205 / 359
第十八章 純然たる想いと勇気を秘める心
届かない……
しおりを挟む
「俺はどんな罰でも受け入れる。だけど今は、話を聞いてほしい。頼む!」
あれほど弱々しい声を出していた親父から迷いが消え、言葉に意志が宿る。
思わず一歩、足を後ろに下げる中年の男。
だが、彼の怒りはその程度で歩みを止めない。
だから、ありったけの罵倒を親父にぶつけようとした。
そこに、代表の男の声が割って入る。
「待て。彼の話を聞こう」
「なっ!? 本気で言ってるのか?」
「ああ、本気だ。あれだけのことをやって、彼は戻ってきた。それだけのことがあるということだ。それに、そちらのお嬢さんには私たちの子どもたちが世話になったようだしな。話くらいは聞いてやらないと」
「チッ、勝手にしろ! だがな、俺はこいつが何を言おうと認めない。たとえ、代表であるあんたが認めてもなっ!」
中年の男は腐り捲れた木の床を蹴り飛ばし壁にぶつけて後ろへと下がった。
怒りはなくなっていないが、この場で親父が発言する権利を得た。
代表は親父へ問いかける。
「それで、テプレノ。何しに戻ってきた? 何を話すつもりか知らないが、言葉選びは気をつけろ。あいつと同様、お前を八つ裂きにしたいという思いは皆同じだ」
「ああ、わかっている」
「それとだ、どんな話だろうと最後にはお前を警備隊に引き渡すつもりだ」
「好きにしてくれ」
「よし、いいだろう。では、話とはなんだ? 私たちを助けるなんて馬鹿げたことを言っていたが?」
親父は大きく息を吸い込む。そして、一旦呼吸を止めて、肺の中の全てを吐き出すように声を漏らした。
「今から、アグリスにいるこの五百のカリス全員をトーワへ連れていく」
「はっ?」
「お前たち全員を難民として受け入れる準備がある」
「……何を馬鹿げたことを? 本当に馬鹿げたことだ。私たちを難民として受け入れる? しかも今からだと!?」
「ああ、馬鹿げた話だ。だが、それを可能にできる方がいる。ケント=ハドリー。トーワの領主だ」
「い、い、いきなり、そんな話を切り出されても、鵜呑みにできると思っているのか?」
「できるとは思っていない。だが、呑んでもらわなければ、救えない。これはカリスが家畜ではなく人として生きられる、最初にして最後の機会なんだ。だから、信じてくれ!」
親父は力強く言葉を飛ばす。
しかし、当然のように受け入れられない。
カリスたちは互いに言葉を掛け合い騒めき始める。
その内容のほとんどが、親父に対する罵倒と不信……。
「カリスを裏切った男を信用しろって、できるかよ!」
「それも、今すぐトーワに連れていくって、狂ってるのか?」
「そんなことよりも、こんな奴と関わって、こんな大それた話を聞いているなんて知られたらどうなることかっ」
「そうだそうだ! フィコン様の名を騙ってサノア様に仇をなそうとしている。早くこいつらを警備隊に引き渡すべきだ!」
わかりきった反応。この反応以外、ありえなかった。
親父の心と体は罵詈讒謗に埋め尽くされた。それでも、言葉を産もうとした。
しかしそれは、溺れているかのような口の動き。
息を吸っているのか吐いているのかさえ、彼自身にもわからない。
瞳に涙は浮かんでいない。だが、救える可能性を示すことができずに、彼の心は涙に沈もうとしていた。
「親父さん、しっかりしてください」
そっと、暖かな手が背中に当たった。
その手はとても小さく頼りないはずなのに、親父にとっては誰よりも強く、痛みを消し去ることのできる手。
「エクアの嬢ちゃん……でも、届かねぇ」
「届かなくてもいいじゃないですか」
「え?」
「ここまで来たんです。伝えたいことは伝えましょう」
「それでもよぅ、俺の言葉なんかじゃ信用してくれねぇ。俺は裏切り者。大勢のカリスを犠牲にして、両親を殺して自由を得た、クズだ……」
親父はついに涙を流してしまった。流すのは卑怯だと耐えていた。
だが、エクアの暖かさに触れて、感情を抑制できなくなってしまった。
彼の涙を見たエクアは、指先でそっと彼の涙をぬぐう。
「もう、らしくないですよ……でも、お辛い気持ちはわかります」
「嬢ちゃん……」
「ふふ、だから、私もお手伝いしますよ。たぶん、親父さんだと伝えにくいことでしょうから」
「え、何を?」
親父は震える手をエクアへ伸ばし、彼女の腕を掴もうとした。
しかしエクアは、その手に軽く触れて温かな笑みを見せると、親父の前に立ち、顔を正面に向けてカリス全員に語りかけ始める。
だが、返ってくる言葉は――嘆きという名の暴力……。
あれほど弱々しい声を出していた親父から迷いが消え、言葉に意志が宿る。
思わず一歩、足を後ろに下げる中年の男。
だが、彼の怒りはその程度で歩みを止めない。
だから、ありったけの罵倒を親父にぶつけようとした。
そこに、代表の男の声が割って入る。
「待て。彼の話を聞こう」
「なっ!? 本気で言ってるのか?」
「ああ、本気だ。あれだけのことをやって、彼は戻ってきた。それだけのことがあるということだ。それに、そちらのお嬢さんには私たちの子どもたちが世話になったようだしな。話くらいは聞いてやらないと」
「チッ、勝手にしろ! だがな、俺はこいつが何を言おうと認めない。たとえ、代表であるあんたが認めてもなっ!」
中年の男は腐り捲れた木の床を蹴り飛ばし壁にぶつけて後ろへと下がった。
怒りはなくなっていないが、この場で親父が発言する権利を得た。
代表は親父へ問いかける。
「それで、テプレノ。何しに戻ってきた? 何を話すつもりか知らないが、言葉選びは気をつけろ。あいつと同様、お前を八つ裂きにしたいという思いは皆同じだ」
「ああ、わかっている」
「それとだ、どんな話だろうと最後にはお前を警備隊に引き渡すつもりだ」
「好きにしてくれ」
「よし、いいだろう。では、話とはなんだ? 私たちを助けるなんて馬鹿げたことを言っていたが?」
親父は大きく息を吸い込む。そして、一旦呼吸を止めて、肺の中の全てを吐き出すように声を漏らした。
「今から、アグリスにいるこの五百のカリス全員をトーワへ連れていく」
「はっ?」
「お前たち全員を難民として受け入れる準備がある」
「……何を馬鹿げたことを? 本当に馬鹿げたことだ。私たちを難民として受け入れる? しかも今からだと!?」
「ああ、馬鹿げた話だ。だが、それを可能にできる方がいる。ケント=ハドリー。トーワの領主だ」
「い、い、いきなり、そんな話を切り出されても、鵜呑みにできると思っているのか?」
「できるとは思っていない。だが、呑んでもらわなければ、救えない。これはカリスが家畜ではなく人として生きられる、最初にして最後の機会なんだ。だから、信じてくれ!」
親父は力強く言葉を飛ばす。
しかし、当然のように受け入れられない。
カリスたちは互いに言葉を掛け合い騒めき始める。
その内容のほとんどが、親父に対する罵倒と不信……。
「カリスを裏切った男を信用しろって、できるかよ!」
「それも、今すぐトーワに連れていくって、狂ってるのか?」
「そんなことよりも、こんな奴と関わって、こんな大それた話を聞いているなんて知られたらどうなることかっ」
「そうだそうだ! フィコン様の名を騙ってサノア様に仇をなそうとしている。早くこいつらを警備隊に引き渡すべきだ!」
わかりきった反応。この反応以外、ありえなかった。
親父の心と体は罵詈讒謗に埋め尽くされた。それでも、言葉を産もうとした。
しかしそれは、溺れているかのような口の動き。
息を吸っているのか吐いているのかさえ、彼自身にもわからない。
瞳に涙は浮かんでいない。だが、救える可能性を示すことができずに、彼の心は涙に沈もうとしていた。
「親父さん、しっかりしてください」
そっと、暖かな手が背中に当たった。
その手はとても小さく頼りないはずなのに、親父にとっては誰よりも強く、痛みを消し去ることのできる手。
「エクアの嬢ちゃん……でも、届かねぇ」
「届かなくてもいいじゃないですか」
「え?」
「ここまで来たんです。伝えたいことは伝えましょう」
「それでもよぅ、俺の言葉なんかじゃ信用してくれねぇ。俺は裏切り者。大勢のカリスを犠牲にして、両親を殺して自由を得た、クズだ……」
親父はついに涙を流してしまった。流すのは卑怯だと耐えていた。
だが、エクアの暖かさに触れて、感情を抑制できなくなってしまった。
彼の涙を見たエクアは、指先でそっと彼の涙をぬぐう。
「もう、らしくないですよ……でも、お辛い気持ちはわかります」
「嬢ちゃん……」
「ふふ、だから、私もお手伝いしますよ。たぶん、親父さんだと伝えにくいことでしょうから」
「え、何を?」
親父は震える手をエクアへ伸ばし、彼女の腕を掴もうとした。
しかしエクアは、その手に軽く触れて温かな笑みを見せると、親父の前に立ち、顔を正面に向けてカリス全員に語りかけ始める。
だが、返ってくる言葉は――嘆きという名の暴力……。
0
お気に入りに追加
350
あなたにおすすめの小説
2回目の人生は異世界で
黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった
魔術師の妻は夫に会えない
山河 枝
ファンタジー
稀代の天才魔術師ウィルブローズに見初められ、求婚された孤児のニニ。こんな機会はもうないと、二つ返事で承諾した。
式を済ませ、住み慣れた孤児院から彼の屋敷へと移ったものの、夫はまったく姿を見せない。
大切にされていることを感じながらも、会えないことを訝しむニニは、一風変わった使用人たちから夫の行方を聞き出そうとする。
★シリアス:コミカル=2:8
青い扉と銀の鈴 - 世間知らずのお嬢様と魔王討伐の生き残りと魔王の息子とが出逢った頃の物語
仁羽織
ファンタジー
2018年の現代に、竜が住み魔王が暮らすファンタジーのような国家があった。その国に暮らす大商人の娘は、トラブルを呼ぶ従兄のおかげで災難続き。ある日地底湖がある洞窟へと誘われて、馬車で出かけた娘が出会ったのは、魔王討伐パーティーの生き残り忍者と、討伐対象の魔王の息子。息子を追って襲い掛かろうとする魔王の手から、逃れるために結んだ契約。それがすべての始まりでした。
異色の三人組パーティーが辿る、100年のロード・ファンタジー。その始まりの物語。
☆再構成して再登場!☆
*- -*
物語の続きは、
『赤い剣と銀の鈴 - たそかれの世界に暮らす聖霊の皇子は広い外の世界に憧れて眠る。』にてご覧下さい!
※この物語は、主人公であるレイミリア・ブラウンシュタイン・コーネリアス・ラ・グランスマイルの主幹に基づいて描かれています。実在する人物・団体・国家などについて不愉快な表現などございましたら文句は直接言ってやってください。その際のご連絡はグランスマイル商家までどうぞ!
※登場する皆さんへ応援メッセージをお待ちしております!
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

神の豆を育てる聖女は王子に豆ごと溺愛される
西根羽南
恋愛
豆原あずきは、豆の聖女として豆愛が深すぎる異世界に招かれた。
「開け豆」の言葉と共に強制睡眠の空豆のベッドや聖なる供物のあんこを呼び、日本に帰るために神の豆を育てる日々。
王子の優しさに淡い好意を抱くが、これは豆への愛なので勘違いしてはいけない。
「アズキの心の豆型の穴、俺に埋めさせてください」
「……これ、凄くいいこと言っているんだろうけど。何か緊張感がなくなるのよね。主に豆のせいで」
異世界で豆に愛される聖女になった女の子と、豆への愛がこじれて上手く伝えられない王子のラブコメ……豆コメディです。
※小説家になろうにも掲載しています。
【完】こじらせ女子は乙女ゲームの中で人知れず感じてきた生きづらさから解き放たれる
国府知里
恋愛
ゲーム会社で完徹続きのシステムエンジニア・ナナエ。乙女ゲームを納品した帰り、バスの中で寝落ちしてしまう。目が覚めるとそこは乙女ゲームの世界だった! あろうことか、全攻略キャラの好感度がMAXになるという最強アイテムにバグが発生! 早く起きて社長に報告しないと……!
「ええっ、目覚めるためには、両想いにならないとゲームが終わらない~っ!?」
恋愛経験ゼロのこじらせ女子のナナエにはリアル乙女ゲームは高い壁! 右往左往しながらもゲームキャラクターたちと関わっていく中で、翻弄されながらも自分を見つめ直すナナエ。その都度開かれていく心の扉……。人と深くかかわることが苦手になってしまったナナエの過去。記憶の底に仕舞い込んでいた気持ち。人知れず感じてきた生きづらさ。ゲームの中でひとつずつ解き放たれていく……。
「わたし、今ならやり直せるかもしれない……!」
~恋愛経験値ゼロレベルのこじらせ女子による乙女ゲームカタルシス&初恋物語~

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる