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第二十一章 世界旅行
ギウは……
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私は痺れる鼓膜を労わるように、耳穴近くを優しく揉む。
「フィナ、耳が痛い。年寄りでなくても、心臓が止まるかと思ったぞ」
「いや、だって、あのアグリスと戦争して勝つって……あんたのトーワには、そんなに精強な兵士が揃ってんの?」
「兵はいない」
「じゃ、じゃあ、どうやって勝利を?」
「政治の駆け引きで勝利を捥ぎ取った。賠償金も得て、今のトーワはちょっぴり余裕がある」
こう答えを返すと、フィナは椅子に深く背を預け、肩を落とすような溜息を吐いた。
「はぁ~、エクアの言ってた通りだったんだ」
「ん?」
「エクアは常日頃から、ケント様は凄い人。どんなことでもやってのけるって口癖のように言ってたから」
「そうなのか。恐ろしいほどの過大評価だな」
「私もあんたの死があんたの像を巨大化させてると思ってた。でも、今の話を聞いて改めた。ケント、あんたって凄い人だったんだ」
「私は君の中でそんなに評価が低い人物だったのか?」
「いえ、指導者として懐が大きかったと思うよ。当時、自己中心的だった私に対して寛大だったし……それでも私の知るあんたは、半端に銀眼の力を使い、魔族にさらわれて殺されかけたって感じのへっぽこな印象の方が強いのよ」
「なるほど、君は私の政治家としての能力を知る前に別れたからか」
遺跡探索を行った時点での私とフィナの関係は薄い。
あの頃の彼女にとって私は半端な研究者で、自分の身も満足に守ることのできない人物としか映っていなかったようだ。
そんな彼女が私に人生を捧げてくれたのは、おそらく自分の未熟さを克服するためと、なにより、その後深い絆に結ばれたであろうエクアのためだろう。
私は時間と共に深い友情を育んだ二人の姿を思い描き、同時に二人の仲を深める酷いきっかけとなったことに申し訳なさの宿る笑みを零して、次に、いま彼女が口にした銀眼という言葉に意識を向ける。
「フフ…………君は、私の銀眼の正体を知っているんだな?」
「うん、ナノマシンでしょ。そっちの私はもう知ってるの?」
「ああ、伝えた」
「あんた自身については?」
「そ、そんなことまで知っているのかっ。残念ながら、そこまでは……」
「臆病ね」
「そうだな」
「余計なお世話だろうけど言うね。あんたの知る私たちは、こっちの私たちとは違っているかもしれないけど、きっと受け入れてくれると思うよ。そりゃ、あんたが自分のことに悩むのはわかるけどさ」
「ああ、彼らは素晴らしい友であり、仲間だ。きっと、受け入れてくれる。だが、レイやアイリのことを考えると――」
「ケントっ、大切な人たちを言い訳に使わない!」
フィナはまっすぐと私を見つめ、言葉を強く心にぶつけてきた。
そこには私の知らぬフィナがいる。
とても強く・優しく・重厚さを表す皺が、強い説得力となり、私の心に浸透していく。
臆病な私は小さな言葉の音を返す。
「そう、だな……私は臆病で、卑怯者だ」
「ふふ、頑張りなさい、若者。悩み、苦しみ、そこから得た答えだからこそ、宝石のように大事な宝になるんだから」
「ああ、ありがとう」
私は老練な言葉をしっかり受け取り、臆病な自分の勇気と変える。
それでも、小さな火種程度にしかならない。
私は本当に臆病だ……。
私はお茶をすすり、気持ちを入れ替えて、フィナへ瞳を向ける。
彼女は次に飛び出る質問を察し、一言漏らした。
「ギウのことね」
「ああ、そうだ。彼はどうなった?」
フィナは席を立ち、窓の近くに寄ってアルリナの方角へ顔を向ける。
「あんたを失った後、ギウとは徐々に意思の疎通が取れなくなってしまったの。今はアルリナに暮らすギウたちと混じり暮らしている。もう、私たちじゃ、どのギウが私たちのギウだったかもわからない……」
「何故、そのようなことに?」
「その問いには答えられるけど、答える気はない」
「どうして?」
「とても大切な答えだから。だからこそ、あんた自身で掴み取らないといけないこと」
本当に得たい答えは、質問してはならない。
質問の前に、まずは努力すること。可能な限り己自身で掴むこと。
これは父がよく口にしていた言葉……。
「そうか。彼には何か重要な秘密があると思っていたが、かなりのことらしいな」
「ええ、びっくりするぐらいに。でも、あまり急かしては駄目よ。ギウはギウで大変なんだから」
「ふふふ、本当にわけがわからない。だが、彼から答えを得られるまで待っているとしよう」
「そうしなさい」
フィナは顔を窓から室内に戻して、遺跡の方角へと向ける。
「あの、私からも質問があるんだけど?」
「なんだ?」
「遺跡の水球に眠ってる黒髪の女は見つけた?」
「ああ、見つけたが……こっちでは金髪の男だが?」
「あら、そうなの? 不思議ね、途中まで時間を軸に世界は繋がっていたわけだから、昔からあるものが変容することはないはずなのに……時間が分岐した時点で、世界そのものが変容して別世界と統合したのかも。これは観測者でもないと気付かないことだからねぇ」
「観測者?」
「神とか、他世界の住人とか、そういうの。ま、高位次元の存在ってやつ。私たちから見れば観測不能な存在だから気にしない方がいいよ」
「なるほど、そうする」
「それで、そっちの水球に眠る金髪の男の蘇生は?」
「まだ、行っていない。今の君なら知っているだろうが、彼を蘇生させようとすれば肉体の分子結合を強化しなければならない。その操作はかなりデリケート。それにこれは、私の、いや、レイたちの正体に繋がっていること。だから……」
「みんなには秘密にしているってわけね。話せば、過去の私がレイたちの正体に気づき、そこからあんたの正体にまで届く。そう思っているんだ?」
「その通りだ……はぁ、改めて自分を顧みると臆病に過ぎるな。だが、踏ん切りがつかないのも事実」
「ま、頑張りなさい」
「はは、そうするよ……君の方の、その黒髪の女性の蘇生は?」
そう尋ねると、フィナは表情を暗くして言葉をぽつりと漏らす。
「私は何もわからず蘇生させちゃって、彼女の命を奪ってしまった……」
「なっ?」
「言い訳になるけど、当時の私は焦ってたのよ。あんたを助けたい一心で、一刻も早く遺跡の知識を欲した。その結果が殺人」
「あ、うん、なんと言えばいいか……」
「大丈夫。もう、何十年も前の話だからね。あの女の人には悪いけど、一応の整理はついてる。もし、あの世があるなら、彼女に謝り、責め苦を受ける覚悟はあるから」
「私のために色々なものを背負わせてしまったようだな。すまない」
「いいって、私たちが勝手に行ったこと。それよりも、そっちではあの人……私の知る人と違うかもしれないけどを生かしてあげてね。千年近くも眠ったままでようやく目覚めようとしているんだから」
「ああ、必ずや蘇生させて見せるさ」
この、私の自信溢れる声にフィナは柔らかな笑顔を見せて、席に腰を下ろそうとしたが、その腰を途中で止めて上げた。
「あまりあんたを引き留めてもいけないでしょうね。そっちの私たちが焦ってるでしょうし。何より、長居をすれば、軸の安定が困難になる」
「え?」
「今から、あんたを元の世界に戻してあげる」
「フィナ、耳が痛い。年寄りでなくても、心臓が止まるかと思ったぞ」
「いや、だって、あのアグリスと戦争して勝つって……あんたのトーワには、そんなに精強な兵士が揃ってんの?」
「兵はいない」
「じゃ、じゃあ、どうやって勝利を?」
「政治の駆け引きで勝利を捥ぎ取った。賠償金も得て、今のトーワはちょっぴり余裕がある」
こう答えを返すと、フィナは椅子に深く背を預け、肩を落とすような溜息を吐いた。
「はぁ~、エクアの言ってた通りだったんだ」
「ん?」
「エクアは常日頃から、ケント様は凄い人。どんなことでもやってのけるって口癖のように言ってたから」
「そうなのか。恐ろしいほどの過大評価だな」
「私もあんたの死があんたの像を巨大化させてると思ってた。でも、今の話を聞いて改めた。ケント、あんたって凄い人だったんだ」
「私は君の中でそんなに評価が低い人物だったのか?」
「いえ、指導者として懐が大きかったと思うよ。当時、自己中心的だった私に対して寛大だったし……それでも私の知るあんたは、半端に銀眼の力を使い、魔族にさらわれて殺されかけたって感じのへっぽこな印象の方が強いのよ」
「なるほど、君は私の政治家としての能力を知る前に別れたからか」
遺跡探索を行った時点での私とフィナの関係は薄い。
あの頃の彼女にとって私は半端な研究者で、自分の身も満足に守ることのできない人物としか映っていなかったようだ。
そんな彼女が私に人生を捧げてくれたのは、おそらく自分の未熟さを克服するためと、なにより、その後深い絆に結ばれたであろうエクアのためだろう。
私は時間と共に深い友情を育んだ二人の姿を思い描き、同時に二人の仲を深める酷いきっかけとなったことに申し訳なさの宿る笑みを零して、次に、いま彼女が口にした銀眼という言葉に意識を向ける。
「フフ…………君は、私の銀眼の正体を知っているんだな?」
「うん、ナノマシンでしょ。そっちの私はもう知ってるの?」
「ああ、伝えた」
「あんた自身については?」
「そ、そんなことまで知っているのかっ。残念ながら、そこまでは……」
「臆病ね」
「そうだな」
「余計なお世話だろうけど言うね。あんたの知る私たちは、こっちの私たちとは違っているかもしれないけど、きっと受け入れてくれると思うよ。そりゃ、あんたが自分のことに悩むのはわかるけどさ」
「ああ、彼らは素晴らしい友であり、仲間だ。きっと、受け入れてくれる。だが、レイやアイリのことを考えると――」
「ケントっ、大切な人たちを言い訳に使わない!」
フィナはまっすぐと私を見つめ、言葉を強く心にぶつけてきた。
そこには私の知らぬフィナがいる。
とても強く・優しく・重厚さを表す皺が、強い説得力となり、私の心に浸透していく。
臆病な私は小さな言葉の音を返す。
「そう、だな……私は臆病で、卑怯者だ」
「ふふ、頑張りなさい、若者。悩み、苦しみ、そこから得た答えだからこそ、宝石のように大事な宝になるんだから」
「ああ、ありがとう」
私は老練な言葉をしっかり受け取り、臆病な自分の勇気と変える。
それでも、小さな火種程度にしかならない。
私は本当に臆病だ……。
私はお茶をすすり、気持ちを入れ替えて、フィナへ瞳を向ける。
彼女は次に飛び出る質問を察し、一言漏らした。
「ギウのことね」
「ああ、そうだ。彼はどうなった?」
フィナは席を立ち、窓の近くに寄ってアルリナの方角へ顔を向ける。
「あんたを失った後、ギウとは徐々に意思の疎通が取れなくなってしまったの。今はアルリナに暮らすギウたちと混じり暮らしている。もう、私たちじゃ、どのギウが私たちのギウだったかもわからない……」
「何故、そのようなことに?」
「その問いには答えられるけど、答える気はない」
「どうして?」
「とても大切な答えだから。だからこそ、あんた自身で掴み取らないといけないこと」
本当に得たい答えは、質問してはならない。
質問の前に、まずは努力すること。可能な限り己自身で掴むこと。
これは父がよく口にしていた言葉……。
「そうか。彼には何か重要な秘密があると思っていたが、かなりのことらしいな」
「ええ、びっくりするぐらいに。でも、あまり急かしては駄目よ。ギウはギウで大変なんだから」
「ふふふ、本当にわけがわからない。だが、彼から答えを得られるまで待っているとしよう」
「そうしなさい」
フィナは顔を窓から室内に戻して、遺跡の方角へと向ける。
「あの、私からも質問があるんだけど?」
「なんだ?」
「遺跡の水球に眠ってる黒髪の女は見つけた?」
「ああ、見つけたが……こっちでは金髪の男だが?」
「あら、そうなの? 不思議ね、途中まで時間を軸に世界は繋がっていたわけだから、昔からあるものが変容することはないはずなのに……時間が分岐した時点で、世界そのものが変容して別世界と統合したのかも。これは観測者でもないと気付かないことだからねぇ」
「観測者?」
「神とか、他世界の住人とか、そういうの。ま、高位次元の存在ってやつ。私たちから見れば観測不能な存在だから気にしない方がいいよ」
「なるほど、そうする」
「それで、そっちの水球に眠る金髪の男の蘇生は?」
「まだ、行っていない。今の君なら知っているだろうが、彼を蘇生させようとすれば肉体の分子結合を強化しなければならない。その操作はかなりデリケート。それにこれは、私の、いや、レイたちの正体に繋がっていること。だから……」
「みんなには秘密にしているってわけね。話せば、過去の私がレイたちの正体に気づき、そこからあんたの正体にまで届く。そう思っているんだ?」
「その通りだ……はぁ、改めて自分を顧みると臆病に過ぎるな。だが、踏ん切りがつかないのも事実」
「ま、頑張りなさい」
「はは、そうするよ……君の方の、その黒髪の女性の蘇生は?」
そう尋ねると、フィナは表情を暗くして言葉をぽつりと漏らす。
「私は何もわからず蘇生させちゃって、彼女の命を奪ってしまった……」
「なっ?」
「言い訳になるけど、当時の私は焦ってたのよ。あんたを助けたい一心で、一刻も早く遺跡の知識を欲した。その結果が殺人」
「あ、うん、なんと言えばいいか……」
「大丈夫。もう、何十年も前の話だからね。あの女の人には悪いけど、一応の整理はついてる。もし、あの世があるなら、彼女に謝り、責め苦を受ける覚悟はあるから」
「私のために色々なものを背負わせてしまったようだな。すまない」
「いいって、私たちが勝手に行ったこと。それよりも、そっちではあの人……私の知る人と違うかもしれないけどを生かしてあげてね。千年近くも眠ったままでようやく目覚めようとしているんだから」
「ああ、必ずや蘇生させて見せるさ」
この、私の自信溢れる声にフィナは柔らかな笑顔を見せて、席に腰を下ろそうとしたが、その腰を途中で止めて上げた。
「あまりあんたを引き留めてもいけないでしょうね。そっちの私たちが焦ってるでしょうし。何より、長居をすれば、軸の安定が困難になる」
「え?」
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