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第十九章 暗闘

勝利条件の開示

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 交渉は終えて、私たちやアグリス・ワントワーフ・キャビットはそれぞれ自分たちの領地へ戻った。
 私がいなくなった交渉の席では以下のようなことが行われ、これらの情報は私の元へ届き、判断を下すことになった。



――ヴァンナス国の名の下における約定


・アグリス、上奏による話し合いの決裂を調停官に申し渡す。
・調停官、受諾。これにより、アグリスによるトーワへの武力解決を認める。


・アルリナは即座に中立を宣言。ヴァンナス本国の庇護下へ。戦争中、アグリス・トーワ双方に物資と人の行き交いを禁じる。

・アルリナの中立宣言により、トーワへの道を失ったアグリスは、キャビットへマッキンドーの森を通り抜ける許可を求める。

・キャビット、トーワ領主ケントにカリスのことを伝えられずに無断で森を通行されていたことを不満。これにより、アグリスに対してもこの戦争において一度きりの通行を許可する。

・ワントワーフもまたトーワに詳しい事情を伝えられることなく、カリスに対して物資を提供させられたことと、アグリスとトーワの騒動に巻き込まれたことを不満に思う。
 この戦争は人間族同士の争いとし、中立を宣言。
 ただし、矛先が人間族以外に向くことがあればこの限りではない。


・上記の条件を踏まえ、アグリスはトーワへ宣戦布告と同時に降伏勧告を行う。トーワは降伏を拒否し、戦争の火蓋は切られた。



――トーワ・執務室


 執務室にはギウ・エクア・フィナ・親父・カイン。
 ゴリンと大工たち及び手伝いたちはアルリナへ避難。
 キサとグーフィスはトーワに残り、物資の管理を申し出てくれたので、カリスたちのために必要な物資を任せている。今は城外で彼らの相手をしていることだろう。
 
 
 そして現在執務室では、アルリナでのやり取りに納得のできていないエクアとフィナとカインが私に半ば詰め寄るような言葉を出していた。

「どうして戦争になるんですか?」
「お互い譲歩して終わったんじゃないの?」
「あのやり取りは一体何だったので?」

「まぁ、落ち着け、三人とも。あの話し合いにおいて、アグリスがカリスの返還を求め、トーワが拒否した時点で戦争が決定したんだ。あとの会話は外交上の儀礼に過ぎな、ふぁぁ~あ」

 私は話の途中で大きなあくびを漏らしてしまった。
 それにはフィナが怒鳴り散らかすような声を上げる。


「あんたね、半月以内に無敗で最強の将軍がアグリスの精鋭を率いてやってくるのにあくびなんかするっ? こっちは無駄でも大砲を準備してるのに!」
「大砲?」
「魔導砲台を一つだけね。魔力を宿したミスリル金属で造った良いやつを北側に」

「頼むから、何か行うときは一声かけてくれ。まぁ、それを使う機会は……いや、せっかくだから使う、ふぁぁあ」
「また、あくびっ。なんでそんなに気が抜けてんのよ!?」
「ああ、すまない。今回の問題はあまりにも簡単でつまらないからな」
「え?」

「はっきり言って、ムキを相手にしたときの方が手強かった。今回は人材や人脈が揃いすぎている。特に、こちらにはフィナがいるからな」
「私?」
「正確には君と未来の君と遺跡の知識かな」
「ん? なんか、武器になりそうな知識ってあったっけ?」

「武器なんかいらないさ。ナルフがあれば十分。あれを使えば、あちら側の魔導伝令官の魔導通信を妨害できるだろ?」
「そりゃ、できるけど。それが何?」
「ふふ。ま、妨害をしなくても結果は一緒なんだが……事が運びやすくなる」
「は?」
「フィナ……いや、みんなに宣言しておこう。すでにこの戦争、トーワが勝利している」


 この言葉に、皆が皆、互いに視線を交わし合い、次に疑問をたずさえた瞳で睨むように見つめてきた。
 私はそれをあくびで受け止める。

「ふぁぁ~、眠いな。フィナが城内に冷精石れいせいせきを配置したおかげで、夏でも快適に過ごせてついつい寝すぎてしまう。寝すぎると、逆に眠気が残るな」
「ケント、そんな話はどうでもいいからっ。で、勝利してるって? 何かいい戦術でも思いついてんの?」
「私は軍人でもなければ兵法者でもない。戦術はさっぱりだ。だが、政治家だ。つまり、今回のは外交、政治……いや、政治というか、ずるだ」

「ねぇ、ケント?」
「なんだ?」

「政治とずるって何が違うの?」
「そ、そういう言われ方すると、一政治家として悲しいものがあるな……」
「だって、政治家ってずるばっかじゃん。庶民を締め付けるくせに、自分たちに対する縛りはいっつもいっつも抜け道がある政策ばっかりで」

 そう、フィナが言うと、一同はうんうんと首を縦に振る。
 

「う、う~ん、政治家はあまり良いイメージが持たれてないな。縛りが緩いのは運用に幅をつけるためでもあるんだが……それはさておき、私の策の開示を行うか。親父、改めてアグリスについて説明してくれ」
「はい、それじゃあ」



――親父による説明


 今回出張でばってくるのは、アグリス最強の将軍『エムト=リシタ』率いる、五千の精鋭ですぜ。
 一人一人の兵の質及び武装は宗教騎士団を上回る厄介な連中。
 

――まずは五千という数に言及しましょうか。


 五千はエムト将軍の子飼い。これ以上の兵をフィコンと対立する二十二議会が許すはずがありません。
 それでも兵のないトーワに五千という数を全部向けるのはちいとばかり多すぎるが、これはカリスの命をなるべく奪うことなくアグリスへ搬送するためでしょう。

 カリスの数は五百前後と決められているため、無用に増やしたり減らしたりできませんので。
 さらに五百のカリスを捕らえたあとの監視及び管理を考えると人手は欲しいですからな。

 旦那がアグリスで、将軍はトーワへ五千の全兵力を投じると発言したのも、これが理由でしょう。


――次に最強の将軍が出てくる理由

 カリス強奪という宗教的要因が大きいため、ビュール大陸側で展開するアグリス軍の正規軍よりも、ルヒネ派・フィコン麾下きかの軍である方が筋が通ります。

 また、二十二議会としても、フィコンの守役もりやくのエムト将軍を一時いっときでも引き離したいと考えているようですから。
 エムト将軍の影響はアグリス内及び大陸で大。
 将軍がいない間に、少しでもフィコンから力を奪いたいんでしょう。

 議会の連中の中ではすでに戦争は終えていて、アグリスの内政に目を向けているんでしょうな。


――
「そんなことを知ってか知らずか、フィコン自身がエムト将軍に任せたいという話もあったとか」
「フィコン様が?」
「へい。まぁ、祀り上げられてますが、所詮十四のガキ。政治を理解できずに、ただ単に自分の最強の駒を使いたかったんでしょうよ」
「ふふふ、なるほど。そう見えるだろうな」
「はぁ?」

「いや、なんでもない。あと何か補足はあるか?」
「あとは……カルポンティ側に根城を置く盗賊共が最近大人しいらしいですぜ」
「ほ~、理由は?」
「最近はマフィン様とスコティ様が街道を見回ってたからというものありますが、戦争前というのもありましょう……それでも、少し大人しすぎる気もしますが」

「ああいった連中は危機意識がやたら高い。戦争の気運を読み、ひとまず頭を引っ込めたのかもな」
「まぁ、今回の件には関係ない話ですし、無視しても良いと思います。あとは、旦那から何かありますかい?」

「そうだな……将軍の性格だが、謹厳実直な方だったな」
「ええ、法や決まり事を順守する方ですぜ」
「それは素晴らしい。無用に功を焦るような者が出てきたら、少々厄介だった」
「……旦那は、一体何をお考えに?」
「それを今から君たちに披露するんだよ。アグリスの話はもういいな。では、もう一度、各勢力の立場を簡素に述べよう」



――アグリス
・謹厳実直な将軍エムトが五千の兵を率いてトーワへ。
 
――アルリナ
・中立を宣言。戦争中、アグリスとトーワ双方に対して、人や物資の行き交いを禁じる。

――キャビット(マッキンドー)
・アグリス軍の通行をこの戦争において一度だけ許可する。

――ワントワーフ(トロッカー)
・人間族同士の争いとして中立を宣言。ただし、他種族に害が及ぶ場合はこの限りではない。



「そして、我がトーワは戦争を見越して、グーフィスが物資の買い付けを行っている。家となる簡易テントも十分にな。これらの情報に加えて、半島における各勢力の位置を確認しよう」


アルリナ――半島の最南西
アグリス――アルリナの本街道をまっすぐ北に上ったところにある、半島と大陸の境界線。

マッキンドーの森――本街道のすぐ東にあり、森はアグリスまで届く北へ伸びて半島を縦断している。
トロッカー――半島の最北東。ファーレ山脈の袂。

トーワ――半島の最南東。


 半島を四角と表した場合、アルリナ・トロッカー・トーワは角に。
 マッキンドーはど真ん中。
 アグリスとトーワはマッキンドーを挟み対角線上に位置する。
 アグリスは北。トーワは南。

 これらに加えて最後にもう一つ……トーワとアルリナを結ぶ街道もまたマッキンドーの森だが、そこはキャビットの領地でなく、街道周辺の森はトーワとアルリナの領地で1:9の割合で分かれている。<第二章・遅々として進まないに記載>



「と、こんな感じだが、皆には見えてきたかな?」


 私は執務机に広がる地図を指差しながら説明を交えた。
 皆はその地図を沈黙とともに見つめるが、途中でフィナが声を上げようとしてカインが割り込んだ。


「あっ、まさ」
「ああ~、なるほど! たしかにずるいですねっ」
「ちょっと待った~! 私、私の方が早かったよね!」

 フィナがカインに詰め寄る。
 だが、親父が顎髭をじょりじょりなぞりながら、二人を横目に声を上げてきた。

「いや~、実はお二人よりも早く、俺は気づいちまったんだよなぁ~」
「嘘だっ! 絶対嘘!」
「そうですよ、親父さん。僕が最初ですよっ!」

 かしましい三人をおいて、エクアが各勢力を指でなぞり、トーワで円を描く。

「はぁ、なるほど。各勢力の配置と交渉内容。じゃ、私たちはカリスの皆さんを引き連れて」
「フフ、その通りだ。エクアはいつ気づいた?」
「フィナさんが待ったーと声を上げた時です」
「ふむ、どこぞの三人のように才を誇ろうとしないところは良いな。ギウはどうだ? さすがの君もこれは読んではいまい?」
「ギウギウ、ギウ」
「なるほど、説明の途中で? ということは、一番最初に気づいたのはギウだな」


 この言葉にフィナ率いるかしまし連合が後出しだ~! と抗議の声を上げてきたが、彼らの声を短いノックが封殺した。


――コンコン


「ん? 入ってくれ」
「領主お兄さ~ん、準備ができたよ~」

 ノックの主はキサ。
 彼女は赤毛の三つ編みを揺らして、額に汗をいっぱい浮かべている。
 私は彼女の言った準備という言葉を聞き返す。

「準備?」
「うん、準備。物資で馬車を満載したよ。食料やテントとか。あ、カリスの人たちにはまだ話してないからね~。それは領主のお兄さんの役目だと思うし~。それじゃあ、下で待ってるよ~」

 ぱたりと閉じられた扉。
 そして、無言のみが残る部屋。
 私はぽかんとしている全員に視線を振って、笑い声を漏らす。

「はははは。どうやら、一番最初の正解者はキサだったようだな」
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