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第三章 アルリナの影とケントの闇
画家の癒し手
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感情が抑えられず、ひたすらに涙を落とし続けるエクア。
キサの母が、キサを呼ぶ。
裏口から出てきたキサは母親から話を聞き、エクアの手を引いて家の中へ導いていこうとした。
その時、エクアは自分の手を握るキサの手に、深いひっかき傷があることに気づく。
「あの、手、ケガしてるけど?」
「ああ、これ。お野菜を洗ってた桶を洗おうとしたら、たわしで自分の手を洗っちゃったの。とっても痛いのにお母さんったら、ボーとしてるからって言うんだよ。ひどいよね~」
「ふふ、そうなんだ」
キサは涙を流していたエクアに物怖じすることなく、いつもの調子で言葉を返した。
だが、そのおかけでエクアに笑顔が戻る。
彼女はキサの前にしゃがみ込み、ケガを負った両手を包む。
「この程度なら私でも治せるから、少しむずがゆいと思うけど我慢してね」
「へ?」
淡い新緑の輝きがエクアの両手に宿る。
すると、あっという間にキサの傷がなくなってしまった。
「すご~い、すごいよ! お姉ちゃん!」
「ふふ、そんなことないよ」
喜びと驚きの混じる声を出すキサと、照れ笑いを見せるエクア。その二人に、私と若夫婦は大きく目を見開いた。
私は声を震わせ、エクアに尋ねる。
「今のまさか、治癒魔法か?」
「え? はい、そうですが…………あっ」
彼女はどうして私たちが驚いているのかに気づき、すぐさま頭を下げた。
「すみません、ヴァンナスだと治癒魔法の使用には免許が必要なんですよね。それなのに私ったら」
彼女の言うとおり、ヴァンナス国では治癒魔法には制約がある。
行使できるのは教会に所属している癒しの神官と、正しい医療知識を身に着けて免許を取得した者のみ。
それ以外の者には治癒魔法の使用を禁じている。
これらには理由がある。それは、治癒魔法には危険が伴うからだ。
治癒魔法とは怪我の治りを促進させることのできる大変便利なものだが、その反面、知識がない者が使用すると大きな医療被害を被ることになる。
例えば、大きく損傷した器官を再生したものの、力の調節が甘いと別の組織との癒着が生じ、そこから壊死を起こすことがある。
そのため、体の構造をしっかり理解し、内臓器官の役割を把握した人間のみが治療を行うことを許されている。
だが、エクアは南方の大陸ガデリの出身。
あちらには治癒魔法の免許制度がないのだろう。
それで思わず、キサに使ってしまったようだ。
私は違法行為を行ってしまい、怯えを見せるエクアに優しく声を掛けた。
「いや、今のような日常の傷程度ならば目くじらを立てる必要はない。擦り傷程度なら、免許を持たず治癒魔法を行使しても問題視されることはないからな」
「あ、そうなんですか……」
「ああ、だからそう身構える必要もない。しかし、エクアが治癒魔法を使えるのは驚いた」
「それは、父の影響です」
「父? たしか、医者だったか?」
「はい。父は医者であり、治癒魔法を得意としていました。そのため正当な医療知識と、治癒魔法による治療知識を備えてましたから」
「そうか。素晴らしい人だったのだな」
双方の知識を会得している人材は貴重。このヴァンナスでも免許を取得し、十分にやって行けたであろう。むしろ、ガデリにいるよりもこちらにいた方が待遇が良かったに違いない。
飢饉から逃れ、ヴァンナスを目指した理由も頷ける。
「ふふ、エクアは父と母の才を引き継いでいるのだな」
「そ、そんな、わたしなんてまだまだ」
謙遜するエクア。そこにキサが素直な思いをぶつける。
「そんなことないよ、エクアお姉ちゃんすごいよ!」
「べ、べつにすごくなんか」
「ううん、すごいよ! そして、カッコいい!」
「ふふ、そんな、もうやめてよっ。なんか、照れちゃうから」
二人は出会ったばかりだというのに、仲良さげに言葉を掛け合う、
これならばエクアを預けても寂しがることはなさそうだ。
エクアのことはキサに任せることにした。
二人は家の奥へと消え、サレート=ケイキの模倣画はキサの母が奥へと運び込んでいった。
キサの母が、キサを呼ぶ。
裏口から出てきたキサは母親から話を聞き、エクアの手を引いて家の中へ導いていこうとした。
その時、エクアは自分の手を握るキサの手に、深いひっかき傷があることに気づく。
「あの、手、ケガしてるけど?」
「ああ、これ。お野菜を洗ってた桶を洗おうとしたら、たわしで自分の手を洗っちゃったの。とっても痛いのにお母さんったら、ボーとしてるからって言うんだよ。ひどいよね~」
「ふふ、そうなんだ」
キサは涙を流していたエクアに物怖じすることなく、いつもの調子で言葉を返した。
だが、そのおかけでエクアに笑顔が戻る。
彼女はキサの前にしゃがみ込み、ケガを負った両手を包む。
「この程度なら私でも治せるから、少しむずがゆいと思うけど我慢してね」
「へ?」
淡い新緑の輝きがエクアの両手に宿る。
すると、あっという間にキサの傷がなくなってしまった。
「すご~い、すごいよ! お姉ちゃん!」
「ふふ、そんなことないよ」
喜びと驚きの混じる声を出すキサと、照れ笑いを見せるエクア。その二人に、私と若夫婦は大きく目を見開いた。
私は声を震わせ、エクアに尋ねる。
「今のまさか、治癒魔法か?」
「え? はい、そうですが…………あっ」
彼女はどうして私たちが驚いているのかに気づき、すぐさま頭を下げた。
「すみません、ヴァンナスだと治癒魔法の使用には免許が必要なんですよね。それなのに私ったら」
彼女の言うとおり、ヴァンナス国では治癒魔法には制約がある。
行使できるのは教会に所属している癒しの神官と、正しい医療知識を身に着けて免許を取得した者のみ。
それ以外の者には治癒魔法の使用を禁じている。
これらには理由がある。それは、治癒魔法には危険が伴うからだ。
治癒魔法とは怪我の治りを促進させることのできる大変便利なものだが、その反面、知識がない者が使用すると大きな医療被害を被ることになる。
例えば、大きく損傷した器官を再生したものの、力の調節が甘いと別の組織との癒着が生じ、そこから壊死を起こすことがある。
そのため、体の構造をしっかり理解し、内臓器官の役割を把握した人間のみが治療を行うことを許されている。
だが、エクアは南方の大陸ガデリの出身。
あちらには治癒魔法の免許制度がないのだろう。
それで思わず、キサに使ってしまったようだ。
私は違法行為を行ってしまい、怯えを見せるエクアに優しく声を掛けた。
「いや、今のような日常の傷程度ならば目くじらを立てる必要はない。擦り傷程度なら、免許を持たず治癒魔法を行使しても問題視されることはないからな」
「あ、そうなんですか……」
「ああ、だからそう身構える必要もない。しかし、エクアが治癒魔法を使えるのは驚いた」
「それは、父の影響です」
「父? たしか、医者だったか?」
「はい。父は医者であり、治癒魔法を得意としていました。そのため正当な医療知識と、治癒魔法による治療知識を備えてましたから」
「そうか。素晴らしい人だったのだな」
双方の知識を会得している人材は貴重。このヴァンナスでも免許を取得し、十分にやって行けたであろう。むしろ、ガデリにいるよりもこちらにいた方が待遇が良かったに違いない。
飢饉から逃れ、ヴァンナスを目指した理由も頷ける。
「ふふ、エクアは父と母の才を引き継いでいるのだな」
「そ、そんな、わたしなんてまだまだ」
謙遜するエクア。そこにキサが素直な思いをぶつける。
「そんなことないよ、エクアお姉ちゃんすごいよ!」
「べ、べつにすごくなんか」
「ううん、すごいよ! そして、カッコいい!」
「ふふ、そんな、もうやめてよっ。なんか、照れちゃうから」
二人は出会ったばかりだというのに、仲良さげに言葉を掛け合う、
これならばエクアを預けても寂しがることはなさそうだ。
エクアのことはキサに任せることにした。
二人は家の奥へと消え、サレート=ケイキの模倣画はキサの母が奥へと運び込んでいった。
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