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第五章 貴族の天才魔法使い少女

第49話 一歩も譲らず

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 人間族の間で強大な影響力を持つ教会。
 教会は人間族の倫理にして道徳を根差すもの。
 その批判は、絶対に許されない。
 それを公衆の面前でラフィは行ってしまった。


 カリンは自分のためにそこまで行ってくれたラフィにどのような顔を見せてよいのかわからず、顔を僅かに歪め、私を見てくる。
「あの、おじさん。これって、私のせいだよね? 私がラフィに話し過ぎたから……」
「それは違う。たしかに影響はあっただろうが、君から話を聞いてどのように感じ、何を思うかは個々の問題だ。ラフィは君を尊敬に値する人物と認め、それをけがされたことに怒りを覚えた」
「だけど、そのせいで、ラフィは……」


「ああ、領主の娘とはいえ、いや、領主の娘だからこそ厳しい立場に追いやられることになる。だが、それはラフィが選んだ選択だ」

 私はそう言ってラフィの姿を黄金の瞳に納めた。
(なかなか面白い娘だ。己の信念に従い、今日会ったばかりの人物に対して全てを投げ打つとは。フフ、カリンと言い、リディと言い、信念の色は違えど、この時代の若者たちは粒ぞろいだな)


 ラフィの教会批判を前にして、誰もが口を閉ざす。
 その中で、父である領主ユングナーが掠れるような声を漏らした。

「お、お前というやつは……魔導都市スラーシュの領主の娘という自覚がないのか?」
「また、それですか? 口を開けばそんな話ばかり。領主の娘としてこうあるべきだ、そうあるべきだと。わたくしはお父様の人形じゃありませんよ」
「私はお前のことを思って――」

「貴族の娘として、政治の道具に育つことがですか!?」
「そうではない! 私はお前の幸せを願ってだな」
「見知らぬ男性と結婚し、子を宿し、グバナイト家の繁栄に努める。それがわたくしの幸せと? 冗談じゃありません!! わたくしにだって夢がある!」

「夢? ああ、あのことか。お前はまだあんなわがままを」

「わがまま? 魔法使いになり、研鑽を積むべく世界を旅したいという思いがわがままですか! わたくしはそのために懸命に学んだ。その甲斐がありまして、魔導学園ではトップの成績であり、生徒会長まで務めさせて頂いています。ここまでわたくしの才をお父様にお渡しすれば、政治の道具ではなく魔法使いとしての道を許してもらえるだろうと思って…………ですが、何も変わらなかった」

「当然だ! 貴族には貴族としての責務がある。特に私たちは魔導都市スラーシュを預かる者。その責務の前に個人の夢などわがままにしか過ぎない」
「だから、その責務を果たすために……わたくしは自分の人生を捨てろと?」


 静かだが、大きな決意と怒りが宿る言葉。
 それを前にして、ユングナーは一時言葉を止める。
 私は二人をチラ見してからカリンへ声を掛ける。

「なるほど。どうやら、ラフィの根底にはあのような不満があり、君との出会いがきっかけで不満が爆発したという訳か。つまりは親子喧嘩。カリン、良かったな。気にする必要はなさそうだ」
「いやいや、気にするよ。教会批判をしたことは変わらないんだから。私が悪者になっていいから、なんとかしないと」
「やめておけ、ここまで来たらどうにもならん。みろ、ユングナーの怒りが頭に達して顔が真っ赤だ」


 そうカリンを促して、ユングナーへ視線を振る。
 彼は右手を軽く上げて指先を激しく痙攣させている。

「…………ラフィリア、厳しいことを言うようだが、我々貴族は時に人生を犠牲にしなければならない。何故ならば、我々は民の禄を食み、それと引き換えに彼らを守る責務があるからだ」
「そのために、わたくしは全てを諦めろと?」

「全てとは言わん。だが、諦めなければならないこともあるというだけだ。結婚についても、私がお前のためを思って選んだ相手だ。お前の幸せを願い、相応しい相手を選んだ」
「お父様が勝手に選んだ相手が相応しい? そんなのは嘘! その方の家格と財を計り、グバナイト家が利するとお考えになって選んだだけでしょう!!」

「ラフィリア!!」

 彼は痙攣していた人差し指の震えを止めて、まっすぐとラフィへ突きつけた。
「これだけは言うまいと思っていたが、自覚がないのであれば仕方がない! よいか、我々は民の禄を食む。勤勉な人々が治めた税で街を運営し、その見返りに、私たちの生活が成り立っているのだ。お前の着る服も、食べる物も、住む場所も、そういった人々のおかげで成り立っている!」

「そ、それは……」

「我々の血肉もまた勤勉なる民のおかげで存在するのだ! だからこそ責務があり、我々は人生を彼らに捧げなければならぬ! もし、それを放棄するというのならば!! その身に着けている衣服も血肉もここでぎ落としていけ!! であれば、お前を止めたりはしない、ラフィリア!!」


 ラフィに成り代わり、次は父ユングナーの声によって沈黙のとばりが降りる。
 すじはユングナーにある。
 貴族が贅を極められるのは民あってのこそ。
 ゆえに貴族は、彼らの命と財と繁栄を保証する責務がある。
 その責務を放棄して、自分の夢にうつつを抜かすなどわがままに過ぎない。


 突きつけられた現実と正論に、ラフィは奥歯を噛み締める。
 しかし彼女は、ユングナーをまっすぐ見据えて、口元を邪悪に歪めた。


「フフフフフフフ……ええ、お父様の仰る通り、まさにぐうの音も出ませんわ。ですが、そんな責務を負うくらいならば、貴族なんて真っ平です」
「ラフィリア、お前は何を言って?」
「ですので、貴族の責務と民の禄をお返しいたしましょう」


 そう唱えるとラフィは、衣服に手をかけて、ドレスを脱ぎ捨て、スカートを地面に落とす。

 公衆の面前で上下黒の下着姿になったラフィは、父へ邪悪な笑みを見せる。
「フフ、これでご満足、お父様?」
「こ、か、あ、な、ななにを……ら、らふぃりあ、おまえは……」
「あら、まだ足りませんか? ならば!!」


 ラフィが下着へ手を掛ける。
 私は急ぎカリンの名を呼びつつ首に巻いていたタオルを投げて、さらにツキフネの名も呼ぶ。
「カリン! ツキフネ!」
 素早くそれを察知したカリンは私が投げたタオルを手にして、ツキフネは自身の口を覆っている黒い布を外してラフィへ飛び掛かるように迫った。

 空に黒色のブラとショーツが舞う。
 それが地面に落ちるとラフィは両手を腰に置いて、ふんぞり返るような仕草を見せた。

「お返ししましたよ、お父様……」

 カリンが下の大事な部分にタオルを巻き付けて、上の大事な部分をツキフネが黒の布で隠す。
 大勢の人々が衆目を集める中、ほぼ全裸と言って良い格好で領主の娘ラフィは堂々たる姿を見せた。
 

 彼女は胸元に片手を置いて言葉を続ける。

「残念ながら血肉は返せません。これは皆様方とわたくしの共有財産。わたくしにも所有権利がありますので。ですが、もし、ご不満がおありならば、力尽くで奪い返されてはいかが!! お父様!!」
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