牛と旅する魔王と少女~魔王は少女を王にするために楽しく旅をします~

雪野湯

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第八章 聖槍を手にした女性騎士

第69話 問いを重ねる

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 突如現れた、白銀の鎧を纏う女性騎士。
 複雑に編み込まれたテールの黒髪を持ち、妖美さを宿す女性は穂先が太く鋭い槍を手にして、星の輝きを封じた艶めかしい黒の瞳をこちらへ向けて凛と響く声を産む。

「挨拶はあとにしましょう。まずはこの魚たちを排除します!」

 
 そう唱えた瞬間、彼女の槍に雷光が走る。その槍を天に掲げ、一言発する。

雷牙磊落コドカオウ・フィドサン!」

 穂先より雷鳴が走り、空を舞っていた魚たちを次々に撃ち落としていく。
 雷鳴は地面にもまた走り、地に伏していた魚たちをぜさせ、砕いた。

 私たちが苦戦していた魚たちを事もなくほふった彼女は、こちらへ笑みを見せる。
「フフフ、さすがは呪われた大地というだけありますね。変わった生き物がいるものです。では、落ち着いたところで、名を名乗りましょう。私の名はシュルマ。星天の教会騎士団・団長シュルマ」

 教会騎士団を名乗った女。
 私はツキフネに問う。
「知り合いか?」
「傭兵の真似事をしていた頃、戦場で何度か」
「たしか、星天騎士団というと、教会に仇為す者を狩る、異端廓清かくせいの騎士だったな」
「その通りだ」
「とすると……狙いはカリンか?」


 私たちの瞳はカリンへ集まる。
 彼女は左目を押さえ、たどたどしく声を出す。
「教会騎士……私たちを、狩る者…………」
「フッ、あなたが影の民ですか……ですが、今は捨て置きましょう。まずはツキフネに問います。一つずつ確認したいことがありますから」
「なんだ、シュルマ?」
「ルシアン村でははめられたようですね」
「その様子だと、私たちの足跡を追ったのか。如何にも、まんまとしてやられた。だが、カリンに助けられた」


 ツキフネはカリンへ太陽のように輝くオレンジの瞳を向ける。
 その動作にシュルマは眉を折る。

「予想通り、影の民に助けられ、義理を果たしていると言ったところでしたか。義理堅いあなたらしいですけど、影の民にくみするとは愚かなことです」


 次に彼女は、黒の瞳で自分の後ろに立つリディを射抜く。

「オーヴェル村の井戸に毒を投げ入れ、多くの命を奪った少女はあなたですね?」
「――っ!? ど、どうして?」
「村の者たちの振る舞いと状況で推察できます。目算通り、大勢が亡くなったようですよ」
「あ、あの人たちは私の全てを否定した。奪った。だから、どうだっていい!!」

「罪深き少女よ。居場所のない半魔であるあなたは何故、家を与えられただけで満足しなかったの?」
「うるさい!! あいつらは、お母さんにあんなことをした! 私をいじめた。それをただ受け入れろなんて理不尽、私は否定する!!」
「フフフ、生を許可されただけで満足しておけば、罪を犯すこともなかったでしょうに。実に愚か」


 彼女はリディへあざけりを向けて、槍で彼女を追い払う。
 リディは小走りで私たちの傍へ向かい、それをシュルマは見届けると、次に深淵の瞳でラフィを覗き見た。
「多くの目と耳が集まる場所で教会批判を行い、あまつさえ、影の民へくみした愚かな領主の娘ラフィリア=シアン=グバナイト」
「グバナイト家とは縁を切っています。今のわたくしは一介の庶民に過ぎません」

「庶民? それは迂愚うぐなことを。あなたは創造神カーディへ弓引く大罪人。この聖女トリルの刻印を宿す聖槍をその身に千度万度穿うがっても、足らぬ背信者。無辜の民を名乗るのはおやめなさい、愚か者め」


 槍の穂先をラフィへ向けて、瞳をくわりと開ける。
 ただそれだけでラフィは言葉を奪われ、何も言えずに立ち竦む。

 穂先を下げて、顔をヤエイへ向ける。
「ナディラ族よ、まずは詫びましょう」
「ほ~、詫びとは?」
「ユウガに閉じ込められていたのでしょう。そして、奴はあなたへ凌辱の限りを尽くした」
「さすがは教会騎士じゃ。見事な目」

「あなたに罪はなく、創造神カーディの意志を代行する者として、人間が犯した罪を詫びましょう」
「その必要はない。詫びも、ゆい坊への罰もな」
「それは随分とお優しい裁定ですね」
「その優しさをちーとばかし、こちらにも寄越さぬか?」

「ふふ、それはできない相談。ですが、今ここで私へ矛を向けぬと言うのでしたら、あなたの罪を赦しましょう」
「それこそできぬ相談じゃ。こやつらとは出会ったばかりじゃが、救い出してもろうた礼があるゆえな」
「ナディラ族は叡智に優れた一族と聞き及んでいますが……愚かな選択をするものです」



 槍を立て、柄頭つかがしらを地面へトンと置き、小さな息を吐く。
 そして、私とカリンへ殺気の宿る瞳を向けた。


「影の民、魔族に問う! パイユ村の龍退治、ツキフネへの手助け、スラーシュでの火災への助力、ひやおろしでのナディラ族への救い! あなた方の目的はなんですか!?」


 シュルマの言葉は空に轟き、それは私たちの皮膚へびりびりとした痺れを伝える。
 その衝撃にカリンは一歩足を退こうとしたが踏みとどまり、シュルマの瞳を睨み返す。

「私は人助けの旅をしているだけよ」
「人助け? 影の民風情が何を? ならば、問いましょう。井戸に毒を投げ込み多くの命を奪った少女を何故庇うのですか!? それがあなたの唱える人助けだというのですか!?」

「リディに罪はある! だけど、わたしは彼女を救いたいと願った。だから救った。もし、リディの罪を問う者が現れたのならば、わたしは彼女の罪を背負う!」 
「自分勝手なことわりで罪をもてあそぶのですか、影の民! 良いでしょう、背負うというのでしたら、少女の罪と共にあなたを穿うがつ!」


 シュルマが突きつけた言葉――しかし、それはすでに私が行っていたこと。
 だから、カリンは笑う。
「フフフ」
「何故、笑うのですか?」
「だって、その問いはおじさんにされたことだもん」
「おじさん?」

「だから答えてあげる……私には夢がある。その夢のために私はこの身を穢す、魂を穢す。だから、夢が叶うまで、断罪者を拒絶する!!」
「何を勝手な!! それでは罪を背負うというのは嘘偽りではありませんか!?」
「いや、ちゃんと背負うよ。だけど、それが命を代償にってのは困る。だから、別の形で背負いたいと思う」

「別の形? 多くの命を奪った少女の罪を、己の命で果たさずどう償うというのですか!?」
「それはまだ考え中」
「は?」
「シュルマさんだっけ? 良かったら一緒に、それを考えてくれないかな?」
「……な?」

 
 あれだけ威勢良く言葉を飛ばしていたシュルマはカリンの言葉を前にして、一言漏らすのがやっとになっている。
 そのギャップに私は息を吹き出す。

「くくく、まさしく自分勝手だな」
「おじさんが安易に死を選ぶなって言ったからじゃん。だからみんなに支えられつつ、罪と向き合う方法、償う方法を考えていくことにしたの」
「そうだったな。さて、教会騎士シュルマよ。次は君の返答待ちだぞ。カリンへ、いや、私たちに何を訴える? もっとも、独りよがりな教えを伝える教会の言葉など聞く価値もないがな」


「な!? よくも、教会騎士の前でそのようなことを口に! 覚悟はできているのでしょうね!!」

 シュルマの叫び声に大地が鳴動する。
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