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第五章 貴族の天才魔法使い少女

第51話 子の成長と親心

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 ユングナーは杖で自身を支え、小さな呻き声を上げる。
「あ、が……まさか、転移魔法? 数十の魔法使いがつどい……ようやく、行うことが、できる魔法を……どうやって? がはっ!!」

 彼は片膝を地につけて、杖に体を預ける。
 
――今しがた、彼が言葉にした魔法の名……転移魔法。

 彼の指摘通り、私とラフィは転移魔法を唱えたのだ。
 そしてそれをユングナーが放った稲妻にほどこして、彼の頭上に転移させた。

 タイムラグゼロの攻撃。
 そうだと言うのに彼は頭上に自身の魔力を感じ取った瞬間、結界を張ったようだ。
 そのため気を失うことなく、言葉を発する。
 だが、そうであってもダメージは大きく、これ以上の戦闘は不可能。


 ラフィは片膝をつく父を案じて瞳を振るが、大事はないと知り、ほっと胸を撫で下ろす。
 そして、先程の魔法に体を震わせる。
「転移魔法……空間を操る素養を持つ魔法使いでも会得できるかわからない大魔法。会得したとしても使用魔力は膨大で、一人では決して行えない魔法……のはず」
「それを私の魔力を借りたとはいえ行えたのだ。精進を重ねていけば、いずれ君にもできるようになるかもな」


 彼女の才を評価して、右肩をポンッと叩く。
 すると彼女は、びくっと激しく体を動かす。
「ご、ご冗談を! あんな馬鹿げた魔力をどのように身につけろと? 少なくとも、人間には無理です」
「いや、可能だ。この魔法の元ネタは勇者ティンダルの仲間であった、賢者ローラー=ミルだからな。彼女は人の身でありながら、全盛期だった私を超える魔力を持ち、空間魔法を自在に操っていたぞ。だから、同じ人間である君にも可能だろう」

「それは伝説にうたわれる賢者様であるからこそ成し得たことでしょう。わたくしは伝説ではありません」
「伝説というのは後世の人々がうたうものだ。君は伝説とうたわれるよう努力を重ねなさい。君の才は、『この私』が保証しよう。さすがに、現状で真名まなを唱えるわけにはいかぬがな」


 この言葉にラフィは困ったような顔を見せて、次に薄く笑った。
「私の才と言われても実感は全くなく……ですが、評価を戴けるのは光栄です。それが、本来ならば最大の敵であるあなたというのは複雑ですが、フフ」

 ラフィは漆黒の大槌おおづちを魔石の指輪に戻して、数歩前に出て、両腕を胸の下で組んだ。
 そして、紫の瞳で父ユングナーを見つめる。
 片膝を落としているユングナーはその視線を見上げるように受け止めた。

 堂々たる姿は見せるラフィが、布二枚で大事なところを隠しているだけというのはこの際忘れておこう。


「お父様、わたくしはこの方々の旅についていこうと思います」
「ラフィリア、それは……」
「わたくしは、とても狭い世界に生きていました。お父様の言うとおり、現実を知らぬわがままな娘です。ですが、知ってしまった! 自分とさほど年も変わらぬ少女が過酷な運命を背負い、それでもまっすぐ生きようとする信念を!! わたくしは生まれて初めて、心の奥底から尊敬できる人物に出会えたのです!」

「その少女は影の民だぞ。その者とくみする意味をわかっているのか?」
「世界を敵に回す。それでも、私は行きます」
「馬鹿な! 国家を! 教会を! ありとあらゆる存在を敵に回して生きていけると思っているのか!?」
「カリンさんは生きてきた。そしてこれからも生きていく。だって、彼女には――世界の敵であるはずの彼女には、とても頼もしい仲間たちがいるのだから……」

 ラフィは後ろを振り返り、カリン、私、貫太郎、ツキフネ、リディの姿を揺らめく紫の瞳に収めていく。
 そして、父へ今生の別れを告げる。

「今までわたくしの前に立ち、道を作って頂いたこと、感謝しております。ですが、これより先は、わたくしの力で道を切り開いていきます」
「ラフィリア……この馬鹿娘が…………親に感謝などするな。それは親として当然のこと」

「お父様……」
「だが、それも今日まで。ラフィリア=シアン=グバナイト。この場で貴様とは縁を切る。もはや、親と子の間ではなく、他人。とっとと、この街から去るが良い」


 ユングナーはラフィからそっと視線を外す。
 ラフィは無言で深く頭を下げて、こちらへ向き直り、歩き出す。
 カリンが彼女へ話しかけようとするが、ラフィはその言葉を止める。

「ラフィ、いくら何でも親子の縁を――」
「カリンさん、これはわたくしが選んだ道。そこには何者の意思などありません。ですから、たとえ尊敬するカリンさんでも、口出し無用」

 そう言って、彼女はカリンから離れて行く。
 私はカリンの傍に近づき、言葉を掛ける。

「娘が影の民と旅をする以上、親子の縁を切らねば領主として立場がない。それでも教会からきつい責めを受けるだろうが……」
「それって、全部私のせいだよね……」
「君はラフィの覚悟を聞いたのではないか?」

「え?」

「彼女は君にこう伝えた。これは自分が選んだ道。何者の意思もないと」
「あ……」
「これを気遣いと受け取るな。ラフィの覚悟として受け止めよ。その覚悟を己のせいだと言葉にすれば、ラフィの覚悟を穢すことになる。わかったな」

「……うん、そうだね。ラフィの覚悟、しっかり受け止めたよ。だから私は、ラフィの覚悟に全力で応える」
「ふふ、それで良い…………でだ、ラフィが一人でずんずん行ってしまっているので、早く追いかけないと」
「え!? あ、本当だ! どこに行くつもりなの、ラフィ!?」
 

 カリンがラフィを追いかける。
 私の方は、転移魔法という魔力大量消費により、自身の変化へんげの魔法が解けていないか確認してから、ツキフネたちに声をかけた。

「よし、角も目も戻っていないな。パイユ村での失敗を繰り返さないように、魔力消費の調節に気を使ったが上手くいったようだ。ツキフネ、リディ、幸いにして先程の戦いに巻き込まれなかったラフィの衣服と下着が地面に残っている。回収してくれるか?」

「あれはラフィがユングナーに返したものでは?」
「そうですよ、覚悟の表れなんですし」

「そうは言っても、布切れ姿でウロチョロさせるわけにはいかんだろう。これはぁ~、そうだな、あれだ。私たちが落ちていた物を拾った。だから、私たちの物。それをラフィへ譲渡する。これで、いいだろう」

「詭弁、ここに極まれり、だな」
「落とし主はユングナーさんになるんですけど、返さないんですね?」

「彼も娘の下着など返されても困るだろう。さぁさぁ、拾ってラフィを着替えさせろ。貫太郎は彼女たちを追いかけて、商店街で荷車を回収次第、ラフィを荷台に乗せてやれ。少しは人の視線から隠せる」
「ぶも」

 ツキフネたちが衣服を回収して、貫太郎がラフィたちを追う。
 私も彼女たちの元へ向かおうとしたとき、背後からユングナーの声が届く。
 その声に足を止めて、答える。

「よくわからぬ者たちに娘を託すとは……腹立たしい」
「でしょうな」
「だが、もはや私では庇いきれない。公衆の面前で教会の批判を行い、影の民の味方をし、あまつさえ尊敬するとまで言い放った娘を。ふふ、全く誰に似たのやら」


 彼は自嘲気味に笑いを見せて、ふらつきながらも両足でしっかり立ち、娘の姿を瞳に焼きつける。
「あの子は幼い頃からヤンチャが過ぎた。年相応になれば落ち着くであろうと思ったが……どうやら、私の器では計れなかったようだ」

 彼は視線を私へ向ける。
「何者かは存じませんが、あなたから感じた魔力。勇者に匹敵するものと思われました」
「勇者か……何とも返しの難しい評価だが、高い評価として受け取っておこう」
「あなたほどの才気が野に埋もれていたとは……ラフィリアの言葉ではありませんが、大魔法使いなどと言われた私もまた、狭い世界に生きてきたようで……もはや、ラフィリアとは親と子ではありませんが、それでも……」

 ユングナーは言葉を閉ざし、頭を下げることなく、ただ、深く瞳を閉じた。
 私もまた、彼に何ら答えを返すことなく、その場から立ち去る。

 背に当たるのは無粋な部下の言葉のみ。


――――
 ユングナーは瞳を閉じ続ける。
 その彼へ、側近と思われる部下の一人が話しかけてきた。
「ユングナー様、あの者らを放置してよいのですか? ラフィリア様も?」
「全力で戦った私でさえこのありさまだ。お前たちにあの者らが止められるか?」
「そ、それは……ですが、教会にはどう説明を?」
「そのことは私に任せておけ。スラーシュの教会へは、私から直接中央の大聖堂へ書簡を届けると通達しろ」
「はっ、了解です」

「書簡は出来上がり次第、北の街道を通り、届けるように」
「え? ですが、その街道は崖崩れが発生して開通までしばらくかかり、南の街道を通るよりも二十日は報告が遅れるかと。それでは、中央の動きに遅れがあるのでは?」

「そのような報告を受けた覚えはない。そして、今も覚えがない」

「え? ああ、そういうことですか……ふふ、了解です」
「なんだ、その笑いは?」
「いえ、なんでもありません!」
「はぁ、これからのことを考えると、何とも頭が痛い……」


 ユングナーは軽く頭を押さえて、小さくなっていく娘の姿を見つめる。
(私がまだ青年と呼ばれた時代に、お前と同じことを父に訴えた。父はその時、私がお前にした同じ問いをぶつけてきた。貴族の責務をな。それに私は屈してしまったが、お前は違った。それは、とても褒められるような答えではなかったが……ふふ、あのような法外な返しでなければ、破れぬ壁だったのであろうな)

 過去の自分を娘の姿に投影して、それを否定するように首を横に振る。
(私に似ていると言いたいが、そうではない。お前は私とは違う道を選ぶことができた。私とは違う道を……)

 彼の瞳は遥か遠くを望むように固定される。
 そこへ、無粋な部下が声をかけてくる。
「あの~、一つお尋ねしたいことが?」
「なんだ、まだ何かあるのか?」
「いえ、奥様にはどのようにご説明されるのですか? と、思いまして……」
「あ!? そうだった。あり得ぬ出来事が重なり、完全に失念していた。ああ~、頭が痛い」

 彼は強く頭を押さえて、これからの妻とのやり取りに頭を抱える。
(あいつの気性を考えると私はただで済まないな。あはは、そうか、ラフィリアは母の血を色濃く受け継いだからこそ新たな道を……そのおかげで、私の命が危ういな。はぁ、本当に頭が痛い……)
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