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第七章 囚われ、凌辱される少女……少女?

第65話 アルラの後悔

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 結婚生活が短かった理由を渡すと、全員が口を閉じて申し訳なさそうな態度を取った。
 それに私は憤然とした思いを纏う。

「早とちりはやめて欲しいものだ……もっとも、当時の私はマイアを大切してなかったのはたしかだが。それどころか、当時は愛していたかどうかも気づかなかった……」
「おじさん、どういうこと?」
「彼女との結婚に愛はなく、政略結婚だったんだ。以前、ファリサイの一件で話したと思うが、反アルラ派の存在ことを……」

 ツキフネが気づいたようで私が話そうとしていた理由を口に出す。
「そうか、なるほど。その反アルラ派と和解すべく、反アルラ派に所属する重鎮の娘であるマイアという女と結婚した、というところか?」
「その通りだ」

 ラフィが大きなため息とともに声を産む。
「王侯貴族となれば、そういった話は当たり前でしょうからね。魔王とて、政争の具からのがれられなかったようで」
「ああ、そういうことだ。いくら当時の私が絶大な力を持っていたとしても、国家を運営するためにはこういった面倒事を避けられないからな。もっとも、結婚してひと月でマイアは病に倒れてしまい、新たに別の面倒事が生まれることになるのだが」


「マイアとやらの間に愛がないのじゃったら、ワシと浮気しても良かったのにの~」
「君と出会ったのはマイアが死の間際にいた頃だぞ。そのような状況で他の女に手を出すほど節操のない男ではない」

 ここでラフィが軽く首を捻る。
「ひと月で病に倒れたということは、お世継ぎの問題は?」
「当然、子どもなどできていない。それどころか、マイアの容体は思わしくなく、世継ぎは不可能だと医者に告げられたよ」
「でしたら、ますます不可解ですね」

 リディがこれに小さく手を上げて尋ねてくる。
「何が不可解なんですか、ラフィさん?」
「あまりよろしくない話ですが、この結婚は魔王アルラと反アルラ派の和解と今後の結びつきを強めるもの。そうだというのに、その橋渡しとなる御子を宿せないとなると、通常であればマイアさんの代わりが送られることになります」

「そ、そんな!?」
「ですが、アルラさんはそれをしなかった? 愛していなかったのに?」
「それが新たに生まれた別の面倒事だった。しかし、当時の私はこう考えた。元々、嫌々ながらの政略結婚。また、新たに女を送られても面倒だ。だから、妻に不義理を果たすわけにはいかないと理由を付けて断ったのだ」

「ひどい、マイアさんがかわいそう……」


 リディはそう呟いた。
 下らぬ話ではあるが、ある一定の家柄となるとこういった話は当たり前のように転がっており、そこに愛だの恋だのといった感情は存在しない。
 あるのは、自分たちの立場をどう有利な位置へ持っていくのか、という話だけ。

 ラフィは貴族の娘のため、こういったことに理解を示せるのだろう。しかし、不快感は隠せない様子。
 リディに至ってはまったくもって理解できないことのようで、何度も頭を横に振っている。

 そこにカリンが疑問を携え加わってくる。
「おじさん、当時●●はマイアさんを愛していたかどうかも気づかなかった。という言葉はどういう意味なの? もしかして今は……」
「……それについては、私の後悔を表す」
「え?」

「出会ったばかりの頃はマイアのことを煩わしく思いつつも、これもまた政治として割り切っていた。病に倒れたという報告を聞いても何とも思っていなかった。だが、彼女は病に倒れて以降、奇妙なことを始めた」
「奇妙なことって?」
「城の中庭のバラ園の一角で家庭菜園を始めたんだ。なぜ、そのようなことを? と、問うと、マイアはこう言った」


――私には自由というものがありませんでした。そして、病に倒れた今、私はこう思ったのです。このまま何もなく終わるのは嫌だと。だから、少しでも自分が生きた証が欲しい。そう思って菜園を作り始めたんです――


「そう言われたとき、私には彼女の行動が理解できなかった。病んだ体に鞭を打ち、菜園を世話することがどんな生きた証になるのかと? しかし、その疑問に対して、私の意識の一部がマイアに向くことになる」


 政務を終えて、自室へ戻る。
 その途中でマイアが菜園の世話をしているのが目に入り、足を止めてその様子を見る。
 彼女は夏には野菜が育つから楽しみにしてくださいと言っていた。

 軍務を終えて、自室へ戻る、
 その途中でマイアが菜園の世話をしているのが目に入り、足を止めてその様子を見る。
 できたばかりのトマトを私に差し出して、食べてみてくれと言う。
 口にすると、甘酸っぱい味が口の中に広がった。

 自室へ戻る。
 マイアから菜園で取れた野菜を使ったスープを差し出された。
 それはとても良い出来で、忙しい政務に疲れた体に沁み渡り、温かなスープを前に思わず頬が綻んだ。
 そんな私を彼女はとても嬉しそうに微笑んで見ていた。

 こうして私は、自室に戻る前にマイアが菜園の世話をする姿を見ることが習慣となっていった。
 そして、冬の訪れの前に、彼女は旅立った……。
 旅立つ間際に、マイアは掠れる声でこう私に伝える。


「少しだけでいいですから、あなたはあなたのために……」
 
 言葉は途中で閉じられ、今もなお、彼女が私に伝えたかったことはわからない……。

 葬儀を終えるとすぐに反アルラ派の連中は新たな妻を寄越すというが、マイアへの喪に服するという理由を使い、躱し続ける。


 すっかり習慣になった中庭を通り、自室へ戻ろうとした。
 そこで腹心の立花が尋ねてきた。
「マイア様の菜園はどうされますか?」

 バラ園の一角にできた小さな菜園。そこには作物はなく雪が積もり、ただ真っ白な地面があった。
 その純白な地面を見たとき、奇妙な感情が私の心に宿り、瞳に見慣れた風景が映る。
 それは、マイアが懸命に菜園を世話している姿だ。

 そこで私は初めて、マイアのことを思っていたことに気づいた。
 あまりにも遅すぎる気づき。
 それ以降、マイアの畑を受け継ぎ、私が世話をすることになった。

「彼女は見事、生きた証を残したというわけだ。それは菜園のことではない。私の心の中にな。もちろん、それをマイアが計算して……というわけではないだろう。それでも残った。生きた証が。だが真に意味で、マイアが残そうとしていた生きた証はわからない。何故、彼女は菜園などを作ろうとしたのだろうな……」


 もはや、絶対にわからぬ答え……だが、カリンがその答えを口にする。
「たぶんだけど、おじさんのことを思ってだと思う」
「私を?」
「マイアさんは病に体を冒されてしまった。だから、おじさんには健康であってほしかった。政務や軍務に追われるおじさんの身体を思って、体に良さそうな野菜を作ったんだよ。その想いがおじさん届けば、自分が生きた証になるんだと思った」
「…………そうなのか? もし、そうであれば、私は彼女の想いを理解していなかったことになるな」

「そうだね、真逆に太ってるし」
「まったくだな。この後悔は永遠に引き摺ることになりそうだ」
「それじゃ、今からでも健康的にダイエットを――」
「それは無理だな。食べる量を減らすなど死の宣告に等しい。それに太ってはいるが至って健康だ。これはある意味、マイアを想いは受け継いでいることになると思わないかね?」


 そう返すと、リディがジト目でこちらを見てくる。
「それ知ってます。詭弁って言うんですよね」
「ぬぐっ、なかなか辛辣なことを。まぁ、なんだ、代わりにマイアの家庭菜園を受け継ぎ、バラ園を消失させるほど拡張してやったぞ……その世話にのめり込んだせいで、立花を激怒させる毎日だったが」

「その立花って人、私と同じ影の民の人なんだよね。おじさんの相手、大変だったんだろうなぁ。私も大変だし」
「現状、君の世話をしてるのは私の方だろう! メシメシと腹の空いた雛鳥のように毎日せがんで」

 すると、このやり取りに小さな疑問を抱いたヤエイが声を上げた。
「アルラ、おぬしが料理番を務めておるのか?」
「ああ、この中では私が一番料理の腕が立つのでな。ヤエイは?」
「あまり得意ではないのぅ。酒を造るのは得意じゃが」
「料理には期待できないか。ともかく、すでに百年も前に過ぎ去ったことだ。いまさらこれについて愚痴をこぼしても仕方がない。もし、あの世でマイアに会えることがあれば、その時に謝罪するさ」


 こうして話を打ち切ろうとした。
 しかし、カリンは不満げな表情を隠さずこちらを見てくる。
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