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第五章 貴族の天才魔法使い少女

第44話 子どものような好奇心に濡れる

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――魔導都市郊外、水道橋すいどうきょうそば


 二十メートルはあろう、赤いレンガ造りの巨大なアーチ型の作りが幾重にも重なる水道橋。
 周りには鉄柵があり、関係者以外立ち入ることはできない。

 私たちは人目をはばかりながら、こっそり鉄柵の内部に侵入して約束の場所へ向かう。
 そこは倉庫に挟まれた、人の目と耳を遠ざけることのできる場所。
 カリンが指を差して声を出す。

「あ、リディいるよ!」

 倉庫と倉庫の合間にある通路にリディとラフィが立っていた。彼女たちの足元には紙袋と籠がある。
 カリンが駆け寄ろうとするが、私がそれを止める。
「待て、カリン。周囲に魔道具による罠がある」
「え!?」


 倉庫と倉庫の合間に積み上げられた箱。倉庫の壁。屋根。地面とそこかしこに魔道具の気配があった。
 先に訪れたラフィは私たちが来る前に、いろいろと仕掛けを施したようだ。

 リディへ視線を送る。
 彼女はスカートを少し持ち上げて、ナイフを取り上げられたことを伝える。
 ここへ呼び込んだ策もそうだったが、このラフィという女性はかなり油断ならない人物と見える。

 ツキフネが背後から私に耳打ちをしてくる。
「魔道具の位置は把握しているのだろう。私とお前で発動前に壊せるのでは?」
「できないこともないが、私は最新の魔道具に詳しくない。どんな効果があるかわからない以上、今は話し合いと行こう」

「いざというときは行動に出るぞ」
「ああ、そうしよう。万が一、脱出が難しい場合は、リディだけでも奪取して貫太郎に彼女を任せよう。私たちだけならば、何があろうと問題ないからな。貫太郎、頼んだぞ」
「もも~」


 雑だが策を立てて、ラフィへ要求を尋ねる。

「さて、ラフィ。君の目的は? 私たちを怪しいと危ぶみながら、危険を冒してまで一人で接触する理由はなんだ?」
「あら、それは仰ったでしょう。あなた方の話が聞きたいの。あなた方がどういった集まりで、何が目的なのか、それが知りたい」
「聞いてどうする気だ?」
「だた、聞きたいだけですよ」
「まるで意図が読めないな」


 そう答えを返すと、ラフィは両手を空へ広げて、大仰な語り口調を見せ始める。
「だって、わたくしはとても暇なんですもの! 壊れた時計の秒針のように、一秒を刻み一秒を戻る繰り返しの毎日に辟易してるんですの! ですから、あなた方のような奇妙な存在に惹かれました。もしかしたら、このくそったれな日常にひびを入れてくれるかもしれないから!!」

 彼女はこちらへ手を伸ばし、頬をてかてかさせて、太陽よりも眩しい笑顔を見せる。
「だから、あなた方の話が聞きたいの!!」

 この笑顔に私たちは真顔で答えた。
「驚いた、まるで中身がない。こんなアホな子がいようとは……」
「ブモ……ブモ……」
「本気の本気で暇つぶしなんだ……」
「そんなことのために、こんな回りくどいことを行ったのか……」

「仕方ないじゃありませんか。こうでもしないとあなた方は本当のことを話してくれそうにありませんから。ねぇ~、リディ?」
「ここで私に振られても困ります……」

 目を逸らし肩を落とすリディ。
 それもそうだ。安全だと感じていても、人質と言う立場ではやはり緊張というものがあったはず。
 その緊張が無駄だったと知ってリディは脱力を見せる。

 ラフィはそんなことお構いなしに、近くの箱から組み立て式の丸テーブルと椅子を取り出してそれをデンと地面に置くと、足元に置いていた籠からティーセットを取り出して、紙袋からお菓子類を取り出した。

「さぁ、お茶の準備ができましたわ。抵抗は無意味ですよ。周囲に仕掛けた魔道具があなたたちを狙っていますからね。では、じっくりお話を聞かせて頂戴。特に……」

 ラフィは妖艶な紫の瞳でカリンを捉え、か細く一言を漏らす
「人の気配とは全く違う、あなたのことを……」


―――― 
 領主様の御息女からお茶へ招待されては断ることもできまい。
 私たちは馬鹿馬鹿しいと思いながらも木製の丸テーブルに着席していく。

 私の隣に貫太郎。もちろん貫太郎は席に座れないので、キュートなお顔をにゅっと伸ばしているだけだ。その私たちを挟み込むように、カリンとツキフネ。
 そして、私の真向かいに当たる場所にラフィとリディが隣り合わせに座る。現状でもリディは人質というわけだ。


 各々が席に着き、ティーカップに琥珀色のお茶が注がれ、お菓子類が並べられたところでラフィが話を切り出す。

「それでそれで、あなた方はどういった集まりなの? 特にカリンさんでしたわね。あなた何者なの?」
 ラフィはワクワク感を隠せない様子で言葉を弾ませる。
 これにカリンがやるせなさを表すジト目をこちらへ向けた。

「どうする? 全部話してもいいのかな、おじさん?」
「はっ、せっかくここまでしてくれたのだ。話してやるのが礼儀だろ」
「うわ、投げやり。でも、信じないと思う」

 この言葉にラフィが嘴を挟む。
「信じる信じないの判断はわたくしにありますのよ。さぁさぁ、話してごらんなさい」


 子どものように目を輝かせるラフィにカリンは溜め息返して、全てを語る。
 まず、自分たちが何者なのか。
 すると、入り口の時点でラフィは顔をしかめた。

「あなたが影の民で、そちらのデ……ふくよかなお方が魔王と」
「今デブと言ったな! 他の誰も私のことをそう呼んだことないのに!!」
「言ってません言ってません! ぎりぎり止めましたわよ。しかし、あなたが魔王ねぇ」
 
 ラフィは私に疑いの眼差しを向けて、その視線をカリンへ動かす。
「あなたが影の民というのはある程度信じられます。人とは違う気配を纏ってますから」
「ラフィは魔法使いなんだよね? お父さんとお母さんから魔法使いには気をつけろと言われてたけど、やっぱり魔法使いってそういうのわかっちゃうの?」
「皆が皆、わかるわけではないでしょうが、わたくしは天才ですので」

「そ、そうなんだ? 自分で天才って言っちゃう人なんだ……」
「なにか仰いました?」
「いえいえ、何も言ってませんよ。でも、あの、わたしが影の民と知って……怖かったり、嫌だったりしないの?」

「そうですねぇ……影の民は全種族の敵。必ず滅ぼさなければならない種族。そう、幼い頃より教わり、実際目にして、姿形は普通の少女であっても、どこか恐れというものがあります」
「そう、なんだ……やっぱり、そっか」


 人間族の間では教会の教えを通じて、幼い頃から影の民への嫌悪感を教育される。
 それは洗脳のように……。
 だから、実際に会ってみて、教えと印象が違っていても、これまで想像していた影の民の姿が心に宿り、忌避感というものを拭えない。

 しかし、ラフィは――


「ですが、好奇心がわたくしの心を塗りつぶすのです!!」
 ガタリと席を立って拳を握り締める。
 この姿にカリンは一言返すのがやっと。

「ええぇ……」
「あはは、この娘は相当な変わり種だな。良かったなカリン。受け入れてもらえて」
「これ、受け入れてもらえたって言うの? 好奇心のおもちゃにされているだけなんじゃ……?」

「まぁまぁ、先入観で意味もなく嫌われるよりかはマシだろう。ラフィ、とりあえず落ち着いたらどうだ」
「あ、これは失礼。わたくしとしたことが……」
 
 彼女は席へお尻を戻し、居住まいを正す。
 そして、カリンへ向き直る。
「見た目は人間と変わりませんが、気配は違う。ほかに何か違うところはあるのですか?」
「影の民としての力を解放したら、違う部分が出てくるけど」
「ち、力の開放!? ぐふふふふ、そ、それは惹かれますわね。み、見せて頂けますか?」
「こ、怖いってラフィ。でも、きっと見せるとあなたは怖がると思うよ……」


 カリンはラフィの視線から逃げるように顔をそむけた。
 影の民であると証明することは彼女にとって、人々からの差別を受ける最大の理由となるからだ。
 しかし、ラフィの好奇心は収まらず、前のめりに体を押し出してくる

「ご苦難お察しします。ですが! わたくしは不快な真似など致しません。ですから! ですからぁぁあ!!」
「ちょ、こわいこわいこわい! なんなの、もう。こんな人初めてだよ。じゃ、わかった、少しだけ」
「大丈夫なのか、カリン?」
「おじさん……大丈夫、ちょっとだし、その程度じゃ侵食はないから」


 そう言って、彼女はぼそぼそと解放の祝詞のりとを唱える。
「回れ……時の……」
 すると、空色の瞳の中に淡い白色の歯車の文様が浮かび、左目の周りに黒き血管が数本表れた。

「と、こんな感じだけど……どうかな……?」
「こ、これは興味深い! 魔力とは違う力が瞳に!?」
「うわぁ、カリンさん。お目目に歯車の模様が……綺麗」


 ラフィと力の開放を見たことがないリディが感想を述べ合う。
 カリンはリディの感想に照れているようで、誤魔化しに頬を掻いた。

「え、そんなこと言われたの初めて。みんな、不気味だって言うのに……」
「そんなひどい! こんなに綺麗なのに!」
「そうですわ! その方々はセンスのない方々ばかりだったのでしょう!」

 二人は憤慨を見せて、声を荒げる。
 リディは近しいのでわかるが、ラフィまでもがどうして同調するのかは謎だ。
 人間族は影の民への嫌悪感を心に刻まれているはずなのに……やはり相当な変わり種と見える。
 カリンの方は二人の言葉が嬉しかったようで、さらに照れを重ねて頬を赤く染めていた。
 
 彼女は力の開放を解いて、ラフィへ声をかける。
「満足した?」
「ええ、ええ、ええ、十分に満足しましたわ! 影の民にお会いしたのは初めてだと言うこともありますが、興奮のせいで濡れて、あら、失礼」


 彼女は漏れ出た卑猥な言葉を取り繕うように笑顔で誤魔化す。
 この娘、クソだのデブだの濡れるだの、貴族の娘にしてはかなり下品な性格だと見える。
 その下品な小娘は、私へと紫の瞳を振ってきた。
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