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第十七章 頂へ続く階段の一歩
非道に目を閉ざす
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――屋敷への道中
エメルと二人っきりの屋敷への道中は……本当に辛かった。
彼は街の説明をしつつも、隙あらばルヒネ派の素晴らしさを説いてくる。
その中には暗にヴァンナスに対する批判や、神を否定しかねない錬金術に対しての不平不満。
これらを車内でずっと聞かされ続けた。
こちらは一応領主で、初めて訪れた客人。
そうだというのに、一方的に己らの主義主張と誇張を行う接待……接待ですらないが、ともかく、ここからアグリスというのは自分たちの意見以外興味がないというところが透けて見える。
私は、彼の言葉が満たした車内から少しでも言葉を追い出そうと馬車の小窓を開けた。
そこから喧騒が飛び込んでくる。
窓からは幾人かの見物客が見えたが、さほど私たちに興味がないのか、ほとんどの者たちが買い物などの日常を過ごしている。
その中で、まだ十二・三歳程度の少年が大人から棒でぶたれている姿が目に入った。
あまりにも惨い光景なのだが、街を行き交う人々は少年が血を流し、泣き叫ぶ姿を見て笑い声を上げている。
「エメル殿、馬車をっ」
「どうされました、ケント様?」
「少年が棒で打たれ、血を流し泣いている。理由はわからないが、あれはやりすぎだ!」
「ふふふひひひ、お気になさらずに。あの少年はカリスでありますから」
カリス――ルヒネ派の教えの中でサノアに逆らったという五百人の叛逆者の末裔とされる者たち。そのため、奴隷よりも地位が低く、この街ではあらゆる者に忌避される存在。
しかし、私にとってみれば彼は何の変哲もない少年。
どんな事情があろうと、棒でぶたれている姿を見過ごすわけにはいかない。
――がっ、今ここで、余計な口出しはできない。
私は彼らに招待され、良好な関係を築くためにやってきた。
仮に、ここで私が口を出してあの少年を助けることができても、後日、彼はさらに酷い目に遭うだろう。
だから私は……。
「そうですか……エメル殿、馬車の足を速めて頂けますか? 長旅でしたので、私はもちろんこと、仲間たちも疲れています。ですので、早く休ませたいと思っていますから」
「んふふふ~、そうですかぁ。わかりました、少しだけ速度を上げましょうか。御者」
エメルは馬車を操っている御者に声を掛けて速度を上げた。
今の私にできることは、これくらいのことだけ。
少年に対する理不尽な仕打ちに目を閉じて、一刻も早くこの不快な場から仲間たちを遠ざけることだけだった。
少年の痛みに泣き悲鳴を上げる声が遠のいていく。
だが、彼も痛みも消えたわけではない。
私は何食わぬ顔をエメルに見せ続けるが、心は刃物に刻まれ、苦々しさと怒りに苛まれていた。
この不快な感情の中に、大きな驚きが宿る。
それは、フィナが馬車から飛び出さなかったことだ。
彼女なら今の行為が許せずに飛び出すと思っていたのだが……。
――屋敷
馬車は私たちが滞在する屋敷へと到着した。
馬車から降り、屋敷を目にする。
三階建ての真っ白な屋敷に青の屋根が被さる。ベランダからは房が折り重なる花がぶら下がり、優し気な香りを届ける。
この屋敷にもまた歯車が組みこまれ、屋根から伸びる塔には歯車で囲まれた時計があった。
エメルは屋敷をちらりと見て、私に視線を戻す。
「この屋敷内にあるものはご自由にお使いください。何かお気に召したものがあればお持ち帰りになっても構いません。この屋敷はケント様に献上したものと受け取って頂いて結構です」
「これはまた、大変な雅量で。しかし、ここまで手厚く歓迎される所以は……」
「お気になさらずに。アグリスにおいて、この程度の歓迎は当然のことですから」
「そうですか……」
圧倒的な力を誇るアグリス。
この盛大なもてなしもまた、客に威容を見せつけるためのもの。
私は屋敷の玄関前に立つ、四人の女中へ顔を向ける。
四人とも、見目美しい。
するとエメルは、私の視線に下卑た言葉をぶつけてきた。
「あちらにいる女中共も、どうぞご自由に。もちろん、お気に召したのならば持ち帰って下さっても結構」
「……そうですか。ご配慮痛み入る」
「いえいえ。明日には迎えの者を寄こしますので、今日はごゆるりと。ですが、明日のフィコン様と栄えある二十二議会との会談はケント様とエクア様のお二人で。ご友人方は屋敷でお待ちになられるか、もしくは誰かに街の案内をさせますので」
この言葉に親父は、エメルから見えないように片手を小さく振った。
彼は危険だと伝えているが……。
「わかりました。では、明日」
「ええ、明日の会談を楽しみにしております。それとですね……」
エメルは眉を折りながら私の服装とエクアの服装をちらりと見る。
私はいつもの白のブラウス姿。エクアの方はさすがに今回、いつもの塗料付きのエプロンは着用していないが、青色のワンピースに真っ白なエプロンを着用しているだけ。
この姿がエメルには不満のようだ。
しかし、これは当然の反応……私はこの当然の反応がどのような反応か見たかった。まぁ、ここまでの道中で彼の反応も見るまでもなく、非礼な者たちだとわかっているが。
エメルは軽く首を左右に振り、こう言葉を出す。
「トーワの財政は厳しいと聞き及んでいますが、さすがに……こちらで衣装をご用意いたしてもよろしいでしょうか?」
「いえ、その必要はありません。会談用の衣装は準備しておりますので。この姿は旅に合わせた姿ですから」
「…………そうでございましたか。これは、余計な配慮をしてしまいました。それでは、会談の日を楽しみにしております、ふひ」
エメルはゆらりと会釈をして馬車に乗り込み、この場から去っていった。
エメルと二人っきりの屋敷への道中は……本当に辛かった。
彼は街の説明をしつつも、隙あらばルヒネ派の素晴らしさを説いてくる。
その中には暗にヴァンナスに対する批判や、神を否定しかねない錬金術に対しての不平不満。
これらを車内でずっと聞かされ続けた。
こちらは一応領主で、初めて訪れた客人。
そうだというのに、一方的に己らの主義主張と誇張を行う接待……接待ですらないが、ともかく、ここからアグリスというのは自分たちの意見以外興味がないというところが透けて見える。
私は、彼の言葉が満たした車内から少しでも言葉を追い出そうと馬車の小窓を開けた。
そこから喧騒が飛び込んでくる。
窓からは幾人かの見物客が見えたが、さほど私たちに興味がないのか、ほとんどの者たちが買い物などの日常を過ごしている。
その中で、まだ十二・三歳程度の少年が大人から棒でぶたれている姿が目に入った。
あまりにも惨い光景なのだが、街を行き交う人々は少年が血を流し、泣き叫ぶ姿を見て笑い声を上げている。
「エメル殿、馬車をっ」
「どうされました、ケント様?」
「少年が棒で打たれ、血を流し泣いている。理由はわからないが、あれはやりすぎだ!」
「ふふふひひひ、お気になさらずに。あの少年はカリスでありますから」
カリス――ルヒネ派の教えの中でサノアに逆らったという五百人の叛逆者の末裔とされる者たち。そのため、奴隷よりも地位が低く、この街ではあらゆる者に忌避される存在。
しかし、私にとってみれば彼は何の変哲もない少年。
どんな事情があろうと、棒でぶたれている姿を見過ごすわけにはいかない。
――がっ、今ここで、余計な口出しはできない。
私は彼らに招待され、良好な関係を築くためにやってきた。
仮に、ここで私が口を出してあの少年を助けることができても、後日、彼はさらに酷い目に遭うだろう。
だから私は……。
「そうですか……エメル殿、馬車の足を速めて頂けますか? 長旅でしたので、私はもちろんこと、仲間たちも疲れています。ですので、早く休ませたいと思っていますから」
「んふふふ~、そうですかぁ。わかりました、少しだけ速度を上げましょうか。御者」
エメルは馬車を操っている御者に声を掛けて速度を上げた。
今の私にできることは、これくらいのことだけ。
少年に対する理不尽な仕打ちに目を閉じて、一刻も早くこの不快な場から仲間たちを遠ざけることだけだった。
少年の痛みに泣き悲鳴を上げる声が遠のいていく。
だが、彼も痛みも消えたわけではない。
私は何食わぬ顔をエメルに見せ続けるが、心は刃物に刻まれ、苦々しさと怒りに苛まれていた。
この不快な感情の中に、大きな驚きが宿る。
それは、フィナが馬車から飛び出さなかったことだ。
彼女なら今の行為が許せずに飛び出すと思っていたのだが……。
――屋敷
馬車は私たちが滞在する屋敷へと到着した。
馬車から降り、屋敷を目にする。
三階建ての真っ白な屋敷に青の屋根が被さる。ベランダからは房が折り重なる花がぶら下がり、優し気な香りを届ける。
この屋敷にもまた歯車が組みこまれ、屋根から伸びる塔には歯車で囲まれた時計があった。
エメルは屋敷をちらりと見て、私に視線を戻す。
「この屋敷内にあるものはご自由にお使いください。何かお気に召したものがあればお持ち帰りになっても構いません。この屋敷はケント様に献上したものと受け取って頂いて結構です」
「これはまた、大変な雅量で。しかし、ここまで手厚く歓迎される所以は……」
「お気になさらずに。アグリスにおいて、この程度の歓迎は当然のことですから」
「そうですか……」
圧倒的な力を誇るアグリス。
この盛大なもてなしもまた、客に威容を見せつけるためのもの。
私は屋敷の玄関前に立つ、四人の女中へ顔を向ける。
四人とも、見目美しい。
するとエメルは、私の視線に下卑た言葉をぶつけてきた。
「あちらにいる女中共も、どうぞご自由に。もちろん、お気に召したのならば持ち帰って下さっても結構」
「……そうですか。ご配慮痛み入る」
「いえいえ。明日には迎えの者を寄こしますので、今日はごゆるりと。ですが、明日のフィコン様と栄えある二十二議会との会談はケント様とエクア様のお二人で。ご友人方は屋敷でお待ちになられるか、もしくは誰かに街の案内をさせますので」
この言葉に親父は、エメルから見えないように片手を小さく振った。
彼は危険だと伝えているが……。
「わかりました。では、明日」
「ええ、明日の会談を楽しみにしております。それとですね……」
エメルは眉を折りながら私の服装とエクアの服装をちらりと見る。
私はいつもの白のブラウス姿。エクアの方はさすがに今回、いつもの塗料付きのエプロンは着用していないが、青色のワンピースに真っ白なエプロンを着用しているだけ。
この姿がエメルには不満のようだ。
しかし、これは当然の反応……私はこの当然の反応がどのような反応か見たかった。まぁ、ここまでの道中で彼の反応も見るまでもなく、非礼な者たちだとわかっているが。
エメルは軽く首を左右に振り、こう言葉を出す。
「トーワの財政は厳しいと聞き及んでいますが、さすがに……こちらで衣装をご用意いたしてもよろしいでしょうか?」
「いえ、その必要はありません。会談用の衣装は準備しておりますので。この姿は旅に合わせた姿ですから」
「…………そうでございましたか。これは、余計な配慮をしてしまいました。それでは、会談の日を楽しみにしております、ふひ」
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