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第五章 善のベールを纏う悪人
答え合わせ
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「ふがが? ふが?」
「……まさかと思うが、まだ状況が理解できていないのか?」
「ふがが」
「なんてことだ。結構、格好をつけて宣言したというのに、これでは私が馬鹿みたいじゃないか……」
そう愚痴ると、ノイファンが大きめの笑い声を出す。
「はははは、あなたの気迫に怯えはしたものの、やはり自分が追い詰められたことがないため、そちらの方は相当鈍いようですな」
「はぁ~、台無しだな。では、鈍いお前でもわかるように伝えよう」
「ふが」
「いいか、お前はお前の知らない罪まで背負う。しかし、当然お前は王都での裁きの場で、知らないと言う。それに対し、取調官はお前の悪事を検証するだろうな」
「ふがふが」
「それでは困るのだ。お前はこの港町アルリナを、清い町として存続させるための犠牲。王都まで生きていては困る。だから、王都へ向かう途中で……わかるな?」
「ふが……ふががががっ!」
ここまで説明すれば、さすがに鈍いムキでもこれから起こる未来を察したようで激しく暴れ出した。
だが、大柄な戦士に押さえつけられ、抵抗が意味を成していない。
私は色薄い現実に、鮮明な恐怖を炙り出す。
「お前に猿轡をしたのは表向き、舌を噛むなどをして自害させないため。その実は、余計なことをしゃべらせないためだ。ノイファン殿、彼はどのように? 事故死? 病死?」
「他殺ですね。ムキを恨む者は大勢いる。そのため、彼は護送中に何者かに殺害された。恨みによる犯行なので惨たらしいものになるでしょうが」
「そうですか。しかし、他殺とはベタですな」
「脚本とはベタな方が受けが良いものですよ」
「なるほど、参考にしましょう。それでは、ムキ殿。短い旅路を……」
私は手のひらを広げ、指先のみをちょろちょろっと動かし、微笑みとともにムキを送り出す。
彼は激しい抵抗を見せていたが、大柄な戦士に担ぎ上げられ、抵抗虚しく、門の外へ姿を消していった。
兵士や警吏たちが走り回る喧騒の中で、私たちは夜の静けさを身に染み渡らせる。
先に静けさを破ったのは、ノイファンだった。
「いやはや、恐ろしいお方だ。訪れたばかりでこちらの内情をこうまで把握していようとは」
「ふふ、具体的なことはわかりませんよ。だが、表層をなぞるだけでも十分危険な町……だった」
「むむ~」
ノイファンは眉間に皺を深く刻み、唸り声を上げた。
私は周囲に視線を飛ばす。
兵士や警吏は忙しく仕事を行い、ムキの警備や女中たちも彼らに振り回されている。
屋敷の玄関近くにはギウが座っており、エクアが膝元で小さな寝息を立てていた。
時は深夜。屋敷への侵入。ムキとのやり取り。そして涙。
幼い少女にとって、肉体的にも精神的にも限界だったのであろう。
誰にも私たちの会話が届かぬことを確認し、私はゆるりと言葉を漏らし始めた。
「念のために、答え合わせといきましょうか」
「む~、私としては耳が痛いことになりましょうが……聞きましょう」
「では……ああ、そうそう。話の前に一つだけ?」
「何でしょうか?」
「この話にはまだ、ある重要人物が出てきていませんね」
「それは?」
「エクアのパトロンで彼女の絵をムキに紹介した、ジェイドおじ様です。彼がどこに行ったのか? 実は私にも謎なんですよ。予想はつきますが」
「…………続けてください」
「ふふ、では一先ず、彼の存在は脇に置き、アルリナで何が起こっていたのかを順を追って話していきましょう……」
――私は語る。このアルリナに棲まう、巨悪の存在を……。
この港町アルリナでは、ムキ=シアンが我が物顔に振舞っていた。それは確かだが、それを隠れ蓑にノイファン殿、あなたは暗躍していた。
実際に、この町の要である港は商人ギルドの統治下にあり、また、傭兵どもが威張り散らしていたが、治安の手綱はあなたがしっかりと握っていた。
「つまり、町の者たちが思っているほど、ムキはアルリナを掌握していなかった。なにせ、ノイファン殿、あなたは決して町の要となるものを手放していなかったからだ。特に港の管理権をね」
「ふふ」
薄くノイファンは笑う。
彼の小さな音を舞台の曲として、話は進む――。
港を統治していたあなたは、ムキが何をどこに運んでいたのかを把握していた。それは違法なものを含め、全てを。
しかし、それらを見逃していた。
そこには見逃すことで得た益も存在するでしょう。
さらには、ムキの悪事を隠れ蓑に使い、商人ギルドも非合法な商売を行っていた。
そう、程度の差はあれ、アルリナの支配者たちは悪事を行っていた……。
だがある日、ムキは危険な橋を渡ることになる。
それは貴族相手の贋作の取引……。
「屋敷の倉庫でいくつもの美術品を見ました。エクアの見立てではあそこにあったものは全て、偽物……」
「うむ、まったく、馬鹿な真似をしたものです」
短く言葉を漏らし、彼は口を閉じた。
無音の彩りに押され、さらに物語を歩む――。
ムキはエクアの絵以外にも贋作を扱っていた。
そしてそれらを、港町アルリナから遠く離れた、海の向こうの町に住む貴族たちに売りつけていた。
この時点でのあなたは、これらを許容していた。
それはアルリナに対する危険が少なかったからだ。
それどころか商人ギルドは、ムキから港の使用料という名の口止め料を取っていた。
だが、これはムキにとって大変面白くないこと。
このままではずっと、あなたの言いなりだ。
「だからムキは、顧客の新規開拓を行った。それはここより北方に位置する大都市『アグリス』だ。アグリスならば港など必要ない。なにせ、アルリナとアグリスは街道でつながっている。北へ馬車を走らせるだけでいい」
「ムッ」
彼のこめかみがピクリと動く。
それは今となっても苦々しい思いが広がるからだろう。
だが、彼の苦みは私の甘味となる。
舌先に広がる甘みは、私を饒舌にした。
「……まさかと思うが、まだ状況が理解できていないのか?」
「ふがが」
「なんてことだ。結構、格好をつけて宣言したというのに、これでは私が馬鹿みたいじゃないか……」
そう愚痴ると、ノイファンが大きめの笑い声を出す。
「はははは、あなたの気迫に怯えはしたものの、やはり自分が追い詰められたことがないため、そちらの方は相当鈍いようですな」
「はぁ~、台無しだな。では、鈍いお前でもわかるように伝えよう」
「ふが」
「いいか、お前はお前の知らない罪まで背負う。しかし、当然お前は王都での裁きの場で、知らないと言う。それに対し、取調官はお前の悪事を検証するだろうな」
「ふがふが」
「それでは困るのだ。お前はこの港町アルリナを、清い町として存続させるための犠牲。王都まで生きていては困る。だから、王都へ向かう途中で……わかるな?」
「ふが……ふががががっ!」
ここまで説明すれば、さすがに鈍いムキでもこれから起こる未来を察したようで激しく暴れ出した。
だが、大柄な戦士に押さえつけられ、抵抗が意味を成していない。
私は色薄い現実に、鮮明な恐怖を炙り出す。
「お前に猿轡をしたのは表向き、舌を噛むなどをして自害させないため。その実は、余計なことをしゃべらせないためだ。ノイファン殿、彼はどのように? 事故死? 病死?」
「他殺ですね。ムキを恨む者は大勢いる。そのため、彼は護送中に何者かに殺害された。恨みによる犯行なので惨たらしいものになるでしょうが」
「そうですか。しかし、他殺とはベタですな」
「脚本とはベタな方が受けが良いものですよ」
「なるほど、参考にしましょう。それでは、ムキ殿。短い旅路を……」
私は手のひらを広げ、指先のみをちょろちょろっと動かし、微笑みとともにムキを送り出す。
彼は激しい抵抗を見せていたが、大柄な戦士に担ぎ上げられ、抵抗虚しく、門の外へ姿を消していった。
兵士や警吏たちが走り回る喧騒の中で、私たちは夜の静けさを身に染み渡らせる。
先に静けさを破ったのは、ノイファンだった。
「いやはや、恐ろしいお方だ。訪れたばかりでこちらの内情をこうまで把握していようとは」
「ふふ、具体的なことはわかりませんよ。だが、表層をなぞるだけでも十分危険な町……だった」
「むむ~」
ノイファンは眉間に皺を深く刻み、唸り声を上げた。
私は周囲に視線を飛ばす。
兵士や警吏は忙しく仕事を行い、ムキの警備や女中たちも彼らに振り回されている。
屋敷の玄関近くにはギウが座っており、エクアが膝元で小さな寝息を立てていた。
時は深夜。屋敷への侵入。ムキとのやり取り。そして涙。
幼い少女にとって、肉体的にも精神的にも限界だったのであろう。
誰にも私たちの会話が届かぬことを確認し、私はゆるりと言葉を漏らし始めた。
「念のために、答え合わせといきましょうか」
「む~、私としては耳が痛いことになりましょうが……聞きましょう」
「では……ああ、そうそう。話の前に一つだけ?」
「何でしょうか?」
「この話にはまだ、ある重要人物が出てきていませんね」
「それは?」
「エクアのパトロンで彼女の絵をムキに紹介した、ジェイドおじ様です。彼がどこに行ったのか? 実は私にも謎なんですよ。予想はつきますが」
「…………続けてください」
「ふふ、では一先ず、彼の存在は脇に置き、アルリナで何が起こっていたのかを順を追って話していきましょう……」
――私は語る。このアルリナに棲まう、巨悪の存在を……。
この港町アルリナでは、ムキ=シアンが我が物顔に振舞っていた。それは確かだが、それを隠れ蓑にノイファン殿、あなたは暗躍していた。
実際に、この町の要である港は商人ギルドの統治下にあり、また、傭兵どもが威張り散らしていたが、治安の手綱はあなたがしっかりと握っていた。
「つまり、町の者たちが思っているほど、ムキはアルリナを掌握していなかった。なにせ、ノイファン殿、あなたは決して町の要となるものを手放していなかったからだ。特に港の管理権をね」
「ふふ」
薄くノイファンは笑う。
彼の小さな音を舞台の曲として、話は進む――。
港を統治していたあなたは、ムキが何をどこに運んでいたのかを把握していた。それは違法なものを含め、全てを。
しかし、それらを見逃していた。
そこには見逃すことで得た益も存在するでしょう。
さらには、ムキの悪事を隠れ蓑に使い、商人ギルドも非合法な商売を行っていた。
そう、程度の差はあれ、アルリナの支配者たちは悪事を行っていた……。
だがある日、ムキは危険な橋を渡ることになる。
それは貴族相手の贋作の取引……。
「屋敷の倉庫でいくつもの美術品を見ました。エクアの見立てではあそこにあったものは全て、偽物……」
「うむ、まったく、馬鹿な真似をしたものです」
短く言葉を漏らし、彼は口を閉じた。
無音の彩りに押され、さらに物語を歩む――。
ムキはエクアの絵以外にも贋作を扱っていた。
そしてそれらを、港町アルリナから遠く離れた、海の向こうの町に住む貴族たちに売りつけていた。
この時点でのあなたは、これらを許容していた。
それはアルリナに対する危険が少なかったからだ。
それどころか商人ギルドは、ムキから港の使用料という名の口止め料を取っていた。
だが、これはムキにとって大変面白くないこと。
このままではずっと、あなたの言いなりだ。
「だからムキは、顧客の新規開拓を行った。それはここより北方に位置する大都市『アグリス』だ。アグリスならば港など必要ない。なにせ、アルリナとアグリスは街道でつながっている。北へ馬車を走らせるだけでいい」
「ムッ」
彼のこめかみがピクリと動く。
それは今となっても苦々しい思いが広がるからだろう。
だが、彼の苦みは私の甘味となる。
舌先に広がる甘みは、私を饒舌にした。
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