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第二章 たった二人の城

ギウギウギウ、ギ~ウ

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 突如、目の前に現れた、巨大な青魚の着ぐるみを着た人間のような生物。
 私は魔族かと思い、身構える。


――我々の住む世界には獣・魔物・種族、そして魔族が存在する。


 『獣』は家畜やペットなどの人々の役に立ち、とても身近な存在。
 『魔物』は獣の中でも、人間の脅威となる存在。
 熊や狼などが獣か魔物かという議論はあるが、魔物の多くは魔力を帯びた力を持っているので、私の見解では熊や狼は獣に分類される。


 次に『種族』――コミュニケーションが可能な存在を指す。
 その者が人間であれ、獣人であれ、流動生命体であれ、互いに意志の疎通が可能ならば種族という分類に分けられる。


 残るは『魔族』――彼らはあらゆる生物の中で最も獰猛で、恐ろしいほどに強い。
 さらに知性など全くなく、魔族以外の生物の血を喰らい肉を喰らう……。
 また、大きな外傷を受けない限り、身体は強再生し、仕留めるのは困難を極める。
 
 外見は千差万別だが、主に獣のような姿をしているため、獣人と混同されることもしばしば。
 しかし、一言会話を交わせばそれはすぐにわかる。
 魔族は言葉を持たず、身振り手振りによる意思の疎通も不可能。
 全ての生命体にとって、絶対的な敵なのだ。

 
 私は視線を魚人に合わせながら、ゆっくりと釣り糸を戻す。
(もし、魔族ならば、剣と銃を城に置いてきたのは失敗だったな。いや、仮に持ってきていても魔族相手では歯が立たぬか)

 ごくりと恐怖が喉を鳴らす。
 だが、瞳はしっかりと魚人を見つめ、その瞳は彼が手に持つ銛に止まった。

(道具を使っている。ということは、魔族ではないのか?)
 魔族は道具など使わない。
 素手で獲物に襲いかかり、牙で獲物の肉を引き裂く……。

 つまり、銛を持つ目の前の魚人は魔物ではないということだ。
 だが、得体のしれない存在であることもたしか。
 この魚人は王都には存在しない生物。
 彼は、この地域特有の種族なのだろうか?


(なんにせよ、話しかけてみるしかないか)
 私は小さな深呼吸を行い、できるだけ好意的に話しかけてみた。


「やぁ、初めまして。私はヴァンナス国より、この古城トーワを拝領したケントと申す者だ。失礼だが、君は?」
「……ギウ」
「ギウ、という名前なのか?」
「ギウ、ギウギウギウ、ギウ~ギウ」
「ん、なんだ?」
「ギウギウギウ、ギウ」

「ま、まさか、言葉を話せないのか?」
「ギウ」

 魚人はコクリと頷いた。正確に言えば身体全体を前に揺らしたのだが、おそらく人のように首が動かせないのだろう。
 それはさておき、問いに返事をするということは、言葉は解せないがこちらの言葉は理解しているようだ。
 少なくとも、魔族ではないことに恐怖心が和らぐ。


「ふぅ、とりあえず、私の言葉は理解できているのだな。それで君は、ここで何を?」
「ギウ」
 
 魚人は大きく真っ黒な目で、私の銀の瞳を覗き込むように見つめてきた。

「な、なんだ?」

 しばらく無言で見つめられ、『ギウ?』と疑問符の宿る声を出すが、次に『ギウ……』と深い音の宿る声を上げた。
 銀の瞳が珍しくて驚いたのか……正直、彼が何を思っているのかはさっぱりだ。

 魚人は何かの疑問を捨て去るかのように、身体を左右に振り、銛で私の釣り竿を指した。
「ん、これか? これは釣り竿で、ここで魚を釣ろうとしていたんだ」
「ギウ~」

 彼は……彼女かもしれないが、彼は穏やかな海を見て、肩を落としながらため息をついた。
 肩はないから前のめりになっただけだが。
 その様子から呆れられているように感じる。

「ギウ、ギウギウッ」

 彼は後ろを振り向き、尾ひれを見せる。
 そして、銛を前に振った。

「ついてこい? と言っているのか?」
「ギウ」

 彼は返事をし、ずんずんと城の崖下の方へ歩き出した。
「ま、待て……し、仕方ないっ」

 突飛な出来事を前に、その時の私は冷静さを欠いていたのかもしれない。
 魚人が案内する先にどのような危険があるのかも考えずに、母を追う幼子のように、彼のふりふり揺れる尾ヒレの後ろをついて行った。
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