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第九章 百年間、得られなかった答えを手にする魔王

最終話 ここより、新たなる王の物語が始まる

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――――まほろば峡谷


 峡谷――広い世界から見ればとても狭いが、ちっぽけな私たちにとっては広く深い谷。
 時折、強風が舞い、乾いた土を巻き上げてパチパチと皮膚に当たる。
 それでもカリンは瞳を閉ざすことなく、まっすぐ前を見て歩み続ける。

 私は彼女の隣に立っていたが、一歩、後ろへ下がる。
 そして貫太郎と並び、後ろに続くツキフネたちと共にカリンの背中を追い、歩む。

 谷の道の長さはせいぜい二キロ程度、先には出口の光が見えている。
 そこを目指して、無言で歩み続ける。

 そして――――ついに峡谷を抜けた。


「うわ~、すごい……」


 カリンの短くも、多くの思いを乗せた感嘆の声が世界に広がる。
 私たちも同じ思いで、彼女が見つめる先を一緒に見つめる。

 先が霞むまで広がる青々とした大地。
 瞳を少し手前に戻すと、そこには胴長な川が流れる。
 流れる川を遡った先には、白き穂先が連なる山々。
 
 瞳を川下へ向けると、濃緑な森がある。
 一度瞳を閉じて、再び開けると、瞳のそばには色とりどりの花々が咲き乱れ、リスたちが大樹の下で木の実を齧り、鳥はたわわに実った果実をつつく。

 カリンは足を一歩踏み出す。
 さらに一歩、もう一歩……歩む速度を上げて、駆け出していく。
 足首ほどの草花が覆う草原で彼女は体をくるくると回す。

「すごい、すごいすっご~い!! こんなに肥沃な大地があるなんて!! これならたくさんの人たちを集めることができる!! 居場所のない人たちを救ってあげられる!! 自分の居場所が作れるんだ!!」

 カリンは流れる川のせせらぎ、風が生み出す草原のさざなみ、豊饒な大地の実り、太陽が届ける暖かさを肌に感じて、ひたすら回り、踊り続ける。
 
 その様子を貫太郎とリディが見つめている。
「ももも! もも」
「そうだね、貫太郎さん。カリンさんったら子どもみたいにはしゃいで…………ううう~、私も、一緒に! カリンさ~ん!!」


 ツキフネとシュルマは背後にある峡谷を見上げる。
「この大地の全てを覆う峡谷か。その前には穢れた沼に乾いた大地。まさに天然の要塞」
「峡谷へ敵が届いても、道に壁を作り、侵入を抑えることもできます。封鎖はやすいですが、決して狭いわけではない。こちらからは通り抜けるには十分。もし、沼と乾いた大地に抜け道があるのならば、兵を起こして攻め入ることも可能。教会の、いえ人間族魔族双方にとっての脅威……」


 ラフィとヤエイが遠くを望む。
「地平線が見える大地。これを全て畑にできるのなら、どれだけの穀物を生産できるのでしょうか?」
「果てしないのぅ。あの先には何があるのじゃ、アルラ?」

「海がある。その海も結界で封鎖しているため、我々の大陸から遥か西方にある大陸の住人も侵入できない」
「ここは先住者が誰もおらぬ、手付かずの大地と言うわけじゃな」


 私はヤエイの瞳に促され、遠くへ瞳を置く。
 どこまでもどこまでも広がる緑の大地。
 その大地の中心ではカリンとリディが踊り、絡まり、草原に転がり、寝そべり、それを貫太郎が見守っている。


 私は百年ぶりに帰ってきた大地を目にして、ティンダルたちが消えた空を見上げた。
 そこには調律者の痕跡など全くなく、忌々しいほど青く透ける空が広がっていた。

「戻って来た。そして、異常はない。当然と言えば当然か。あればすぐにわかる。それに何より、ティンダルたちが命を投じて調律者を追い返したのだからな。異常などあるはずがない」

 私もまたカリンを追うように草原へ足を踏み入れて、寝そべり笑っているカリンとリディに手を打ちながら声をかける。

「ほらほら、はしゃぐのはそこまでだ。私たちにはやるべきことがごまんとある。まずは拠点づくり」
「で、その次は、わたしやおじさんみたいに居場所を失った人たちを集めることだね」
「そのためにはルール、いや、法も作らねばならない。身を守るための軍もな」


 カリンは体についた葉を落としながら立ち上がる。
「軍……峡谷だけじゃダメなんだ」
「この大陸は魔族と人間族が二分する。そこに第三勢力が生まれれば、仲良く、とはいかない。対話の席を持つにも、彼らと同じ場所に座れるほどの力が必要だ」

「……そうだね、悲しいけど、それが現実。でも、それよりも大事なことがある」
「それはなんだ?」
「家と畑と井戸。これがないとまず生きていけないし」
「あははは、たしかにそうだ。武器があっても腹の足しにはならん。ふ~、やるべきことは限りないな」


 頬を撫でる風は柔らかいが、やるべき仕事は白い穂先が連なる山々よりも高く厳しく積まれている。
 だが、だが……。

「全てが一から……そうであっても、期待に心躍るな」
「ふふふ、そうだね、おじさん!」

 私の隣に立ったカリンはこの広がる大地を空色の瞳に取り込んだ。

 この地上の楽園とも言える場所で、私たちは村とも呼べぬ集まりから国を興すことになる。
 困難は幾重にも重なる層となり、失われることはない。
 それでも、カリンという名の少女はひたすら前を向いて歩き、必ず成し遂げるだろう。

 人間族、魔族などの種族の垣根のない新しい国家を生み出す夢を――。

 今日、この日より、世界に居場所無き少女は王としての道を歩み始める。
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