110 / 359
第十章 喧騒と潮騒の中で
知恵ある魔族たちへ
しおりを挟む
軽い世間話を交えつつ歩き、ノイファンの屋敷にたどり着いた。
屋敷は赤いレンガ造りの三階建て。
その一階の会議室――普段は商工会の面々が話し合いをしているこの場所で、魔族に関する話を行うことにした。
このやり取りで、まず魔族の群れに統率者がいて、そいつが格闘術を使ったことを伝える。
驚きの情報のはずなのだが、アイリはあまり驚くようなことはなかった。
むしろ、こちらが驚くべき情報を漏らす。
「実は、クライエン大陸でもそういった連中が増えてる」
「そうなのか?」
「もともと、そういう兆しはあったの。でも、数年前までは問題視するほどじゃなかったし、下手に騒ぎ立てて民衆を不安にさせるわけにはいかないっていう話もあって、あんまり広がることなかった。だけど、最近は……」
「目に見えて増えているわけか」
「うん。すでに中央議会の議題に挙がるようになって、今では公然の事実となってる。魔族は進化しているんじゃないかって……」
「そうか……」
ズシリとした重みを感じさせる空気が身体全身に圧し掛かる。
以前の知性なく無秩序な魔族でさえ手強い相手であったのに、知恵をつけたとなると我々種族には手に負えない存在となる。
アイリは私とノイファンへ顔を向けて、半島に侵入してきた魔族について尋ねてきた。
「現在、半島内にいるのは一匹だけ?」
「ああ、そうだと思う」
「今のところ、桃色の毛で覆われた魔族以外の目撃情報や被害報告はありませんから」
「そうなんだ。それなら、ギウさん」
「ギウ?」
「最後の一匹をお任せできますか?」
「ギウ、ギウギウ」
ギウは身体を前に揺すって答えた。その答えを聞いたアイリは安堵した様子を見せるが、私には何故という疑問が浮かぶ。
「アイリ、君は半島の魔族を退治しに来たのだろう。それをギウに任せるとはどういうことだ?」
「実をいうとね、半島の魔族退治はついで」
「ついで?」
「そう、ついで。私の本当の任務は大陸ガデリの魔族対策。ガデリに向かう途中にアルリナから要請を受けてね。それで、半島に現れた魔族をパパっと片付けて、ガデリに向かうつもりだったの」
「ガデリ? どうして――」
「ガデリ!? アイリ様、ガデリで何か問題でもっ?」
エクアが突如声を荒げて私の声をかき消した。
この声にアイリは少し驚いた態度を見せる。
「急にどうしたの、エクア?」
「私、ガデリ出身なんで、それでっ!」
「ああ、そういうこと。最近ガデリで魔族の数が増えてるんだって。あの大陸は魔族が少なかったのに……」
――スカルペルには、大陸が五つある。
半島から西。ヴァンナス本国が座る『クライエン大陸』。
半島を抱える『ビュール大陸』。
半島から南にある『ガデリ大陸』。
半島から遥か東にある『オシャネシー大陸』。
そして、ビュール・ガデリ・オシャネシーの中央に位置する『フォルス大陸』。
このうち、魔族が多く存在するのは、クライエン大陸とビュール大陸。
他の大陸には僅かしかいない。
その僅かでも十分に脅威なのだが、アイリの話ではここ最近、ガデリ大陸で魔族の数が増しているようだ。
エクアはその理由を尋ねる。
「どうして、そんなことが?」
「わからない。今、魔族で起こっていることは全て謎なの。増えていることも、知恵をつけていることも。他の大陸とはあまり交流がないからわからないけど、おそらくあっちの方でも変化が起きてるんじゃないかな」
「そんな。ガデリは魔導士の数が少なく、錬金術士の方も……そんな大陸で魔族が増えたら、ガデリはっ」
「落ち着いてエクア。そのために私がガデリに派遣されるんだもん。魔族退治の経験豊富なヴァンナスの兵士もつれてね、ふふ」
アイリはにこりと微笑む。その微笑みにエクアは落ち着きを取り戻したようで、アイリに頭を下げる。
「申し訳ありません。取り乱してしまい」
「いいよ。自分の故郷に危機が迫ってたら誰だって取り乱すもん。それにガデリの召喚一族はかなりの腕前って聞くよ。私たちと彼らが力を合わせれば余裕余裕」
アイリは言葉に優しさを乗せる。それを受けてエクアはぺこりと頭を下げて感謝の意を伝えた。
そこからアイリは微笑み崩し、表情を真剣なものへと変え、私へ向き直る。
「っと、そういった事情でなるべく早くガデリに向かいたいから、現場で対処できるならやってもらいたいの」
「それでギウに任せようと?」
「そういうこと。だめ?」
「ギウ、いけそうか? あの魔族はかなりの強敵だったが」
「ギウ」
ギウは銀に輝く胸を誇らしく前に張った。
自信はあるようだ。
「あまり無茶なことをしてほしくはないが、君に自信があるというならば止めはしない。アイリ、残る魔族はこちらで対処する。君はガデリを救ってやってくれ」
「もちろんっ、そのための勇者だも、ゴホンゴホン」
アイリが目元にピースサインを置く動作を見せた瞬間、急に咳き込み始めた。
軽い咳に皆が大丈夫という程度の心配を交える中、私は席から立って、アイリに駆け寄り背中をさすった。
「大丈夫か!? まさかっ」
「ち、違うよ。海風に当てられて、喉をちょっとね」
「本当に?」
「本当だって。もう~、お兄ちゃん心配し過ぎ~。最近受けた健康診断だって問題なかったんだし」
「ならいいが。あまり無茶をするんじゃないぞ」
そういって、アイリのふわりとした銀の髪を撫でた。
すると、彼女は頬を桜色に染めて、うれしそうに声を上げる。
「あはは、久しぶりにお兄ちゃんに頭を撫でてもらえた~」
「そういうことを口に出して言うんじゃない」
「いたたた、指に力込めないで耳からいろいろ漏れちゃうから」
「まったく、何でもないならいいが、体には気を使え」
「わかったって。もう、心配性なんだから。ほら、お兄ちゃん。みんなが驚いているよ」
「え?」
私の過剰な心配にエクアとノイファンがぽかんとしていた。
「えっと、これは恥ずかしいところを見られたな」
「くすっ、そんなことありませんよ。少しだけ、昔のケント様のお姿を見れた感じでよかったですから」
「ええ、妹を思う兄の姿といったところでしたね」
「む~、まいったな、これは」
私は照れ臭さを誤魔化すように頭を掻いた。
それを皆が暖かな笑い声で包む。
その中でギウは……。
「ぎう……」
なぜかアイリへ、とても悲し気な視線を送っているような気がした。
屋敷は赤いレンガ造りの三階建て。
その一階の会議室――普段は商工会の面々が話し合いをしているこの場所で、魔族に関する話を行うことにした。
このやり取りで、まず魔族の群れに統率者がいて、そいつが格闘術を使ったことを伝える。
驚きの情報のはずなのだが、アイリはあまり驚くようなことはなかった。
むしろ、こちらが驚くべき情報を漏らす。
「実は、クライエン大陸でもそういった連中が増えてる」
「そうなのか?」
「もともと、そういう兆しはあったの。でも、数年前までは問題視するほどじゃなかったし、下手に騒ぎ立てて民衆を不安にさせるわけにはいかないっていう話もあって、あんまり広がることなかった。だけど、最近は……」
「目に見えて増えているわけか」
「うん。すでに中央議会の議題に挙がるようになって、今では公然の事実となってる。魔族は進化しているんじゃないかって……」
「そうか……」
ズシリとした重みを感じさせる空気が身体全身に圧し掛かる。
以前の知性なく無秩序な魔族でさえ手強い相手であったのに、知恵をつけたとなると我々種族には手に負えない存在となる。
アイリは私とノイファンへ顔を向けて、半島に侵入してきた魔族について尋ねてきた。
「現在、半島内にいるのは一匹だけ?」
「ああ、そうだと思う」
「今のところ、桃色の毛で覆われた魔族以外の目撃情報や被害報告はありませんから」
「そうなんだ。それなら、ギウさん」
「ギウ?」
「最後の一匹をお任せできますか?」
「ギウ、ギウギウ」
ギウは身体を前に揺すって答えた。その答えを聞いたアイリは安堵した様子を見せるが、私には何故という疑問が浮かぶ。
「アイリ、君は半島の魔族を退治しに来たのだろう。それをギウに任せるとはどういうことだ?」
「実をいうとね、半島の魔族退治はついで」
「ついで?」
「そう、ついで。私の本当の任務は大陸ガデリの魔族対策。ガデリに向かう途中にアルリナから要請を受けてね。それで、半島に現れた魔族をパパっと片付けて、ガデリに向かうつもりだったの」
「ガデリ? どうして――」
「ガデリ!? アイリ様、ガデリで何か問題でもっ?」
エクアが突如声を荒げて私の声をかき消した。
この声にアイリは少し驚いた態度を見せる。
「急にどうしたの、エクア?」
「私、ガデリ出身なんで、それでっ!」
「ああ、そういうこと。最近ガデリで魔族の数が増えてるんだって。あの大陸は魔族が少なかったのに……」
――スカルペルには、大陸が五つある。
半島から西。ヴァンナス本国が座る『クライエン大陸』。
半島を抱える『ビュール大陸』。
半島から南にある『ガデリ大陸』。
半島から遥か東にある『オシャネシー大陸』。
そして、ビュール・ガデリ・オシャネシーの中央に位置する『フォルス大陸』。
このうち、魔族が多く存在するのは、クライエン大陸とビュール大陸。
他の大陸には僅かしかいない。
その僅かでも十分に脅威なのだが、アイリの話ではここ最近、ガデリ大陸で魔族の数が増しているようだ。
エクアはその理由を尋ねる。
「どうして、そんなことが?」
「わからない。今、魔族で起こっていることは全て謎なの。増えていることも、知恵をつけていることも。他の大陸とはあまり交流がないからわからないけど、おそらくあっちの方でも変化が起きてるんじゃないかな」
「そんな。ガデリは魔導士の数が少なく、錬金術士の方も……そんな大陸で魔族が増えたら、ガデリはっ」
「落ち着いてエクア。そのために私がガデリに派遣されるんだもん。魔族退治の経験豊富なヴァンナスの兵士もつれてね、ふふ」
アイリはにこりと微笑む。その微笑みにエクアは落ち着きを取り戻したようで、アイリに頭を下げる。
「申し訳ありません。取り乱してしまい」
「いいよ。自分の故郷に危機が迫ってたら誰だって取り乱すもん。それにガデリの召喚一族はかなりの腕前って聞くよ。私たちと彼らが力を合わせれば余裕余裕」
アイリは言葉に優しさを乗せる。それを受けてエクアはぺこりと頭を下げて感謝の意を伝えた。
そこからアイリは微笑み崩し、表情を真剣なものへと変え、私へ向き直る。
「っと、そういった事情でなるべく早くガデリに向かいたいから、現場で対処できるならやってもらいたいの」
「それでギウに任せようと?」
「そういうこと。だめ?」
「ギウ、いけそうか? あの魔族はかなりの強敵だったが」
「ギウ」
ギウは銀に輝く胸を誇らしく前に張った。
自信はあるようだ。
「あまり無茶なことをしてほしくはないが、君に自信があるというならば止めはしない。アイリ、残る魔族はこちらで対処する。君はガデリを救ってやってくれ」
「もちろんっ、そのための勇者だも、ゴホンゴホン」
アイリが目元にピースサインを置く動作を見せた瞬間、急に咳き込み始めた。
軽い咳に皆が大丈夫という程度の心配を交える中、私は席から立って、アイリに駆け寄り背中をさすった。
「大丈夫か!? まさかっ」
「ち、違うよ。海風に当てられて、喉をちょっとね」
「本当に?」
「本当だって。もう~、お兄ちゃん心配し過ぎ~。最近受けた健康診断だって問題なかったんだし」
「ならいいが。あまり無茶をするんじゃないぞ」
そういって、アイリのふわりとした銀の髪を撫でた。
すると、彼女は頬を桜色に染めて、うれしそうに声を上げる。
「あはは、久しぶりにお兄ちゃんに頭を撫でてもらえた~」
「そういうことを口に出して言うんじゃない」
「いたたた、指に力込めないで耳からいろいろ漏れちゃうから」
「まったく、何でもないならいいが、体には気を使え」
「わかったって。もう、心配性なんだから。ほら、お兄ちゃん。みんなが驚いているよ」
「え?」
私の過剰な心配にエクアとノイファンがぽかんとしていた。
「えっと、これは恥ずかしいところを見られたな」
「くすっ、そんなことありませんよ。少しだけ、昔のケント様のお姿を見れた感じでよかったですから」
「ええ、妹を思う兄の姿といったところでしたね」
「む~、まいったな、これは」
私は照れ臭さを誤魔化すように頭を掻いた。
それを皆が暖かな笑い声で包む。
その中でギウは……。
「ぎう……」
なぜかアイリへ、とても悲し気な視線を送っているような気がした。
0
お気に入りに追加
350
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
2回目の人生は異世界で
黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった




断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
青い扉と銀の鈴 - 世間知らずのお嬢様と魔王討伐の生き残りと魔王の息子とが出逢った頃の物語
仁羽織
ファンタジー
2018年の現代に、竜が住み魔王が暮らすファンタジーのような国家があった。その国に暮らす大商人の娘は、トラブルを呼ぶ従兄のおかげで災難続き。ある日地底湖がある洞窟へと誘われて、馬車で出かけた娘が出会ったのは、魔王討伐パーティーの生き残り忍者と、討伐対象の魔王の息子。息子を追って襲い掛かろうとする魔王の手から、逃れるために結んだ契約。それがすべての始まりでした。
異色の三人組パーティーが辿る、100年のロード・ファンタジー。その始まりの物語。
☆再構成して再登場!☆
*- -*
物語の続きは、
『赤い剣と銀の鈴 - たそかれの世界に暮らす聖霊の皇子は広い外の世界に憧れて眠る。』にてご覧下さい!
※この物語は、主人公であるレイミリア・ブラウンシュタイン・コーネリアス・ラ・グランスマイルの主幹に基づいて描かれています。実在する人物・団体・国家などについて不愉快な表現などございましたら文句は直接言ってやってください。その際のご連絡はグランスマイル商家までどうぞ!
※登場する皆さんへ応援メッセージをお待ちしております!

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる