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第八章 聖槍を手にした女性騎士
第78話 立ち止まらず、考えよう
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語りを終えて、まずはカリンとリディが疑問を浮かべる。
「調律者は宇宙全体のエネルギーの調和を保つ……この世界は助かったけど、そのせいで宇宙を保てなかったらどうなるの?」
「師匠さんって人はなんでこんなことを知っていて、どうしてこの世界を助けようとしたんですか?」
「この世界が駄目なら、調律者は調和のために別の世界を滅ぼしに行くだけだ。なぜ、師匠が知っているかだが、それはあの方の世界が調律者によって消し去られたからだ。その理不尽を呪って、他世界を救おうとしている。同時に、調律者とは違うエネルギーの確保を模索している。そうでないと調和を失った宇宙が消えてしまうからな」
貫太郎が悲しみに心を包む。
「も……」
「そうだな、君にとっては触れられたくない話だ。君の世界もまた、調律者によって消されてしまったのだからな」
これに皆が驚きの声を上げて、ラフィが貫太郎へ声をかける。
「貫太郎さんが異世界から訪れた牛と聞いていましたが、それは本当で、このような事情があったのですか?」
「もも~、ぶも」
「なるほど、師匠と呼ばれる人の手を借りて、アルラさんの元へ避難を」
「も~、ももも」
「そう、お辛いでしょうね。申し訳ありませんわ。嫌なことを思い出させて……ん? 待ってください。となれば、貫太郎さんってお歳は?」
「もも」
「百歳……そうなりますわよね」
ラフィは朧げな言葉を漏らし、私へ顔を向ける。
いや、ラフィだけではなく、ここにいる全員が私へ顔を向けた。
彼女たちへ私は短く言葉を返す。
「貫太郎は異界の牛だからな。こちらの牛よりも寿命が長い」
「いや、ですからと言って」
「ふふふ、貫太郎がこちらに訪れた時のことを思い出すなぁ。まだ、子牛で可愛かったぞ。思えば、あの姿を見たとき、私は彼女に一目惚れしてしまったのだろうな~。どぅへへ」
幼かった頃の可愛らしい貫太郎の姿を思い出して、笑いと共に破顔していく。
何故かそれに皆は顔を引きつらせているが……その中でシュルマが語気を強めて声を出す。
「そんな話はどうでもいいです。それよりも魔王アルラ! ティンダルたちはどうなったのです?」
「わからない」
「あなた、屑ですね」
「そうだな」
「チッ!」
彼女は舌打ちをして、私へ侮蔑の瞳を向けた。
ティンダルの話を受けて、ツキフネとヤエイが交互に言葉を生む。
「ティンダルたちとの戦いの勝利後、疲弊していたとはいえ余力の残る魔王軍が戦争を終結した理由は謎だったが、そういった事情があったのか」
「ワシもティンダルと会ったことがあるので良い男と知っておるが、おぬしが何故あやつをやたら評価しているのかは謎じゃった。なるほどの、これが理由じゃったのか。そして、あやつらの影響を受けて、人に対する見方を変えたという訳か」
「彼らは尊敬すべき存在だ。あの戦い、私の勝利としてそれを戦争終結の理由に使い主導したが、真の勝者はティンダルたちだ。私はあのとき、彼らの高潔な姿を前に、完膚なきまでに叩きのめされた。己の心をあれほど恥じたことはない」
「その結果が、その体形に玉座の放棄とはいささかどうなんだ?」
「ティンダルたちから学んだ割りには、人間族を相変わらず見下しているように見えるしの」
「どうやら私は自分が思っていた以上に、頭が固かったようでな。そう簡単に全てを変えられなかった。さぼり始めた理由は後に農業にはまったからだ。ちょうど、その頃、貫太郎と共に様子を見に来てくれた師匠から農業の手ほどきを受けて、趣味が加速していったという面もあるが」
「師匠とは異界の勇者だったな。どのような奴なんだ?」
「強さで言えば、全盛期の私よりも上だろう。あと、元は農家の出らしく、そちらの方面で色々アドバイスを頂き、それがきっかけで師匠と呼ぶようになった」
「師匠呼びの理由がそことはなんじゃな~。話はこれで終いか?」
「そうだな、細かく話せばきりがないので、これで終わるとしよう」
ここでカリンがここまでの話をまとめる。
「え~っと、ざっくりまとめると、まほろば峡谷の先には調律者という世界を滅ぼす存在の出入り口があって、百年前に勇者ティンダルたちの協力と犠牲を払い、追い返した。おじさんはその時の勇者の姿に感銘を受けて、ちょびっとだけ変わった」
「まぁ、そんなところだな」
「その出入り口は今?」
「閉じられている。また、開くとすれば同じ場所だろう。もっとも、師匠の話だと、一度失敗した世界に訪れることはないという話だ。仮に来るにしても、数千年後の話になるだろうとも」
「それじゃ、数千年後にまたこの世界は狙われる、かも?」
「その頃には師匠がエネルギーの問題を解決して調律者の役目を失わせる。と言っていた。できるかどうかの目途は立っていないらしいが」
「数千年って……師匠さんって何年生きるの? たまに会うことってないの?」
「百年前に貫太郎を連れてきたきり、会っていないな。寿命に関してだが、師匠は時間が及ばぬ場所で模索しているので関係ないらしい」
「はぁ、師匠さんが絡むと話が突飛になるね。とりあえず、今は峡谷の先は安全なんだね?」
「ああ」
「そっか。世界を滅ぼす存在が居るという話は驚いたけど、数千年先の話なら、ま、いっか……それじゃ、行こう。行って、また、考えよう」
そう言って、カリンは私の背中へそっと手を置いた。
また、考えよう――これは私に対して投じた言葉なのだろう。
彼女は私の中に眠るわだかまりを感じ取っている。
自身に対する捨てきれぬ驕り、人間族に対する不信、他者に対する軽侮。
勇者ティンダルに感銘を受けつつも、私は私であることを変えきれなかった。
それについて今更良い悪いを判断する気はない。
だが、今後、変えるべきかどうか向き合わねばなるまい――そんなことを考えている自分の心が不思議だ。
今まで、向き合うことなど無駄な時間と思っていたが……玉座を失い、カリンたちとの出会いを受けて、私の中で何かが変わり始めているのだろうか?
「調律者は宇宙全体のエネルギーの調和を保つ……この世界は助かったけど、そのせいで宇宙を保てなかったらどうなるの?」
「師匠さんって人はなんでこんなことを知っていて、どうしてこの世界を助けようとしたんですか?」
「この世界が駄目なら、調律者は調和のために別の世界を滅ぼしに行くだけだ。なぜ、師匠が知っているかだが、それはあの方の世界が調律者によって消し去られたからだ。その理不尽を呪って、他世界を救おうとしている。同時に、調律者とは違うエネルギーの確保を模索している。そうでないと調和を失った宇宙が消えてしまうからな」
貫太郎が悲しみに心を包む。
「も……」
「そうだな、君にとっては触れられたくない話だ。君の世界もまた、調律者によって消されてしまったのだからな」
これに皆が驚きの声を上げて、ラフィが貫太郎へ声をかける。
「貫太郎さんが異世界から訪れた牛と聞いていましたが、それは本当で、このような事情があったのですか?」
「もも~、ぶも」
「なるほど、師匠と呼ばれる人の手を借りて、アルラさんの元へ避難を」
「も~、ももも」
「そう、お辛いでしょうね。申し訳ありませんわ。嫌なことを思い出させて……ん? 待ってください。となれば、貫太郎さんってお歳は?」
「もも」
「百歳……そうなりますわよね」
ラフィは朧げな言葉を漏らし、私へ顔を向ける。
いや、ラフィだけではなく、ここにいる全員が私へ顔を向けた。
彼女たちへ私は短く言葉を返す。
「貫太郎は異界の牛だからな。こちらの牛よりも寿命が長い」
「いや、ですからと言って」
「ふふふ、貫太郎がこちらに訪れた時のことを思い出すなぁ。まだ、子牛で可愛かったぞ。思えば、あの姿を見たとき、私は彼女に一目惚れしてしまったのだろうな~。どぅへへ」
幼かった頃の可愛らしい貫太郎の姿を思い出して、笑いと共に破顔していく。
何故かそれに皆は顔を引きつらせているが……その中でシュルマが語気を強めて声を出す。
「そんな話はどうでもいいです。それよりも魔王アルラ! ティンダルたちはどうなったのです?」
「わからない」
「あなた、屑ですね」
「そうだな」
「チッ!」
彼女は舌打ちをして、私へ侮蔑の瞳を向けた。
ティンダルの話を受けて、ツキフネとヤエイが交互に言葉を生む。
「ティンダルたちとの戦いの勝利後、疲弊していたとはいえ余力の残る魔王軍が戦争を終結した理由は謎だったが、そういった事情があったのか」
「ワシもティンダルと会ったことがあるので良い男と知っておるが、おぬしが何故あやつをやたら評価しているのかは謎じゃった。なるほどの、これが理由じゃったのか。そして、あやつらの影響を受けて、人に対する見方を変えたという訳か」
「彼らは尊敬すべき存在だ。あの戦い、私の勝利としてそれを戦争終結の理由に使い主導したが、真の勝者はティンダルたちだ。私はあのとき、彼らの高潔な姿を前に、完膚なきまでに叩きのめされた。己の心をあれほど恥じたことはない」
「その結果が、その体形に玉座の放棄とはいささかどうなんだ?」
「ティンダルたちから学んだ割りには、人間族を相変わらず見下しているように見えるしの」
「どうやら私は自分が思っていた以上に、頭が固かったようでな。そう簡単に全てを変えられなかった。さぼり始めた理由は後に農業にはまったからだ。ちょうど、その頃、貫太郎と共に様子を見に来てくれた師匠から農業の手ほどきを受けて、趣味が加速していったという面もあるが」
「師匠とは異界の勇者だったな。どのような奴なんだ?」
「強さで言えば、全盛期の私よりも上だろう。あと、元は農家の出らしく、そちらの方面で色々アドバイスを頂き、それがきっかけで師匠と呼ぶようになった」
「師匠呼びの理由がそことはなんじゃな~。話はこれで終いか?」
「そうだな、細かく話せばきりがないので、これで終わるとしよう」
ここでカリンがここまでの話をまとめる。
「え~っと、ざっくりまとめると、まほろば峡谷の先には調律者という世界を滅ぼす存在の出入り口があって、百年前に勇者ティンダルたちの協力と犠牲を払い、追い返した。おじさんはその時の勇者の姿に感銘を受けて、ちょびっとだけ変わった」
「まぁ、そんなところだな」
「その出入り口は今?」
「閉じられている。また、開くとすれば同じ場所だろう。もっとも、師匠の話だと、一度失敗した世界に訪れることはないという話だ。仮に来るにしても、数千年後の話になるだろうとも」
「それじゃ、数千年後にまたこの世界は狙われる、かも?」
「その頃には師匠がエネルギーの問題を解決して調律者の役目を失わせる。と言っていた。できるかどうかの目途は立っていないらしいが」
「数千年って……師匠さんって何年生きるの? たまに会うことってないの?」
「百年前に貫太郎を連れてきたきり、会っていないな。寿命に関してだが、師匠は時間が及ばぬ場所で模索しているので関係ないらしい」
「はぁ、師匠さんが絡むと話が突飛になるね。とりあえず、今は峡谷の先は安全なんだね?」
「ああ」
「そっか。世界を滅ぼす存在が居るという話は驚いたけど、数千年先の話なら、ま、いっか……それじゃ、行こう。行って、また、考えよう」
そう言って、カリンは私の背中へそっと手を置いた。
また、考えよう――これは私に対して投じた言葉なのだろう。
彼女は私の中に眠るわだかまりを感じ取っている。
自身に対する捨てきれぬ驕り、人間族に対する不信、他者に対する軽侮。
勇者ティンダルに感銘を受けつつも、私は私であることを変えきれなかった。
それについて今更良い悪いを判断する気はない。
だが、今後、変えるべきかどうか向き合わねばなるまい――そんなことを考えている自分の心が不思議だ。
今まで、向き合うことなど無駄な時間と思っていたが……玉座を失い、カリンたちとの出会いを受けて、私の中で何かが変わり始めているのだろうか?
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