牛と旅する魔王と少女~魔王は少女を王にするために楽しく旅をします~

雪野湯

文字の大きさ
上 下
85 / 85
第九章 百年間、得られなかった答えを手にする魔王

最終話 ここより、新たなる王の物語が始まる

しおりを挟む
――――まほろば峡谷


 峡谷――広い世界から見ればとても狭いが、ちっぽけな私たちにとっては広く深い谷。
 時折、強風が舞い、乾いた土を巻き上げてパチパチと皮膚に当たる。
 それでもカリンは瞳を閉ざすことなく、まっすぐ前を見て歩み続ける。

 私は彼女の隣に立っていたが、一歩、後ろへ下がる。
 そして貫太郎と並び、後ろに続くツキフネたちと共にカリンの背中を追い、歩む。

 谷の道の長さはせいぜい二キロ程度、先には出口の光が見えている。
 そこを目指して、無言で歩み続ける。

 そして――――ついに峡谷を抜けた。


「うわ~、すごい……」


 カリンの短くも、多くの思いを乗せた感嘆の声が世界に広がる。
 私たちも同じ思いで、彼女が見つめる先を一緒に見つめる。

 先が霞むまで広がる青々とした大地。
 瞳を少し手前に戻すと、そこには胴長な川が流れる。
 流れる川を遡った先には、白き穂先が連なる山々。
 
 瞳を川下へ向けると、濃緑な森がある。
 一度瞳を閉じて、再び開けると、瞳のそばには色とりどりの花々が咲き乱れ、リスたちが大樹の下で木の実を齧り、鳥はたわわに実った果実をつつく。

 カリンは足を一歩踏み出す。
 さらに一歩、もう一歩……歩む速度を上げて、駆け出していく。
 足首ほどの草花が覆う草原で彼女は体をくるくると回す。

「すごい、すごいすっご~い!! こんなに肥沃な大地があるなんて!! これならたくさんの人たちを集めることができる!! 居場所のない人たちを救ってあげられる!! 自分の居場所が作れるんだ!!」

 カリンは流れる川のせせらぎ、風が生み出す草原のさざなみ、豊饒な大地の実り、太陽が届ける暖かさを肌に感じて、ひたすら回り、踊り続ける。
 
 その様子を貫太郎とリディが見つめている。
「ももも! もも」
「そうだね、貫太郎さん。カリンさんったら子どもみたいにはしゃいで…………ううう~、私も、一緒に! カリンさ~ん!!」


 ツキフネとシュルマは背後にある峡谷を見上げる。
「この大地の全てを覆う峡谷か。その前には穢れた沼に乾いた大地。まさに天然の要塞」
「峡谷へ敵が届いても、道に壁を作り、侵入を抑えることもできます。封鎖はやすいですが、決して狭いわけではない。こちらからは通り抜けるには十分。もし、沼と乾いた大地に抜け道があるのならば、兵を起こして攻め入ることも可能。教会の、いえ人間族魔族双方にとっての脅威……」


 ラフィとヤエイが遠くを望む。
「地平線が見える大地。これを全て畑にできるのなら、どれだけの穀物を生産できるのでしょうか?」
「果てしないのぅ。あの先には何があるのじゃ、アルラ?」

「海がある。その海も結界で封鎖しているため、我々の大陸から遥か西方にある大陸の住人も侵入できない」
「ここは先住者が誰もおらぬ、手付かずの大地と言うわけじゃな」


 私はヤエイの瞳に促され、遠くへ瞳を置く。
 どこまでもどこまでも広がる緑の大地。
 その大地の中心ではカリンとリディが踊り、絡まり、草原に転がり、寝そべり、それを貫太郎が見守っている。


 私は百年ぶりに帰ってきた大地を目にして、ティンダルたちが消えた空を見上げた。
 そこには調律者の痕跡など全くなく、忌々しいほど青く透ける空が広がっていた。

「戻って来た。そして、異常はない。当然と言えば当然か。あればすぐにわかる。それに何より、ティンダルたちが命を投じて調律者を追い返したのだからな。異常などあるはずがない」

 私もまたカリンを追うように草原へ足を踏み入れて、寝そべり笑っているカリンとリディに手を打ちながら声をかける。

「ほらほら、はしゃぐのはそこまでだ。私たちにはやるべきことがごまんとある。まずは拠点づくり」
「で、その次は、わたしやおじさんみたいに居場所を失った人たちを集めることだね」
「そのためにはルール、いや、法も作らねばならない。身を守るための軍もな」


 カリンは体についた葉を落としながら立ち上がる。
「軍……峡谷だけじゃダメなんだ」
「この大陸は魔族と人間族が二分する。そこに第三勢力が生まれれば、仲良く、とはいかない。対話の席を持つにも、彼らと同じ場所に座れるほどの力が必要だ」

「……そうだね、悲しいけど、それが現実。でも、それよりも大事なことがある」
「それはなんだ?」
「家と畑と井戸。これがないとまず生きていけないし」
「あははは、たしかにそうだ。武器があっても腹の足しにはならん。ふ~、やるべきことは限りないな」


 頬を撫でる風は柔らかいが、やるべき仕事は白い穂先が連なる山々よりも高く厳しく積まれている。
 だが、だが……。

「全てが一から……そうであっても、期待に心躍るな」
「ふふふ、そうだね、おじさん!」

 私の隣に立ったカリンはこの広がる大地を空色の瞳に取り込んだ。

 この地上の楽園とも言える場所で、私たちは村とも呼べぬ集まりから国を興すことになる。
 困難は幾重にも重なる層となり、失われることはない。
 それでも、カリンという名の少女はひたすら前を向いて歩き、必ず成し遂げるだろう。

 人間族、魔族などの種族の垣根のない新しい国家を生み出す夢を――。

 今日、この日より、世界に居場所無き少女は王としての道を歩み始める。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

不遇職とバカにされましたが、実際はそれほど悪くありません?

カタナヅキ
ファンタジー
現実世界で普通の高校生として過ごしていた「白崎レナ」は謎の空間の亀裂に飲み込まれ、狭間の世界と呼ばれる空間に移動していた。彼はそこで世界の「管理者」と名乗る女性と出会い、彼女と何時でも交信できる能力を授かり、異世界に転生される。 次に彼が意識を取り戻した時には見知らぬ女性と男性が激しく口論しており、会話の内容から自分達から誕生した赤子は呪われた子供であり、王位を継ぐ権利はないと男性が怒鳴り散らしている事を知る。そして子供というのが自分自身である事にレナは気付き、彼は母親と供に追い出された。 時は流れ、成長したレナは自分がこの世界では不遇職として扱われている「支援魔術師」と「錬金術師」の職業を習得している事が判明し、更に彼は一般的には扱われていないスキルばかり習得してしまう。多くの人間から見下され、実の姉弟からも馬鹿にされてしまうが、彼は決して挫けずに自分の能力を信じて生き抜く―― ――後にレナは自分の得た職業とスキルの真の力を「世界の管理者」を名乗る女性のアイリスに伝えられ、自分を見下していた人間から逆に見上げられる立場になる事を彼は知らない。 ※タイトルを変更しました。(旧題:不遇職に役立たずスキルと馬鹿にされましたが、実際はそれほど悪くはありません)。書籍化に伴い、一部の話を取り下げました。また、近い内に大幅な取り下げが行われます。 ※11月22日に第一巻が発売されます!!また、書籍版では主人公の名前が「レナ」→「レイト」に変更しています。

神々の間では異世界転移がブームらしいです。

はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》 楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。 理由は『最近流行ってるから』 数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。 優しくて単純な少女の異世界冒険譚。 第2部 《精霊の紋章》 ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。 それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。 第3部 《交錯する戦場》 各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。 人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。 第4部 《新たなる神話》 戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。 連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。 それは、この世界で最も新しい神話。

【完結】帝国から追放された最強のチーム、リミッター外して無双する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】  スペイゴール大陸最強の帝国、ユハ帝国。  帝国に仕え、最強の戦力を誇っていたチーム、『デイブレイク』は、突然議会から追放を言い渡される。  しかし帝国は気づいていなかった。彼らの力が帝国を拡大し、恐るべき戦力を誇示していたことに。  自由になった『デイブレイク』のメンバー、エルフのクリス、バランス型のアキラ、強大な魔力を宿すジャック、杖さばきの達人ランラン、絶世の美女シエナは、今まで抑えていた実力を完全開放し、ゼロからユハ帝国を超える国を建国していく。   ※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。 ※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。 〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜 ・クリス(男・エルフ・570歳)   チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが…… ・アキラ(男・人間・29歳)  杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が…… ・ジャック(男・人間・34歳)  怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが…… ・ランラン(女・人間・25歳)  優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は…… ・シエナ(女・人間・28歳)  絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

処理中です...