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第六章 活気に満ちたトーワ
ヴァンナスの本気
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フィナは思い込み満点の声とともにこちらに指先を向けてくるくると回し、無意味に私を挑発している。
それに対して、私は少しばかり声を荒げてしまった。
「あのなっ。人体実験などこれっぽっちも…………ぽっちほどはあったが、怪しくはない!」
「嘘くさ。集めた被験者に変な薬品とかで」
「そんなことしてっ…………とにかくっ、君が考えるような非道な行いはしていない!」
「研究者って、みんなそう言うのよ。被験者は怯えてるのに、大した説明もなく大丈夫だからって」
「君もその研究者だろうが!」
「まぁねっ。ま、時に尊い犠牲も必要よね~」
彼女は長めの髪を指先でくるくると絡めながら口調軽く返してきた。
私は先代のファロム様を曲者と評したが、どうやら彼女はそれ以上のようだ。
ペースをかき乱された私は軽く呼吸を挟んで話題を戻す。
「ふぅ~、とにかく、私は錬金術を知らない。知っているのは、とある研究に特化した知識だけだ。その知識も研究所がないと意味を成さない。そして、その研究所も事故が起きて吹き飛んだのでどうにもできない」
「その研究って?」
「機密」
「ケチ」
「ケチで結構。お引き取りを」
「ええ~、せっかくこんな辺鄙な場所まで来たのに~……本当に、錬金術のこと知らないの?」
「知らない」
「ほんとにほんと?」
「ほんとにほんとだ」
「マジでマジ?」
「マジでマジだ」
「ええ~、せっかくこんな辺鄙な場所まで来たのに~……本当に、」
「繰り返すな! 偽りなく言うぞ。私は錬金術に明るくない。父が私を養子に向かえたのは、両親のいない私を不遇に思ってのことだ。助手になれたのは父の手解きのおかげだが、君が満足するような知識は得ていない」
「それでも、何か一つくらい」
「だいたいな、ドハ研究所のことを知っているなら、君が知りたいような知識は機密事項に当たるのはわかっているだろう」
「そりゃ、そうだけど……錬金術の新たな体系や理論なんかを議論できると思ってたんだけどなぁ」
「残念ながら、テイローの長を満足させるようなことは知らない」
「そう……そっか、そっかぁ~、はぁ~」
フィナはその場でしゃがみ込み、ため息を漏らし続ける。
相当、がっがりだったと見える。
「期待を持ってここまで来たようだが、残念だったな。ま、知識を追う者としての気持ちはわからないでもない」
「同情はいらないよ。知識ちょうだい」
「ない。ともかく、今日は一晩泊っていくといい。城の状態が芳しくないため、大したもてなしはできないが」
「え、何をするつもり? もしかして私をっ」
「そんなつもりはない! もう、日が傾きかけている。今からアルリナに戻ると森で夜を迎えてしまうだろう」
「あら、紳士じゃない」
「この紳士っぷりに当てられて、君ももう少し上品になったらどうだ?」
「うわ、やっぱり紳士じゃない」
「どちらでもいいさ。エクア、驚いているのは終わったか?」
「え? ええ、はい」
「悪いが客人のために部屋を準備してもらいたい。元々君のために用意した部屋があったろう?」
「あ、わかりました。それではすぐに準備しますね」
エクアは私とフィナにぺこりと頭を下げて、城へ戻っていった。
その後ろ姿を見ながらフィナが話しかけてくる。
「あの子は、あんたの娘?」
「私はまだ二十二だ。あんな大きな子がいたらびっくりだ」
「うそ、二十二? 老けてる。鯖読んでない?」
「……読んでない」
「なになに、今の間は? あっやし~」
「怪しくないっ。呆れただけだ。それで君は?」
「十六だけど」
「フッ、見た目通りだな」
「その言い方、なんかムカつく」
「正直、初対面の人間相手にここまで辛辣になるのは初めてだ。君は相手の神経を逆なでする才能があると見える」
「私もあんたみたいな皮肉屋には初めて会うけど。案外、似た者同士なのかな?」
「はっは~、冗談……これ以上、ここで話していても仕方がない。部屋の用意が終わるまで、私の執務室で茶でも振舞おう」
「あら、お気遣いなく~。で、結局、あのエクアって子、あんたの何なの?」
「色々あって、身寄りのないエクアを預かっている」
「っそ、意外に良い人?」
「意外は余計だ。さて、城へ案内しよう。見ての通り、城は古く、色々と不便はあるだろうが。一晩だけだ、我慢してくれ」
「了解。旅の錬金術士としては屋根があるだけで十分よ」
「ふふ、そうか」
さすがは実践派の錬金術士。
冒険家としての側面を持つ彼らは、未知の存在を求めて前人未到の冒険を行っているという。
私が一人、古城で住むよりも、遥かに厳しい環境で過ごすことが多々あるのだろう。
その厳しい環境で過ごすことのできる少女は、何故か野菜の入った袋を提げている。
「ずっと気になっているんだが、その野菜たちは一体?」
「あ、これ? アルリナの町でさ、キサって女の子に道を尋ねたら売りつけられた……」
「ふふ、なるほど。やるな、キサ」
「良かったら、これ今日の夕食にでも使ってよ」
「それは助かる。ありがたく受け取っておこう」
私たちは城へ戻り、執務室へと向かう階段を上がっていく。
その途中、明日以降どうするのかを尋ねた。
「フィナ、だったか? 明日にはアルリナに戻るのだろう? それとも北のアグリスに?」
「いえ、遺跡を見学しに行こうっかなぁ、って思ってる」
「何!? 遺跡というのはトーワの荒れ地にある古代人の遺跡のことかっ?」
「そうだけど、何か?」
「何か、じゃないっ。あそこは危険でヴァンナスが封印しているのだぞ。無用に近づいてもらっては困る。それに現在は私の管轄下にある。許可なく立ち入ることは禁じる」
「じゃあ、許可してよ。しないと、勝手に見に行くからね」
「君は……真面目な話、それはできない」
「何故?」
「危険だからだ」
「どんな危険が?」
「それは……」
「知らないんだ?」
「まぁ、そうだが」
「実を言うとね、むか~し、私のおばあちゃんが一度、侵入を試みたことがあるんだって」
「なにっ!?」
「まぁまぁ、落ち着いて。だけど、ヴァンナスの本気を見たから中に入れなかったって」
「ヴァンナスの本気?」
「そ、本気。興味ない? ヴァンナスの本気ってどんなものか?」
「それは……」
ヴァンナスの本気――あのテイローの長であったファロム様を退けた何かがトーワの遺跡にあるというのだろうか?
それは一体……?
フィナはニンマリとした様子で、横から私を覗き見る。
「興味湧いたでしょ?」
「たしかに。だが、トーワの大地の汚染の原因と言われる遺跡だ。外観を覗くだけならともかく、侵入は許可できない。と言っても、君は勝手に行くつもりだろうが」
「わかってるじゃない」
「はぁ。わかった、私も付き合う」
「ええ~」
「ええ~、じゃない。名目上、領主の許可が下りたとなれば、後に問題が発生したとき君の責任にならず都合が良いだろ?」
「そうだけどさぁ」
「その代わり一つ、いや、二つ依頼したいことがある」
「なに?」
「続きは執務室で話そう」
それに対して、私は少しばかり声を荒げてしまった。
「あのなっ。人体実験などこれっぽっちも…………ぽっちほどはあったが、怪しくはない!」
「嘘くさ。集めた被験者に変な薬品とかで」
「そんなことしてっ…………とにかくっ、君が考えるような非道な行いはしていない!」
「研究者って、みんなそう言うのよ。被験者は怯えてるのに、大した説明もなく大丈夫だからって」
「君もその研究者だろうが!」
「まぁねっ。ま、時に尊い犠牲も必要よね~」
彼女は長めの髪を指先でくるくると絡めながら口調軽く返してきた。
私は先代のファロム様を曲者と評したが、どうやら彼女はそれ以上のようだ。
ペースをかき乱された私は軽く呼吸を挟んで話題を戻す。
「ふぅ~、とにかく、私は錬金術を知らない。知っているのは、とある研究に特化した知識だけだ。その知識も研究所がないと意味を成さない。そして、その研究所も事故が起きて吹き飛んだのでどうにもできない」
「その研究って?」
「機密」
「ケチ」
「ケチで結構。お引き取りを」
「ええ~、せっかくこんな辺鄙な場所まで来たのに~……本当に、錬金術のこと知らないの?」
「知らない」
「ほんとにほんと?」
「ほんとにほんとだ」
「マジでマジ?」
「マジでマジだ」
「ええ~、せっかくこんな辺鄙な場所まで来たのに~……本当に、」
「繰り返すな! 偽りなく言うぞ。私は錬金術に明るくない。父が私を養子に向かえたのは、両親のいない私を不遇に思ってのことだ。助手になれたのは父の手解きのおかげだが、君が満足するような知識は得ていない」
「それでも、何か一つくらい」
「だいたいな、ドハ研究所のことを知っているなら、君が知りたいような知識は機密事項に当たるのはわかっているだろう」
「そりゃ、そうだけど……錬金術の新たな体系や理論なんかを議論できると思ってたんだけどなぁ」
「残念ながら、テイローの長を満足させるようなことは知らない」
「そう……そっか、そっかぁ~、はぁ~」
フィナはその場でしゃがみ込み、ため息を漏らし続ける。
相当、がっがりだったと見える。
「期待を持ってここまで来たようだが、残念だったな。ま、知識を追う者としての気持ちはわからないでもない」
「同情はいらないよ。知識ちょうだい」
「ない。ともかく、今日は一晩泊っていくといい。城の状態が芳しくないため、大したもてなしはできないが」
「え、何をするつもり? もしかして私をっ」
「そんなつもりはない! もう、日が傾きかけている。今からアルリナに戻ると森で夜を迎えてしまうだろう」
「あら、紳士じゃない」
「この紳士っぷりに当てられて、君ももう少し上品になったらどうだ?」
「うわ、やっぱり紳士じゃない」
「どちらでもいいさ。エクア、驚いているのは終わったか?」
「え? ええ、はい」
「悪いが客人のために部屋を準備してもらいたい。元々君のために用意した部屋があったろう?」
「あ、わかりました。それではすぐに準備しますね」
エクアは私とフィナにぺこりと頭を下げて、城へ戻っていった。
その後ろ姿を見ながらフィナが話しかけてくる。
「あの子は、あんたの娘?」
「私はまだ二十二だ。あんな大きな子がいたらびっくりだ」
「うそ、二十二? 老けてる。鯖読んでない?」
「……読んでない」
「なになに、今の間は? あっやし~」
「怪しくないっ。呆れただけだ。それで君は?」
「十六だけど」
「フッ、見た目通りだな」
「その言い方、なんかムカつく」
「正直、初対面の人間相手にここまで辛辣になるのは初めてだ。君は相手の神経を逆なでする才能があると見える」
「私もあんたみたいな皮肉屋には初めて会うけど。案外、似た者同士なのかな?」
「はっは~、冗談……これ以上、ここで話していても仕方がない。部屋の用意が終わるまで、私の執務室で茶でも振舞おう」
「あら、お気遣いなく~。で、結局、あのエクアって子、あんたの何なの?」
「色々あって、身寄りのないエクアを預かっている」
「っそ、意外に良い人?」
「意外は余計だ。さて、城へ案内しよう。見ての通り、城は古く、色々と不便はあるだろうが。一晩だけだ、我慢してくれ」
「了解。旅の錬金術士としては屋根があるだけで十分よ」
「ふふ、そうか」
さすがは実践派の錬金術士。
冒険家としての側面を持つ彼らは、未知の存在を求めて前人未到の冒険を行っているという。
私が一人、古城で住むよりも、遥かに厳しい環境で過ごすことが多々あるのだろう。
その厳しい環境で過ごすことのできる少女は、何故か野菜の入った袋を提げている。
「ずっと気になっているんだが、その野菜たちは一体?」
「あ、これ? アルリナの町でさ、キサって女の子に道を尋ねたら売りつけられた……」
「ふふ、なるほど。やるな、キサ」
「良かったら、これ今日の夕食にでも使ってよ」
「それは助かる。ありがたく受け取っておこう」
私たちは城へ戻り、執務室へと向かう階段を上がっていく。
その途中、明日以降どうするのかを尋ねた。
「フィナ、だったか? 明日にはアルリナに戻るのだろう? それとも北のアグリスに?」
「いえ、遺跡を見学しに行こうっかなぁ、って思ってる」
「何!? 遺跡というのはトーワの荒れ地にある古代人の遺跡のことかっ?」
「そうだけど、何か?」
「何か、じゃないっ。あそこは危険でヴァンナスが封印しているのだぞ。無用に近づいてもらっては困る。それに現在は私の管轄下にある。許可なく立ち入ることは禁じる」
「じゃあ、許可してよ。しないと、勝手に見に行くからね」
「君は……真面目な話、それはできない」
「何故?」
「危険だからだ」
「どんな危険が?」
「それは……」
「知らないんだ?」
「まぁ、そうだが」
「実を言うとね、むか~し、私のおばあちゃんが一度、侵入を試みたことがあるんだって」
「なにっ!?」
「まぁまぁ、落ち着いて。だけど、ヴァンナスの本気を見たから中に入れなかったって」
「ヴァンナスの本気?」
「そ、本気。興味ない? ヴァンナスの本気ってどんなものか?」
「それは……」
ヴァンナスの本気――あのテイローの長であったファロム様を退けた何かがトーワの遺跡にあるというのだろうか?
それは一体……?
フィナはニンマリとした様子で、横から私を覗き見る。
「興味湧いたでしょ?」
「たしかに。だが、トーワの大地の汚染の原因と言われる遺跡だ。外観を覗くだけならともかく、侵入は許可できない。と言っても、君は勝手に行くつもりだろうが」
「わかってるじゃない」
「はぁ。わかった、私も付き合う」
「ええ~」
「ええ~、じゃない。名目上、領主の許可が下りたとなれば、後に問題が発生したとき君の責任にならず都合が良いだろ?」
「そうだけどさぁ」
「その代わり一つ、いや、二つ依頼したいことがある」
「なに?」
「続きは執務室で話そう」
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