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第二十五章 故郷無き災いたち

揺らぎの太陽ヨミ

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 老人のバルドゥルは口角泡を飛ばしながら自身の種族名を口にした。
 それは――地球人。

 私はすぐさま彼の言葉を否定する。

「馬鹿な、ありえない! 古代人が地球人だと!? だとすれば、私たちの知る地球人は何者だというのだっ!?」


 私たちの知る地球人はヴァンナス王家の召喚術と古代人の転送技術が合わさり、誤ってスカルペルへ呼び寄せられた存在。
 呼び寄せられた直後は何の変哲もない五人の少年少女。
 だが、魔法に触れた途端、めきめきと頭角を現し、勇者と讃えられ、魔族に怯えるスカルペルの救世主となった。

 その彼らは古代人のように高度な技術を操っていたわけではない。
 現在のスカルペルの技術レベルと比べても、彼らの知識はせいぜい百年か二百年先程度。
 とてもじゃないが古代人の技術を操れるような存在ではない。
 さらには、彼らの肉体にナノマシンなどなかった。
 古代人とは遠くかけ離れた存在のはず。

 私は再度呟くように、こう声を出す。
「ありえない……」

 するとフィナが一時映像を止めて、私のあり得ないという言葉に答えを伝えてきた。


「その疑問は説明できる。かなりのレアケースとして遺跡が記録していたみたいだから」
「ん?」
「これを見て」

 
 フィナはモニターを操り、古代人がひしめく頭上に水に包まれた惑星の映像と、その惑星から遠く離れた黒い靄に包まれた揺らぐ光を浮かべた。

「フィナ、この惑星は地球か?」
「いえ、スカルペル。三百年前のね」
「三百年前?」
「そして、この黒い靄に包まれた光はヨミの太陽」
「これが、ヨミの太陽?」


 揺らぎの太陽ヨミ――光の太陽テラスと対を為す太陽。スカルペルの空に浮かび、テラスと比べれば僅かとなるが陽の光を降り注ぐ存在。
 ヨミは太古の昔からスカルペルの空に揺蕩たゆたい、かすみに包まれ揺らぐような姿を見せ続けている。

「この映像が正しいならば、とても太陽に見えないな。黒い靄に包まれた光とは」
「これはブラックホール……みたいなものかな? ちょっとアップにするね」

 映像は靄を突き抜ける。
 抜けた先には、真っ黒な周りに何らかの物質が渦巻いていた。
 それに目を奪われていると、フィナが一言付け加えてくる。


「映像に映っているのは降着こうちゃく円盤と言って、重い天体の周りを公転しながら落下してる物質。ブラックホール自体は目に見えないから。映像でモデルは産み出せるけど」
「あ、そうなのか」

「さらにこれはブラックホールもどき。降着円盤の主成分は水素プラズマで、他にはヘリウムや重元素だったりするんだけど、これは魔力っぽい力。このブラックホールは強力な重力場に不可思議な磁場を組み合わて、そこに魔力っぽい力を加えた結界。この結界で中と外を遮断している」

「結界? 中と外?」
「まだ全部を把握したわけじゃないけど、私たちの宇宙の外側には別の宇宙が存在するみた、いえ、違う。重力変化による遮蔽? これは……同じ宇宙の中にありながら私たちの世界を隠してた?」


「遮蔽? 隠していた? そういえば以前、遺跡に入った直後、君はヨミの太陽に対して似たような論を考えていたな。たしか、何から隠すため。そして守るためと」<第十四章 球体を奉じる部屋>

「あれははっきりこうだと考えたものじゃないけどね。本当になんとなくで……」
 彼女は私に目を向けることなく、モニターを注視している。

「このヨミは……人工物? あっ!」
「どうした?」

「ヨミは誰かの手によって作られたものみたい。で、誰が作ったんだろうとモニターに映る文字を目で追ってたんだけど、その正体がわかった」
「誰なんだ?」
「それは後にした方がいい。映像の先を見てからじゃないとたぶん混乱する。今は、古代人と地球人の関係だけに留めておくね」
「そうか。では、地球人を名乗る古代人と私たちの知る地球人との関係はなんだ?」


 フィナはモニターを操作して、再びスカルペルを見るように促した。
 すると、スカルペルから光の線が飛び出して、それは黒い靄を貫き、遥か先にあるスカルペルに似た青い星の天体に繋がっている。

 彼女はスカルペルを指差して、答えを語り始めた。

「今から三百年前、ヴァンナスの召喚一族は古代人の転送装置と自分たちの召喚の力を重ね合わせ、古代人を呼び寄せようとした。スカルペルから飛び出している線が呼び寄せようとした召喚のラインね」

 指先を線に合わせる。それに応えるように線の前には矢印が現れ、それはヨミの太陽へと近づく。


「見ての通り、召喚のラインはヨミを貫いてしまった。そして、古代人の住む惑星、地球へと繋がった」
「それがどうい……もしや、巨大な重力のせいか?」

 ヨミの太陽は巨大な重力場を形成している。
 この重力だが、空間だけではなく時間にも影響を与える特性がある。
 この私の言葉にフィナは補足を加えつつ答えを返してきた。

「たしかに重力場は時間に影響を与えるけど通常であれば重力場の影響で時間がゆっくり進むだけ。でも、ここに三つの特殊要素が加わった」
「三つ?」
「一つ目は召喚魔法。召喚魔法とは転送魔法にるいするもの。ただし、転送魔法よりも強力で、さらに術者の明確な意思を乗せることができる。今回の場合、古代人を呼び出すという意思。つまりは、地球人を呼び出す意思」

「残りの二つは?」
「二つ目は転送装置。転送装置は目的の座標を設定できる。ということは、転送装置に記録されている座標に地球の座標があったはず。これに加え、ヴァンナスで発見された転送装置がこの遺跡の転送装置に近しいものなら、エネルギーさえあれば過去への転送も可能。そのエネルギーの元になったのが、三点目であるこのブラックホールもどき」

 彼女はそう言って、魔力渦巻く揺らぎの太陽を指差す。
「召喚魔法を強化し、遥か時空の彼方まで届けることできる膨大な魔力。召喚の意思・時空を遡れる転送装置の座標。そして、それらを補助する重力場と魔力。これらが組み合わさり、召喚ラインに異常が発生して過去へのタイムワープを引き起こした。でも……」


「ん、どうした?」
「なんで過去何だろう? 召喚魔法の意思にしろ転送装置の影響にしろ、わざわざ時間を捻じ曲げる必要は……ヨミを貫いてしまった偶然? いえ、偶然なの? まさか……転送目標が…………」

 彼女は途中で考え込むのをやめて、頭を左右に振った。
「はぁ、まずは先を見ることね」
「何を考えたのかはわからないがそうした方がいいだろう」
「そうね」

「とりあえず、今わかっていることを確認するぞ。ある意味、ヴァンナスは古代人の召喚に成功していた。だが、召喚の意思や転送装置とヨミの太陽の影響で時間がねじ曲がり、過去の古代人が住む惑星――過去の地球へと繋がってしまった」


 古代人=地球人で間違いない。
 ただし、私たちの知る地球人は過去から召喚された地球人で、古代人とはその地球人よりも遥か未来の地球人だったわけだ。


 自身で説明を終えて、私はあることについて納得の声を上げる。
「なるほど、これならばスカルペル人には宿らないナノマシンが地球人の身体に宿る理由がわかる。同じ種族だから同じ遺伝子を持つ彼らにも感染したのか」

 これにカインが疑問を呈する。

「ですが、滅びのナノマシンの影響はどう説明するんですか? 地球人が古代人に似た特性の存在ではなくそのものなら、早々と滅びのナノマシンが発動して彼らは息絶えたのでは?」


 この問いの答えをフィナはモニターを見つめながら返す。

「時間の隔たりのせいよ」
「え?」
「勇者としての地球人と古代人とでは数百年以上の隔たりがある。その間に遺伝子が進化、あるいは古代人が自ら改良を加えた。だから、ナノマシンは古い地球人の、一部の特性にだけ反応して宿った。それは一部だったから効力が弱くて済んだんだけど……」

「だけど? なんです、フィナ君?」
「このナノマシン、肉体はもちろん遺伝子の組み換えも行えるみたい。ゆっくりと時間をかけてね。おそらく、世代を重ねるごとに古代人の遺伝子パターンに近づいて、ある一定のラインを超えた時、滅びのナノマシンが牙を剥いた」
「なるほど、そういうことですか……」


 一度、ここまでを簡素にまとめておこう。


――古代人の正体

 古代人の正体は私たちの知る地球人の遥か未来の地球人。
 彼らは連邦と呼ばれる存在に敗れ、火星と呼ばれる存在に反目され、落ちぶれる。
 だが、復権を目指して、何らかの技術を手にすることができた。


――古代人と地球人

 ヴァンナスの古代人召喚は成功しており、地球へと届いていた。
 しかし、召喚ラインの途中にあったヨミの太陽の影響で時空がねじ曲がり、過去の地球と繋がってしまった。
 そのため、のちに勇者と呼ばれる五人の少年少女を召喚してしまった。


――ナノマシンと地球人(勇者とその末裔)

 古代人も地球人も同じ種族だが、長い時の影響で遺伝子に差が生じていた。
 しかし、近い特性を持っているので、地球人とその末裔にもナノマシンが宿った。
 遺伝子に差があるため当初はナノマシンの影響はほとんどなかったのだが、世代を重ねるごとにナノマシンが適正となる遺伝子へ組み換えて、やがては古代人の遺伝子へと変化する。
 それによって、滅びのナノマシンが地球人の末裔たちに牙を剥き、彼らは絶滅へ至った。



「まだまだ、ナノマシンがスカルペルの大気に宿っている理由や、滅びのナノマシンが存在する謎などがあるが、今わかることはこれだけか。フィナ、映像の続きを」
「うん、わかった」

 彼女は自分のそばに在った光の粒を指先で弾いた。
 すると、大勢いた古代人が消えて、とても柔らかそうなソファがあり観葉植物がありといった休憩室と思われる部屋へと変化した。
 そこにはジュベルと百合とアコスアと呼ばれた黒い肌の女性がいた。


「フィナ、場面が変わったが?」
「ちょうど、バルドゥルの興奮が最高潮に達したところで場面転換だったみたい。続きの映像も切り貼りっぽいし、これからどんどん映像が移動するようね。このジュベルっていう通信主任だっけ? 編集へたくそっぽい」

「はは、そうか。まぁ、バルドゥルの演説などあまり聞きたくないのでちょうどいいかもな。では、続きを」
「おっけ」
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