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第六章 活気に満ちたトーワ

団欒

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 城に響き渡る鍋の音と少女の声。
 声の主はエクア。
 彼女はアルリナでの出来事のあと、私の客人としてこの古城トーワに滞在することになった。

 当初、私は王都にある学園の推薦状を彼女にしたためるつもりでいた。
 芸術の才能が有り、治癒術を操れるエクアは将来有望だ。
 そのため、支援したかったのだが、彼女は私に恩返しをしたいと言って私のそばに残ることを選んだ。
 
 私としてはエクアを利用し、もう十分な見返りを得ているのだが、彼女は自分自身の意思の宿る恩を返したいようだ。
 その決意は固く、説得は難しかった。
 というわけで要望を受け入れたが、折を見て、学園へ入学するように促すつもりだ。


 私とゴリンは鍋の鐘の音に呼ばれ、中庭に向かう。
 その途中で、ギウや他の大工たちと合流した。
 彼らの中に胡散臭い土産物屋の親父の姿はない。
 彼はアルリナでの騒動後、私たちと別れた。こう言い残して……。


『俺はトーワ周辺の詳しい情報を集めてきますんで、後日改めてトーワへお伺いします』、と。


 たしかに周辺地域、種族の情報は得難いものだが、今のところ領地の繁栄及び拡大などの意思がないためいて欲しいものではない。
 親父の行動はどうみても自分の目的の為だろう。

 彼は私に何かをさせたがっている。これはそのための準備……。
 私を利用しようと企む親父――それが私の利となり、さらに興味惹かれるものならば利用されてやってもいいだろう。
 
 親父の目的は一体何なのか? どのような情報を持ち帰ってくるのか?
 とてもとても怪しげな様相を生み出しているが、結構楽しみにしている。


 私やギウやゴリンたちは中庭に集い、草の絨毯の上に厚手の布の絨毯が敷かれた場所で円を描くように座った。
 すでに、絨毯の上には昼食を盛り付けるための底の深い皿と、ロールパンが三つずつ置いてある。

 皆が座ったことを確認したエクアはギウと一緒に台所へ向かい、大きな寸胴鍋を持って戻ってきた。

 寸胴からは暖かな湯気が昇り、腹の虫を鳴かせる美味しそうな匂いを中庭に広げる。
 おそらく、寸胴の腹を満たしているのは具がたっぷり入ったスープ。
 今度はそのスープが我々の腹を満たすというわけだ。


 各々へスープを配り終え、エクアがちょこんと座ったところで食事を始めた。
 食事を交えながら、城の修復の進捗状況や世間話を始める。


「ギウは風呂を監督しているらしいな。どんな状況だ?」
「ギウギウギウ、ギウウ、ギウッ」
「浴槽をもう少し深く、そして広くしたいと。深さはともかく、今でも十人ほどが同時に入れるくらい広いと思うが?」

 そう、言葉を返すと、若い大工が答えを返してきた。

「ギウさんはもっと大勢が入れるようにしたそうですよ。おそらく、これからトーワがどんどん賑やかになっていくことを願っているんでしょうね」
「ふふ、そうなると私も嬉しい。今のところ、トーワに所属するのは私とギウとエクアだけだからな」

 ここ居る者たちはアルリナの客人。
 修復を終えれば、トーワを去る者たちだ。

「それで、風呂を深くというのは一体? そんなに浅かったか?」
「いえ、大人が腰を下ろして、胸半分が出るくらいでちょうどいいと思うんですが、ギウさんは肩までしっかり浸かりたい派みたいで」
「肩まで……」


 ギウを見る……肩がない。


「うん。なんにせよ、しっかり浸かりたいというわけか」
「そうみたいですね。ですから、一部深い場所を作って、浅い場所と分けようと思ってます」
「なるほど、それはいい」

 
 私は風呂の進捗状況を聞き、次にエクアへ話題を振った。

「こちらに来てから炊事洗濯を任せっきりにしているが、苦労していないか?」
「苦労なんて、そんな。お料理やお洗濯は好きですから。それにギウさんも手伝ってくれますし」
「ギウギウ」

「そうか。だが、あまり無理をするな。ちゃんと、絵を描く時間は取ってあるんだろうな?」
「もちろん、合間にしっかりと。お昼の洗い物が済んだら、海岸に絵を描きに行くつもりですから」

「海の絵か。トーワに来てずっと海の絵ばかりを描いているが、それほど海が好きなのか?」
「はいっ、とても! 打ち寄せる波。絶えず形を変える砂浜。お日様の光。雲の影。海は色んな顔を持っていますから、見ていて飽きないんですっ」

「ふふふ、海を語っている時のエクアは生き生きとしている。君の美しい水色の髪と同様に、海の色も美しさを秘めているから惹かれ合うのかもしれないな」
「そ、そ、そんな、えっと、私、その……」

 
 褒め言葉に対して返事に窮したのか、エクアは顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。
 すると、横からゴリンが呆れ返るような声を上げた。

「ケント様。いくら、エクアちゃんが可愛いからって、年を考えてくだせいよ」
「別にそういった意味で言ったわけでない。美しいものは美しいと言っただけだ」
「恐縮でありやすが、あんまり飾った言葉は控えた方がよろしいかと……」
「ん、なぜだ?」

「世界中の男共から、煙たがられやすよ……」
 ゴリンはちらりと若い大工たちに視線を向ける。
 大工たちは無言でコクコクと頷いている。

「せ、世界中? それほどか? う~む、社交界で御婦人方のお相手するときは受けが良かったんだがな」
「貴族様方の世界はわかりやせんが、いつもはご婦人方とやらに?」
「まぁな。言葉を華美に装飾すればするほど受けが良かった。私の場合、別の理由もあったが」

「別の理由ですか?」
「ま、色々な。話を切り返すが……ゴリン、結婚は?」
「え? 家に古女房がりやすが。それが何か?」
「ほぅ、その女房はどのように口説き落としたんだ? 参考までに聞いておきたい」
「え~っと、そいつはぁ、ご勘弁を……」
 

 ゴリンは照れ臭そうに頭をポリポリと掻く。
 その姿を見て私がくすりと笑うと、彼は眉を軽く折った。
「もしかして、わざと聞きやした?」
「さぁ、どうだろうな?」
「あはは、本当に勘弁して下せいよケント様…………本当に、不思議なもので」
「何がだ?」

「とても親しみ深く、こうやってあっしらみたいな連中と一緒に食事を取ってくれる領主様貴族様というのは不思議な感じがしやすよ」
「まぁ、そうだな。一般的な貴族ではないだろう。だが、私はこういったことが好きだ」


 王都に住んでいた頃は、父と私だけの食事。それも研究優先だったので、二人が揃うことはそうそうなかった。
 揃ったとしても、父は必要なこと以外、あまり会話をする方ではなかったため食事中に会話を楽しむということもなかった。
 だから、このように大勢で食事をして会話を楽しむというのは、とても新鮮で楽しい。
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