは何か知っているようだね?」
「いちいち人の髪に触れるな! セクハラで訴えてやるからねっ!」
ギラリと、彼女は血のように赫い黄昏の瞳で睨みつけた。
普通の者ならばそれだけで気を失ってしまう迫力だが……。
「おおおおぅ~、その瞳。私の中の被虐性愛が高まってくるよっ」
レイアは体を震わせて、快感の波に溺れている。
それにアイリはいつものようにため息を返して、画面に映る戦場へ瞳を寄せた。
画面にはケントとレイたちが映っている。
「お兄ちゃん、レイ。レイアッ、今すぐ私も降りる! 転送の準備を!」
「おや、もう行くのかい?」
「あんたと馬鹿やってる状況じゃないでしょっ。ほら、あんたは空から援護。魔族の数は馬鹿げてるけど、ハルステッドならどうにかなるでしょっ。私はお兄ちゃんを助けなきゃ!」
「あ~、またケントのことかい。嫌になるねぇ……あと、もうちょっとここに」
アイリは大鎌の刃先をレイアの首元に当てる。
「お兄ちゃんが死ぬの待ってるなら、本気で怒るよ……」
「あははは、冗談だよ。はぁ、冗談……」
言葉に残念感を乗せるレイア。
それにアイリは頭を抱える。
「冗談になってないって。それじゃ私は転送室へ」
――艦長! 山脈中腹より巨大なエネルギー反応!――
乗組員の一人がレイアへ声を走らせる。
すぐに彼女は水晶と向かい合い、指示を飛ばす!
「拡散シールド展開! 出力は最大!」
「艦長! 敵と思われる攻撃兵器のエネルギーがハルステッドのシールド出力を大幅に上回っています!」
「そんなことが!? すぐに軌道を予測し回避運動を取れ!」
「間に合いません! 来ます!」
「全エネルギーをシールドへ回せ! 右、転舵!」
彼女の声とほぼ同時に、半島と大陸を分かつ山脈の中腹から強大な力を秘めたエネルギーの光線が飛び出す。
線はすぐさまハルステッドに届き、百万の魔術士が力を束ねても傷一つ付けられぬシールドを薄絹のように切り裂いて、側面にあった砲台ごとを船体を抉り取っていた!
その様子を地上で見ていたケントは、濛々とした火と煙を纏うハルステッド見上げ呟く。
「信じられん……ハルステッドの拡散シールドは父さんの設計だぞ。魔導の知を最大限に高めた障壁を科学のシールドとして昇華したもの。エネルギーを霧散させ、消し去るシールドだというのに!」
彼の声に、黒薔薇のナルフを浮かべたフィナがこう返す。
「ちゃんとシールドはエネルギーを消し去ってる。だけど、敵の攻撃エネルギー量がそれを遥かに上回ったのよ! その出力は――大陸を消失させるほど!!」
「そんな!? これほどの力、どうやって?」
フィナはナルフを覗き込み、山脈の中腹を睨みつける。
「古代人の兵器と同じ反応が見られる。おそらく、魔族の中で、兵器が扱えるほど知性を取り戻した奴がいるんだ」
「そうだとしたらっ、私たちに打つ手はないぞ! 敵の兵器の数は?」
「兵器の数は一つ。その兵器の機能は劣化しているみたいで、充填まで二十五秒はかかる」
「そうか、それなら大丈夫だ」
「え?」
ケントはハルステッドを見上げて、口元を緩める。
「普段のレイアはそうでもないが、心根は血の気の多い奴でな。殴ってきた相手を絶対に許さない!」
――ハルステッド、艦橋
船全体に衝撃が伝わり、レイアは足元をふらつかせる。
彼女は水晶に手を置いて、辛うじて態勢を保ち、乗員たちへ声を飛ばす。
「被害報告!」
「シールドダウン、再起動まで二十秒! 敵、再充填開始。再攻撃まで二十五秒!」
「武器システムは!?」
「生きてます! しかし、ターゲットロックが故障」
「手動でありったけの砲弾を敵の攻撃ポイントに撃ち込め!」
「了解!」
乗員たちは即座に反応し、全砲門を山脈中腹に向けて砲弾を撃ち込んだ!
砲弾は数十の火柱を上げて、山脈の腹を抉り取る。
レイアは乗員に尋ねる。
「どうだ?」
「敵に防衛兵器の類はない模様。エネルギー反応は消失」
「よろしいっ。シールド再起動まで回避運動を」
「はっ」
レイアは別の部下に声を掛ける。
「艦全体の被害報告を」
「乗員十一名が死亡。五名が重体。二十二名が重傷。船体百二十五か所に亀裂!」
「構造維持フィールドを展開し補強しろ」
「メインパワーの出力低下中。これではっ」
「補助パワーを回せ」
「すでに行っています」
さらに、別の場所からも報告が届く。
「艦長、慣性制御装置がダウン寸前です!」
「シールドは再起動しましたが長くは持ちません!」
「武器システム、一部オフライン。第三、第四エンジン停止。第一と第二も出力低下!」
「リングに亀裂。魔力とエネルギーが漏れ出しています!」
「メインパワー出力17%。消失まで十八分三十秒! 補助パワーのみでは船体を保ってはいられません!」
次々と届く、ハルステッドの悲鳴。
レイアは帽子を脱いで、ため息とともに水晶へ被せた。
「はぁ、ガデリの魔族退治でさえこの船は傷一つつかなかったってのに、こちらに来て早々、たった一撃でこの様か。これはガデリでの勝利の酔いが抜けきれなかった、私の油断のせいだ……くそっ!」
彼女は普段絶対に見せることのない汚らしい言葉を吐いた。
水晶に被せた帽子を掴み、ぐっと握り締めて、途中で帽子を放し、背筋を伸ばす。
そして、こう、乗員たちへ伝えた。
「総員、退艦準備。転送は生きているか?」
「なんとか。ですが、遺跡からの干渉もあり……いえ、それでも数名程度なら」
レイアは桜色の瞳をアイリに振る。
「君は、ケントの元に行くんだろ?」
「うん……レイアは?」
「私は、艦に残る」
「やめなさいよ、そんなの意味ないってっ」
「いやいや、別に艦長たるとも船が沈むときは一緒に。なんていう殊勝な心構えじゃないぞ。憧れはするが、死にたくないし」
「へ? じゃあ、なんで?」
問いかけに応じ、レイアはノイズの走る正面の大画面を目にした。
「見たところ、ケントたちはあの土がこんもりした場所を目指しているみたいだ。たしか、あそこは古代人の遺跡だったな。そこに何かがあるんだろう。この状況を打破できる何かが?」
「……そうね」
アイリは少し俯き、大鎌の柄を小さな両手でキュッと握り締めた。
その姿に、何故かレイアの心に寒気が走る。
「何か知っているようだけど、どうしたんだい、アイリ?」
「さてね……それじゃ、私は転送装置を使わせてもらう。で、レイアの方は残って何をするの?」
「……まだ、船は生きている。武器システムもシールドもエンジンも。だから、ケントたちを援護しようと思う。そして、遺跡に着き次第、ハルステッドのシールドで入口を包み込む。こうすれば、魔族は中に入れなくなるからね」
「そんなことすれば的よ! わかってんの!?」
「わかっているさ。ま、ギリギリまで粘り、タイミングを計って脱出するよ。それよりもアイリっ!」
「な、なに?」
「この戦いの後に、一緒に食事でもどうだい?」
レイアは強い呼びかけの後に、いつもの調子良くも優し気な口調で問い掛けた。
この問いに、アイリは……。
「そうね……時間が取れたら」
こう、言葉を残して、転送室へと向かった。
遠退く小さな背中。
寂しげに揺れるふわふわの銀の髪。
そして、儚げに消えようとする、少女の姿……。
「アイリ、いつものように、断ってほしかったよ……」
レイアは水晶に預けた帽子を再び被りなおして、乗員へ艦長としての最後の命令を伝える。
「全員、脱出ポットで退艦せよっ! ポイントはトーワ城近くに設定! あちらは防備が薄いようなので、脱出後はトーワで合流し、魔族討伐にあたれ!」
全ての命令を終えて、レイア=タッツは水晶の前に立つ。
「ハルステッド、オートモード。全ての権限を水晶に集約…………アイリ……」
レイアは画面を見つめ、揺らめく桜色の瞳にケントを映す。
「君は知っているのか? アイリがどんな覚悟をしているのか? 私には、わからない。だけど……死に向かう戦士たちの姿はたくさん見てきた。ケント、君はアイリの覚悟を受け取る覚悟を持っているのか!」
画面に映るケントは答えを返さない。返せない。
仲間たちに囲まれ懸命に戦い続けるケントへ、レイアは微笑む。
「成長して魅力減だったが、なかなか勇ましいじゃないか。だけどね……フフ、やっぱり私は君が嫌いだ。最後の最後までアイリは君のことしか思っていなかった。だから、ふっふっふ……」
0
お気に入りに追加
350
あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!


【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました
akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる