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第八章 聖槍を手にした女性騎士
第71話 恐怖の象徴だった存在
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アルラは意識を戦いの場から外し、ラフィに魔力を預けつつ、静かに呼吸を行う。
その二人を守るためにカリン、ツキフネ、ヤエイは仏頂面を下げて、シュルマの前に立った。
シュルマは片眉を折って三人へ尋ねる。
「本当によろしいのですか? あのような男の策に乗って……」
「乗りたくないよ! でも、他に手がないから」
「もはや、あいつに賭けるしかないからな……心底腹立たしいが!」
「おぬしが見逃してくれるなら、こっちも助かるんじゃが?」
「それはできるはずもありません。あのような肉団子に何を期待しているかわかりませんが、あなたたち退けて、あれは殺しておくとしましょう」
「是非ともそうして」
「ああ、それは許可する」
「うむ、あのような男、生かしておいてはいかん」
「だけど――」
「だが――」
「じゃが――」
「「「それは、<わたし・私・ワシ>を退けることができれば!!」」」
ツキフネが突貫し、カリンとヤエイは左右に分かれた、
ツキフネの大剣が風切り音を越えて、シュルマを切り裂く。
それをシュルマは事も無げに躱す。
「ははは、やりますねツキフネ! たしかに先程よりも速い! ――ぬっ!?」
足元に数枚の符が流れ落ち、地面が爆発する。
しかし、シュルマは爆発が起こるよりも早く、地面を蹴って後方へ飛んだ。
そこへカリンが現れ、胴を薙ぐ!
「はぁ!」
「甘い!」
槍を地面に突き刺し、柄で薙いできた刃を受け止めると、シュルマは柄を両手で握り、それを軸として体を回転させながらカリンへ蹴りをお見舞いした。
蹴りは顔面に当たり、カリンは鼻から大量の血を零すが、それは瞬く間に止まり、傷跡は失われる。
「いった~い。何が痛みを抑える魔法だよ! しっかり痛いし」
彼女の両脇にツキフネとヤエイが立つ。
「本来ならば気を失うほどの痛みだが、魔法のおかげでその程度で済んでいるのだろう」
「ほんに恐ろしい魔法じゃ。アルラめ、ワシらをいいように使いよってからに!」
シュルマは蹴った足のつま先を乾いた大地にねじ込ませて、傷跡残らぬカリンの顔を見る。
「手応えはありました……ですが、ほとんど損傷はない様子。厄介ですね。でしたら、回復が追いつかなくなるまで刻むとしましょう!」
言葉を閉じると、シュルマは三人へ同時に槍を穿つ。
カリン、ツキフネ、ヤエイは三方に散り、標的を散らすが、シュルマは全身に目でも張り付いているかのように、視界から消えた三人を逃さない。
鋭き槍の穂先はツキフネを捉え、雷撃の魔法はカリンに狙いを定め、背後から迫っていたヤエイには蹴りを見舞う。
三人はそれらを躱し切り、ヤエイが吠える。
「手数で押し込むのじゃ!」
カリンは刀を、ツキフネは大剣を、ヤエイは符と拳。
四つの武器と六つの足と六つの手でシュルマの攻勢を封じて押し切ろうとするが、シュルマの攻撃の素早さは彼女たちの攻勢を上回る。
「ふふふふ、その程度? 私まだ、全力ではありませんよ!」
この言葉に偽りなく、シュルマの攻撃速度は加速度的に上がっていく。
アルラとラフィの魔法によって、肉体を強化されているはずの三人。
そうだというのに、シュルマの槍の速度に追いつけず、押し込むどころか三人とも守勢がやっとになり始めている。
息を切らすカリンたちを、シュルマは汗一つ流さず見つめて彼女たちの隙を見出す。
「足元がおろそかですよ、影の民!」
カリンは足を使い、シュルマを翻弄していたつもりだった。
だが、その彼女の足元に槍が突き刺さる。
「くっ!」
辛うじて、足に風穴を開けられることはなかったが、抉られた地面とその衝撃で、体のバランスが崩れる。
シュルマは素早く槍を引くとカリンの首元をめがけて槍を突き放とうとした。
それをヤエイが符を使い、シュルマの機先を封じようとするが――間に合わない!
槍が、カリンの首へ突き刺さる。
「させん!!」
槍が突き刺さる寸前――ツキフネが割って入り、それを肉体で受け止めた。
シュルマの槍はツキフネの心臓を穿ち、背中へと突き抜ける。
シュルマが槍を引き抜き、刃についた血を払うと、ツキフネの視界は真っ暗闇へと投げ出された。
しかし、すぐさま瞳に光が戻り、穿たれた心臓は再生して、背の穴も胸の穴も閉じられた。
これにはさしものシュルマも驚嘆の声を産んだ。
「本当に心臓を突き刺しても再生するなんて……ですが、再生への負荷が大きいと陰りが出てくるようですね」
ツキフネは、傷跡一つない心臓を押さえて荒い息を漏らす。
「はぁはぁはぁ、まさか生きながら死を経験するとはな。再生して戻ってきたはいいが、失われた血と肉の補充が効かないようだ。急激な空腹が腹を突き刺し、血が足らぬため思考が曖昧に……」
「ツキフネさん!?」
「ツキフネ!?」
巨漢を揺るがせるツキフネに、カリンとヤエイの声が飛ぶ。
もはや、戦いに決着がついたと、シュルマは槍を構えなおして、三人へ向ける。
それを見たカリンが嘆きのような声を上げた。
「おじさん! もう、持たない! 早く――」
――ああ、わかっている。待たせたな――
背にぞくりとした寒気を走らせる声が響く……。
カリンは目の前に敵がいることも忘れ、響いた声に恐れを抱き、手から力を失い、刀を落としそうになった。
彼女は瞳を恐ず恐ずとアルラへ向ける。
「おじ……さん?」
カリンの瞳に映る人物。
その人物は少し動けば息を切らして、何かにつけて皮肉を言い、それでいて厳しい忠告を与える、貫太郎のことが大好きな料理上手なおじさん。
だが今は、その見知った人物が全くの別人に見える。
その者は、肌と心に鋭利な刃を突き立てる殺気を纏い、笑みを生む。
「フフ、時間稼ぎ、ご苦労だった。あとは、私に任せておけ……」
先程までかしましかった戦場は沈黙に支配される。
アルラはさらりと辺りを見回して、懐かしき視線を受け取る。
貫太郎とリディとラフィが、アルラの姿を目にして、言葉を失い、ただただ恐怖に身を震わす。
彼は貫太郎を怯えさせてしまったことに申し訳なさを感じつつも、怯えを纏う視線から過去の自分の感触を確かなものと感じる。
戦場となる場所へ、足を運ぶ。
カリンの傍を横切り、ツキフネの視線を背後に置いて、唯一何ら変わる様子もなく彼を見つめることのできるヤエイの姿を抜き去る。
ツキフネが恐れを飲み込み声をかけて、大剣を差し出す。
「待て、アルラ。私の剣を貸そう」
「必要ない」
「如何に今の貴様が規格外とはいえ、シュルマも一廉の戦士。武器無しでは――」
彼女の声をヤエイが止める。
「何じゃ、知らんのか? アルラが最も得意とするものは武術じゃぞ。あやつに武具など無用じゃ。そうであろう、アルラ?」
「ああ、魔法や剣や弓や槍と学んだが、己の肉体を使うことが最も性に合っている」
「それでじゃ、どれほど力を取り戻した?」
「せいぜい全盛期の半分といったところだろう。それも長くはもたない」
「それは如何ほど?」
「そうだなぁ……三十秒……十五秒? いや、十秒……五、か?」
「どんどん減っとるぞ!!」
「百年のブランクは想像以上に酷いようだ。だが、あの程度の敵であれば十分だろう」
そう言葉を渡して、魔王アルラは久方ぶりに戦場の空気に全身を満たす。
――カリン
一瞥もくれることなく、自分の傍を横切っていくアルラの姿。
彼はカリンへ敵意など向けていない。そうだというのに、ただそばを横切っただけで、全身を刃で貫かれたかのような錯覚に陥った。
小刻みに震える唇は音を産むことなく、恐怖の呪縛から辛うじ逃れられた心だけが言葉を産む。
(こ、これが、おじさんの本当の力……? 魔王としてのおじさんの? 私たちなんかじゃ足元にも及ばない)
横切り、離れて行く恐怖に安堵を覚える。
カリンは魔王アルラの背中を見つめて、こう心に宿す。
――私は初めて、おじさんを怖いと思った……だけど、逃げるなんてしない!!――
その二人を守るためにカリン、ツキフネ、ヤエイは仏頂面を下げて、シュルマの前に立った。
シュルマは片眉を折って三人へ尋ねる。
「本当によろしいのですか? あのような男の策に乗って……」
「乗りたくないよ! でも、他に手がないから」
「もはや、あいつに賭けるしかないからな……心底腹立たしいが!」
「おぬしが見逃してくれるなら、こっちも助かるんじゃが?」
「それはできるはずもありません。あのような肉団子に何を期待しているかわかりませんが、あなたたち退けて、あれは殺しておくとしましょう」
「是非ともそうして」
「ああ、それは許可する」
「うむ、あのような男、生かしておいてはいかん」
「だけど――」
「だが――」
「じゃが――」
「「「それは、<わたし・私・ワシ>を退けることができれば!!」」」
ツキフネが突貫し、カリンとヤエイは左右に分かれた、
ツキフネの大剣が風切り音を越えて、シュルマを切り裂く。
それをシュルマは事も無げに躱す。
「ははは、やりますねツキフネ! たしかに先程よりも速い! ――ぬっ!?」
足元に数枚の符が流れ落ち、地面が爆発する。
しかし、シュルマは爆発が起こるよりも早く、地面を蹴って後方へ飛んだ。
そこへカリンが現れ、胴を薙ぐ!
「はぁ!」
「甘い!」
槍を地面に突き刺し、柄で薙いできた刃を受け止めると、シュルマは柄を両手で握り、それを軸として体を回転させながらカリンへ蹴りをお見舞いした。
蹴りは顔面に当たり、カリンは鼻から大量の血を零すが、それは瞬く間に止まり、傷跡は失われる。
「いった~い。何が痛みを抑える魔法だよ! しっかり痛いし」
彼女の両脇にツキフネとヤエイが立つ。
「本来ならば気を失うほどの痛みだが、魔法のおかげでその程度で済んでいるのだろう」
「ほんに恐ろしい魔法じゃ。アルラめ、ワシらをいいように使いよってからに!」
シュルマは蹴った足のつま先を乾いた大地にねじ込ませて、傷跡残らぬカリンの顔を見る。
「手応えはありました……ですが、ほとんど損傷はない様子。厄介ですね。でしたら、回復が追いつかなくなるまで刻むとしましょう!」
言葉を閉じると、シュルマは三人へ同時に槍を穿つ。
カリン、ツキフネ、ヤエイは三方に散り、標的を散らすが、シュルマは全身に目でも張り付いているかのように、視界から消えた三人を逃さない。
鋭き槍の穂先はツキフネを捉え、雷撃の魔法はカリンに狙いを定め、背後から迫っていたヤエイには蹴りを見舞う。
三人はそれらを躱し切り、ヤエイが吠える。
「手数で押し込むのじゃ!」
カリンは刀を、ツキフネは大剣を、ヤエイは符と拳。
四つの武器と六つの足と六つの手でシュルマの攻勢を封じて押し切ろうとするが、シュルマの攻撃の素早さは彼女たちの攻勢を上回る。
「ふふふふ、その程度? 私まだ、全力ではありませんよ!」
この言葉に偽りなく、シュルマの攻撃速度は加速度的に上がっていく。
アルラとラフィの魔法によって、肉体を強化されているはずの三人。
そうだというのに、シュルマの槍の速度に追いつけず、押し込むどころか三人とも守勢がやっとになり始めている。
息を切らすカリンたちを、シュルマは汗一つ流さず見つめて彼女たちの隙を見出す。
「足元がおろそかですよ、影の民!」
カリンは足を使い、シュルマを翻弄していたつもりだった。
だが、その彼女の足元に槍が突き刺さる。
「くっ!」
辛うじて、足に風穴を開けられることはなかったが、抉られた地面とその衝撃で、体のバランスが崩れる。
シュルマは素早く槍を引くとカリンの首元をめがけて槍を突き放とうとした。
それをヤエイが符を使い、シュルマの機先を封じようとするが――間に合わない!
槍が、カリンの首へ突き刺さる。
「させん!!」
槍が突き刺さる寸前――ツキフネが割って入り、それを肉体で受け止めた。
シュルマの槍はツキフネの心臓を穿ち、背中へと突き抜ける。
シュルマが槍を引き抜き、刃についた血を払うと、ツキフネの視界は真っ暗闇へと投げ出された。
しかし、すぐさま瞳に光が戻り、穿たれた心臓は再生して、背の穴も胸の穴も閉じられた。
これにはさしものシュルマも驚嘆の声を産んだ。
「本当に心臓を突き刺しても再生するなんて……ですが、再生への負荷が大きいと陰りが出てくるようですね」
ツキフネは、傷跡一つない心臓を押さえて荒い息を漏らす。
「はぁはぁはぁ、まさか生きながら死を経験するとはな。再生して戻ってきたはいいが、失われた血と肉の補充が効かないようだ。急激な空腹が腹を突き刺し、血が足らぬため思考が曖昧に……」
「ツキフネさん!?」
「ツキフネ!?」
巨漢を揺るがせるツキフネに、カリンとヤエイの声が飛ぶ。
もはや、戦いに決着がついたと、シュルマは槍を構えなおして、三人へ向ける。
それを見たカリンが嘆きのような声を上げた。
「おじさん! もう、持たない! 早く――」
――ああ、わかっている。待たせたな――
背にぞくりとした寒気を走らせる声が響く……。
カリンは目の前に敵がいることも忘れ、響いた声に恐れを抱き、手から力を失い、刀を落としそうになった。
彼女は瞳を恐ず恐ずとアルラへ向ける。
「おじ……さん?」
カリンの瞳に映る人物。
その人物は少し動けば息を切らして、何かにつけて皮肉を言い、それでいて厳しい忠告を与える、貫太郎のことが大好きな料理上手なおじさん。
だが今は、その見知った人物が全くの別人に見える。
その者は、肌と心に鋭利な刃を突き立てる殺気を纏い、笑みを生む。
「フフ、時間稼ぎ、ご苦労だった。あとは、私に任せておけ……」
先程までかしましかった戦場は沈黙に支配される。
アルラはさらりと辺りを見回して、懐かしき視線を受け取る。
貫太郎とリディとラフィが、アルラの姿を目にして、言葉を失い、ただただ恐怖に身を震わす。
彼は貫太郎を怯えさせてしまったことに申し訳なさを感じつつも、怯えを纏う視線から過去の自分の感触を確かなものと感じる。
戦場となる場所へ、足を運ぶ。
カリンの傍を横切り、ツキフネの視線を背後に置いて、唯一何ら変わる様子もなく彼を見つめることのできるヤエイの姿を抜き去る。
ツキフネが恐れを飲み込み声をかけて、大剣を差し出す。
「待て、アルラ。私の剣を貸そう」
「必要ない」
「如何に今の貴様が規格外とはいえ、シュルマも一廉の戦士。武器無しでは――」
彼女の声をヤエイが止める。
「何じゃ、知らんのか? アルラが最も得意とするものは武術じゃぞ。あやつに武具など無用じゃ。そうであろう、アルラ?」
「ああ、魔法や剣や弓や槍と学んだが、己の肉体を使うことが最も性に合っている」
「それでじゃ、どれほど力を取り戻した?」
「せいぜい全盛期の半分といったところだろう。それも長くはもたない」
「それは如何ほど?」
「そうだなぁ……三十秒……十五秒? いや、十秒……五、か?」
「どんどん減っとるぞ!!」
「百年のブランクは想像以上に酷いようだ。だが、あの程度の敵であれば十分だろう」
そう言葉を渡して、魔王アルラは久方ぶりに戦場の空気に全身を満たす。
――カリン
一瞥もくれることなく、自分の傍を横切っていくアルラの姿。
彼はカリンへ敵意など向けていない。そうだというのに、ただそばを横切っただけで、全身を刃で貫かれたかのような錯覚に陥った。
小刻みに震える唇は音を産むことなく、恐怖の呪縛から辛うじ逃れられた心だけが言葉を産む。
(こ、これが、おじさんの本当の力……? 魔王としてのおじさんの? 私たちなんかじゃ足元にも及ばない)
横切り、離れて行く恐怖に安堵を覚える。
カリンは魔王アルラの背中を見つめて、こう心に宿す。
――私は初めて、おじさんを怖いと思った……だけど、逃げるなんてしない!!――
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