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第五章 貴族の天才魔法使い少女

第40話 世界最強の牛とナイフ

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「リディ、代わりにナイフの扱いを教えよう。それに加え、護身術も」
「ナイフと護身術?」
「護身術はもう少し体力がついてからとする。まず、君に必要なものは基礎体力だからな」

 そう伝えると、ツキフネとカリンが余計なツッコミをしてくる。
「お前も基礎体力の向上が必要だな。そうでないと、せっかくの剣技が腐ってしまう」
「ちゃんと歩かせている割にはなかなか体力が付かないよね、おじさん。あと痩せないし」

「余計なお世話だ二人とも。それになかなか痩せないということは、この体形が私のベストなんだろう。さて、話を戻すが、まずはナイフの扱い方を教えよう。貫太郎、荷物の中にナイフがあったはずだ。取ってくれるか?」

 貫太郎は荷物袋に顔を突っ込み、ナイフを見つけそれをはむっと甘噛みすると、フッと息を吹き出してこちらへ飛ばしてきた。
 それをぱしりと片手で受け取る。するとこれに、カリンたちが驚きの声を上げた

「え、すご」
「貫太郎もまた並々ならぬ使い手だな」
「貫太郎さん、凄いです」
 
 私は彼女たちの言葉を、まるで自分が褒められたかのようにホクホク顔で受け取った。
「ふふふ、そうだろそうだろ。貫太郎は異世界からやってきた世界で唯一無二であり最強の牛だからな」
「そう言えば、貫太郎ちゃんってそういう牛だったね」
「異世界の牛?」
「本当なんですか、カリンさん?」

「さぁ? でも、普通の牛みたいに妊娠してなくてもミルクを作れるし、龍と戦えるし、闘気を放つし、ただの牛ではないことは確かだよ」
「りゅ、龍に? 凄いですね、貫太郎さんって……」

「ほらほら、君たち。話が脱線しているぞ。リディ、準備は良いか?」
「はい!」


 私はナイフのやいばの部分をリディに見せる。
「子どもの力では大人を倒すなど無理だ。だが、ナイフを手にしただけで大人の命を奪うことが可能になる。刃物とはそれだけの力があり、危険でもある。わかるな、リディ」
「は、はい!」

「ナイフを振り回すのは護身術同様、体力がついてからにして、まずは投げナイフの基礎を教えておこう。これならば敵に近づく必要性が格段に下がるからな。達人になれば、敵に攻撃予測をされぬよう、動作を最小限にして、手首の動きだけでナイフを投げることができる。これはかなり有効的な攻撃方法だ、このようにな」


 私は手首だけを動かして、10m先にある木の幹にナイフを投げた。
 ナイフは見事、木の幹のど真ん中を射抜き、深々と突き刺さる。
 これを見て皆が感嘆の声を漏らして、カリンがこちらへ顔を向ける。

「魔法に剣にナイフ。それに護身術もできるんだっけか? おじさんは何でもできちゃうんだね」
「君たちよりも長く生きているからな。これだけではなく、弓や槍や根術なども修めているぞ」

「そんなに!? そう言えば、おじさんって何歳なの?」
「今年で三百三十三歳だ」
「おじいちゃんだ……」
「魔族ではまだまだ若い方だ! 人間だと三十ちょっとくらいだぞ。とにかく、私は君たちよりも長く生きているため、様々なことを学んでいる。貫太郎、ナイフを取って来てくれ」


 貫太郎は木の幹に近づき、刺さっていたナイフをみ取り、先程と同様にこちらへフッと息を使い飛ばしてくる。
 それをこちらも同じく受け取り、次にナイフ投げの基本動作を見せる。

「先程の投げ方はリディにはまだ早いだろう。だから、次こそが基礎となる。グリップ部分を緩く握り、人差し指をやいばの背に平らに置く。腕の角度と肘の位置に注意を払いつつ、ナイフを自分の頭の横へと持って来て、肩を固定、上腕を地面と平行に保つ。肘は約90度に曲がる。そして、ナイフを持つ手とは逆の前足を踏み出して投げる。投げるタイミングは、腕の角度が約45度のときだ」


 ナイフを投げる。幹の真ん中に刺さる。
「これが基本動作だが、体格や人によってバランスの違いがあるため、投げながらコツを掴むことだな。リディ、やって見たまえ。貫太郎、ナイフを」

 木の幹の近くに立つ貫太郎からナイフを受け取り、リディへ渡す。
「わ、わかりました。やってみます。腕の角度と肘の位置に注意して~、投げる!」
 彼女の投げたナイフはヘロヘロ~と飛んで、木まで届かず地面に落ちた。

「あ、あれ?」
「やはり、体力不足か。君の力では今の投げ方では無理みたいだな」
「ど、どうしたら?」
「そうなると、体全体を使うしかないな。動作が丸わかりになってしまうが、致し方ない。それでも、素人相手なら通じるだろう」


 貫太郎からナイフを受け取り、そのナイフを持って大きく背をのけ反り、ボールを投げるように軸足を安定させて、前足を踏み出してそこに体重を移動させつつ体幹をひねる。
 次に腰を回転させて、肩の回転を意識し、肘と手首への力の伝導を意識しつつ指先でナイフのグリップ押し出して目標へ送り出す。

 ナイフは木の幹に突き刺さり、貫太郎にこちらへ戻してもらい、リディへ渡す。
「やってみなさい」
「はい! 軸足、前足、体幹、腰と肩の回転、肘と手首、指先で送り出す! えい!!」
 
 先ほどのへろへろナイフとは違い、リディの放ったナイフは風切り音を纏い、飛んでいく――貫太郎の眉間へ!?
 しかし、貫太郎は慌てた様子もなく、飛んで来たナイフを歯で挟み込み受け止めた。
 これにリディが言葉を震わせる。

「はわわわわわわわ、か、貫太郎さん。だ、大丈夫ですか!?」
「落ち着けリディ。貫太郎に怪我はない。だろう、貫太郎?」
「ぶも、ぶもももも!」
「な、リディ」
「はぁ~、良かった~」

「とりあえず、威力のあるナイフを投げられるのはわかった。あとは投げ込んで命中率を上げるといい。同時に体力増強を図り、ナイフの扱いを磨きつつ、護身術を教えよう」
「はい、お願いします。私、頑張りますから!!」

 意気込むリディの背中をポンと叩き、彼女はそれに対してはっきりとした返事をした。
 私たちからは少し離れた場所にいたカリンとツキフネが何やらごにょごにょと話している。

「だから、貫太郎ちゃん、何者なの?」
「何とも凄い牛だ。異世界の牛という真偽しんぎはわからぬが、世界一の牛――世界一強い牛であることは間違いないな」
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