240 / 359
第二十一章 世界旅行
私の知らないフィナ
しおりを挟む
城の玄関前で、私はこれまでの経緯を簡単に説明した。
それを受けたフィナは、まず亡くなった仲間たちを埋葬したいと言って、話を一度打ち切った。
私は見張り役のキサとともに少し離れた場所で、いましがたの戦いで亡くなったトーワの兵士たちと、大人のエクアと私自身の葬儀を見守ることになった。
葬儀を行う間、皆は静かに涙し、淡々と葬儀が執り行われていく。
これは幾度も埋葬を行った証。
それを証明するように、墓地となる場所には数百を超える墓標が立っていた。
埋葬を終え、フィナは未来の私とエクアが眠る墓標に手を当てて、多くの兵士たちを鼓舞するように声を上げた。
「ケントを失ったのはとても残念だけど、でもっ、私たちは諦めないっ! 世界を守るために戦った彼らに報いるためにも、生き残った私たちが戦いを続けなければならない!!」
兵士たちは無言で言葉を受け取り、拳をぐっと握り締める。
そこには疲弊の色が濃くあった。
それでも歯を食い縛るように、戦いへの気炎を静かに上げている。
全てが終え、フィナは私を執務室へ通し、そこで詳しい事情を話すことになった。
ここでわかったのは、この世界は八年後のトーワということ。
執務室には私と、八年後のフィナと親父のみがいる……。
「といった事情で、私は世界を経由して、元の世界へ戻らなければならないんだ」
「なるほど、奇妙なことをやってるのね。私の知る歴史ではそんなことは起こらなかったけど……時間軸もそうだけど、世界線もずれてるんだ」
「そのようだな。ここでは何が起こっているんだ?」
「それは……」
フィナは急に口を噤み、体を震わせる。
「どうした?」
「ごめんなさい。教えることはできない」
「それは未来へ影響を与えるからか?」
「ううん、自信がないから……」
「え?」
「私たちは誤った選択ばかりを選んできた。結果がこれ。世界を破滅に追いやった。今ではどことも連絡が取れず、もう私たち以外、スカルペルに人類が存在しているかどうかもわからない」
「なっ!?」
「だから、怖いの……私があなたに何かを伝えることで、大きな過ちを犯してしまいそうで……」
フィナは全身を怯えに包み、瞳に涙を薄っすら浮かばせる。
それを親父が残った右腕でそっと支えた。
その姿は私の知るフィナではない。
私の知るフィナは傲慢で自信家で、彼女のように過ちを恐れる女性ではない。
だが、目の前のいる女性は自身の与える影響に恐れを抱き、幼子のように震えている。
それでも私は、このような事態を避けるために質問をやめない。
「敵は何万という魔族のようだったが、何をどうすればそうなる?」
「魔族は何万じゃない、無限よ」
「無限?」
「そう、無限。世界中に魔族が溢れだし、世界を蹂躙していった。それを引き起こしたのは私たち……」
「私たちは何を引き起こすんだ?」
フィナは答えない。
それは答えることで、もっと恐ろし気な未来を作り出してしまう可能性を恐れているからだ。
私は質問を変える。
「ゴリンやギウの姿が見えないが? マスティフ殿やマフィンはどうなった?」
「ゴリンはアルリナへ救援要請に行って、それっきり。マスティフとマフィンは自分の領地を守るために戻ったけど、音沙汰はない。彼らが生き残っている可能性は限りなくゼロに近い」
「そうか……では、ギウは?」
「ギウ……。ギウは……ギウは……ギウは……」
フィナは拳を強く握り締めて、ギシギシと涙の音を立てる。
そして、机を強く打ち、後悔の宿る声を弾けた。
「ギウは世界を守るために戦い、死んでしまった! 私たちのせいで、あの人は!」
「あの人?」
「ごめんなさい、ケント。私のせいで」
「そこで、どうして私への謝罪なんだ、フィナ?」
「あっ……なんでもない」
償いの言葉を漏らしていた彼女は拳を解き、誤魔化すように私へ軽く手を振る。
いま、私の前にいるフィナは、自信というものを完全になくし、全ての情報に対して臆病になっているようだ。
フィナは首を何度も横に振り、親指を噛む動作を見せた。
そこから、ふ~っと大きく息を吐き、落ち着いた様子で私へ声を掛ける。
「あなたが使用した転送装置だけど、このトーワの地下に存在する」
「そうなのか?」
「ええ、遺跡から持ち出して研究してたから。それを使えば、あなたを元の世界へ帰してあげられるはず。だけど、座標が」
「それなら持っている」
私は六十年後のフィナから貰った紙を八年後のフィナに手渡す。
彼女は用紙を見ながら唸るような声を上げた。
「凄い。転送装置の扱い方を完璧に把握している。なるほど、これなら何とかなりそう。六十年後の私……なんて自信に溢れて、そして、強い意志を宿した女性なの」
文字からフィナは、もう一人のフィナの想いを知ったようだ。
そして、小さく呟く。
「もう、これは、私にはないものね……」
「フィナ?」
「親父、転送装置の準備をする前に、城内にいる兵士に過去のケントをあまり見られないようにしたいの」
「わかった。地下室までの通路の人払いをしておくぜ。ケント様を失った今、こっちのケント様にウロチョロされちゃああんまりな」
「うん、よろしく。それじゃあ、ケント。準備ができ次第、あなたを送る」
「ああ、ありがとう。だが、まだ質問が残っている。ここでは何がどうなって、このようなことになったのかを聞いていないっ」
「それは話せない!」
「話してくれ! たとえ話して、こちらでより最悪な事態が起ころうと、それは我々の責任で君にはない! だからっ」
「ごめんなさい。ケント。私は過ちを犯すのが怖いの……」
消え入るようなか細い声。
その声に私は声を止めてしまった
目の前にいるのはフィナではない。
行動を起こすことを恐れた、か弱き女性。
自信を失った、私の知らないフィナ……。
それを受けたフィナは、まず亡くなった仲間たちを埋葬したいと言って、話を一度打ち切った。
私は見張り役のキサとともに少し離れた場所で、いましがたの戦いで亡くなったトーワの兵士たちと、大人のエクアと私自身の葬儀を見守ることになった。
葬儀を行う間、皆は静かに涙し、淡々と葬儀が執り行われていく。
これは幾度も埋葬を行った証。
それを証明するように、墓地となる場所には数百を超える墓標が立っていた。
埋葬を終え、フィナは未来の私とエクアが眠る墓標に手を当てて、多くの兵士たちを鼓舞するように声を上げた。
「ケントを失ったのはとても残念だけど、でもっ、私たちは諦めないっ! 世界を守るために戦った彼らに報いるためにも、生き残った私たちが戦いを続けなければならない!!」
兵士たちは無言で言葉を受け取り、拳をぐっと握り締める。
そこには疲弊の色が濃くあった。
それでも歯を食い縛るように、戦いへの気炎を静かに上げている。
全てが終え、フィナは私を執務室へ通し、そこで詳しい事情を話すことになった。
ここでわかったのは、この世界は八年後のトーワということ。
執務室には私と、八年後のフィナと親父のみがいる……。
「といった事情で、私は世界を経由して、元の世界へ戻らなければならないんだ」
「なるほど、奇妙なことをやってるのね。私の知る歴史ではそんなことは起こらなかったけど……時間軸もそうだけど、世界線もずれてるんだ」
「そのようだな。ここでは何が起こっているんだ?」
「それは……」
フィナは急に口を噤み、体を震わせる。
「どうした?」
「ごめんなさい。教えることはできない」
「それは未来へ影響を与えるからか?」
「ううん、自信がないから……」
「え?」
「私たちは誤った選択ばかりを選んできた。結果がこれ。世界を破滅に追いやった。今ではどことも連絡が取れず、もう私たち以外、スカルペルに人類が存在しているかどうかもわからない」
「なっ!?」
「だから、怖いの……私があなたに何かを伝えることで、大きな過ちを犯してしまいそうで……」
フィナは全身を怯えに包み、瞳に涙を薄っすら浮かばせる。
それを親父が残った右腕でそっと支えた。
その姿は私の知るフィナではない。
私の知るフィナは傲慢で自信家で、彼女のように過ちを恐れる女性ではない。
だが、目の前のいる女性は自身の与える影響に恐れを抱き、幼子のように震えている。
それでも私は、このような事態を避けるために質問をやめない。
「敵は何万という魔族のようだったが、何をどうすればそうなる?」
「魔族は何万じゃない、無限よ」
「無限?」
「そう、無限。世界中に魔族が溢れだし、世界を蹂躙していった。それを引き起こしたのは私たち……」
「私たちは何を引き起こすんだ?」
フィナは答えない。
それは答えることで、もっと恐ろし気な未来を作り出してしまう可能性を恐れているからだ。
私は質問を変える。
「ゴリンやギウの姿が見えないが? マスティフ殿やマフィンはどうなった?」
「ゴリンはアルリナへ救援要請に行って、それっきり。マスティフとマフィンは自分の領地を守るために戻ったけど、音沙汰はない。彼らが生き残っている可能性は限りなくゼロに近い」
「そうか……では、ギウは?」
「ギウ……。ギウは……ギウは……ギウは……」
フィナは拳を強く握り締めて、ギシギシと涙の音を立てる。
そして、机を強く打ち、後悔の宿る声を弾けた。
「ギウは世界を守るために戦い、死んでしまった! 私たちのせいで、あの人は!」
「あの人?」
「ごめんなさい、ケント。私のせいで」
「そこで、どうして私への謝罪なんだ、フィナ?」
「あっ……なんでもない」
償いの言葉を漏らしていた彼女は拳を解き、誤魔化すように私へ軽く手を振る。
いま、私の前にいるフィナは、自信というものを完全になくし、全ての情報に対して臆病になっているようだ。
フィナは首を何度も横に振り、親指を噛む動作を見せた。
そこから、ふ~っと大きく息を吐き、落ち着いた様子で私へ声を掛ける。
「あなたが使用した転送装置だけど、このトーワの地下に存在する」
「そうなのか?」
「ええ、遺跡から持ち出して研究してたから。それを使えば、あなたを元の世界へ帰してあげられるはず。だけど、座標が」
「それなら持っている」
私は六十年後のフィナから貰った紙を八年後のフィナに手渡す。
彼女は用紙を見ながら唸るような声を上げた。
「凄い。転送装置の扱い方を完璧に把握している。なるほど、これなら何とかなりそう。六十年後の私……なんて自信に溢れて、そして、強い意志を宿した女性なの」
文字からフィナは、もう一人のフィナの想いを知ったようだ。
そして、小さく呟く。
「もう、これは、私にはないものね……」
「フィナ?」
「親父、転送装置の準備をする前に、城内にいる兵士に過去のケントをあまり見られないようにしたいの」
「わかった。地下室までの通路の人払いをしておくぜ。ケント様を失った今、こっちのケント様にウロチョロされちゃああんまりな」
「うん、よろしく。それじゃあ、ケント。準備ができ次第、あなたを送る」
「ああ、ありがとう。だが、まだ質問が残っている。ここでは何がどうなって、このようなことになったのかを聞いていないっ」
「それは話せない!」
「話してくれ! たとえ話して、こちらでより最悪な事態が起ころうと、それは我々の責任で君にはない! だからっ」
「ごめんなさい。ケント。私は過ちを犯すのが怖いの……」
消え入るようなか細い声。
その声に私は声を止めてしまった
目の前にいるのはフィナではない。
行動を起こすことを恐れた、か弱き女性。
自信を失った、私の知らないフィナ……。
0
お気に入りに追加
350
あなたにおすすめの小説
2回目の人生は異世界で
黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった
魔術師の妻は夫に会えない
山河 枝
ファンタジー
稀代の天才魔術師ウィルブローズに見初められ、求婚された孤児のニニ。こんな機会はもうないと、二つ返事で承諾した。
式を済ませ、住み慣れた孤児院から彼の屋敷へと移ったものの、夫はまったく姿を見せない。
大切にされていることを感じながらも、会えないことを訝しむニニは、一風変わった使用人たちから夫の行方を聞き出そうとする。
★シリアス:コミカル=2:8
青い扉と銀の鈴 - 世間知らずのお嬢様と魔王討伐の生き残りと魔王の息子とが出逢った頃の物語
仁羽織
ファンタジー
2018年の現代に、竜が住み魔王が暮らすファンタジーのような国家があった。その国に暮らす大商人の娘は、トラブルを呼ぶ従兄のおかげで災難続き。ある日地底湖がある洞窟へと誘われて、馬車で出かけた娘が出会ったのは、魔王討伐パーティーの生き残り忍者と、討伐対象の魔王の息子。息子を追って襲い掛かろうとする魔王の手から、逃れるために結んだ契約。それがすべての始まりでした。
異色の三人組パーティーが辿る、100年のロード・ファンタジー。その始まりの物語。
☆再構成して再登場!☆
*- -*
物語の続きは、
『赤い剣と銀の鈴 - たそかれの世界に暮らす聖霊の皇子は広い外の世界に憧れて眠る。』にてご覧下さい!
※この物語は、主人公であるレイミリア・ブラウンシュタイン・コーネリアス・ラ・グランスマイルの主幹に基づいて描かれています。実在する人物・団体・国家などについて不愉快な表現などございましたら文句は直接言ってやってください。その際のご連絡はグランスマイル商家までどうぞ!
※登場する皆さんへ応援メッセージをお待ちしております!
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

神の豆を育てる聖女は王子に豆ごと溺愛される
西根羽南
恋愛
豆原あずきは、豆の聖女として豆愛が深すぎる異世界に招かれた。
「開け豆」の言葉と共に強制睡眠の空豆のベッドや聖なる供物のあんこを呼び、日本に帰るために神の豆を育てる日々。
王子の優しさに淡い好意を抱くが、これは豆への愛なので勘違いしてはいけない。
「アズキの心の豆型の穴、俺に埋めさせてください」
「……これ、凄くいいこと言っているんだろうけど。何か緊張感がなくなるのよね。主に豆のせいで」
異世界で豆に愛される聖女になった女の子と、豆への愛がこじれて上手く伝えられない王子のラブコメ……豆コメディです。
※小説家になろうにも掲載しています。
【完】こじらせ女子は乙女ゲームの中で人知れず感じてきた生きづらさから解き放たれる
国府知里
恋愛
ゲーム会社で完徹続きのシステムエンジニア・ナナエ。乙女ゲームを納品した帰り、バスの中で寝落ちしてしまう。目が覚めるとそこは乙女ゲームの世界だった! あろうことか、全攻略キャラの好感度がMAXになるという最強アイテムにバグが発生! 早く起きて社長に報告しないと……!
「ええっ、目覚めるためには、両想いにならないとゲームが終わらない~っ!?」
恋愛経験ゼロのこじらせ女子のナナエにはリアル乙女ゲームは高い壁! 右往左往しながらもゲームキャラクターたちと関わっていく中で、翻弄されながらも自分を見つめ直すナナエ。その都度開かれていく心の扉……。人と深くかかわることが苦手になってしまったナナエの過去。記憶の底に仕舞い込んでいた気持ち。人知れず感じてきた生きづらさ。ゲームの中でひとつずつ解き放たれていく……。
「わたし、今ならやり直せるかもしれない……!」
~恋愛経験値ゼロレベルのこじらせ女子による乙女ゲームカタルシス&初恋物語~
八十神天従は魔法学園の異端児~神社の息子は異世界に行ったら特待生で特異だった
根上真気
ファンタジー
高校生活初日。神社の息子の八十神は異世界に転移してしまい危機的状況に陥るが、神使の白兎と凄腕美人魔術師に救われ、あれよあれよという間にリュケイオン魔法学園へ入学することに。期待に胸を膨らますも、彼を待ち受ける「特異クラス」は厄介な問題児だらけだった...!?日本の神様の力を魔法として行使する主人公、八十神。彼はその異質な能力で様々な苦難を乗り越えながら、新たに出会う仲間とともに成長していく。学園×魔法の青春バトルファンタジーここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる