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第二章 たった二人の城
浜辺になんか居た
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トーワとアルリナを繋ぐ森で一晩を明かし、早朝の古城トーワへと戻ってきた。
町で購入した品々を古城の倉庫に置く。
その倉庫の荷物に紛れているはずのトーワに関する書類を探すが、どの荷物に入れたのかが全く分からない。
「はぁ~、ない……朝食を取ってから探すか」
私は文字から逃げたくて、朝食に意識を移した。
アルリナで購入した釣り竿を手にしながら、自身の変わりように驚く。
(昔は書類を読むことも作成することも苦ではなかったのだがな。やはり、興味のあるものとそうでないものでは差があるということか)
王都では文字や数字に塗れた生活を送っていた。
研究員から議員に転向して以降も同じく文字や数字に追われていたが、自分の本分とはかけ離れたものに嫌気が差していた。
その結果、今では書類というものが死ぬほど嫌いになっている。
釣り竿を軽く振りながら、ボロボロの倉庫を見回す。
(名ばかり領主……で、良かった。まともな領地ならば、今頃書類に追われる毎日であったろうからな)
私は手に取った釣り竿の代わりに剣を置く。
そして、箱から取り出し腰に挟んでいた銃も置いた。
「釣りに行くだけだし、武器はなくとも大丈夫だろう。どのみち、両方とも使えないからな」
剣はまともに握ったことがないため、完全に見掛け倒し。
銃ももちろん撃ったことがない。試し撃ちをしてみたいが、弾が六発しかないためそれもできない。
「銃を使う時は、本当にいざという時だけだな。はぁ、弾を製造できればいいのだが。製造に必要なのは、弾頭に薬莢に火薬に雷管か?」
弾頭や薬莢や火薬はどうにかなっても、火薬に点火するための雷管はそれなりの知識がないと加工が難しい。
「父さんならば簡単に作れようが、私ではなぁ。はは、まったく、もっと高度な技術であれば操れるというのに、私はバランスの悪い知識を持ってしまった。弾はいずれ、旅の錬金術士あたりに製造を依頼しよう。今は、釣りだ」
釣り竿と小さなスコップ、そして大きめの木製のバケツを持って倉庫から出ていく。
「さて、朝食に焼き魚といくか。老翁の教え通りやれば、何とかなるだろ」
一階の廃墟と化したエントランスへ向かう。
その際、空いた部屋に購入した四羽のニワトリを放し飼いにしておいた。
壁の上部は崩れているが彼らは飛べないので逃げることはない。
藁と飼料を適当にばら撒いて、背丈の高い木の板で出口を塞ぐ。
板の支えには転がっていた瓦礫を置いた。
「よし、元気な卵を産んでくれよ。そうしないと、お前たちがごはんになっちゃうぞ」
ニワトリたちは私の言葉を無視して、顎下にある肉ひげを震わせながら飼料をつつく。
少し寂しい……。
だが、この食欲旺盛っぷりならば、明日の朝には新鮮な卵が手に入りそうだ。
コケコケと鳴く声に見送られ、釣り竿を手に城の外へと出る。
そして、城の背後にある海を目指すが、城の奥は切り立った高い崖であったため降りられない。
どうしたものかと辺りを見回す。すると、北へ少し歩いた場所に、草に包まれた石階段を見つけた。
そこから海岸に降りられそうだ。
階段を降り、海岸に立つ。
海岸に広がる砂は白くとてもきめ細やか。
手ですくい下へ落すと流れるようにさらさらと音を立てて砂浜へ帰って行った。
次に、海へ目を向ける。
岸周辺は海の色と砂の色が交わり、透明度の高い、薄い水色を見せている。
水が海へと進んでいくとエメラルドグリーンの境界線が現れる。
そこからどんどん青が深くなり、やがては濃藍へ変わっていく。
空にはふたつの太陽。
一つは眩く輝く、『光の太陽テラス』。もう一つは遥か先で小さな瞬きを放つ、『揺らぎの太陽ヨミ』。
ふたつの太陽の恩恵を受けて、空には青が広がり、海には青が溶け込む。
どちらの青も、美しい……。
「ふふ、この風景を独り占めとは贅沢な話だ。海も浜も穏やかで清らか。もう少し暖かくなったら海水浴が楽しめそうだな。だが、それはまだ先の話。娯楽よりも食欲こそが生命の是!」
私は革靴を脱ぎ、履き物の裾を捲り上げ、ふくらはぎを露出する。
そして、潮の満ち引きで形を変える砂浜へ近づいていった。
潮が足首を包む。
「っ~! か、かなり冷たいな。さっさと済ませてしまおうっ。老翁の話では海水が少し被る砂浜を掘ると、魚の餌となる虫がいるそうだが……」
スコップを使い、砂浜を数度ほじる。
小さな貝に混じり、人差し指ほどのうねうねとした虫が出てきた。
「う~む、環形動物か。それも多毛類……気持ち悪いな」
この虫の名はイアコゴと言って、魚の餌にはもってこいの虫らしい。
ミミズのようにうねうねしていて、表面はぬるりとし、胴には無数の毛のような足が生えている。
老翁の話ではこれを適当な大きさに千切って釣り針に引っかけると良い魚の餌になるそうだ。
「はぁ、毒はないらしいが、あまり触れたいとは思わない。だが、魚のためだ。慣れなければ……」
うねうねと動き回るイアコゴを両手で摘まみ、胴体を引き千切る。
千切られた胴体は動きを止めることなく、うねうねうねうねうねうね。
「精神的にくるな、これは。それに、食糧確保のためとはいえ胴体を千切るのは少々気が引ける。だが、これも人の業というもの。大人しく私の朝食を釣り上げてくれ」
釣り針にイアコゴをひっかける。
まだ、うねうねしている。
「なるほど、魚たちはこのうねうねを良い餌だと思い食いつくわけだ。ではっ」
老翁に教えられた通り、背後に気をつけて、指で釣り糸を押さえ、大きく弧を描くように、海ではなく空へ向かって投げる。
重石の重みが指に伝わったところで釣り糸を離す。
すると、リールが勢いよく回転して、釣り針は海の奥へと飛び込んでいった。
「こんな感じか? で、待つと」
じっと、魚がかかるのを待つ…………。
――ザザァ、ザザァと潮騒のみが広がる。
何一つ変わりない時間が流れ、意識がゆっくりとぼやけていく。
降り注ぐ春の陽気と、時折顔を撫でる風が、さらに意識を深く深く沈めて、
「って、いかんいかん。寝てしまうところだった! どういうことだ? 全く反応がないぞ!?」
いったん、釣り針を戻し、海を観察する。
透明度の高い海には魚の影すらない……。
「もしかして私は、凄く間抜けなことをしているのでは?」
魚のいない場所で釣り糸を垂らす。
一体なにをしようとしているのか?
「困ったな。釣りとは、海に釣り糸を垂らせば勝手に魚が掛かるものだと思っていた。場所も大事なのだな。さて、どうしたものか?」
きょろきょろと辺りを見回す。
北は延々と砂浜が続き、視界が霞む先に岩山がある。砂浜のすぐ西には呪われた大地。
南には……っ!?
「な、なに!?」
南の少し先に崖。その上に、我が家である城が建っている。
が、視界に入ったのはそれだけではない。
「あれは、なんだ?」
銀の瞳には奇妙な生き物が映る。
それは二本足で砂浜に立ち、右手には先端が三叉の銛を持っている人物?
いや、人物という表現が適当なのか悩む。
なぜならば、その者の容姿は、魚そのものだったからだ!
私から少し離れた砂浜に巨大な魚が立っている。
太陽の陽射しをキラリと反射させる、蒼の交わる銀の胴体。
背中は青と黒が交じり合う色合い。
首元にエラがあり、瞳は真っ黒で感情の変化は見えず。
お顔はギュンっとした円錐形。
私の知識が確かならば、あれは青魚と呼ばれる種類だ。
その青魚から人間の手足が生え、右手には銛を携えている。
それはまるで、魚の着ぐるみを着た人間。
だが、ぬらりとした肌の質感からとても着ぐるみには見えない。
(な、な、なななな、なんだっ、こいつは!? 私の知らぬ種族か……それとも、魔族!!)
町で購入した品々を古城の倉庫に置く。
その倉庫の荷物に紛れているはずのトーワに関する書類を探すが、どの荷物に入れたのかが全く分からない。
「はぁ~、ない……朝食を取ってから探すか」
私は文字から逃げたくて、朝食に意識を移した。
アルリナで購入した釣り竿を手にしながら、自身の変わりように驚く。
(昔は書類を読むことも作成することも苦ではなかったのだがな。やはり、興味のあるものとそうでないものでは差があるということか)
王都では文字や数字に塗れた生活を送っていた。
研究員から議員に転向して以降も同じく文字や数字に追われていたが、自分の本分とはかけ離れたものに嫌気が差していた。
その結果、今では書類というものが死ぬほど嫌いになっている。
釣り竿を軽く振りながら、ボロボロの倉庫を見回す。
(名ばかり領主……で、良かった。まともな領地ならば、今頃書類に追われる毎日であったろうからな)
私は手に取った釣り竿の代わりに剣を置く。
そして、箱から取り出し腰に挟んでいた銃も置いた。
「釣りに行くだけだし、武器はなくとも大丈夫だろう。どのみち、両方とも使えないからな」
剣はまともに握ったことがないため、完全に見掛け倒し。
銃ももちろん撃ったことがない。試し撃ちをしてみたいが、弾が六発しかないためそれもできない。
「銃を使う時は、本当にいざという時だけだな。はぁ、弾を製造できればいいのだが。製造に必要なのは、弾頭に薬莢に火薬に雷管か?」
弾頭や薬莢や火薬はどうにかなっても、火薬に点火するための雷管はそれなりの知識がないと加工が難しい。
「父さんならば簡単に作れようが、私ではなぁ。はは、まったく、もっと高度な技術であれば操れるというのに、私はバランスの悪い知識を持ってしまった。弾はいずれ、旅の錬金術士あたりに製造を依頼しよう。今は、釣りだ」
釣り竿と小さなスコップ、そして大きめの木製のバケツを持って倉庫から出ていく。
「さて、朝食に焼き魚といくか。老翁の教え通りやれば、何とかなるだろ」
一階の廃墟と化したエントランスへ向かう。
その際、空いた部屋に購入した四羽のニワトリを放し飼いにしておいた。
壁の上部は崩れているが彼らは飛べないので逃げることはない。
藁と飼料を適当にばら撒いて、背丈の高い木の板で出口を塞ぐ。
板の支えには転がっていた瓦礫を置いた。
「よし、元気な卵を産んでくれよ。そうしないと、お前たちがごはんになっちゃうぞ」
ニワトリたちは私の言葉を無視して、顎下にある肉ひげを震わせながら飼料をつつく。
少し寂しい……。
だが、この食欲旺盛っぷりならば、明日の朝には新鮮な卵が手に入りそうだ。
コケコケと鳴く声に見送られ、釣り竿を手に城の外へと出る。
そして、城の背後にある海を目指すが、城の奥は切り立った高い崖であったため降りられない。
どうしたものかと辺りを見回す。すると、北へ少し歩いた場所に、草に包まれた石階段を見つけた。
そこから海岸に降りられそうだ。
階段を降り、海岸に立つ。
海岸に広がる砂は白くとてもきめ細やか。
手ですくい下へ落すと流れるようにさらさらと音を立てて砂浜へ帰って行った。
次に、海へ目を向ける。
岸周辺は海の色と砂の色が交わり、透明度の高い、薄い水色を見せている。
水が海へと進んでいくとエメラルドグリーンの境界線が現れる。
そこからどんどん青が深くなり、やがては濃藍へ変わっていく。
空にはふたつの太陽。
一つは眩く輝く、『光の太陽テラス』。もう一つは遥か先で小さな瞬きを放つ、『揺らぎの太陽ヨミ』。
ふたつの太陽の恩恵を受けて、空には青が広がり、海には青が溶け込む。
どちらの青も、美しい……。
「ふふ、この風景を独り占めとは贅沢な話だ。海も浜も穏やかで清らか。もう少し暖かくなったら海水浴が楽しめそうだな。だが、それはまだ先の話。娯楽よりも食欲こそが生命の是!」
私は革靴を脱ぎ、履き物の裾を捲り上げ、ふくらはぎを露出する。
そして、潮の満ち引きで形を変える砂浜へ近づいていった。
潮が足首を包む。
「っ~! か、かなり冷たいな。さっさと済ませてしまおうっ。老翁の話では海水が少し被る砂浜を掘ると、魚の餌となる虫がいるそうだが……」
スコップを使い、砂浜を数度ほじる。
小さな貝に混じり、人差し指ほどのうねうねとした虫が出てきた。
「う~む、環形動物か。それも多毛類……気持ち悪いな」
この虫の名はイアコゴと言って、魚の餌にはもってこいの虫らしい。
ミミズのようにうねうねしていて、表面はぬるりとし、胴には無数の毛のような足が生えている。
老翁の話ではこれを適当な大きさに千切って釣り針に引っかけると良い魚の餌になるそうだ。
「はぁ、毒はないらしいが、あまり触れたいとは思わない。だが、魚のためだ。慣れなければ……」
うねうねと動き回るイアコゴを両手で摘まみ、胴体を引き千切る。
千切られた胴体は動きを止めることなく、うねうねうねうねうねうね。
「精神的にくるな、これは。それに、食糧確保のためとはいえ胴体を千切るのは少々気が引ける。だが、これも人の業というもの。大人しく私の朝食を釣り上げてくれ」
釣り針にイアコゴをひっかける。
まだ、うねうねしている。
「なるほど、魚たちはこのうねうねを良い餌だと思い食いつくわけだ。ではっ」
老翁に教えられた通り、背後に気をつけて、指で釣り糸を押さえ、大きく弧を描くように、海ではなく空へ向かって投げる。
重石の重みが指に伝わったところで釣り糸を離す。
すると、リールが勢いよく回転して、釣り針は海の奥へと飛び込んでいった。
「こんな感じか? で、待つと」
じっと、魚がかかるのを待つ…………。
――ザザァ、ザザァと潮騒のみが広がる。
何一つ変わりない時間が流れ、意識がゆっくりとぼやけていく。
降り注ぐ春の陽気と、時折顔を撫でる風が、さらに意識を深く深く沈めて、
「って、いかんいかん。寝てしまうところだった! どういうことだ? 全く反応がないぞ!?」
いったん、釣り針を戻し、海を観察する。
透明度の高い海には魚の影すらない……。
「もしかして私は、凄く間抜けなことをしているのでは?」
魚のいない場所で釣り糸を垂らす。
一体なにをしようとしているのか?
「困ったな。釣りとは、海に釣り糸を垂らせば勝手に魚が掛かるものだと思っていた。場所も大事なのだな。さて、どうしたものか?」
きょろきょろと辺りを見回す。
北は延々と砂浜が続き、視界が霞む先に岩山がある。砂浜のすぐ西には呪われた大地。
南には……っ!?
「な、なに!?」
南の少し先に崖。その上に、我が家である城が建っている。
が、視界に入ったのはそれだけではない。
「あれは、なんだ?」
銀の瞳には奇妙な生き物が映る。
それは二本足で砂浜に立ち、右手には先端が三叉の銛を持っている人物?
いや、人物という表現が適当なのか悩む。
なぜならば、その者の容姿は、魚そのものだったからだ!
私から少し離れた砂浜に巨大な魚が立っている。
太陽の陽射しをキラリと反射させる、蒼の交わる銀の胴体。
背中は青と黒が交じり合う色合い。
首元にエラがあり、瞳は真っ黒で感情の変化は見えず。
お顔はギュンっとした円錐形。
私の知識が確かならば、あれは青魚と呼ばれる種類だ。
その青魚から人間の手足が生え、右手には銛を携えている。
それはまるで、魚の着ぐるみを着た人間。
だが、ぬらりとした肌の質感からとても着ぐるみには見えない。
(な、な、なななな、なんだっ、こいつは!? 私の知らぬ種族か……それとも、魔族!!)
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