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第六章 活気に満ちたトーワ

偏向の研究者

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 私は心地良さに微笑みを浮かべてゴリンに尋ねる。


「あまり距離を詰めるのは、ゴリンたちにとっては迷惑だろうか?」
「いえいえいえ、そんな。あっしらとしても、領主様と身近に接する機会が持てて嬉しく感じておりやすよ。ましてや、アルリナを救ってくださった英雄となれば。な、お前ら」

 ゴリンが若い大工たちに声を掛けると、彼らは食事を止めて、コクコクと激しく首を縦に振った。

「ふふ、英雄扱いはよしてくれ。私はただのケントだ。だから、気軽に接してほしい」
「はい、かしこまらない程度にお付き合いさせていただきたいと願ってやす。失礼でしょうか?」
「いや、まったく。これからもよろしく頼む」
「こちらこそ」

 
 私とゴリンは笑顔を向け合い、私はスプーンを動かすが、それは空を切る。

「おや、会話に夢中になって気づかなかった。エクア、お代わりを貰えるか?」
「はい」

 底の深い皿をエクアに渡す。
 その際、エクアは私の足元を見て、何かに気づいたようで尋ねてきた。

「あれ、ケント様。お召し物が土で汚れているみたいですけど? お洋服の格好も変ですし?」
「ああ、これか? さっきまで草むしりをしていたからな」
「草むしり? あれ、午前中は自室でアルリナに届ける書類を作成すると言っていませんでしたか?」

「ゴホンゴホン、あれは、なんだ。午後にでもやるよ」
「サボったんですね……」
「サボったわけじゃない。朝から気の滅入るような仕事を避けて、午後に回しただけだ。日の高いうちに畑づくりをしておきたかったからな」

「畑?」
「三枚目の防壁内にある井戸のそばに畑を作ろうと思ってな。せっかく、ゴリンたちが井戸を清掃してくれたんだ。利用しない手はないだろ」

 トーワの防壁内部には無数の井戸が点在している。
 訪れた時は鉄扉があった井戸以外、井戸内部には草木が折り重なり使い物にならなかったが、それらの一部をゴリンたちが片づけてくれていた。


「それで、雑草を毟っていたら、土塗れになってしまったというわけだ」
 そう、言葉を返すと、ゴリンがパンを片手に声を返してきた。

「なんで草むしりなんかしているんだろうかと思ったら、そのためですかい。それならそうと、あっしらに一声掛けていただければ……アルリナから手伝いに来た身としては、領主様にそのような雑事をさせてしまっては申し訳が立たんのですよ」

「君たちは城の修繕のために来たのだ。それ以外のことは頼めぬよ」
「それは無用な気遣いで……」
「それにな、」

 私はゴリンの耳傍でこそりと声を立てる。

「書類作成をサボる口実が欲しかった」
「ああ~、なるほど」

「聞こえてますよ、ケント様」
「ギウギウッ!」

「うぐっ、耳が良いな。エクアとギウは……」


 エクアとギウは揃って、私におこり顔を見せている。
 ここ数日で、特にムキの屋敷から家財道具をせしめて以降、エクアの態度が変わっている気がするが、気のせいか?

「二人ともそう怒るな。書類はしっかり書き上げる。ゴリンたちの仕事ぶりを報告してやらないと満足な報酬を貰えないからな。ゴリン、ノイファン殿に覚えが良いよう、書いておくからな」
「そいつはありがてぇ話で」
「そういうわけだ、二人とも。雑草は取り終わったので、あとは鍬を入れて畑を形にしたら書類を書く予定だ」

「まぁ、私はケント様に指図する立場じゃありませんから強くは言いませんけど……でも、予定を変更されるなら、一言言ってもらわないと困ります。自室に行ったらケント様がいない、では……」
「そうか、そうだったな。すまない、これからは気をつける」

「お願いしますね……そういえば、ケント様は畑を作ったことがあるんですか?」
「いや、ないが。鍬を使い、土を掘り起こせばいいんだろう?」
「ええ、そうですけど」
「考えてみたら、なぜ、土を掘り起こすんだろうな。そのまま種や苗を植えては駄目なのか?」

 私は顎に手を置いて、素直な疑問に首を捻る。
 すると、一同は眉をひそめて私を見つめ、エクアは言葉を淡々と漏らす。


「なんだ、みんな? どうした?」
「いえ、知らないことに驚いたんです」
「いや~、恥ずかしながら畑いじりをする機会も知識を獲得する機会もなかったからなぁ。エクアの両親は画家で医者なのに、鍬を入れる理由を知っているのか?」
「一応、基本的なことは……鍬を入れるのは土に空気を入れて柔らかくするためです。土が固いままだと、根付きにくいですから」


 エクアの言葉にゴリンの言葉が続く。
「土を混ぜることによって、土の中の養分を満遍なく広げられやすから。あとはうねを作ることによって水はけを良くしたりできやすんで」

「ああ、なるほど。地中にある窒素やリン酸。カリウム・マグネシウム・カルシウムなどが植物の栄養として与えやすくなるわけだ。もっとも、畑となると自然栽培とは違い、足りない分は肥料で補うのだろうが」
「はぁ?」

「そういえば、どこかで土の粒のことを土壌コロイドと呼ぶと聞いたことがあるな。そのコロイドは主に負の電荷を帯びていて、栄養素の高い肥料は正の電荷を持っている。そのため、栄養の陽イオンがコロイドに吸着保持される、だったか? ということは、この容量が大きいほど、ん?」


 と、ここで、皆が無言になっていることに気づいた。
 ゴリンは頭に巻き付けた鉢巻の部分をポリポリと掻く。

「土にある栄養が何なのかは知りませんが……ケント様は妙なことを知っておいでで」
「ははは、知識が偏っていると、よく人に言われる」
「まぁ、ケント様は貴族であられるから、あっしらが学ぶものとは種類が違うのでしょうな」
「どうだろうな? 自分で言うのもなんだが、私は変わり種の部類に入るからな。そうそう、カルシウムと言えば、ニワトリの卵の殻は肥料になるんじゃないか?」

「ええ、なりやすよ。手を加える必要はありやすが。あとでメモにでも肥料の作り方を纏めておきやす」
「それはありがたい。ふふ、卵は不思議に満ちているな」
「はい?」


 この疑問の声に、私は音符が弾むような声を返した。
「いや、初めて卵を産んだニワトリを見て、とても驚いてなっ。まさか、肛門から排出されるとは! たしか、総排出腔そうはいしゅつこうだったか? 糞尿が出る場所から命が生まれる……生命の残骸と生命の輝きが同時に通る穴。実に、うん?」


 饒舌に語る私。
 すると、またもや全員が無言となる。
 その中で、エクアは鋭い視線を見せてきた。

「ケント様……食事中ですよ…………」
「そ、そうだったな。すまない……」
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