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第二十章 それぞれの道

いや~、儲かった

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――トーワ


 私たちは敵味方双方一人の死者を出すこともなくアグリスに勝利した。
 降伏の調停の儀ではアグリスの高官と話し合いを行い、結果、多額の賠償金をせしめることにも成功した。

 もっとも、多額と言ってもそれは貧しいトーワにとってであり、豊かなアグリスから見れば大した額ではない。
 そのギャップの差のおかげもあり、話し合いはスムーズに終えることができた。
 私は執務机の椅子に深く腰を掛け、今回用いた戦費の数十倍という賠償金についてほくほく顔で語る。


「フフフフ、なるほど。戦争とは儲かるものだな」
 この一言に、この場にいるフィナ・エクア・親父・カイン・ギウ・グーフィス・ゴリンから総ツッコみを喰らう。

「あんた最悪だよ」
「ケント様、いくらなんでも」
「旦那、それは口にしちゃあ、いけないことですぜ」
「戦争を金儲けの道具みたいに言うのはちょっと……」
「ぎうぎう……」
「本気で言ってるんですか? 本気ならドン引きですよ」
「ケント様、そいつぁ胸の中に収めときやしょうよ」

「なんだなんだ、みんなして。今回の戦争は一人も犠牲者が出なかったのだ。少しくらい喜んでもいいだろう。エメルについてはあちら側の問題だしな」

 と、言葉を返すが、皆の目は冷たい……。
 私は誤魔化すように咳き込み、ツッコみに加わらなかったカリスの代表に顔を向ける。

「ごほん。あ~、まぁ、なんだ。ともかく、戦争に勝利して、カリスは自由を得た。今後はトーワの民として尽くしてほしい」
「もちろんでございますっ。この御恩、命を尽くしてお返しさせてもらいます! ですが……」


 彼はちらりとアグリスの方角に視線を向けた。
 私は彼の心配事を突き、さらにそれに対して無用な心配だと伝える。

「カリスが消えたアグリスに、新たなカリスが産まれるのではないかと考えているのだな」
「はい。私たちが自由を得ても、誰かが代わりに犠牲となるならば手放しには喜べませんから」
「ふふ、その心配は無用だ。カリスはトーワに存在している」
「え?」

「つまり、新たなカリスを産み出すということは、アグリスが産んだ君たちカリスを否定すること。すなわち、教義を否定することになる。ただし、君たちは今後もカリスの名を背負い続けることになるが」

「自由を得られたいま、その程度のこと!」
「自由を当然と知る私たちにとっては、その程度で済ますような問題ではないのだが……そこは時間をかけてアグリスの意識を変えていくよう促していくしかあるまい。さて、話は変わるが、今後の君たちについてだ」

 私はなるべく柔らかい微笑みを浮かべ、代表を見つめた。
 そうだというのに彼は緊張に体を硬直させる。
 彼は身分差の恐ろしさというものを魂にまで刻み込んでいるのだろう。
 だからこそ、彼らの魂が弛緩し、形を留めないほどの贈り物を授けようと思う。


「トーワの防壁内は、かなり広い。現在はキサという少女を中心に開墾を行っているが、君たちにも協力を願いたい」
「はい」
「出来上がった畑は君たちに貸し出すという形をとるが、貸し出し料と税を引いた分は全て君たちの財産だ」
「ざいさん? 私たちのですか?」

「そうだ、財産だ。その財で贅沢をするも良し。畑を買い取り、君たちの土地にするも良し」
「土地!? 私たちの!?」
「ああ、そうだ。不満か?」
「い、いえ。と、とんでもありません! 私たちカリスが、財を持ち、土地まで得られる機会を頂けるなんて!!」


 カリスは長い時を奴隷以下の存在として歩んできた。
 財を持つことを許されず、全てはルヒネ派の下における貸与であり、自分の物など存在しなかった。

 彼らは生まれて初めて、財を成す機会。財を持つ機会を得たのだ。
 代表は滝のような涙を流し、私の前でひざまずく。

「助けて戴いた御恩! そして、多大なる恩寵おんちょう! 私たちカリスはトーワとケント=ハドリー様に永久とこしえの忠誠を誓います!!」
「うん、期待している」


 私は簡素に声を返して、親父へ顔を向けた。
「親父、夢が叶った感想は?」
 そう問うと、彼もまたひざまずき、誓いを立てた。


「ありがとうございます、旦那! 罪を犯した俺は……あなたに感謝しきれない恩を戴いた。俺はあなたを心より信頼し、持てる血と肉の全てを旦那に、ケント様に捧げる所存です!!」
「そのようなものを受け取る気はない」
「え?」

 私は一切の感情を消して、言葉を出した。
 そして、カリスの代表に執務室から離れるよう命じる。

「代表、席を外してほしい。畑のことはキサに尋ねればわかるはずだ。あとは彼女に任せてある」
「え? は、はい、それでは失礼します」

 私の雰囲気が変わったことを察したのか、彼はそそくさと立ち上がり、逃げるように執務室から出ていった。
 扉が閉じられ、数秒――。

 私は、血管が浮き出るほど強く握りしめた拳を大きく振り上げ、そこから感情を爆発させるかのように激しく机を殴りつけた!
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