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第七章 遺跡に繋がるもの

あの日の記憶

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 古代人の遺跡がある場所は北の荒れ地の奥深く。中央より北東方向にある。
 そこへ至るまでの道のりには緑など一切なく、多量の塩分を含んだ乾ききった大地が広がっていた。
 その地下には有害な毒たちが眠る。

 フィナはその上を馬を操り闊歩し、上機嫌に鼻歌を交じえつつ不穏なことを口にする。

「ふふん、こういった冒険って、問題ごとが発生したりするよね。盗賊なんかに襲われたりして」
「やめろ。そんな厄介事なんて起こってたまるかっ」
「ええ~、旅は何か起こった方が面白いのに……」


 残念ながら旅は……むしろ良かったというべきだろうが、ともかく、フィナの期待に沿うことなく旅は問題なく進む。

 遺跡まで二日は掛かる。
 私たちは途中で野営を行い、簡単な食事を終えて、明日に備え早めの就寝を取ることにした。
 フィナはカードを取り出して遊ぼうとしていたが……。


 その日の夜。
 古代人と遺跡と錬金術という言葉が、私の記憶を刺激したのだろうか?
 とても、懐かしき人の夢を見た。

 それは父の亡くなった日の出来事……。


――ドハ研究所(過去)


 激しい爆発が起こり、あちらこちらで火の手が上がっている。
 研究所の通路には怪我を負った職員同士が身体を支え合い、足を引きずるように歩いている姿があった。
 私は激しく息を切らしながら彼らに話しかけた。

「はぁはぁはぁ、と、父さんは?」
「所長はまだ奥にっ」
「そんなっ、父さん!」

 職員が止める声が聞こえる。
 だが、そんな声など振り捨てて、私は研究所の最奥へ向かった。
 そこは最重要区画で、研究所の動力源があった場所。
 そして、爆発の中心……。
 
 
 有害なガスに満ちた室内。
 天井や壁に張り巡らされたパイプは崩れ落ち、蒸気が漏れ出している。
 私は入り口傍に備え付けてあったガスマスクを手に取り、室内へ飛び込んだ。

「父さん、どこに居るの? 返事をして!」
「け、けんと、か、ごほごほごほっ」
「父さん!」

 私は炎の熱によってあぶられる肌の痛みすら忘れ、父の声に飛びついた。
 父は頭部から血を流し、腹部からはおびただしい量の出血が見られ、素人目でも助からないと悟った。
 それでも、苦しそうに息をしている父へガスマスクをあてがう。

「父さん、これをっ」
「ケント、はやく、逃げろ……」
「そんなことできないよっ。父さんを置いていくなんて!」
「ケント、いいから、がはぁ」
「父さん!」


 呼吸をするたびに、喉奥から血が溢れ、腹部の出血は止むことなく床を赤く染めていく。
 そうだというのに、父は震える手でガスマスクを外し、私に向かって何かを伝えようとしている。

「け、ケント。ケント、ケント……」
 目が見えていないのか、父は弱々しく上げた手を彷徨さまよわせる。
 その手を握り締める。
「父さん、ここにいるよっ」
「ケント、すまない。わたしは、過ちを、犯した。私は、馬鹿な真似をした。何故、お前を、お前たちを……」
「父さん……?」


 父の後悔の声。
 何故、後悔の声なんか出すんだろう?
 それもその声は、私のことを、私たちのことを後悔する声。
 父は懺悔を口にし続ける。


「すまない。本当にすまない。私は何も見ていなかった。心を知らなかった。お前たちを苦しめた。愚か者だ」
「そんな……そんなことはないよ。父さんのおかげで僕はここにいる! 父さんのおかげで色々なことを学べた。父さんが居なかったら、僕は!」
「ああ、ケント。ごほっ、私は本当に愚かだ。愚かな真似をした。何故、お前を養子などに…………だが……だが……だが…………」
「父さん? 父さんっ? 父さんっ!?」


 いくら大声で父を呼んでも、もう、何も答えてくれない。

「そんな、父さん。死なないでよ。嫌だよ。そんなの嫌だよ。父さん、父さん! 目を覚ましてよ父さん! 僕を一人にしないでっ!」

 どれだけ父を呼ぼうと、どれだけ涙を流そうと、父は返事をしてくれなかった。
 生まれて初めて直面する死。
 それがとても大切な家族の死であったため、死を受け止めきれず、私は燃え盛る室内で呆然としていた。
 だが、父の近くに転がっていた、手のひらに収まる程度の大きさをした魔導石を目にして、失いかけていた自我に光が灯る。


「これは? どうして、動力制御用魔導石が……? まさか、父さん?」

 私はその魔導石を手に取り、白衣のポケットへしまった。
 その後、救援部隊が訪れ、私と父の遺体は運び出された。
 ドハ研究所は復旧の見込みがなく閉鎖された。

 閉鎖後、事故の調査が行われたが研究所の損傷が激しく、事故の原因は分からずじまいだった。
 だが、私にはわかっている。
 あの事故は、父が引き起こしたのだ。
 
 それが何のためでどんな目的があったのかはわからない。
 ただ、わかることは、父は私と出会ったことを後悔していた。
 私を養子にしたことを後悔していた。

 それでも、それらを覆す可能性がある、最期の言葉に一縷の望みをかける。
 それは『だが……だが……だが…………』。
 その続きを語ることなく、父は逝ってしまわれた。
 でも、期待する。
 『だが』に続く言葉は、前の言葉を否定するものだったのでは、と。

 しかし、それを知ることはもうできない……。

 父の墓の前で、問いかける。

「父さん。僕との出会いを後悔していたの? それともそうではなかったの? そうではなかったと言って欲しい。でも、それはもうわからない。父さん。父さん。父さん……」


 幾度も木霊する父への問いかけ。
 その声に混じり、私を呼ぶ声がする。

――ケント、ケント、ケント、起きて!
――ケント様、大丈夫ですか!?


「う、ううう、はっ」
 瞳に光が溶け込んでくる。
 光はゆらゆらと踊る焚き火。

 光に導かれ、瞼をゆっくりと開けていく。そして、瞳に映ったのは、エクアとフィナ……。
 私は上半身を起こし、顔半分を手で覆った。
 手のひらには大量の汗がべっとりと張りつく。

「はぁはぁ、あの時の夢か。久しぶりに見たな」
「大丈夫、ケント?」
「大丈夫ですか、ケント様? うなされていたみたいですけど」
「ああ、大丈夫だ。心配をかけてすまない」
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