上 下
114 / 359
第十一章 世界とトーワと失恋

キャビットのニャやみ

しおりを挟む
 親父にキャビットの情報を尋ねると、彼はこう答えてきた。


「表沙汰にはなってませんが、現在、マッキンドーの森に住むキャビットの間で流行り病が蔓延しているようで」
「ほぅ」
「正直、旦那が医者と錬金術士と出会っていたのは、天恵かと思いぞっとしましたよ。旦那は良いものを持ってます」

「彼らは窮地にあり、我らには救う術がある。偶然とはいえ、これほど都合の良い展開はないが……その流行り病、危険なものでは?」
「キャビット特有の病だそうで、俺らには関係ありません」

「そうか。あとはこちらがその病に対して有効な手段がとれるかどうかだが……その特有の病の症状はわかっているのか? 治し方は?」

「病名はグルーミー。症状は全身の毛が抜け落ちる病気でございます。キャビットはこの病気を他種族に知られるのを嫌っているため、人間族には中々情報が降りてこない病気。そのため、治療法は確立していないと言われていますぜ」
「フィナとカインの腕次第というわけか」


 カインの医者としての腕はわからないが、王都では若手のホープだったと言っていた。
 フィナもまた実践派のおさ
 医療アドバイザーとなるカインと自称世界一の錬金術師フィナがいれば、何とかなるかもしれない。

「ともかく、一度会ってその病気を見てみないとわからないな。問題は会ってくれるかどうか」
「な~に、会わないというならば、無理を押せばようございますよ」

「こちらは一応領主。向こうも無下には断れないか……それに魔族の件もある。桃色の毛の魔族は森へ逃げ込んだ。そこからも切り込めそうだな。いや、むしろ堂々と病気を治しに来た、と伝えるのも悪くない」
「それはさすがに勇み足では? 治せる保証もないのに」

「そうか、親父はフィナを知らないのだったな」
「はぁ?」

「彼女の錬金術の腕はアーガメイトに並ぶと言ったら?」
「えっ? まさか、あんな小娘が……」
「彼女の実力は、このケント=ゼ=アーガメイトが保証しよう。一族から離れ、名を出すのは不本意だが、ここまですれば説得力があるだろう?」

「アーガメイトの名を出してまでフィナという娘っ子を旦那が買っているのならば、俺も信用しましょう」
「ふふ。さて、フィナとカインの実力は如何ほどのものか。まずは自信を問うてみよう」



 親父にフィナとカインを呼んでくるように頼む。 
 二人が執務室に来たところで、先ほど話していたキャビットの話をした。
 難しい顔を見せるカインに反して、フィナはあっさりとキャビットの病気を看破する。


「ああ、たぶんそれ、猫カビね。おばあちゃんが話してたの覚えてる」
「猫カビ?」
「うん、真菌が原因の病気」
 と、フィナが答えると、カインが言葉をつなげた。


「ああ、皮膚糸状菌症ひふしじょうきんしょうか。それなら、対処は十分に可能ですよ、ケントさん」
「病気には詳しくないが、あまり重いものではないのか?」
「重症化することはめったにないですが、非常に強い痒みを引き起こすこともあって、爪で皮膚を引っ掻いて体を傷つけたり、そこから他の感染症を発症したりしますから。かなりきつい病気ではありますね」

「そうか……」
「どうしました、ケントさん?」
「いや、あっさり病気が解決しそうで、拍子抜けをした。親父さんからは治療法が確立していないと聞いたのだが?」

「おそらくそれは、キャビット族の中での話でしょう。人間族では治療薬が作られてます。まぁ、貴重ですが」
「貴重とはいえ薬があるなら、キャビットはどうして、この病気を人間族に相談しない?」


 この疑問に親父とフィナが答える

「まさか、人間族に治療薬があったとは盲点でした。ですが、相談したくない理由もわかります。キャビットは気位が高い。きっと、毛の抜け落ちた姿を晒したくはないのでしょう」
「それに猫ではないと言いながら猫カビに罹っちゃうんだから、絶対に他の種族に知られたくないでしょ」

「なるほどな。しかし、薬があるのなら、せめて薬だけは人間族の医者から購入すればいいものの」
「購入したらバレるじゃない。だからたしか、キャビットはこの病気にかかると民間療法を取っているはずよね、カイン?」

「いや、恥ずかしながら、僕もグルーミーがただの猫カビだったというのは初耳だから。でも、もし民間療法を取っているなら、患部に蜂蜜やヤシ油などを塗ったり、微量の亜鉛やセレンといったものを摂取しているんじゃないかな?」

「なんだかそれだと、キャビットに下味をつけてるみたい」
「ぷふっ、フィナ君。病気で苦しんでいる人に失礼だよ」
「なによ、カインだっていま笑ったじゃない」


「二人ともキャビットの前ではやめてくれよ。それでカイン、その療法の効果は?」
「全く効かないとまでは言いませんが、あまり有効とは……」
「そうだろうな。それで二人に尋ねるが、薬の用意はできるか?」

「カインの薬の知識次第かな。それさえ十分であれば調合できると思う」
「カイン、どうだ?」
「ええ、大丈夫だと。それなりに手間ですが」
「そうか、ならばさっそく準備をしてほしい。頼めるか?」

「うん、いいよ。キャビットと交流が持てれば、色々なものが手に入りやすくなるし、私としてもお近づきになりたいから」
「そうですね。うまくいけば王都でしか手に入らないような医療器具も手に入れられるかもしれません」

「ふふ、キャビットを助けることは皆に利があるということか」


 私は席を立ち、一度窓から外を眺めて、皆へ顔を向けた。
「なにもないトーワと思ったが、君たちが来てくれたおかげで多くの者たちと交流が持てそうだ。感謝する」
「別に気にしないで。私は遺跡に興味があって滞在してるだけだし。それに、結構面白いと思うよ、ここ」
「僕は鉱山での恩返しをしたいと思っていますから」
「カイン、それはドハの――」

 カインはそっと手のひらをこちらを向けて、私の懺悔を止める。
「あの場で選択を誤ったのは僕自身。失意から救い上げてくれたのはケントさん。それだけですよ」
「そうか、ありがとう……それでは、キャビットのために薬の用意を頼む。他種族に感染しない病気とはいえ、毛が抜け落ちる病気となれば、その見た目で忌避され、無用な差別が生まれるかもしれないからな」


 そう、言葉に出すと、フィナとカインが互いに目配せをして、とんでもない事実を語ってきた。
「え、この病気、他種族にも伝染うつるよ」
「はい、真菌が原因というなら、不潔にしていたり、毛深い場所の手入れがおろそかになると、感染することも……」
「なに?」
 私は疑問の声とともに親父を睨む。親父は……。


「すみません。グルーミーはキャビット特有の病気ってのが一般的な話でして、専門家のお二人のように詳しくは知りませんでした」
「おやじ~」

 私は無意識に自分の少し長めの銀髪を押さえる。
 おそらく、毛が抜け落ちる病気と聞いて頭髪を心配してしまったのだろう。
 すると、フィナとカインは。

「毎日お風呂に入ってれば大丈夫だから。幸い、トーワにはお風呂があるし。私のおかげで。別に体を洗わなくても、お湯で体を流すだけでも予防はできるしね」
「真菌が身体についてもそこに傷がなければ、二十四時間以内に洗い流せば大丈夫ですよ。それにキャビットやワントワーフと比べ、毛の量の少ない人間族の髪の毛では繁殖が軽減されますから」

「それでも気になるようなら、私が色々道具を準備しとくよ。といっても石鹸と水精石すいせいせきだけど」
「ああ、石鹸なら僕が薬用のを用意しておきますよ」

「二人とも、頼んだっ」

 私は拝みように手のひらを合わせ、彼らに言葉を返した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

(完)聖女様は頑張らない

青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。 それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。 私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!! もう全力でこの国の為になんか働くもんか! 異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!

ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。 なのに突然のパーティークビ宣言!! 確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。 補助魔法師だ。 俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。 足手まといだから今日でパーティーはクビ?? そんな理由認められない!!! 俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな?? 分かってるのか? 俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!! ファンタジー初心者です。 温かい目で見てください(*'▽'*) 一万文字以下の短編の予定です!

処理中です...