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第五章 貴族の天才魔法使い少女

第48話 侮辱は許さない!

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 私たちに声を掛けてきた魔導都市スラーシュの領主ユングナー。
 彼の背後には青色の魔導士服に身を包み、魔導杖まどうじょうを手にした魔法使いが複数。

 魔法使いたちを引き連れているユングナーの出で立ちは、複雑な意匠がほどこされた白色のウエストコート(胴衣)に黒のスラックス。その上に、魔法力を高める金の刺繍がつむがれた黒色のコートを纏う。

 顔には僅かに皺が刻まれ、整髪料できっちりと整えられたブロンド髪の頭頂部は白色に変化しており、年齢は五十代くらいだろうか?
 指には魔法使いが好んで使用する魔石の指輪。
 その魔石と同じ色をした紫色の瞳を私へ向けて礼を述べた後、ラフィへ顔を向けた。


「ラフィリア、なぜこのようなところに?」
「お父様……こちらの方々へ街の案内をしていたところ、偶然火災現場に出くわしまして、それで現場の指揮を執らせていただきました」

「何が指揮だ。いたずらに現場を混乱させただけではないだろうな?」

「――――っ! いえ、決してそのような行いはしておりません」
「はぁ~、それで……街案内? なぜそのようなことを? そもそも午後からは楽器の稽古があったであろう? さぼったのか?」
「ええ、さぼりました。つまらないので」


 ユングナーは再び大きなため息をつく。
「はぁ~、常々言っているがお前はグバナイト家の娘としての自覚をだな――」
「あら、これでもわたくし、学園の生徒会長を任せられるほどの期待は受けてますのよ」
「できれば、私の期待も受けて欲しいものだ。魔法使いでありながら、いまだにそのような魔道具を扱うとは。品格というものを考えたらどうなのだ?」

 彼はラフィが手にしている漆黒の大槌おおづちへ軽蔑の眼差しを送る。
 ラフィはそれに不快な感情を隠さず顔へ出したが、すぐに笑みを見せて言葉を返す。

「フフ、衆目の集まる場で説教はおやめください。わざわざ家の恥を外聞される必要もありませんでしょう、お父様?」

 ラフィとユングナーの紫の瞳が交差する。その間では見えない火花が散っているようにも見える。
 この様子から、彼女たちの親子関係は良いものではなさそうだ。

 ユングナーは睨み合っていた視線を外し、火災現場の様子を見てきた部下から報告を受ける。
 報告を受けて被害状況を把握し、出火元となった家主の拘束と、被害を受けた者たちへの救済を命じる。
 さらに追加で部下が報告を行う。それに彼は片眉をピクリとさせた。


「店内の魔道具に魔力を感知されることなく炎のみを凍らせていた? ラフィ、お前がおこなったのか?」
 心なしか語尾の韻が上がっている。
 彼女はそれにこう答える。

「いえ、わたくしではありません。こちらの方が……」
 そう返して、彼女は漆黒の大槌をふいっとこちらへ向ける……ユングナーではないが、大槌を使って人を紹介するのはどうかなと私は思う。

 彼は私へ体を向けて、深くこうべを垂れた。
「お見事な魔法。貴方様は高名な魔法使いとお見受けられる。よろしければお名前をお聞かせいただけないでしょうか?」
「名乗るほどではございません。お気になさらず。そのようなことよりも、ラフィリア様のご活躍には目を見張るものがございました」
「あはは、世辞は嬉しいですが、娘はまだまだ未熟者。お恥ずかしい」


 互いに当たり障りのないやり取りを行う。未熟者と言われたラフィのこめかみには血管が浮き出ているが……。

 ユングナーはさっと辺りを見回して、私たちを一人ずつ見ていく。
「旅の方々ですかな? オーガリアンに幼い少女にと、失礼ながら変わった――――っ!?」
 彼はカリンの姿を目にして体を固めたかと思うと、すぐにこう言葉を続けた。
 

「本当に変わった方々だ。まさか、影の民がいるとは!!」
 ユングナーがさっと手を振ると、背後に控えていた魔法使いたちが魔導杖まどうじょうを握り締めて臨戦態勢に入った。

 カリンは体をびくりと跳ね上げる。
 町の人々はカリンへ視線を集め、ぼそぼそと囁き合い、その声を徐々に大きくしていく。
「おい、影の民って?」
「マジかよ。あの子が?」
「初めて見たけど、見た目は人間っぽいな」
「馬鹿言え、見た目は化け物と聞いたことがあるぞ。人間に化けてるんじゃないか?」
「人に化けるのかよ! ってか、なんでこの街に? 教会に知られたら俺たちもお咎めを喰らうんじゃ?」
「最悪じゃん! あいつのせいで俺たちも面倒なことに巻き込まれるのかよ!!」


 人々は懸命に怪我人の治療をしていたカリンの姿を忘れ、影の民の噂を先行させ、恐怖と憎しみを心の中で増大させていく。


 彼らの様子を見て、私は嘆息を産む。

「これは困った。失念していた。ラフィに魔石の不調を見抜かれたというのに何もしてなかったな。であらば、彼女の父親がカリンを見抜くも道理。あははは」
 と、笑う私のそばにいたツキフネがチクリと刺してきた。

「笑っている場合ではないだろう。最悪の状況だぞ」
「ああ、その通りだ。彼らには私の魔法など通じないだろう。それでも逃げるくらいなら……」

 カリンとリディと貫太郎が私たちの下へ集まってくる。
「ご、ごめんなさい。私のせいで!」
「ど、ど、どうします!?」
「ぶも、ぶもぶも!?」

 私たちの下に集まったカリンたちを見て、ユングナーは強い敵意を瞳に込めた。

「なるほど、そこの少女を影の民と知った上で共に旅をしていたわけだな。ならば、全員を拘束し教会へ引き渡す!! 彼らへの対処は私と部下で行う! 他の者は人々の避難を誘導しろ!!」


 この大声に不穏な空気が一気に弾け飛び、混乱へと変わっていく。
 混乱はデマを産み、それが飛び交う。

「影の民が出たってよ!!」
「どうやら、そいつが火をつけたみたいだぜ!」
「そのせいで私のお店が!! どうしてくれるのよ!?」
「ユングナー様が懲罰してくれる。俺たちは避難するんだ!!」


 人々が混乱し、実際に見たものではなく植え付けられた情報を基に想像を加速させて、勝手に恐怖し、憎しみを抱く。


――これは龍に襲われたパイユ村の再来――


 同じことをカリンも感じ取ったようで、空色の瞳を曇らせていた。
 しかし――

「落ち着きなさい!! あなた方が見ていたものは何ですか!!」

 張り裂けんばかりの声で混乱に拳を打ち据えたのはラフィ!?
 彼女はカリンの前に立ち、感情を剥き出しにして人々を駁撃ばくげきする。


「カリンさんが火をつけた? 何を世迷言を!! 彼女は火事と知るや否や駆けつけて、献身的に傷病者の治療に当たっていたではありませんか!? あなた方はそれをお忘れになったの!?」

 ラフィは人差し指を怪我人たちに突きつける。
「あなたは彼女に感謝していたはずでしょう? なのになぜ、黙っているの!? あなたもそう!! 火の粉が舞い落ちる中で自身の火傷も省みず、カリンさんは皆さんを救おうとしていたではありませんか!! もう一度言います! あなた方はそれをお忘れになったの!? あなた方の瞳は何を見ていたの!?」

 彼女の気迫に押され、人々は押し黙る。
 さらにラフィは続けようとするが――


「彼女が影の民だからなんですか? わたくしたちを助けようとしてくれていた方へ、何故そのような無体な仕打ちを? たとえ教会が影の民を――」
「そこまでだ、ラフィリア!!」


 ユングナーが声に焦りを乗せて、彼女の声を遮った。
 それはあのまま続けていれば、ラフィの言葉は教会批判へとつながる可能性があったからだ。
 彼は有無も言わさぬ早口でラフィリアを抑え込む。

「ラフィリア、お前はあの影の民に騙されていたのだ。良いな!!」
「いいえ、わたくしは――」
「いいや、騙されていたのだ。いいか、よく聞きなさいラフィリア。影の民とは全種族の敵。世界を滅びへ追いやった一族の末裔。たとえ人の姿をしていても、絶対的な敵なのだ! そのような者の肩を持つなどあってならん! この娘は創造神カーディの敵であり、我々が憎むべき敵でもある!!」

「お父様、わたくしの話を――」
「聞く必要はない! お前は悪辣非道な影の民に騙されていた! それが唯一無二の真実だ! さぁ、けがらわしい影の民から離れ、こちらへ来なさい!」

「穢らわしい……ですって?」
「ラフィリア、聞いているのか? ラフィリア!?」

 ラフィは顔をうつむかせ、左手に握る大槌のを力任せに握り締めて、右手では自身の赤いドレスを握り大きな皺を作る。
「何も知らずに勝手なことを……」
 次には、父を睨みつけて、街中に響き渡る声を張り上げた。

「お父様にカリンさんの何がわかるんですか!?」
「ラ、ラフィリア?」

「この方はお父様のような偏見にまみれた言動・瞳・声・態度を向ける人々の姿に心を痛めても、そのような人々を恨むことなく、まっすぐ生きようとしているのですよ! そんなお方を、お方を、けがらわしいですって? ――ふざけるんじゃありませんよ!!」

「落ち着け、ラフィリア!!」
「落ち着け? 落ち着けますか!? カリンさんはわたくしよりも年下ですのに、志し高く、高潔なお方。わたくしが生まれて初めて、尊敬を抱いたお方。そのようなお方を侮辱されて、落ち着いていられるものですか!!」
「何を言って? そこの娘! ラフィリアに何を吹き込んだ!?」
「カリンさんは関係ありません! 吹き込まれているのはお父様の方でしょう!!」


 ラフィは大槌おおづちを地面に叩きつけて、父の言葉を完全に止めた。
 そして、ユングナーが避けようとしていた言葉を口に出す。

「お父様、いえ、この街の人々、世界中の人々が教会に影の民は悪だと吹き込まれている。人と同じで、どんな種族であっても、絶対悪という存在はあり得ませんのに!」
「やめろ、ラフィリア!!」
「私は――そのような蒙昧と偏見を吹聴している教会こそが悪だと断じます!」
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