銀眼の左遷王ケントの素人領地開拓&未踏遺跡攻略~だけど、領民はゼロで土地は死んでるし、遺跡は結界で入れない~

雪野湯

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第五章 善のベールを纏う悪人

終幕

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 私は今宵の物語を簡素に述べていく。 


・表向き、ムキがアルリナを牛耳っていた。だが、かなめとなる部分はノイファンが押さえていた。
・ムキの悪事の裏で商人ギルドも悪事を行っていた。
・ムキは港の使用料に不満を覚え、独自の販路を開拓しようとしたが、ひとたび悪事が露見すれば、相手はアルリナに災いをもたらすほどの存在。

・そのため、ノイファンはムキの排除を決めて、ジェイドおじ様を通してエクアを利用する。
・そこに私というイレギュラーが混ざり込んだ。
・私はエクアを救うことと同時に、己の益のために動く。

・ノイファンは影でその動向を見ていた。

・そこに親父の情報が舞い込み、いつどのようなことが起ころうとすぐに対処できるよう待機させていた兵士や警吏けいりを動かし、兵士の一部を東門に当て、残りはムキの屋敷へと向かわせ、彼を逮捕した。

・ムキはアルリナで起きていたあらゆる悪事の首謀者となり、話を終える。


「と、こんなところかな?」
「おや、あなたの動きが語られていませんが? 最初に襲ってきた傭兵たちにどう対処したのか、など?」
「それはノイファン殿に渡す必要のない情報ですからね。あなただって私の助力なく、どうやって五百の傭兵を抑え込むつもりだったのか話す気はないでしょう」

 私が関わらずとも、ノイファンはムキを守る傭兵を無効化する策を持っていたはずだ。
 だが、彼がそれを語るわけがない。
 協力者であっても、味方でもない相手に全てを語るなど愚の骨頂。

 
 私はニコリと微笑む。
 すると、ノイファンはピクリと片眉を上げて、態度を一変させた。

「……ふふ、貴方は相当な食わせ者ですね。いくらお父上がご立派な方であろうと、かの大貴族ジクマ=ワー=ファリン様と策もなく対立した若き議員。無謀な若者と侮っていました」
「それは二年前の私。ジクマ閣下の下で多くを学びました。閣下は政治の師でありますから」

「おや、ケント様とは対立関係では? お父上とも?」
「それは議会だけの話。個として対立していたわけでは……父も閣下とは友人の付き合いをしていましたよ」
「それは初耳です」

「お二方とも派閥の盟主。友であっても一線引く必要がありますから。お互い、議員になってからは交流も控えていた、と仰っていましたし」
「驚きの情報ですね」
「どうぞ、広めても構いませんよ。誰も信じませんから」
「ふふふ、やめておきます。ウソつき扱いはたまりませんから……となると、一つ疑問が?」


 このノイファンの疑問の続きを、私は先んじて言葉に表す。
「政敵であり養子であったとはいえ、何故、友の息子である私を王都から追い出し、辺境へ左遷したのか、ですか?」
「ええ」
「簡単なことですよ。破った政敵に対して、派閥のおさとして温情は掛けられない。個の感情よりも、組織。そして、国家の大事が勝る。それだけのことです」


 私はさも当然と答えた。
 すると、ノイファンは軽く舌唇を噛み、言葉を漏らす。

「まだ、お若く、そこに至るような年ではないでしょうに。そして、今回の出来事における立ち回り……貴方のような存在が若く達観され、優秀であるのに左遷されてしまう。王都の議会とは恐ろしい場所なのでしょうな」
「伏魔殿と揶揄られてますが、概ねその通りかと」

「なんと、恐ろしい。そして、そんな恐ろしい場所から来たケント様に、私たちは何を要求されるのか?」
「ふふ、そうですね。今回の件はアルリナの恥部。それを私に覗かれてしまった。ですので、それ相応の要求をするつもりです」
「それで、我々に求めるものは?」


 私は一呼吸おいて、言葉に凄みを利かせる。
「まずは、エクアが描いたサレート=ケイキの絵の回収」
「全てですか?」
「もちろんだ。追いきれないという返事を聞く気はない」
「わ、わかりました」

「それと贋作の件に関して、絶対にエクアの名前が表に出ないように。彼女の将来を奪うようなことは許さない。これらはあなたにも責があること。必ず、守ってもらう」
「も、もちろんです」

「あとは、私の名を出すのは控えてもらいましょうか」
「え? しかし、町ではあなたとムキ=シアンのやり取りが広まっていますし、それは無理な相談かと」

「町に広まった分は諦めます。だが、王都に報告する公式の書類から私の名を消しておいて欲しい。ムキとの対立。こちらに正当性はありますが、さすがに左遷先でいきなり一騒動起こしたのは具合が悪い」

「ああ、そういうことならば……」
「それに、あなたが描いたムキ逮捕の計画には兵士警吏も意気込んでいたでしょう。それを横から奪うのは心苦しいですから」
「そうですか。ご配慮、感謝いたします」

 必要となる事柄を伝え終え、次はいよいよ私の本命。
 ムキ=シアンを退治することによって得られた利益の回収だ。
 私は声から凄みを消して、爽やかな朝の散歩のようなリズムで言葉を続ける。


「と、ここまでは良しとして。ここからが私の大本命なのですが……………………ということで構いませんか?」
「え、ええ。その程度なら。ですが、本当にそれだけで?」
「トーワとアルリナは隣同士、できれば仲良くやっていきたいと願っていますからね。多くを望む気はないですよ」
「そういうことならばありがたいですが……」

「要求が小さすぎて不安ですか?」
「ええ、まぁ……」
「ならば、少し張り込みましょう。私が領主である間、トーワとの関税を免除してもらいたい」

「そう言われましても……トーワにはケント様お一人ですよ?」
「要求が小さすぎて不安なのでしょう? だから、かなりの要求をしたつもりですが。一方的な税の撤廃は普通なら考えられません」
「それはそうですが……」


 ノイファンは首を傾げる。
 本命となる要求があまりにも小さく、追加の要求は領民も産業もなく、呪われた大地だけがある古城トーワの関税の免除では意味不明なので仕方がない。
 私は彼の疑問を無視して、些末な用事を片付ける。 

「ああっと、忘れていた。傭兵たちの扱いはどのように?」
「本来ならムキ=シアンの協力者として、そして今まで町で行った横暴を併せてかなりの重刑になるはずですが、彼らは今回のムキ逮捕に協力したと訴えてますから」
「ふむ、協力ですか……」

「ええ、ケント様の協力者だと」
「はぁ、そうきたか……まぁ、そうなるか。申し訳ない。不満はあるでしょうが、今回の働きを考慮の上、罪一等を減じて頂きたい」

「ええ、配慮致します。ちょうど、新しい港の整備に人手が必要でしたから、彼らを奴隷に落とし扱き使いましょう。港の竣工の暁には、恩赦を与えます」
「ふふ、かなり手緩い裁定ですね」
「曲がりなりにも連中を町の発展に寄与させれば、厳罰を求める住民の一部は拳を下げてくれるでしょう。残りは時間に任せ、折を見て対処するつもりです」

「上手く収まるといいですね」


 ここから私は話を少し巻き戻し、名前だけの登場人物に触れる。
「そういえば、ジェイドおじ様なる者はどこへ? エクアの話では最近はあまり顔を見せていないとか」
「彼はムキ=シアンに寝返ろうとしまして。まぁ、作戦も佳境でしたので……」
「おや、理由があったのですね。てっきり、作戦が事を成そうとしたので、用済みとなり消したのかと思いました」
「さすがにそこまでは……」

「まぁ、理由はどうあれ、彼が消えたことで何かしらの事が佳境に入っている――と、わかりましたから」
「あの者の死が、時の鐘の役割になっていたとは……死に対する心構えといい、本当に精悍な顔立ちからは想像できないお方ですね、ケント様は」
「ふふふ」

 
 私は含み笑いを漏らし、ムキの屋敷に顔を向ける。
 その動作に合わせるように、ノイファンが声を出す。

「ケント様だけでは大変でしょう。落ち着き次第、こちらで人手を用意します」
「それは嬉しい申し出。有難く受けましょう」
「それでは、そろそろ私は。この年になると夜ふかしは堪えますから」
「そうですか。老若男女問わず身体は資本。ですので……」

 
 私は柔らかな笑みに優し気な死の香りを織り交ぜて、諭すようにこう伝える。
「これ以上、私を深く追うのはお止めになられるよう忠告しておきます」
「え?」
「私の背後にある父の存在を知ったあなたは、当然、さらに深く私を探ろうとしたはず」

「……ええ。養子を迎えたというところまでは調べがつきましたが、ケント様が一体どこの家柄の者で、どこからやってきたのかが全く掴めませんでした」
「それは気になるでしょう。ですが、そこまでにしておいた方がいい」
「わかりました。これ以上調べぬよう、伝えておきます」

「それは手遅れです」
「手遅れ?」
「調べようとした者は、もう、この世にはいないでしょうから……」
「そ、そうですか……」
「では、御自愛ください」

 
 私が会釈をすると、ノイファンは震えを残しながら会釈を返し、無言のまま正面の門へ歩いて行った。
 門から彼が出ていく。すると、それを見計らったように、土産屋の親父が姿を現した。
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