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第十七章 頂へ続く階段の一歩

罪深き少女の心の輝き

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 自らが奏でる拍手の音に囲まれ現れた、細長の四角眼鏡をかける優男。
 名はサレート=ケイキ。
 絵画界において名を知らぬ者はいないと言われる天才画家。
 その男が、エクアをまっすぐと見据え、とても軽い口調で贋作という言葉を出した。


 エクアは身体を石のように固め、うめき声すらも石と化している。
 私はサレート=ケイキとフィコンの双方に視線を送り、驚きに跳ねる心とは裏腹にとても落ち着いた口調で尋ねた。


「なるほど、エクアのことに詳しいようで。フィコン様、私たちを呼び寄せた理由は化粧品ではなく、この件についてですか?」
「化粧品を気に入ったのは真実だ。そして、贋作についていくつか口にせねばならぬことも真実だ。だが、責めることや罰することが目的ではない。そうであろう、サレート=ケイキ」

「ええ、駆け出しだった頃の僕の作風を模倣しながらも、その内に秘める才が気になりましてね。僕は贋作者に興味が湧いた。だから、エクアさん。そう、怯えずに」

 サレート=ケイキの声が耳に届き、ここでエクアは初めて自身が震えていることに気づいた。全てが凍りついたとも思えた肉体は、恐怖に素直な反応を示していたのだ。


 私はサレート=ケイキに顔を向ける。
「サレート=ケイキ先生。あなたはエクアに何をお求めか?」
「先生は余計です。サレートで結構……僕が求めているのは、今の僕が忘れてしまった感覚を持つ若き画家との交流ですよ」
「本当にそれだけで?」
「ええ、港町アルリナの事情はある程度聞き及んでいますからね。ノイファンというギルド長とムキという悪党に利用されていた。幼い少女では抵抗敵わないでしょう」


「それでも、私には罪があります」

 
 エクアはポツリと言葉を零した。
 そして、まっすぐとサレートを見つめる。
 彼女の姿に震えはない。
 罪を受け入れ、凛然りんぜんと立つ。


「私は気づいていました。私の絵がどのように利用されていたのか。だけど、見ない振りをした。だから、罪があります。サレート=ケイキ先生、申し訳ございません。いかようにも、私を罰してください」

 十二歳の少女は自らの罪を認め、受け入れ、迷いのない瞳でサレートを見つめ続ける。
 その姿にサレートはたじろいだ様子を見せる。
 エムトは強面の顔に張り付く太い眉をピクリと動かし、軽く笑みを浮かべたように見えた。
 かくいう私もまた、エクアの堂々たる姿に息を呑んでいた。


 少女の覚悟を前に大人たちが気圧けおされ、見守るなか、同じく少女のフィコンが笑い声を上げる。

「ふふ、はははは、見事だ。見た目は華奢で病弱と言われても驚かぬ小さき存在でありながら、心は海よりも深く威風を纏い、空よりも広く眺望ちょうぼうであるようだな。エクアよ」
「身に余る称揚しょうように恐縮でございます。ですが、芸術家としての私は、常に多くの視線を持ち、地からも空からも世界を見つめたいと思っています」

「ふふ、良いっ。たしかに貴様は罪を犯した。しかし、罪を認め、背負う覚悟を見せた。その罪は死を迎える瞬間まで心を傷つけるであろう。だが、その罪、フィコンが不問と致す」
「え?」
「世界に広げた罪過ざいかはフィコンが許そう。それでも尚、罪に渋難じゅうなんされるというならば、フィコンが共に背負おう」
「そ、そんなっ。そのようなことっ」

「構わぬっ。サノアとは愛を内包せしり神。我らは愛をもって世界を和とすべし。この言葉、サノアの愛を訴えるタレン派が好む言葉であるが、神の意志の一端でもある。故に、ルヒネ派のフィコンにも宿る神の言葉。罪を犯そうとも、見据え、目を逸らさぬ者には愛と祝福を与えん。歩むがいい。罪の鎖によって、心に苦艱くげん走ろうとも」

「フィコン様……」

 エクアはフィコンの厳しくも優しい愛に触れて、その場で片膝をつき、額に手を当てて、その手で左胸をさすり、心の真ん中に手を置いた。
 だが、その祈りの作法はタレン派のもの。
 エクアは咄嗟に手慣れた祈りを捧げてしまったようだ。
 その祈りの姿に私は眉を微かに動かし、エムトは眉間に皺を寄せたが、フィコンは軽く左手を上げて私たちの皺を消した。


 そして、その左手を使い、場の空気もまた消し去るかのように左から右へ動かし、言葉をサレートに向ける。
「サレート。貴様も良いのだろう」
「ええ、もちろん。せっかくの才を罪などという下らない凡俗の決まり事で無駄にされては困る」

「サレート、言葉が過ぎるぞ……」

 この声を出したのはエムト。
 今のサレートの言葉は法だけではなく、サノアの教義すら無為とする言葉。
 故に、エムトは声に怒気を乗せて、歴戦を潜り抜けてきた深き赤の眼光で彼を貫く。

 貫かれた男は彼から顔をそらし、誤魔化すように手を上げ、無意味に手のひらを開ける閉じるをしている。

 二人のやり取りを淡白な表情で見守るフィコンは、再びエクアへ話しかける。
「罪の重みは変わらずとも、支える者が居れば軽くもなろう。フィコンも共に背負うと言うたが、貴様にはすでに背負ってくれ者が居るようだな」

 そう言って、彼女は黄金の瞳で私を見つめる。
 彼女の視線を銀の瞳で受け止めて、私は言葉を返す。

「ふふ、私だけではなく、多くの仲間たちが支えてくれますから。ところで、少々お尋ねしたいことが」
「なぜ、サレート=ケイキがここに居るのかだな」
「え、ええ、よくお分かりに」
「サノアの恩寵を受けしフィコンの金を紡ぐ瞳は全てを知るからな。贋作の話はもう終えようと思ったのだが、サレートの存在の意味を教え、終えるとしよう」
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