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第五章 貴族の天才魔法使い少女

第45話 少女は己を恥じ入る

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 ラフィは私に人差し指を向けて、一言。

「魔王?」
「いかにも、私が魔王アルラ=アル=スハイルだ」

 彼女は私の出で立ちを舐めるように見る。
 上下薄茶色の農作業服に、その上から緑色のジャケットを身に着け、首に白いタオルを巻いて、頭には麦藁帽子という農夫姿。隣には牛。
 とても、魔王には見えないと顔を横に大きく振る。

「はぁ、さすがにあなたが魔王と言われましても、こればかりは受け入れられません。それに、魔王アルラ=アル=スハイルの美は詩に歌われるほど――」


――黄金の園の立ちてはぜいの輝きを集め、新緑のそのに立ちては命の輝きを集めん。流麗たる緑の露髪の輝きは生きとし生けるものの瞳へ絶佳ぜっかを与え、宵闇に浮かぶ黄金瞳おうごんどうの輝きの前には、空に浮かぶ月も雲に隠れる。だが、美の具現たる存在も、一度ひとたび御手を振るえば、全てを焼き尽くし死を具現す――

「と言われてますのに……」
「また、輝いているな。しかも今回は輝きっぱなしだ。何故、輝いているのだろうな?」
「申し訳ありませんけど、あなたからは詩に歌われるような美を感じません」
「少し太っただけなのだがなぁ。とりあえず、私が魔族であることだけは証明しておくか」

 瞳を閉じて開き、白目を魔族の象徴である黒目に変える。
 これには浮かれていたラフィもびくりと体を跳ねた。
 だが、すぐに落ち着きを見せて、言葉を返してくる。


「たしかに、あなたは魔族のようね」
 ここでリディがちっちゃな手を上げる。
「あの~、私は人間と魔族の血を引いてます」
「え!? そうなんですの?」
「はい、本当は左の瞳は黒目なのですが、アルラさんに色を変えてもらっています」

「そうだったのですか……アルラさん、あなたの娘?」
「違うぞ。ま、娘だったらお手伝いのできる出来の良い子だが――どこかの飯クレクレ娘たちよりかはな!」
 
 私は語尾に力を籠めて強調する。しかし、カリンとツキフネが互いに視線を交わし合いとぼけた振り。
「おじさんは何のことを言ってるんだろう?」
「さぁな? 皆目見当もつかない」

「こ、この子たちは……それでラフィ、これで満足か?」

「いえいえ、これからが本題でしょう。あなた方の旅の目的ですよ。魔族・オーガリアン。そして、影の民……あなたたちの旅の目的は一体?」

「その話はカリンに任せよう」
「ほえ? わたし?」
「そうだ、君だ。なにせ、この隊のリーダーだからな」
「え、リーダーって私なの? てっきりおじさんかと思ってた」
「私は君の夢に賛同した同行者だ。だから、君の要望にできるだけ従うつもりでいる。貫太郎とツキフネとリディはどうだ?」

「ぶも~、ぶもぶも、もも~、も~、ブモモモ! ももももも、ぶもももも。も~ももももも!! ももっもももももももももも!」
「私はカリンに借りがある。それに、お前の夢にも興味がある」
「私はカリンさんと一緒に旅をしたいです! だから、カリンさんの言うとおりにします」

「えっと、長文過ぎて貫太郎ちゃんが何を言っているのかわからないけど、なんとなく賛同してくれてるのはわかったよ……ありがとう、みんな」

 
 カリンが微笑むと、私たちも柔らかな笑みで応える。
 カリンは皆の期待を受け取り、ラフィへ向き直った。
「みんなとは出会ってひと月以上になるけど、まだまだお互いに詳しいことは知らないの。だから私のことと、これからのことを教えるね」


 カリンは自身の半生を語る。これは私も知らないこと。
 影の民として生まれ、両親と共に幼い頃から人の目を恐れ、一所ひとところに留まることなくずっと旅をする。
 旅? 旅と言えば聞こえはいいが、実際はひたすら逃げ惑い転々と住む場所を変えているだけ。

 影の民と誰かに知られれば教会に通報されて、討伐隊が送り込まれ、処刑される。
 だから、カリンは生まれながらに逃げ続けることを運命づけられていた。

 両親は豊富な知識で人助けを行い、報酬を得る。目立つわけにはいかないので大きな仕事は請け負えない。そのため報酬は少なく、糊口ここうしのぐ毎日。それでも彼女の近くには愛する両親がいて、腹は満たされなくとも心は満たされていた。

 
――しかし、その旅の途中で両親を失う。人間によって命を奪われる。

 カリンは一人になった。

 彼女には人間に対する恨みや憎しみがあっただろう。
 だが、両親から受け取った愛で心を満たし、負の感情に囚われることなくまっすぐと生きる。
 彼女は両親の遺志を受け継ぎ、人助けを繰り返し、旅をする。

 これまでは両親が人間と交渉していたが、これからは自分が行うことになる。
 愛を満たした心とは言え、人間は両親の仇。
 心には影が差していた。
 しかし、人間との交流を重ね、心には様々な形があることを知る。
 人間とは心に恐ろしい悪意を持つが、それと同じくらいに優しい善意を持つことを……。

 同時に、その優しさと善意は決して自分へ向けられないことも……。


 そして、向けられないのは、何も影の民だけではない。
 人間族は人間以外の種族に対して非常に差別的な側面を持つ。
 もちろん、人間の全てがそうではないことは旅を通じて知っている。
 それでも、人間を中心とする世界では居場所のない人々が大勢いることを知る。

 これらの心と見聞によって、両親が見ていた夢に自分の夢を重ねる。
 居場所のない人々が安心して暮らせる場所を作りたいと。

 この大元にあるのが、自分の身の安全の確保であることは知っている。
 一人で旅をし続ける寂しさから解放されたい思いがあることも知っている。
 そういった自分勝手な思いを両親から譲り受けた夢へすり替えていることも知っている。

 でも、居場所は必要。自分だけではなく、居場所が必要な人々は大勢いる。
 だから、カリンは居場所を探すことにした。
 誰からも恐れられることなく、忌避されず、差別されない。そんな場所を……。


 だけど、そんな場所など見当もつかない。
 大陸の半分は人間族が制し、もう半分は魔族が制する。
 細かな部分は少数種族が。そして、その彼らは二大勢力である、人間族か魔族のどちらかにくみしている。
 
 他の大陸も似たような状況だろう。
 
 この世界に安全な場所などどこにもない。
 夢は抱けど、当てのない人助けの旅は続く。
 

――――だが、その旅は無為ではなかった!

 カリンは私に出会ったのだ。
 夢を具現化させ、目標を幻ではなく現実のものへと押し上げることのできる私に。

 カリンの夢は朧ながらも形を生み始める。
 大陸の遥か西――乾いた大地とけがれに満ちた沼を超えた先にあるまほろば峡谷。
 そこを抜けた先には、一国を産み出せるほどの豊かな大地が存在する。

 その豊かな大地で国を興して、王として居場所のない人々へ安寧を与える夢を描く。

―――――――――
「だからわたしはそこを目指している。わたしのように、居場所のない人たちが安心して暮らせる国を作るために」


 カリンは首からぶら下げている両親からもらったお守りを握り締めて話を閉じた。

 私と貫太郎とツキフネはそれを無言で受け取り、リディは両親を失ったカリンに自分の姿を重ね涙しつつも、自分以上に過酷な境遇に晒されながらも道を踏み外さず歩むカリンの強さを前に、弱さに屈した自分を恥じる素振りを見せる。


 そして、ラフィは――

 彼女はすっと席を立つと、周囲に仕掛けてあった魔道具の効力を解き、深々と頭を下げた。

「貴方の覚悟と決意に敬意を表します。同時に、私欲にまみれた好奇心で振り回してしまったこと、深くお詫びいたします」

 この謝罪に嘘偽りなどない。魔道具の効力を解き、自身を無防備に晒したことがその証明。
 頭を下げ続けるラフィへ、カリンは慌てた様子を見せる。

「ちょ、ちょ、ちょっと! そんなに畏まって謝られると困っちゃうから、頭を上げて」
「いえ、わたくしは自身のわがままであなたの巍然ぎぜんたる夢をけがしてしまいました。わたくしはなんて浅慮なことを……」

「そんな、大丈夫だって。その夢だっておじさんがいなければ今でもただの夢だったわけだし、大したことないから気にしないで」
「いえ、そんなことはありません!! わたくしはなんて浅ましく、尾籠びろうな存在なのでしょうか」


 ラフィは己自身の猥雑わいざつさを恥じ入るように頭を左右に振り、ゆっくりと顔を上げて、カリンを見つめた。
「あの、失礼ですがお歳は?」
「ほえ? 十六だけど……」

「わたくしの一つ年下……」
(そうであるのに、これほど過酷な道を歩み、それでもまっすぐ生きようと前を向いて歩き、途轍もなく困難であることを知りながらも、明確で遠大な夢をお持ちになるとは……鬱屈した毎日を変えることもできずに、籠の中でさえずることしかできないわたくしとは雲泥の差)


 ラフィは左手を震わせつつゆっくりと上げて、それを胸元近くで止める。そして、カリンへ震える指先を向けようとした。
(わたくしもあなたのような強い意志を持ちたい。もし、あなたと共に…………)
 指先はカリンへは向かず、途中で握り拳となって下へと降ろされる。

 そして、薄く笑うと、私たちへ頭を下げた。

「皆様方の貴重な時間を愚人であるわたくしが奪ってしまったこと深謝申し上げます。その謝罪の意を表し、皆様方の旅へ力添えしたく、必要な物資などの費用を提供させて頂けないでしょうか? 謝罪の意を金銭へ置き換えるなど不快ではありましょうが、何卒……」

 頭を下げ続けるラフィを横目に、カリンが小声で私に話しかけてくる。
「急にどうしちゃったんだろ、ラフィは?」
「さてな、君の話を聞いて、何か彼女の琴線に触れることがあったようだが……」

「そうなのかなぁ? 貴族のお嬢様に触れるような琴線なんてないと思うけど。で、申し出はどうしようか?」
「何かの奸計があるようには思えない。貰えるものは貰っておいた方がいいだろう。この街より先は、村や町が一つあるかないかだと聞く。補給の機会は限られているからな」
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