上 下
313 / 359
第二十六章 過を改め正へ帰す

もう大丈夫

しおりを挟む
 多くの人々が想いを抱き、様々な勢力に変化の兆しが見えていた頃、ケントとギウは…………給仕の真似事をしていた。



――古代人の遺跡・幻想のアーガメイトの書斎

「フィナ様、お茶とお菓子の用意ができましたが?」
「ギウギウ」
「うむ、ご苦労。そこに置いてて」

 フィナは背が少し高めの透明な椅子に座り、同じく透明な机の上に無数のモニターを浮かべて、これまた透明なお菓子である水饅頭を味わっている。

「もぐもぐ、いや~、このくにゅくにゅっとした食感と餡子の甘味がたまりませんな~」
「それはようございましたねって、なんで私たちがこんな真似を?」
「ギウッ」

「あんたたちが戦力外だからでしょ。ギウには期待したけど、結局のところシステムの扱い方は知らないようだし、ケントは論外だし」
「論外と言うな。はぁ、こんなことなら私たちが留守の報告に戻り、エクアたちを残せばよかった」

「別に私一人で大丈夫よ~」
「それはできん、君一人だと何をしでかすかわからないからな。もう、転送事故のようなことはごめんだ!」

「ちぇ、信用ないなぁ~、ずずずっ」
「私たちをこき使って運んでもらったお茶はうまいかっ」
「うん、誰かに淹れてもらったお茶は最高ね。特にこの水饅頭と緑茶の相性は最高~」


 フィナはこれ見よがしに水饅頭を頬張り、お茶を啜る。
 これに私は大きくため息を返した。

「はぁ~、君に頼るしかないとはいえ、みんなが帰ってからというもの私たちをこき使いすぎだろ」
「だってぇ、武器システムの解読のためにここから離れるわけにはいかないでしょ。だからあんたたちには身の回りの世話をお願いしたいわけ」

「では、世話係として一言物申すが、そろそろ休憩しろ。適当な部屋を浴場してあるから風呂に入って一息入れるといい」
「え~、浄化原子灌水浴装置ナノウェイブシャワーでいいのに。ナノレベルで体内の汚れを浄化できて短時間で済むし」

「私はエクアや親父と違って、この施設のシステムに詳しくないんでな。風呂を呼び出すだけで精一杯なんだ。それに私は如何に文明が進もうと、暖かな風呂に浸かる方がいいと思うぞ」

「そう? ま、私は綺麗になればどっちでもいいけど…………覗くなよ」
「フンッ!」
「うわ、こいつ、鼻で笑いやがった! ね、ギウ、どう思う!?」
「ギウギウ、ギウ」
「馬鹿やってないで風呂に入れって? あ~、そうだった。ギウってケントの味方だもんね。一人じゃ勝ち目ないから言われた通り、休憩ついでのお風呂にでも行きますよっ」


 フィナはモニターたちを消して、少し高めの位置にあった椅子から飛び降りる。
 そして、風呂が用意してある部屋に向かおうとするのだが……。


「あ、そうだ。お風呂上りにアイス食べたいから用意してて。クルフィってやつが気になってんのよ。あと、ご飯だけど、油淋鶏ユーリンチーってやつと、アロス・コン・ポーヨで」
「たしか二つとも鶏肉メインの料理だったか? ご飯は鶏肉三昧だな。というか、君は食べ過ぎじゃないか?」

「翻訳機能が回復したおかげでフードレプリケートがまともに扱えるようになったからね。せっかくだから、地球の食べ物を色々味わいたいじゃん。とりあえず今は料理の味がわからないから見た目でチョイスしてるけど」

「だからといってな……知らないぞ、あとで後悔しても」
「フッ、残念。私って太らない体質だから」
「私は健康のことを言っているんだ。ご飯はともかくお菓子っ。糖分の取りすぎだ」

「誰かさんたちと違って脳に栄養が必要なのよ。あ、夜食は地球の料理じゃなくて連邦とやらの料理が食べたいな。アミュックレイってのすっごい気になる。連邦領に属する星に住む、おっきな象さんが作った料理だって。見た目は地球のあんかけチャーハンに似てるけど、味は全然違ってて宇宙一美味しい料理だってさ」

「わかったわかった。いくらでもお食事はご用意いたしますよ、フィナお嬢様」
「ええ、よろしく頼んだわよ。メイドのケントに執事のギウ」

「なんで私がメイドの方なんだっ?」
 こう言葉を飛ばすとギウが悪乗りして、それにフィナが遠慮なく乗っかる。
「ギウギウ」
「いっそメイド服を着て給仕をしてみるかって? そんな冗談はやめてくれっ」

「あ、それ面白そう!」
「ほら、フィナが悪乗りしてきただろ! 君はさっさとお風呂に行きなさい!」
「行きなさいって、ママみたいなこと言って」
「誰がママだ!」
「へいへい、ママが怖いのでお風呂に行ってきますよ。じゃね、ギウパパ」
「ギウ」



 嵐のような少女は風呂に向かい、残された私たちは一息入れることにした。
 私はモニターを呼び出して画面を指先で叩き、丸いウッドテーブルを部屋の中央に呼ぶ。
 そのテーブルに私とギウは向かい合うように座り、写真付きのお菓子のメニュー表が浮かぶ画像に手を突っ込み、現実の世界に取り出して広げた。


「さてと、私はこのアーモンドクリームの生地である、クレームダマンドをパイ生地で包み焼き上げたコンベルサシオンというやつにしようか、ギウは?」
「ギウ」
 ギウは甘く煮たリンゴを層状の生地で巻いたお菓子、アプフェルシュトゥルーデルの写真を指差した。

「ふふ、それも美味しそうだ。では、お茶は……私は紅茶にしておこう。ギウは?」
 私は写真のない文字だけのメニューをギウへ見せた。
 するとギウは、迷わずコーヒーと書かれた文字を指差した。

「コーヒーか……やはり、今の君は文字が読めるんだな」
「ギウッ!?」
 
 初めて出会ったときギウは言葉を話すことができず、また文字が読めない種族と聞いた。
 実際にアルリナの町では、お店で売られてあるものがギウたちにもわかるように、八百屋なら野菜の看板、魚屋なら魚の看板、金物屋なら金槌の看板といった感じで看板が掛けられていた。
 しかし、今ギウは、スカルペルの言語で記載された写真のないメニューの文字だけを見て、ためらいもなくコーヒーを指差した。


「読めたのは最初からではないだろう。いつからだ、読めるようになったのは?」
「ギウ、ギウ……」
「そうか、バルドゥルが翻訳機能を直したときか。喋ることは?」
「ギウギウギウ」
「ん? 自分はこの施設と直結している存在ではないから、他の子のようには無理? 他の子とは?」
「ギウギウ」

「ああ、アルリナに住んでいるギウたちか。ということは、彼らはいま喋れるようになっているのか?」

「ギウ」
「片言なら……」
「ギウウ」
「変質した私たちの発声器官がスカルペルの言語には不向き。治すことは?」
「ぎう~……」
「わからない。ふふ、そういったところも、時間があるときにフィナに見てもらえるよう頼んでみよう……一つ、質問をいいかな?」
「ギウ」

「君たちは基本的に翻訳機能の部分をこの施設に依存していた。そうだというのに、私たちの言葉が理解できた理由はなんだ?」
「ギウウ、ギウギウ」

「精神感応能力? テレパシーかっ。なるほど、私たちの喋っていることを心や脳で読み取っていたわけだな。ならば、それを使い、こちらに意志を渡すこともできたのでは?」
「ギウ」
「やってる?」
「ギウギウギウ」

「だけど、スカルペル人の脳機能はまだまだ未発達な部分があり、正確には無理。また、魔法を使用する脳機能のため、精神感応に耐性があり、こちらのアクセスを阻害される」
「ギウ、ギウギウ、ギウギウ」

「それでも時間をかければ、阻害を回避して多少の意思の疎通が可能になる。だから、自分のそばにいる人たちとはそれなりにやり取りが可能……ああ、それで私たちは何となく君のことを理解できているんだな」


 私たちは甘いお菓子と清涼な一服を与えるお茶をお供に会話を重ねる。
 会話の中で彼と意思の疎通ができた理由がわかるが、それよりも気になることが私にはあった。

「ギウ、君はなぜ、文字が読めるようになったことを伝えなかった?」
「ギウギウウ」
「必要ではないから? 何故だ?」
「ギウ」


 ギウはコーヒーカップをソーサーの上に置き、私を真っ黒真ん丸の瞳に宿す。
 そして、今までの会話の流れとは無関係と思われる言葉を出した。


「ギウ、ギウギウ、ギウギウ」
「旅立つ? いなくなる? 独立? ん、今のは意味がわからないぞ?」
「ギウギウ」
「覚悟を決めろ? 覚悟とは?」
「ギウウッ、ギウ! ギウ。ギウギウ」
「必ず、決断できるはず? 多くを経験したあなたなら? もう私は役割を終えた? ……さっきから君は何を言っているんだ?」
「ギウ……」
「不要なもの? 何がだ?」

 問うても問うても、ギウは一方的に意味のわからぬ言葉を渡すだけで答えない。
 だけど、ギウの瞳に寂しさが宿っているのを感じた。
 私はもう一度だけ、ゆっくりと問い掛ける。


「旅立つ、独立。そう言ったが、まさか、私のそばから離れる気なのか?」
「ギウウ」
 ギウは軽く体を左右に振る。
 そして、こう言葉を返した。

「ギウ、ギウギウ。ギウ……」
「いつだって、あなたのそばにいる。だって、あなたは…………だってのあとはなんだ?」


「あ~、気持ち良かった~。アイスある~?」

 突然、部屋の扉が開き、能天気な声が響いた。
 どこから生み出したのか、シルクのパジャマ姿のフィナはお菓子を食べている私たちの姿を見た途端、気炎を上げる。

「あ、ずるい、二人とも! なんだかおいしそうなもの食べて!」
「少し休憩していただけだ。それに君はお菓子よりもアイスなんだろ?」
「そうそう、インドってところのアイス、クルフィね。あ、そのあとに私もお菓子が食べたいかな。生八つ橋ってのが食べたい。餡入りのやつね」
「だから、甘いものの取りすぎだっ」

 
 私はフィナに強い口調をぶつけつつも、ギウへちらりと視線を振った。
 だが彼は、すでに話は終えたとばかりの態度を取り、無言でコーヒーを味わっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!

ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。 なのに突然のパーティークビ宣言!! 確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。 補助魔法師だ。 俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。 足手まといだから今日でパーティーはクビ?? そんな理由認められない!!! 俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな?? 分かってるのか? 俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!! ファンタジー初心者です。 温かい目で見てください(*'▽'*) 一万文字以下の短編の予定です!

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

生活魔法は万能です

浜柔
ファンタジー
 生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。  それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。  ――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。

処理中です...